たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「今年も有望な新人が多そうだな」
賑わいを見せる競技場を、エアグルーヴのトレーナーは静かに眺めている。
選抜レースだけあって、新人を見定めようと目を光らせるトレーナーたちと、スカウトされるべく、少しでもアピールしようと試みるウマ娘たち。デビュー前から行われるそんな駆け引きを見て、彼は何かを思い出し、ぽんと手を叩く。
「めちゃくちゃ合コンみてえ」
「何が合コンだ、たわけ」
「あ、グルーヴ」
橙色のヴィヴスを着たエアグルーヴが、中間地点を示すフラッグを持って現れた。本日の生徒会の業務は、選抜レースの運営と進行である。とはいえかの『女帝』が、1500m地点を示すためだけに立たされるというのはどうなのだろう。
「まずお前が立ってることによる圧が半端ないしな」
「む」
眉を顰めて、エアグルーヴは小さく声を漏らす。とはいえ彼女自身もそこまで異論はないのか、不満そうな様子を見せるだけだった。
「もっとこう、ニコニコしながら立ってりゃいいんじゃね?」
「……それはそれで怖がられそうだが」
「よくわかってんじゃん」
『間もなく第4レースが始まります。参加者の方は準備をしてください』
「そろそろ行った方がいいぞ」
「言われなくともそうする」
1500m地点まで進んだエアグルーヴは、旗を首の辺りまで掲げて立つ。そうこうしているうちに準備が整い、レースが始まった。
*
「はあ、はあっ……」
鹿毛のウマ娘が、背中までかかる長髪を振りながら走る。
呼吸が荒い。フォームも乱れ始めている。出遅れて焦ってしまったことと、周りの視線が気になって集中できなかったせいで、普段よりパフォーマンスが大きく下がっているのが自分でもわかった。
(もう、このままじゃ……!)
順位は6位。残りは600mほど。先頭からは未だ6バ身離れており、ウマ娘の足なら数秒で埋まるはずのその差が、遥か遠くに感じられた。
(それでも、私は……)
必死に前を向く。そうして、視界の端に風に靡くフラッグと、それを持つ彼女の姿が映った。
(あ……)
エアグルーヴ。昨年ティアラ三冠を達成した『女帝』だ。後輩の育成に力を入れているため、彼女も話したことがある。
常に理想を見つめるその瞳はいま、先頭バではなく、彼女に向けられていた。
(……ああ、そうだ)
そんなものか、とその瞳は語っている。彼女すら信じきれていない自分の力を『女帝』は疑っていない。ならば、自分だって──!
「ッ、あぁああぁ──―ッ!」
足を回す。力を振り絞って、持つもの全てを吐き出す勢い。粘り強い差し足。それはやがて、バ群を穿った。
『決まったーッ! 7番、見事差し切ってゴールです!』
「か……勝ったの……?」
肩で息をしながら顔を上げれば、歓声と拍手が届く。先程までは重圧でしかなかった注目が、いまは少しだけ心地いい。
「いいレースだったよ! キミ、ウチのチームに入らない!?」
「よかったら私と契約しない? 絶対に後悔させないわよ」
「……あ、えっと」
有望バをスカウトするため、トレーナーたちが我先にと動き始める中、彼女はキョロキョロとターフの中を探す。
こちらを見ていた女帝は、ふっと微笑んで振り返り、手をひらひらと動かして去っていく。心の中で、ありがとうございましたとお辞儀をして、トレーナーたちへと向き直った。
「いつか相見える日を楽しみにしている」
ドーベル、とエアグルーヴは彼女の名を呼んだ。いいレースを見たからだろう、どこか心が浮き足立っていた。