たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「これで終わりか?」
「おう」
両手に紙袋を下げ、二人は街を歩く。中には新しい蹄鉄とトレーニングウェア、それからテーピングなど様々な備品が入っている。
「久々だから結構な量になっちまったな、まあこれだけあればしばらく困らんからいいだろ」
トレセン学園には様々なウマ娘が在籍しており、トレーナーたちは彼女たちそれぞれにあった環境を用意する。それは練習や戦術だけでなく、備品もそうだ。
ある程度は学園側で用意したものが支給されるが、それが担当にとって最適な場合は少ない。
なので、特に活躍するウマ娘の場合は、このように個別に買い出しに行くことが多い。
「さりげなく俺のウェアも買ったけど、これ経費で落ちねえかなあ〜」
「無理に決まっているだろう」
たわけ、とエアグルーヴの呆れ声が漏れた。トレセン学園が支えるのは競技で活躍するウマ娘であり、ジョギングする成人男性ではない。
「今月キツイんだよな、トレーナー室にゲーミングPC導入したから」
「貴様はトレーナー室をなんだと思っているんだ……」
現在トレーナー室の作業机周りは、ゲーミングPCにゲーミングチェア、ゲーミングマウスと贅沢な仕様になっている。もう少しグレードを下げれば経費で落ちる可能性もあったが、トレーナーは決して妥協しなかった。
「じきに闘争が始まるからな……下手にスペックを下げてプレイに支障を来す訳には行かねえ……!」
「家でやれ」
もっともすぎる意見だった。職場で遊ぶから気持ちいいんだよ、と最悪の反論が聞こえた。
「……さて、せっかく上野まで来たしもう少し歩かね?」
「構わんが、アテはあるのか?」
「ああ。ここ真っ直ぐいくとアキバだからな、たぶんなんかおもろいもんあるだろ」
御徒町駅を越え、線路沿いに十分ほど歩く。途中トレーナーが何度か居酒屋に吸い込まれかけたが、なんとかそこを堪えて無事秋葉原に辿り着いた。
週末の電気街口は、駅前のコラボラッピングされた柱が隠れるくらいには混みあっている。
「うわ、見ただけで
「この様子ではどこも混んでいそうだがな」
実際、ラジオ会館は人でごった返していたし、涼むために入ろうとした喫茶店は一杯だったしで、散々だった。
「はあ、ひとまずゲーセンでも入るか」
大通り沿いの大手チェーン店に入る。エスカレーターを上がりながら「こういうとこ来るのも久々だな」とトレーナーが呟く。
「前にお前にメダルゲーム教え込んで以来だわ」
「今日は絶対にやらんぞ」
「代わりに音ゲーやっていい? 1クレ10分くらいで終わるし」
「いいだろう」
太鼓を叩いたり、洗濯機を触ったり、鍵盤を捌いたり、腕を虚空に振り上げたりしているうちに、あっという間に一時間が過ぎた。ダンスゲームがとどめになって、トレーナーは息も絶え絶えにへたり込んだ。
「久々にやるとキッッッツ、休憩してえ」
「こういったものもたまには悪くないな」
少しやかましいが、とエアグルーヴはウマ耳を少し絞って言った。トレーナーは、パチンコ屋には絶対に連れて行けねえな、と思った。
「じゃあ耳に優しいクレーンゲームするか、ぱかプチの新作出てるし」
「誰か欲しい娘でもいるのか?」
「スーパークリークの菊花賞バージョンと、マルゼンスキーのダービーバージョンのやつ、あ、あとメジロラモーヌの桜花賞バージョン!」
「貴様、そのチョイスは……」
「なんですか!? レース好きなだけですけど! 文句でもあるんですか!?!?」
己の身を抱くようにして、エアグルーヴは引き気味の視線を向けた。彼はただ大きいのが好きなだけなのだ。成果とか、色々。
3000円ほど溶かしたところで、ようやく三体とも取ることができた。紙袋の端から飛び出したぱかプチの顔を見つめて、トレーナーは「ふふ……」と満足気な笑みをこぼした。
