たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

44 / 45
シニア級五月『お世話になっております』

「帰りてえ~~~」

 

 大きな溜息を吐きながら、トレーナーは廊下を歩く。本日は午後出勤なうえにまだ何の労働もしていないのだが、それでも家が恋しいらしい。

 

「五月病かもな……」

 

 己のやる気のなさに理由を付けてみたものの、一年通して似たようなものなので、恐らく間違っている。職員室で資料を印刷してから、重い足取りでトレーナー室に向かっていたところ、挙動不審にキョロキョロと何かを探す、見慣れたウマ娘の姿があった。

 

「なにやってんだよ、グルーヴ」

 

「!」

 

 ポンと肩を叩くと、彼女は驚いたようにこちらを見た。トレーナーはその姿に首を傾げる。

 

「え、メイク濃っ、イメチェンした? 俺はその方が色気あって好きだけど。ってか風邪でも引いたか?」

 

 黒い布マスクを付けており、その分なのか何なのか、いつもよりアイシャドウが濃い。その上気になるのが、何故か制服ではなく私服で学校にいる点である。

 

「まあいいや。ほら、ミーティングするぞ。俺は宝塚の話を済ませて、一服しに行くんだから」

 

「…………」

 

 こくり、と彼女は頷いた。マスクの上からでもわかる微笑を疑問に思いながらも、ツッコむことを億劫がったトレーナーは、ずんずんとトレーナー室に向かった。

 

 

 *

 

 

「出走バから見て、宝塚記念は早めのレース展開になるだろう。だからここは、俺たちも先行策を取ることで臨機応変な対応を──」

 

 話を遮るように、コンコンと律儀なノックが二つ聞こえた。聞きなれた音に思わず固まっていると、これまた聞きなれた「失礼する」という声が響く。

 

「客人がいる中で申し訳ない。本日のミーティングの話を──」

 

「は、エアグルーヴ!? なんで!?」

 

「なんでも何も、この時間に呼び出したのは貴様だろうが」

 

 扉の前に立つ制服のエアグルーヴと、先程まで無言で話を聞いていた彼女を見比べる。先客の存在を確かめたエアグルーヴは、大きく目を見開いた。

 

「お、お母様──!?」

 

「はぁいエアグルーヴ、来ちゃった♪」

 

「ってことは…………!」

 

 みるみる顔を青くしていくトレーナーに向かって、妙齢のウマ娘はマスクを外して微笑む。

 

「初めまして、エアグルーヴの母です。娘がいつもお世話になっております♪」

 

「し……失礼しましたァァァァァ!!!!」

 

 

 

 *

 

 

「私とお母様を間違えていたというのか!? 貴様は本当に……っ!」

 

「ごめんって! だってマジでそっくりなんだもん!!」

 

「あんまり怒らないであげて、乗っかった私も悪いのよ」

 

 こめかみを押さえるエアグルーヴを、母が宥めた。

 並ぶ二人を見ると、本当に似ているのが分かる。ぱっと見だと姉妹と間違えかねないだろう。ただ、マスクを外すとやはり、濃いメイクでも隠せない年輪が──

 

「あら? 私の顔に何かついているかしら?」

 

「い、いえ! 娘さんと見間違えるくらい、若々しくて美しいな、と思いまして!」

 

「うふふ、褒めても何も出ないわよ♪」

 

 頬に手を当てて、母は微笑んだ。容姿はそっくりだが、中身の方はだいぶ違うようである。

 

「この辺に用事があったものだから、ちょっと寄ってみたのよ~。どうせならサプライズで驚かせようと思ったのだけれど、びっくりさせすぎちゃったみたいね」

 

「いや、本当に腰抜かしましたよ。先程は本当に失礼致しました」

 

「いいのよ、そんなに畏まらなくて。さっきまでのあの気さくな感じの方がいいわ」

 

「え~、じゃあお言葉に甘えちゃおっかな~! 俺も、お母さんのノリいい感じめっちゃ好きです!」

 

「嬉しいわ、ありがとう♪」

 

 にへらと情けない笑顔を浮かべるトレーナー。明らかにデレデレしている。人の母親にデレデレするな、と言ってやりたい気持ちを、エアグルーヴはすんでのところで堪えた。

 

「あ、そうだ。お茶淹れますよ。紅茶緑茶麦茶珈琲、どれがいいっすか?」

 

「そうね〜、じゃあ珈琲を頂こうかな」

 

「はいっ! 知り合いから貰った拘りの奴なんで、絶対気に入ってもらえると思いますよ」

 

 ガサゴソと戸棚を漁るトレーナーだが、中から取り出した瓶を開けて青い顔をする。

 

「やべ、豆切らしてた……! すいませんちょっと取りに行ってきます!」

 

「あら、別に珈琲じゃなくても──」

 

 言い終わる前に、トレーナーは駆けて行ってしまった。その後ろ姿を見送って、二人は肩を竦める。

 

「聞いていた通り、賑やかな人ね」

 

