たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
『トレーナー! トリック・オア・トリート!』
「はいはい、これトリートな」
仮装した生徒たちの大合唱に、トレーナーは苦笑と手振りで答えた。
言うまでもなく、トレセン学園に在籍しているのは花盛りの女学生たちなわけで、そうなると当然季節行事は大盛り上がりである。
特にハロウィンは言い得なので、多数のトレセンスタッフが
エアグルーヴのトレーナーも五年目となれば慣れたもので、箱買いしておいたお菓子をばら撒いて歩いている。
「ちょっとモーセみてえかもな」
お菓子をキャッチしたり拾うためにウロチョロするウマ娘たちを見て、トレーナーはそう呟いた。が、まったくもってそんなことはない。どちらかといえば花咲かじいさんか、あるいは鼠小僧のようなばら撒きぶりであった。
「こら、廊下でお菓子をばら撒くな!」
『すいませーん』
モーセのごとく人の波を乗り越えて、エアグルーヴがやってきた。ウマ娘たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「まったく、困った奴らだぜ」
「彼女たちではなく、貴様に言っているのだが」
「いや俺は悪くないって。普通に配ったら行列できて通行の邪魔になるし、こっちのがいいだろ?」
「拾う動作でむしろ邪魔だろう!」
実際トレーナーの動機としては、お菓子をばら撒いて目立ちたかったのと、何となく優越感に浸りたかったのが大きかったので、相当不純だった。
「……ハロウィンか」
エアグルーヴは、浮き足立つウマ娘たちを見つめて呟く。
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない。早急にミーティングを行うぞ」
「あいあいさー」
萎れた尻尾を隠すように生徒たちの前を横切り、トレーナー室の乱立する棟へと向かう。一部の部屋の扉には識別のために各トレーナーやウマ娘が装飾を施しているのだが、それすらハロウィン仕様になっているところもいくつかあった。
「みんな楽しんでんじゃん、ウケる」
「貴様ほどではないだろうな」
未だにかぼちゃの被り物が頭に乗っかっているトレーナーを見て、エアグルーヴは言った。漏れた溜息に「いや、これ結構あったかくていいんだぜ?」とトレーナーは釈明する。
「今後はニットとかの代わりにこれ被って生活しようかな」
くだらないことを言いながら、トレーナーは部屋の鍵を開けてデスクに座る。ぽふぽふと被ったかぼちゃを撫でるトレーナーを見て、「絶対表で被るんじゃないぞ」とエアグルーヴは嫌そうな顔をした。
「え、そんなに似合ってない?」
「逆に、似合っていると思って付けていたのか……?」
デスクの上に置いてある鏡で自分の顔を確かめて、彼は首を傾げる。
「でもコレ、めっちゃモフモフだぜ」
「なんのアピールだ、それは」
「ほれ、味わってみろ」
外した被り物を、トレーナーはエアグルーヴにぽふりと被せる。頭頂部はかぼちゃらしく楕円形に丸みを帯びているが、毛のようなフワフワとした素材のお陰で柔らかくて保温性も高い。フライトキャップのような耳当てもついているため、冬場でも暖かく過ごせるだろう。
恐らく人間用のため、エアグルーヴの場合、耳が頭頂部に干渉して少し被りづらかったが。
「うん、めっちゃかわいい」
「たわけ」
ぷい、と顔を反らす。向けられた鏡に映った自分の顔が、少しだけ赤かったので。
「俺らも部屋改造しときゃよかったな、正月とかクリスマスとかは飾り付けしたけど、毎年この時期は忙しかったから、まだハロウィンはやったことないもんな?」
秋は重賞が多い。エリザベス女王杯、マイルチャンピオンシップ、ジャパンカップなどG1だけでもこれだけある。いずれもエアグルーヴの適正距離なため、毎年どこかしらに出ている兼ね合いで忙しいのだ。
「かぼちゃスープは毎年作っているだろう」
「いや、まあアレもハロウィンだけどさあ……」
エアグルーヴが毎年作ってくれるかぼちゃスープを思い出す。たしかに美味しいが、トレーナーの求めているハロウィンは、収穫祭というよりはジャパナイズされたお祭りとしてのハロウィンである。
「よし、やるか」
「たわけ、ミーティングはどうするんだ」
「いいよ今更マイルチャンピオンシップは。三年前かなんかに勝ったじゃん」
「際どい勝利だったがな」
「あの時競ったやつは出てこないし、レース場の研究も済んでるじゃん。わざわざ時間取って話すこともねえべ?」
「一つの油断が大きな敗北を招くのだぞ」
「油断じゃねえよ。これはそう……信頼から来る、勝利への自信だ」
「慢心だろう」
間違いなかった。だがトレーナーは納得がいかないらしく、口を尖らせて「いいだろ一日くらい! ミーティングは明日に回して今日はハロウィンだ!! 梃子でも働かないからな!!」と強情な姿勢を発揮し始めた。
「貴様……駄々を捏ねればどうにかなると思うな!」
「主張しなきゃ何も始まらねえ! だから……俺は声を大にして主張する! サボりたい、と!」
「本音はそれだろうが!」
たわけ、とエアグルーヴの怒号が響く。ヒートアップしていた議論は落ち着き、二人の荒い息がトレーナー室に広がっていく。
「……わかった」
先に折れたのは、トレーナーだった。
「じゃあ、ミーティングもするから……その前に、ちょっとだけハロウィンしよう」
「何故、そこまで拘る」
「そりゃ、お前とやりたいなと思ったからよ。折角の機会なんだから楽しまなきゃ損だろ?」
お前、ただでさえ遊び心ねえからな──と続けた。たまには年相応にはっちゃけろよ、と。
「……検討する」
「いいことだぜ。じゃあとりあえず、ハロウィンの正装に着替えるか」
「正装だと?」
「ああ。ハロウィンといえばやっぱりコスプレだからな」
手に持つ紙袋をゴソゴソと漁って、帽子と、桃色に蛍光色の布切れのようなものを出す。
「じゃあまず、婦長モデルのドスケベ衣装に着替えてもらって──」
「この──たわけッ!!」
「ぶえっ」
肌と肌がぶつかった、甲高い音が響く。トレーナーによる全力でビンタされた人の仮装は、しばらく続いたという。