たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「お、めっちゃ綺麗になってるじゃん」
「当たり前だ」
首にかけたタオルで濡れた髪を拭きながら、トレーナーは部屋を見渡した。
所々に散乱していた空き缶はまとめられ、つまみに食べていたお菓子の袋などは捨てられ、カーペットに付着していたゴミや埃の一片に至るまで、きちんと掃除がなされている。小姑の真似をして窓の縁を撫ぜてみたものの、埃など一片もなかった。
「流石の仕事ぶり、恐れ入る」
「何様だ、貴様は」
指にふっと息を吹きかけてから「貴様だよ」とトレーナーはドヤ顔を見せた。
「………………」
「え、何そのクソ長い溜息?」
「いい歳した大人がよくも幼子のような世迷言を……」
「童心を忘れない男と言ってくれ……あ、そうだ」
ポンと手を叩いてトレーナーは微笑む。
「夕飯、何か作ってくんね?」
「前々からいつもそうだが、貴様は私のことを何だと思っているんだ」
「大事な愛バデスヨ?」
「なるほど、大事な愛バに掃除をさせ、昼食まで作らせようと言うのか」
ギロ、と効果音が聞こえそうな睨み。いらないところで女帝の威圧感がフルに発揮されている。
「いや〜ほら、俺はエアグルーヴのストレス発散のために部屋を汚してあげてるわけで、掃除の報酬としてご飯くらいよくない?」
「汚してほしくて頼んだ覚えなどないが?」
「お前の心がそう言ってたんだよ」
というか毎回、尻尾が雄弁に語っていた。しかし火に油を注ぎたくはなかったので、トレーナーは何も言わなかった。
「一般的には、施された側が礼をするのが道理だと思うが」
「え、俺の飯が食いたいってこと?」
「貴様の礼は食以外にないのか?」
「なんか自然と出てくるんだよなあ」
『お礼に飯でも奢りますよ』というフレーズを無限に振りまいた故だとは、二人とも気づけなかった。
「でも今日は飯作るのだりぃな。なんか他の礼で済ませさせろよ」
「普通は感謝の気持ちを示すために礼する物だがな」
「感謝の気持ちか……そうだ!」
閃いたと言わんばかりに立ち上がったトレーナーは、エアグルーヴの方に広く両手を広げる。
「……は?」
「遠慮すんな! さあ、来い!」
「状況が呑み込めないが」
「これが俺の感謝の気持ちだぜ! ほら、ぎゅっと!」
「ぎゅ……!?」
その言葉でようやく意図に気づいたエアグルーヴは、顔を赤くしてトレーナーから一歩引く。
「たわけ! どうしてそれが感謝の気持ちになる!?」
「どんな贈り物も、相手との触れ合いそのものには勝てないんだよ〜? って、元カノが言ってた」
「も──」
小さく口を開け、数瞬フリーズした後、エアグルーヴはすべてを吐き出すように息を吐いた。
「……それは彼女の好みであって、大抵の人間は喜ばないだろう。そもそも生徒と抱き合うトレーナーなど、問題になる」
「別に公然でやってる訳じゃないし、海外とかなら全然普通のコミュニケーションじゃね?」
「それもそうだが……」
妙に歯切れが悪いな、とトレーナーは首を傾げた。いつも歯に絹着せないエアグルーヴらしくない。
もしかして、とトレーナーは順当な想像をする。
「あー……そっか。そもそも俺とハグするの、嫌だよな」
「嫌、ではないが──」
やはり歯切れが悪い。トレーナーは、ポリポリと頭を搔いて背中を向ける。
「ま、そりゃ本人には言えないよ、な──?」
ぼふっ、と背中に柔らかいものがぶつかった。振り向くと、こちらを見上げるエアグルーヴがいた。耳は少し倒れ、頬は赤みを帯びている。
「これでいいか」
ぶっきらぼうにそう言って、彼女はトレーナーが面食らっているうちに距離を取った。エアグルーヴの顔は更に赤くなっていたが、それが怒りからなのか羞恥からなのかは傍から見ても分からなかった。
「そもそも貴様はだな──普段はデリカシーがなくてちゃらんぽらんな癖に、肝心なところで自信がなさすぎる! 本当に嫌なら以前抱き締められた時に蹴り飛ばしているわ!」
「でも流れ的に言えなかったのかもしんないしさ……」
「それはあるが」
「あるんだ……」
「だが、例えハグが好きだろうが嫌だろうが──私が、貴様のことを大切な者だと思っていることに変わりはない」
貴様が、私のことを大事な愛バだと言うように。
「──ふっ、そりゃあそうか。情けないとこ見せたな」
「気にするな。今に始まったことではないだろう?」
「まじ? もしかして俺って思ったより情けない?」
はーあ、と肩を落としてから、トレーナーは気分を切り替えるように腕捲りをした。
「──よし、まあとりあえず迷惑かけたお詫びと日頃の感謝で腕を振るいますか。食いたいものあったら何か作ってやるよ」
「フッ、ならば宝塚記念の時の────」