「やかましいだけです」

 

「でも、そういうところがいいんでしょう?」

 

「……まあ、人から好かれやすいところではあるでしょうね」

 

「まったく、素直じゃないんだから」

 

 ぷいと目を逸らして答えたエアグルーヴに、母は苦笑した。

 

「それにしても──貴方にピッタリの、いいトレーナーを捕まえたと思うわ」

 

「そうでしょうか」

 

「そうよ。実力は申し分ないし、性格的にもピッタリじゃない?」

 

「水と油だとばかりに思っていました」

 

 いまいち呑み込めていなさそうなエアグルーヴに、だからいいんじゃない、と母は続ける。

 

「似た者同士だったら混ざっちゃうけど、それなら隣を歩き続けられるでしょう? 交わらないなりに、真っ直ぐに」

 

「なるほど……」

 

 そう言われると、そんな気がしてくる。似た者同士だと足し算だが、遠い物同士なら掛け算なのだ。

 時には、+と-で掛け違うこともあるが。

 

「堅物過ぎるグルーヴちゃんを振り回してくれるような遊び心があるし、かといって子供なだけじゃない、生徒を守る大人らしい硬い部分もある」

 

 母が思い浮かべているのはきっと、秋華賞後の会見の際の彼だろう。エアグルーヴがフラッシュで倒れた際、それを記者たちから庇い、守ったその姿。

 

「普段の遊びは貴方が咎めればいい訳だし、お似合いの二人じゃないかしら?」

 

「……そうですね」

 

 エアグルーヴにとって、彼は『理想』のトレーナーではなかった。

 それでも今となっては、己を支える杖が彼でよかったと──そう思える。

 

「ん、ちょっと失礼」

 

 ウマホの着信を確認して、母は一度部屋を出る。戻ってくると同時に「ごめーん、呼ばれちゃった!」と手を合わせた。

 

「もう少しゆっくりできると思ったんだけどね。まあ、あんたの元気そうな顔が見られてよかった!」

 

「いえ、こちらこそ。お忙しい中、わざわざ来ていただいてありがとうございました」

 

「仲良くやれてるみたいでよかったわ♪ あ、そうそう」

 

 思い出したように手を叩いて、母は娘に耳打ちする。

 

「彼、メイクが濃い方が好みらしいわよ?」

 

「なっ、お母様!? 別に私は奴のことなど──」

 

「それじゃ、頑張ってね〜♪」

 

 否定する間もなく母は去っていき、その背中が見えなくなって少しして「あ、あれ? お母さんは?」と息を切らしたトレーナーが帰ってきた。

 

「急用ができたらしく、たった今帰ったところだ」

 

「えー!? マジかよ、もっと仲良くなりたかったのに……」

 

「貴様、人の母親にまで何を……」

 

「いや違う違う! たしかにめっちゃ綺麗だなと思ったけど、マジでそういうアレじゃないから。シンプルに仲良くなりたいだけだから」

 

「どうにも信用できん」

 

「信じろって。仲良くなって、お前の黒歴史をたくさん聞こうと思っただけなんだから」

 

「油断も隙もないな……」

 

「どうせお前みたいな奴は、ちびっ子の頃になんかかわいらしい失敗をしてるんだよ。それを気に病むあまり完璧主義に傾倒し、そうして今のお前ができたってワケ」

 

「いや、違うが」

 

 エアグルーヴは記憶の底を探る。特にそのような出来事はない……はずだ。

 

「それにしても、おもしれー人だったな。お前が尊敬するのもわかるぜ」

 

「ふん、そうだろう」

 

「でも尊敬する割に、性格は全然違うんだな」

 

「模倣することが尊敬することではないだろう」

 

「ま、そりゃそうだ」

 

 トレーナーは小さく頷いた。

 違うからこそ憧れることもある。『理想』として。

 

「見た目は見間違えるくらい似てんのにな」

 

「たしかに、街を歩いていて姉妹と間違われることもあるな」

 

 一拍置いたトレーナーは、ってことはさ、と続ける。

 

「グルーヴも将来はあんな感じになるんかな」

 

「……なったら、どうするんだ」

 

「いや、どうするもこうするもないけど……」

 

 思わぬ問いかけに、トレーナーは困惑しつつ言葉を続ける。

 

「でも、ちょっと喜ぶかもな。それってきっと、お前が美しく歳を重ねられた証だから」

 

 酸いも甘いも、良いも悪いも味わって、それでも真っ直ぐ生きられた証だろうから。

 

「だからまあ──これからも頑張ろうぜ」

 

 エアグルーヴの鹿毛に手を置き、わしゃわしゃと掻き乱すように撫でる。「子供扱いするな」と頬を膨らませた彼女がそれを払ってから、一つ咳払いした。

 

「なら、まずは宝塚記念のミーティングからだ……詰めが甘い箇所は容赦なく指摘するからな」

 

「上等だぜ」

 

 トレーナー室の扉が閉まる。少しして廊下には、話し声と珈琲の香りが漂ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。