たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「お前、SNSとかやってたっけ?」
放課後。ミーティングをしようとトレーナー室を訪れた際、トレーナーは藪から棒にそう切り出した。
「一応、広報用のアカウントはあるが」
「お、じゃあフォローさせてくれよ。俺最近ウマスタ始めたんだよ」
「構わないが」
ウマホを操作して、QRコードからアカウントに飛ぶ。エアグルーヴのアカウントは花のアイコンで、三冠馬だけあってフォロワー数自体は中々のものだった。
「えーと……? 『来週は宝塚記念に出走します。応援よろしくお願いします』『初夏の折、いかがお過ごしでしょうか。最近、育てているラベンダーの花が咲きました』うわ、無駄にいい写真」
「少々癪だが、褒め言葉として受け取っておく」
一通りスワイプした後、トレーナーが小さく嘆息した。
「お前な、もっとオモロイこと投稿しろよ。なんだよ初夏の折って、上司への手紙か」
「広報用のアカウントなのだから、これでいいだろう」
「私用のアカウントだってどうせつまらんだろうが、お前はカタブツなんだから。最近だとすごいぜ? ウマッターなんて、企業アカウントが自我出しまくってそれがバカウケしたりさ」
大してSNSに頓着していないエアグルーヴにはよくわからない話だった。そんな反応を見て、トレーナーはまた深い息を吐く。
「いいなあ。俺のアカウントなんて、必死にツテ頼ってフォロワー数稼いで、貴重な休日を映えスポットとスイーツ巡りに費やしてんのに、いいねもフォロワーもこの程度だぜ? お前が気まぐれに呟いた『おはようございます』のインプレッションに大敗を喫してんだけど。お前なんて何やっても無数の誰かから反応が返ってくるんだから、それに溺れろ。承認欲求の奴隷になれ」
「人にどう見られるのか、どう反応されるのかを気にするのは大切だが、それに溺れては本末転倒だろう」
「いいやそんなことはないね。ファンを増やすことは己のモチベーションに繋がり、パフォーマンスの向上に繋がる。カレンチャンを見てみろ、フォロワー数が実力に比例するのは明白だ」
意味のわからない熱弁が繰り広げられる。また始まったとエアグルーヴが眉間を押さえ始めた辺りで、トレーナーはポンと手を叩いた。
「じゃあ今日のトレーニングは、SNSの投稿強化ということで──映え巡り~!」
「は?」
*
わざわざ私服に着替えさせられたエアグルーヴは、トレーナーとともに街に繰り出した。
駅前のお洒落なカフェに入り、名前がやたら長いドリンクとケーキが席に到着したところで、トレーナーはスマホを取り出した。
「さて、じゃあこの被写体を撮って、SNSへの投稿用に文章も作成しろ。出来上がったら下書きを見せるんだぞ」
「貴様に言われずとも、一応SNSの使い方講習は受けている」
トレセン学園の生徒は、言うまでもなく華のJK、JCばかりである。
流行に強い彼女らは基本的に恙無くSNSを運用するものの、一般の女の子に比べ人目に付きやすく目立つ彼女らには、四半期に一度ほどのペースで専門の講師からの講習が行われる。
ちなみにそこでのエアグルーヴの評価は『A』、不可のない優等生である。件のカレンチャンは『S』だが。
「お前それ、めっちゃ端折られてるけど要するに『大したこと言ってないから何の問題もなし!』って言われてるのと同じだぞ? カレンチャンを見てみろ、プラスアルファの要素があるからSなんだよ。お前も後輩を見習ってSを目指すべきじゃないか?」
「……たしかに、向上心を忘れず上を目指すのは、大切かもしれん」
「だろ!?」
なしくずしにここまでノコノコ着いてきて、いざ写真を撮るという段階になった以上、やれることはやるべきだ、という心理になったエアグルーヴ。綺麗に写真を撮り、文章を打ち込み、トレーナーに「できたぞ」とウマホを渡す。
「どれどれ……写真は悪くないな、ただアプリとかでフィルターかけるともっと綺麗になるから試してみるといい。で、問題は文面だな」
トレーナーは眉を顰めながら言った。
「なんだこれ、『これからケーキと紅茶を頂きます』って。業務連絡か!」
「間違ったことは言っていないだろう」
「そりゃそうだが、むしろ言葉足らずなんだよ。信者は投稿するだけで勝手に喜ぶだろうけど、ファンが真に知りたいのは、それを味わってお前がどう感じたかってことだ。だからケーキを食べて茶ぁ飲んでから味の感想言うとか、あとめっちゃハッシュタグつけるとかしろ」
例えばこんな感じで、とトレーナーが端末を弄った。
