たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
今回だいぶキャラ崩壊&なんでもありな感じなので、怪しいなと思ったらマジでブラバしてください!全員やばいぞ!
「明日ヒマだよな?」
「一応空いてはいるが」
「じゃあ朝七時、寮まで迎えに行くからそのつもりで」
「おい待て、だから用件を言えとアレほど言っているだろうが!」
「…………当日のお楽しみで!」
そそくさと喫煙所まで逃げていったトレーナーの後ろ姿を見て、エアグルーヴは嘆息する。
確実に、面倒事に巻き込もうとしている。その波動を感じ取りつつ、とりあえずスマートフォンを取り出した。
*
「お、早いな」
「それはこちらのセリフだ。貴様が十分前に来るとは思わなかったからな」
寮の前に立っていたエアグルーヴを見て、トレーナーは首を傾げる。服は私服なものの、片手にはキャリーバッグがあるし、やけに大荷物である。
「なんか、準備いいな」
「当然だろう。きちんと下調べしておいた」
キャリーバッグの中身は冷感グッズやペットボトル、そして勝負服である。
「今日はコミックマーケットだろう? で、貴様のサークル参加に付き合わされる、と」
「一言も言ってないのに全部バレてるじゃん!」
隠した意味なかったか、とトレーナーは頭を掻きながら言った。貴様の行動が分かりやすすぎるだけだ、とエアグルーヴはいつも通りの返しをした。
「百歩譲ってコミケを察したのまではわかるけど、なんでサークル参加までバレてるんだよ」
「貴様のアカウントを覗きに行った」
「え、垢バレしてたの!?」
「いや、ドーベルに聞いた」
「アイツ……! インターネットリテラシーを先輩に売り渡しやがった……!」
彼は、メジロドーベル、アグネスデジタルの二者とは、ウマッターアカウントを相互に補足済みである。コミケに行くことを察した時点で、トレーナーの動向を探るべく連絡したらしい。
「貴様が私に詳細を教えないということは、なるべくギリギリまで隠しておきたい何かだろうからな。その路線で調べただけだ」
「なんか悔しい! バレた上に、挙句の果てにノリノリで着いてこられるなんて!」
キャリーバッグを車のトランクに入れ、エアグルーヴは助手席に座る。車は持ち主の性格とは反比例して、静かに動き出す。
「いや、別にノリノリではない……が、前々からコミックマーケットには一度出向かなければならないと思っていたからな」
「お前そーゆーのに興味あったか?」
コミケには一つのジャンルとして『ウマ娘』が存在する。
主にトゥインクルシリーズを走る少女たちを題材にした、様々な創作物が軒を連ねているのである。
ただ、これは実際のモデルが存在する、俗に言うナマモノといったカテゴリに分類される。その点で地雷としている人や、解釈の違いに留まらない、多少不適切な表現が存在しているのも確かだ。
「故に、一度検分したいと考えた」
「……マジ? いや、そもそも売り子させようとしてたオレが言うことじゃないけど……たぶんビビるぜ?」
「ビビるようであれば、然るべき処置をするだけだ」
「ええええ…………」
思ったより話が大事になってきたことにようやく気づき、トレーナーは焦り始めた。もしかしてコンテンツ存亡の危機に瀕してる?
