たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「おい! 明日暇か!?」
週末の練習終わり。トレーナーは出し抜けにそう聞いた。エアグルーヴは、タオルで汗を拭きながら答える。
「次の生徒会企画の資料を作らなければならないのだが」
「なるほど、なら丁度いいな。カラオケ行こうぜ!」
「は?」
困惑するエアグルーヴに対して、トレーナーは「いやいや、これすっげー合理的なんだって」と話す。
「カラオケって結局、自分以外が歌ってる間は手持ち無沙汰な訳じゃん? その空き時間を作業で埋めんのってめっちゃ
「言いたいことはわかったが、まったく納得がいかん。作業がチラついて歌に集中できなさそうだし、その逆もそうだろう」
「やる前からそうやって決めつけるの、お前の悪いところだと思うぜ」
む、とエアグルーヴの眉が動いた。決めつけも何も妥当だろうという気持ちもあったが、実際に味わっていない以上は下手なことは言えない。
「……いいだろう」
エアグルーヴが折れた。
幸いというべきか作業の締切はまだ先なので、最悪明日に仕上がらなくとも問題はない。
快諾されたトレーナーは、「よっしゃ! じゃあ明日11時、駅前のカラ館集合で!」と言って喫煙所の方に走っていった。50m程度で息を切らしている様子を見て、もう一度禁煙とランニングをさせた方がいいな、と女帝は密かに決意した。
*
「おまたせー」
「まったく、自分から時間を提示しておいて遅れるな」
11時5分、トレーナーは待ち合わせ場所に現れた。これでも前よりはマシになったほうだが、そろそろ五分前行動という言葉をその身に叩き込んでおきたい。
「……今後は、待ち合わせに一分遅れるごとに一日禁煙だな」
「え、じゃあ早めに行けばその分禁煙日が短くなるってコト!?」
「ならないに決まってるだろうが、たわけ!」
言いながら、店内に入る。週末だけあって、少しだけ受付は混んでいたが、今日のエアグルーヴは目深なベレー帽にマスク、ベージュのコートに白ニットという出で立ちなので、あまり浮かず、それでいて目立たずに溶け込めていた。
「いらっしゃいませ。二名様のご利用で──」
「二名、フリータイム、ソフト飲み放題、一般、JOYで頼んます」
「かしこまりました。113号室でお願いします。ドリンクの注文はお部屋からお願い致します」
「うっす」
注文の札だけ受け取って、トレーナーはスタスタと部屋に向かっていく。案内の表示も見ずに躊躇いなく曲がり、進む辺り、手馴れていることが窺えた。
「よく来るのか?」
「まあ、最近は月2くらいだな。暇な時は毎週来る」
部屋に入り、スイッチを入れる。ミラーボールのような七色の照明に一瞬照らされて、部屋が点灯した。
「採点とか入れていいか?」
「詳しくないので、その辺りは任せる」
「んじゃ分析で入れちゃうわ。飲み物頼むけど何がいい?」
「では、緑茶でお願いする」
「うい。あ、すいません。緑茶一つと、ノンアルのカシオレ一つお願いしゃす。以上で」
部屋の受話器を置いて、トレーナーはふう、と一息ついてタブレット端末を手に取る。自分のアカウントでログインしたところで、「あ、作業進まんから三曲ずつで回していい?」と問う。
「貴様……手馴れすぎじゃないか?」
「まあ学生時代からこーゆーの結構やってたからな。元カノと勉強する時とかこんな感じだったし」
「…………ふむ」
「え、何その間?」
「学生時代から遊び呆けていたのだな、と思っただけだ」
「学生なんて遊ぶための身分っしょ」
学生がどういう字を書くのか知らなさそうな発言をして、トレーナーは曲を入れ始めた。無難に流行りの曲だった。前奏の隙を見計らって、続けざまに二曲送信する。
「多分私じゃなくていいね──」
歌い始めたトレーナーを他所に、エアグルーヴはノートパソコンを開く。思いの外歌が上手いことに驚きながら、資料を集めPowerPointを作成する。意外だったのは、たしかに作業自体はできるという点だった。
「……たしかに、頻繁にカラオケに通ってるだけのことはあるな」
「だべ? もっと素直に上手いって褒めてもいいんだぜ」
それは癪だなと無視しているうちに、二曲目に入り、そのまま三曲目に入った。
間奏の辺りでトレーナーから、「次お前だから三曲入れとけよ」と言われた。丁度いいのでEMPRESS GAME、大好きのタカラバコ、Ring Ring ダイアリーを歌う。
「ええ……お前、つまらんくない?」
「作業しながらライブの練習をしているのだから、とても
ツンと答えながら、エアグルーヴは歌唱する。
そこはやはりプロというべきか慣れたもので、抜群の歌声を見せつけて高得点を叩き出した。点数など所詮ひとつの指標なのであまり気にしてはいないものの、それでも高得点が出ると少し嬉しいような気持ちになった。
「うん、まあ上手いな」
「当然だ、普段から練習しているからな」
そんな感じで、交互に歌っていく。トレーナーは徐々に邦ロックなどのマイナーな曲を歌い、エアグルーヴはひたすらライブ楽曲を歌う。
エアグルーヴの作業も、トレーナーのレース資料作成もひと段落したところで、エアグルーヴの選曲の手が止まった。
「ん、ネタ切れか?」
「ああ……他の娘のソロ曲も歌わせてもらったが、そろそろ曲が切れてきた」
「まだ歌ってねえのあるじゃねえか」
トレーナーの指摘に、エアグルーヴがピクッと耳を立てた。ピクッというか、ギクッといった反応である。
「お、もしかして恥ずいのか? 普段澄ました顔で歌ってんのに」
「仕事とプライベートは別だろう!」
「ちぇー、君の愛バが! して欲しかったんだけどな。歌う曲ないなら1ターン飛ばしてもいいか?」
「好きにしろ」
「うい。じゃあ歌いまーす!」
資料の最終チェックに入ったエアグルーヴの耳に、曲の前奏──軽快なファンファーレが聴こえてきた。
「おひさまぱっぱか快晴レース♪」
「!」
Aメロに入った瞬間、エアグルーヴは身構えた。この曲には覚えがある。何せ、URAファイナルズの勝利時に歌った曲なのだから。
「俺の愛バが!」
「不要な替え歌をしながらこちらを指差すな!」
ツッコミも虚しく、ずきゅんどきゅんと振り付け込みで歌い続け、合いの手すら自分で行ってトレーナーはうまぴょい伝説を歌い切った。成人男性が、自らも歌うことがある電波ソングを全力で歌っているという現実は、エアグルーヴの精神になかなかの衝撃を与えた。
「はー、じゃあ次はGIRLS' LEGEND Uを──」
「歌うな!」
「ちょ、歌唱の自由は!?」
そんな言葉はない。この歌って傍から見たらこんな感じなんだな、という切ない気づきを、女帝はメロンソーダで流し込むのだった。