「『今日は話題のお店に来てみた✌️ 店内オシャレだしケーキもとっても甘くて美味しい!✨ 紅茶がめちゃくちゃ合うよ~、一緒に来たトレぴめっちゃ浮いててウケる
#スイーツ #映え #調布グルメ #景気いいケーキ』とまあ大体こんな感じだな」
「……言いたいことしかないが、とりあえず脚色し過ぎだろう。まだ食べていないから味はわからない上、男性のお客さんもいるから浮いているわけでもない」
「その辺はどうでもいいんだよ。SNSも客商売だからな、フォロワーが面白いと思えば伸びる」
「私の口調と全く違うが」
「その方が親しみやすくていいじゃん? やっぱね、ギャル口調がウケんのよ」
「
「あ、やべ」
「おい貴様!?」
「マジごめん、手癖で……」
「すぐに消せ!」
「いや、それもまずいかも……」
ほら、とSNSの画面をエアグルーヴに見せる。見れば投稿後一分も経っていないにも関わらず、シェア数は百を超え、リプライやいいねの数も述べ千の大台に近づいている。
「ここまでいくと、消す方が角立つから……」
「くっ……貸せ!」
「あっ」
刹那の速さでスマホを奪い取ったエアグルーヴは、JK特有の凄まじいタイピング速度で文面を作成し、投稿。トレーナーも自らのスマホから確認する。
「『宣告の拙い投稿はとれーなーが謝っておくったものですので気にしないでくあさい』……ごめん、めちゃくちゃ誤字ってて最高」
「言うな!!」
エアグルーヴの顔がカッと赤くなった。当然その誤字ツイートも拡散され、エアグルーヴの投稿は世界中に広がっていく。増え続けるインプレッションと止まらない通知に、エアグルーヴは頭を抱えた。
「貴様のたわ言に付き合ったせいで、女帝としてのイメージがだな……」
「いやごめん、まじで悪かったって。ほら、甘いものでも食べて落ち着け? な?」
「ん……」
背筋がゾワゾワして収まらないが、一度してしまった投稿はもう取り返しがつかない。
だからこそよく考えて発信しろ──と講習で言っていたのを思い出して、後悔先に立たずだなとエアグルーヴは嘆息した。そして一旦現実逃避と状況整理のため、トレーナーが目の前に差し出してきたフォークを咥えた。
「……………………」
もう数口食べて、エアグルーヴは紅茶を飲んだ。そうして甘味を味わっていると段々、天を突きそうな勢いの怒りも落ち着き、若干余裕も出てきた。
「……思ったより甘いな」
「それな。これ一個ずつ食うのはキツイかもしれん」
一口だけ食べて、トレーナーは微妙な顔をした。まだ半分も食べていないのに満足してきたらしい。
「…………いや、まあでも悪くないと思うんだよな」
「ああ。巷で話題になるだけの美味しさはあるな」
「いや、ケーキの話じゃなくて、さっきの」
これも美味しいけど、と先程よりも小さく切り分けたものを食べて、トレーナーは続けた。
「繰り返しになるけど、ファンが見たいのって推しの知らない顔だからさ。お前が甘いもん食いに行って、スマホ取られて勝手に投稿されるくらいはしゃいで──っていうのも、きっと新鮮で楽しまれてるよ。だからこその伸びなわけだし」
「ふん、炎上しているだけだろう」
「それも少しはあるだろうけどさ、堅物一辺倒よりも可愛げがあった方がウケるから」
カイチョーのギャグみたいなさ、とトレーナーは言った。エアグルーヴは、頷いた後に少し微妙な顔をした。
「アレは……ウケてるのか……?」
「言ってやるな、何も……」
ケーキを食べ切ったエアグルーヴは、喉にへばりつくような甘さを紅茶で流し込む。喉元過ぎれば熱さを忘れるように、甘さも炎上も、いつかは落ち着くのだろうか。
「しゃあねえ、じゃあ火消ししたるか」
ようやく食べ終わったトレーナーが立ち上がる。そのまま店を出て向かった先は、街の高台にある大きな公園だった。
「やっぱ綺麗な景色見れば心が浄化されるからな、濁った心の火付け役も消えるだろ。ほら見てみ?」
階段を上り、広場の上から夕暮れの町を眺める。
普段何気なく過ごしている場所でも、別の視点から見ると新しい発見があるから驚きだ。
橙色に染まりつつある街は、一日の終わりと束の間の休息の始まりを告げるように混沌としている。
トレセン学園の広さも、駅ビルの高さも、この街にたくさんの人が暮らしているということも、改めて考えるとすごいことなのかもしれない。
「はい、エーモ」
チーズ、みたいなイントネーションで、トレーナーは違和感ある掛け声を発した。続けて響くシャッター音。振り返ると同時に、更にもう一枚。
「エモい後ろ姿と見返り美人、これで全員黙らせてやれ」
「むしろ匂わせで夕陽のごとく燃えるわ」
たわけ、とエアグルーヴが笑った。それは撮れなかったのが惜しまれるくらいの、今日一番の綺麗な微笑みだった。