たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!? 作:織葉 黎旺
「ほれ、できたぞ」
器を二つ持ったトレーナーが、一つをエアグルーヴの前に置き、もうひとつを自身の座椅子の前に置いた。エアグルーヴは「ありがとう」と薄い微笑みを浮かべ、読んでいた本に栞を挟んだ。
「何読んでたんだ?」
「先日図書室で借りた恋愛小説だ」
「へえ、お前もそーゆーの読むんだ。珍しい」
「あまり触れたことのないジャンルなので、試しに読んでみようと思ってな」
「なるほどな。年の瀬だから積んでたものを消化してるってことね」
傍らにある大型の液晶テレビでは、年末恒例の歌番組が垂れ流されている。二人とも流行の音楽にはあまり明るくないので、あくまでBGM代わりだが。
「そうか、今年も終わるんだなあ」
年越し蕎麦を啜り出したトレーナーがしみじみ呟いた。
「こうして季節感ある行動しておかないと、年末の実感出ないよな」
「一理ある。故にこうして、季節の風習に従うことで日々のメリハリをつけるのだからな」
いただきます、と手を合わせ、エアグルーヴも蕎麦を食べ始める。年末は実家に帰省する者も多いトレセン学園だが、エアグルーヴはギリギリまで生徒会の業務に追われていたため今年は寮で過ごす予定だった。なら蕎麦でも食いに来いよ、というトレーナーの誘いに乗って、ここにいる。
「……美味いな」
「だろ? 伊達に一人暮らししてないからな」
まあ普段は面倒だから外食ばっかだけど、と一言加えた。忙しいが、その分給与の高いトレーナー業においては、外食の方が効率的な場合が多い。昼食は学食で賄えるのも大きい。
「ほら、天ぷらもやるよ」
「んっ」
器に乗せればよいものを、トレーナーはわざわざエアグルーヴの口元まで箸で運んだ。女帝は眉を顰めたものの小さく口を開き、ひと口天ぷらを齧った。
「ちゃんとタレをつけろ、たわけ」
「悪い悪い」
「だがまあ、美味いな」
「そりゃよかった。生憎そいつは買ってきた惣菜のやつだけどな」
タレでひたひたになった衣を齧ったところで、トレーナーが「あー!」と声を上げる。
「おせち、用意するの忘れてた……!」
「なんだと……!? 信じられん、貴様、それで正月を迎えるつもりだったのか!?!?」
呆れたように言い放つエアグルーヴ。彼女が意外と年中行事を大事にすることを失念していたトレーナーは、「ごめん! ごめんて!!」と平謝りした。
「しゃあねえ、今からスーパーに行ってそれっぽいものを──」
「──その必要はない」
エアグルーヴは傍らから風呂敷包を取り出した。解くと、漆塗りの重箱が五段ほど現れる。
「こんなこともあろうかと、一応持ってきておいた。そもそも私一人用に作ったものだから、貴様が食うには物足りないかもしれんが」
「いや、十分だよ」
トレーナーは微笑む。
「俺そもそも少食だし、その心遣いだけで腹八分目くらいまで満腹だわ。ありがとう、エアグルーヴ」
「──ふっ、ならいいが」
「それに、おせちが足りなきゃお雑煮食えばいいからさ。割と毎年の楽しみになってきてるぜ、お前の作る雑煮食うの」
「なら今年も、腕によりをかけて作らねばな」
エアグルーヴは尻尾を靡かせ、満足気に頷いた。
気づけば歌番組も終わり、ぼーん、ぼーんと荘厳な鐘の音が聞こえ始めている。除夜の鐘。煩悩を払う神聖な響き。
「今年も煩悩まみれだったな、俺は」
「そうでもあるまい、前に比べればマシになっただろう」
108に収まるくらいにはな、と続けたエアグルーヴに、トレーナーはうるせえと苦い顔をした。
「まあ貴様は、そのくらいが丁度いい。煩悩を活力に動く方が余程しょうに合っているだろう」
「──うん、それもそうだな!」
煩悩が何個消えたのかはわからないが、消された側から増えていく。でもそれでいいのだと、二人は笑った。
「──それじゃ、来年もよろしく」
「ああ、よろしく頼む」