「インターネットでは1体あたり500円で取引されているな」
「やめろ、現実を見せつけてくるな! こういうのは自分の手で取れたって実感がいいんだからいいの!」
トレーナーは、次はでかプチを取るかな、と悩んでからやめた。エアグルーヴの言葉が刺さったからではなく、既に自室にもトレーナー室にも、エアグルーヴのデカぷちが飾ってあるので。
「………………」
「ん、どうした。アレ欲しいのか?」
エアグルーヴが見つめていたのは、最近流行りのゆるふわ系キャラのぬいぐるみ。「いや、誰もそんなことは言っていない!」などとのたまうエアグルーヴを他所に、トレーナーはワンコインを投入した。
「まあすぐ取れるだろ」
巨大なぬいぐるみの足を挟むように、エアグルーヴの手より一回りは大きいだろうアームが閉じる。それが徐々に上昇して限界に達し、落下口に向けての横移動を始めたところで、頭の重さ故か二頭身キャラの身体が大きく揺れ、そのままその場に落下、バウンドした。
「……随分難しそうに見えるが」
「いや、わかってねえなあ。よく見ろ、今のバウンドで数センチ動いた。この動きを繰り返せれば、あと五回、もうワンコイン突っ込めば取れる計算だ。大船に乗った気持ちでいてくれ」
「泥船にしか思えん」
無論、泥船であった。四回目まではスムーズに前進していたぬいぐるみは、五回目で後退。六回目に強めのバウンドが発生し、何なら元の位置よりも遠くへと落ちた。
「クソッ、こんなはずはない! 次、次こそは……! ああクソ小銭がない!」
「施設で走るな!」
駆け出した途端エアグルーヴに咎められたので、トレーナーは素直に早足で両替機に向かった。
財布がはち切れんばかりに大量の五百円玉を抱えて戻ってきた時、トレーナーが見たのは四方八方からぬいぐるみを眺める女帝の姿だった。
「……グルーヴさん?」
「だいたいのコツと遠近感はわかった、ならば──」
ウォーミングアップするスポーツ選手のように、アームがその場で一度、開閉を繰り返す。どうやらトレーナーのいない間に何度かプレイしたらしい。
「おいおいやめとけ、でかぬいはクレーンビギナーが気軽に手を出していいシロモノじゃないぜ?」
「うるさい、黙って見ていろ」
アームは、正面から見て縦にうつ伏せになったぬいぐるみの、腰の辺りに向けて開く。が、明らかに距離が足りていない。それを見てトレーナーが「あ!」と声を上げた。
「お前、それは初心者にはキツイって……!」
「黙って見ていろと言っただろうが」
開いたアームは、ぬいぐるみの腰を少し押し──その勢いで揺れた、タグの穴へと侵入する。
そのままスムーズに閉じ、上昇。グラグラと揺れるぬいぐるみを見て、トレーナーは、昔ラスベガスで行ったルーレットを連想した。
「アッ──!?」
あと一歩でゴール、というところでタグの紐が外れる。落ちていくぬいぐるみがコマ送りのように見える。それはギリギリ芝ではなく仕切りにぶつかり、跳ね、そうして景品口へと落ちた。
「と……取れた……! おま、よくやったな!! たったの三回で!!」
「いや……九回だ」
ぷい、とトレーナーから視線を背けてエアグルーヴは言う。
「貴様が転がし続けたからこそあの位置にあった訳だからな、だから、まあ……貴様のおかげでもある」
「……エアグルーヴ」
真剣な声に、少しだけ女帝は振り返る。トレーナーは、その時歯噛みしていた。
「てめぇ……それは煽りか!? 『たわピッピが無駄に後ろにやってくれたおかげで取りやすかった〜♪』とでも言うつもりか!?」
「たわけ! そんなことは一言も言っていないだろうが! 何をどう曲解すればそうなる!?」
「中途半端にデレるからいけないんですー! あーもう怒ったぜ、こうなったら勝負だ勝負! どっちがより少ない課金で景品が取れるか競ってやる!」
「ふん、いいだろう! どうせ貴様は後退させて終わりだろうがな!」
──このあと、トレーナーの財布はとても軽くなったとか。