時限爆弾のスイッチを起動してしまったプレッシャーに耐えながら、車は信号で止まる。
「そういえば、一つ疑問なのだが」
「ああ」
「コミケは、公共交通機関を利用していくのがマナーではないのか?」
「なんだ、そんなことか」
安心したように少し肩を落として、トレーナーは笑う。
「真似したら普通にダメだぜ」
「参加者の民度が悪い、減点1と」
「なんだそのメモ!?」
「減点が重なったら上に報告する仕組みになっている」
「ええ……加点はあんの?」
「それは貴様ら次第だな」
責任重大である。トレーナーは嘆息して、アクセルを踏んだ。
*
「着いたー!」
「結構歩いたな」
「流石に俺も、会場付近の駐車場には止めらんねーからな」
午後九時前。目の前に聳え立つのは、特徴的なダブル逆三角形──東京ビッグサイトである。
階段を上がった先の踊り場は、既にだいぶ混雑しており、その熱狂具合を伝えてくる。
「まあコレ見たかっただけで、サークル参加列は全然違うんだけどな」
並んでるヤツらを尻目に入場するのは気持ちがいいぜ──という最悪の台詞に、思わずメモ帳に正の字を足しかけたが、まあそもそもこういう人間であるのは分かっていたので、諦めて聞かなかったことにした。
大きく迂回して、立て看板に従って進み、サークル参加の入口まで着いた。
「今日、勝負服で売り子やってくれるってことでいいんだよな?」
「ああ」
「ホンモノを持ってきてもらったとこ悪いんだけど、俺が買っといたしょぼい方にしてもらっていいか?」
「別に構わんが……」
「あとメイクはいつもより濃いめで! それとこのカラコン入れてくれ!」
「注文が多いな」
一応の偽装工作である。
「ほら、俺もちゃんと変装してるべ?」
「不審者のコスプレの間違いだろう」
サングラスにマスクでスーツというコーデは、コミケでなければ一発で通報されそうな出で立ちである。
「んじゃ一回ここでお別れだな。更衣室向こうだから、コスプレしてきてくれ」
「自分のコスプレをするというのも、不思議な話だが」
「ちゃんと偽物っぽくしとけよ!」
更衣室で、多種多様なキャラクターや、時事ネタに沿った独特のコスプレなどができる姿に圧倒されながら、いつもよりペラペラな違和感ある衣装に着替え、ややこしい番号を見極め、無数のホールと複雑な番号の中から、言われていたサークルスペースとやらに赴く。
わかりやすい不審者が三人並んでいた。
「おう来たな、ちゃんといい感じだぜ」
「あ、エアグルーヴ先輩! めちゃくちゃクオリティ高いですね……!」
「いや、それはそうだろう……何を言っているんだ、というか何をやっているんだドーベル」
エアグルーヴは、星型のパーティサングラスに耳空きニット帽という不振な出で立ちのウマ娘──メジロドーベルに訝しげな視線を送った。それを聞いてドーベルは「ここではどぼめじろうと呼んでください、一応マナーとして」と恥ずかしそうに言った。
「はあ……ではそのように呼ぼう」
「俺のこともちゃんとトレぴっぴって呼べよ、一応マナーとして」
「…………」
「え、何その心底嫌そうな顔?」
「先輩すみません、この人本当にそういう
「…………」
「は、何その心底嫌そうな溜息?」
そんなやり取りを眺め、尊みに身を震わせながら空気に徹する者がいた──そう、それこそ第三の刺客、アグネスデジタル。彼女はハート型のサングラスの向こうで繰り広げられる展開を網膜に焼き付けながら、極限まで存在感を消し去ろうとしていた。
「生のトレ×ウマ娘ちゃん、サイコー……ッ!」
「貴様は……アグネスデジタル、か?」
「ひ、ひゃいっ!?」
顔面が普段よりバチバチの女帝にジト目で見つめられ、アグネスデジタルは驚きの声を上げた。捕捉されてしまったことによる羞恥と、空気に徹していたかったが故の申し訳なさと、それから変装していても気づいてもらえたことによるほんの少しの喜びがあった。
対するエアグルーヴは、ちょび髭まで付けた変装に、少し引いていたけれど。
「三人横並びとは……合同サークルというやつか?」
「いえ、たまたまです」
「まあ全員壁だし今回は近いウマ触ってるから、妥当といえば妥当な結果だな」
「ほう」
なるほど、近いウマ娘。年代的にだろうか? それともライバル関係? あるいは同寮、もしくは親戚関係かもしれない。
「ほれ、サンプル見るか?」
「ふむ、それでは拝見させてもら──!?」
三冊同時に受け取ったエアグルーヴは、言葉を失った。
まず一冊目。アグネスデジタルの描いた本は、だいぶ美化されたリアルタッチのシンボリルドルフとシリウスシンボリが見つめ合う表紙の本だった。軽く捲った時点で既に味が濃い。二人の絡み方というか、距離感がすごい。リアルとは大違いに見えるが、これも解釈とやらの成せる技なのだろうか。
二冊目。少女漫画チックに描かれたナリタブライアンの本は、メジロドーベルの作品だった。無愛想でぶっきらぼうだったナリタブライアンが、甲斐甲斐しく世話を焼くトレーナーに徐々に絆されていく、といった内容だった。これに関しては取材でもしているのか、ほとんどエアグルーヴが見聞きしてきたままの内容で驚いた。だいぶ誇張されている部分はあるし、ブライアンが十割増しで乙女だが。
三冊目。肝心のトレーナーの本だが、若干雑なエアグルーヴと、めちゃくちゃ美化されたトレーナーが描かれていた。彼の一人称は決して『僕』ではないし、毎朝六時に起床してランニングとハーブティーを楽しんでいたりはしないし、トレセン学園中の生徒に指導をし、誰からも好かれていたりはしない──いやこれは少し、間違っていないかもしれないが。
どちらかといえばエアグルーヴが身勝手に描かれ、トレーナーがそれを優しく窘めているのが癪に障る。
「これは…………!?」
(うわ絶対引かれた教えなきゃよかったあああ)
(反応おもろ、誘ってよかったあああ)
(推しに自作を読んで貰えた恥ずかしさと喜び……悔いは、ない……ッ!)
三者三様の反応を見せる作家陣に対し、エアグルーヴは無言でページを捲り直す。
「ふむ……」
と意味深な反応を見せ、三冊を閉じた。
「読了、サンガツ!」
「は?」
「いや読んでくれてありがとうって意味だから……そんな威圧されるようなこと言ってないから……」
「なら素直にそう言え」
((それはそう))
(だがトレウマのトレツンからしか得られない栄養素も……ある!)
アグネスデジタルの相反する頷きの間に、エアグルーヴは感想を整理していた。
「……まあ、正直」
「うん」
『第102回コミックマーケット、これより開場致します。サークル参加の方々は、頒布物と釣り銭の、一般参加の方々はお財布と、落ち着いた入場の準備をお願い致します』
「あ、やべえもうそんな時間じゃん!」
各自、隣り合わせのサークルスペースに戻る。一人浮いたエアグルーヴの腕をトレーナーは引き「全然説明してなかったけど、お前はニコニコしながらお金を受け取って、お釣りを渡して、それから本を渡してればモーマンタイだから!!」とサークルスペースに招いた。それから、徐に他の島へと向かった。
「よし、じゃあ留守番頼んだ! 買うもん買ったらすぐ戻るから!! 分からないことがあったら二人に聞くんだぞ!」
「貴様、まさかこのために私を── 」
「いやいや違うって! やっぱ華があった方が参加者みんな喜ぶし、野郎が渡すより本人のコスプレした本人が渡す方がアツいからさ! ほら、コミケってある種のファン感謝祭みたいなもんだし!」
「うーん、たしかにそうかも……?」
「(一部の)ファン向けではありますね、ハイ」
「一理、あるのか……?」
((ないですね))
「そうそう、だからいい子にして待ってろよ! お前にコミケの良さを教えてやる!」
「サークル参加サイコー!」という最悪の捨て台詞とともに、トレーナーは去っていった。少しして一般入場の参加者が、ヌーの大移動のようにドタバタとホール内に侵入してくる。足音と同時に「すいません、新刊一部お願いします!」という声がそこかしこで聞こえるようになった。全部、同じ声だった。全部、トレーナーの声だった。
「……いくらなんでも怒った方がいいんじゃない?」
「あの人、自分のところの新刊を配り歩いてるのが難しいんですよね……貰う側もまあまあ喜んで受け取ってるから、名目上は新刊のトレードなんですよ。しかも好きな絵師に貢ぎたい気持ちから、ちゃんと旧刊買うしスケブで貢ぐし」
「む、難しい……!」
メジロドーベルとアグネスデジタルの会話はよくわからなかったが、トレーナーがまたもや法の抜け穴的なところを攻めていることだけは、エアグルーヴにもよくわかった。
「新刊一冊、お願いします!」
「はーい!」
右側のドーベルのスペースにも、左側のデジタルのスペースにも、徐々に人が集まり始めた。自然と流れは列になり、手伝いに来ていた後輩たちがそれを先導する。なるほど、人の混雑で通路が塞がるのを防ぐために、スペースを壁際に配置しているのだろう。それだけ彼女達の──そしてトレーナーの、作品の人気ぶりが伝わる。
「新刊と旧刊、全て一冊ずつお願いします」
エアグルーヴの前にも、自然と列ができていた。「は──はい」と、たどたどしい手つきで並べられた本を集め、手渡す。
「三千円になります」
「はい、ありがとうございます」
「すいません、新刊とアクキーのセットお願いします」
「この既刊とキーホルダー1つずつください!」
捌ききれなくなってきた。というか、扱ってるものが多い上に価格にブレがあるのでわかりづらい。
あたふたしているうちに他のスペースの売り子が手伝いに入ってくれて、どうにか事なきを得た。
「新刊セット、ひとつ」
「はい」
だいぶ手慣れて、売り子の手伝いがなくても列を捌き切れるようになった頃。新刊セットは千円でキリがいいから楽だな、と思いながらアクリルキーホルダーと新刊を手渡した時に、まさかの不意打ちが届く。
「お姉さんのコスプレ、めちゃくちゃクオリティ高くてびっくりしました。ほんとにホンモノみたい」
「……あ、ありがとうございます」
偽装できていることを喜ぶべきなのか、バレなかったことを悲しむべきなのか、その辺りが難しかった。
「ようやく回り終えたぜ〜、留守番ありがとな!」
「遅いぞ、たわけ──!?」
スペースに戻ったトレーナーの両手には、はち切れんばかりに本が詰められた紙袋が握られている。彼が出ていってから二十分程度しか経っていないのだが、手慣れすぎているというか何というか。
「はい、お前らに頼まれてた分」
「お手数おかけしましたっ!」
「ありがとう」
二人の分をお使いしていたなら納得か──と頷きかけたものの、紙袋からは数冊程度しか減らなかった上、背負うリュックサックにも大量に本が入っていることが判明した。
「悔いはない。だって、お金と引き換えに、無限大の夢を買うことに成功したから──」
「疑問なんだが、それだけの本を貴様は一体何処に保管しているんだ?」
トレーナーの部屋を日頃から掃除しているエアグルーヴだが、こういった同人誌の類を見た覚えはなかった。
家の押し入れには精々衣類しか詰まっていなかったし、ベッドの下にも本棚の奥にも、こういった物を入れるスペースは恐らくない。
「あー、まあ全部実家に置いてるからな。無駄に広い家だから、余ってる部屋に全部押し込んでんだよ」
「この時期に頻繁に里帰りしていたのはそのためか……!」
「戦利品を大事に、大っっっ事に読んだり読み直したりしてるからな」
うんうん、と両隣のスペースの作家が頷いた。なるほどそういうものなのか、と女帝は納得することにした。
「じゃあ俺変わるから、グルーヴも適当に回ってきていいぞ。あるいはスペースで休んでてもいい」
「なら、貴様の戦利品とやらに目を通してもいいか」
「別に構わねえけど、ほれ」
重い紙袋が渡された。ウマ娘に限定されない、雑多なジャンルのそれらを読み進めていく。
「……なるほど」
「おもろいか?」
「ああ」
素人故の未熟さだとか、構成の甘さはわかる。だがそれ以上に、作品やキャラクターへの愛がある。故に、想いは伝わる。
「いいものだな、このイベントは」
「だろ!? やっぱりね、オタクの愛が作り上げてるからな!」
「貴様の作品は歪んだ自己愛が垣間見えて、受け入れ難かったが……」
「表現の自由ってことで、何卒」
伝家の宝刀であった。が、実質的な権利者たる
「読了した」
「まだまだ本はあるから安心しろよ。ただしこっちの紙袋には触るなよ!」
((叡智なのが入ってるんだろうな……))
──そんなこんなで、本を頒布して参加者と交流したり、会場を回ったり、戦利品を眺めたり、叡智なのがチラ見えしてトレーナーをしばいたり。
『第102回コミックマーケットは、これにて閉場いたします。参加者の皆様、誠にありがとうございました。配送の受付は16時までとなっておりますので、お済みでない方はお早めにお願いします』
そうしている間に、閉会の時刻となった。あんなに混雑していた人の群れもまばらになり、そこかしこにあったタペストリーやのぼりも消え、パイプ椅子が置かれただけの机も増えてきた。
「つわものどもが夢の跡、か」
「言い得て妙だぜ」
隣に立ったトレーナーが、どこか寂しそうに呟く。
「もう終わっちまうのか、って思うよな。楽しい時間ってのはあっという間だ」
まるでレースの時みたいに、と彼は思い出したように加える。まあ、共感はするが。
「トレーナー的には、これからが本番なんじゃないの?」
「まだ何かあるのか?」
「もちろん! イベントの後といえば、やっぱ打ち上げっしょ!」
ちなみに、しれっとお酒の飲める店を予約している。とはいえお金を出すのは大人であるトレーナーなので、流石に許してあげてほしい。
「ここまで含めてイベントの醍醐味だからな! 最後まで付き合ってもらうぜ!」
片付けを終え、ワイワイガヤガヤと動き出す集団の中で、たしかに悪くないな、と少しだけ微笑むエアグルーヴなのだった。