たわけはいつもそうだな、私のことなんだと思ってるんだ!?   作:織葉 黎旺

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ホワイトデー「贈らせろ」

「あ〜マジで迷うな」

 

 三寒四温の四温側と言える、少し暖かな三月中旬。トレーナー室にて書類の処理に勤しんでいたエアグルーヴは、トレーナーの呟きに首を傾げた。

 

「何の話だ」

 

「や、ホワイトデーのプレゼントの話。何あげりゃいいか分からんくて迷ってんだよ」

 

「……一応、そういうことは隠しておくのがマナーではないのか」

 

 チョコをあげたものの一人として、エアグルーヴは苦言を呈した。

 

「やー、これが誕プレとかならわかるよ? 貰えるかどうかどころか、覚えてもらえてるかどうかもわかんねーんだから立派なサプライズじゃん? でもほら、ホワイトデーのお返しなんて予定調和だろ。要はお歳暮みたいなもんなんだからさ、隠す意味なくね?」

 

 

 確かにそうではあるのだけれど、違う。だがそれを伝えればまた謎の屁理屈が返ってくるのは目に見えていたので、エアグルーヴは対応を諦めた。

 

「無難なのはクッキーなどだろう。下手に物品を渡すと重いと見られる場合もあるしな」

 

「う”っ」

 

 トレーナーの口から呻き声が漏れた。何か思い当たる記憶でもあったのだろうか。

 

「……私の嗜好ではないぞ? あくまで一般論の話だ」

 

 エアグルーヴにしては珍しい、爆速のカバー。彼女の脳裏には、去年トレーナーから貰ったブランド物のバックの存在がチラついていた。

 

「ハァ、ハァ……そうだよな、もしあの微笑が嘘だったとしたら、俺はもう女ってヤツを一生信じられなくなるところだったぜ」

 

 そんなに嬉しそうだっただろうか、とエアグルーヴは首を傾げたが、どういった反応をしてもどうせ面倒な対応を迫られるので、無視を決め込んだ。トレーナーと出会って得たものは、レースの経験や能力よりも、何よりスルースキルであった。

 

 

「まあ、お返しに期待して打算でチョコを渡すような輩は、貴様の周りにはいないだろう。こういうのは気持ちなのだから、貴様が悩んで選び抜いたものを渡せばいいんだ」

 

「えー、でも俺こーゆーのまったくセンスねえし」

 

「人に渡すと思わず、自分の欲しいものを選べばいいだろう」

 

「おお……それだ!」

 

 小分けの袋菓子で自分の欲しいものを選び、お返しとして配れば、自分も満足できて一石二鳥。トレーナーは思わず手を打った。

 

 

「んじゃ、善は急げってことで何か買ってくるわ」

 

「おい待て、次のレースの対策は」

 

「もうできてる! じゃあな!」

 

 書類を投げつけたトレーナーは、コートを羽織ると勢いよく部屋を飛び出していく。去りゆく背中を見つめながら、エアグルーヴは小さく「……たわけ」と呟いた。

 

 

 *

 

 

「ほら順番に並べ、クッキーは逃げねえからな!」

 

 ウマ娘たちに長蛇の列を作らせながら、トレーナーはガハハと笑った。列に並びながら、彼女たちはきゃっきゃと姦しく騒いでいた。

 

 彼女らは専属トレーナーのいない、教官の指導を受けるウマ娘たち。週に二回程指導を行う関係もあり、彼女らからトレーナーは山のようにチョコを貰った。

 

 

「バケツリレーのように配ればいいものを、わざわざ面倒なことをするな、たわけ」

 

 爪先でトントンと芝を叩きながら、エアグルーヴが嘆息した。奴の考えていることはわかっている、ああして配ることで、アイドルの握手会のような状態を楽しんでいるのだ。

 

 

「チョコありがとな、すげー美味かったぜ」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「中に入ってるクッキーがサクサクでよかったぞ」

 

「ふふ、それならよかったです♪」

 

「お前のは……うん…………」

 

「ちょ、目を逸らさないでよ! 私の感想も教えて〜!」

 

 やんややんやとウマ娘たちが騒いでいる。エアグルーヴが驚いたのは、トレーナーが個々のチョコの内容を覚えていたことだ。全員に何かしらコメントを送りながらクッキーを渡している。

 

「…………」

 

 別に悪いことをしているわけじゃない。生徒一人一人を見ているのはむしろ好ましい努力の賜物であるはずなのに、エアグルーヴの胸中はふつふつと煮え切らない。

 去年そんなことしていなかっただろう、だとか、どうせ目立ちたくてやっているのだろう、など、ほとんど年相応の、僻みに似た感想ばかり出てくる。

 

 

「あの、先生」

 

「ん、ああ」

 

 一人の生徒が、少なくなってきた列の先頭になった。後輩の中でも特に印象に残っていたので、彼女のことはエアグルーヴもよく覚えている。いつも最後まで練習に残り、素質やセンスも見え隠れしている優秀な生徒である。

 

 

「お返事、いただけますか」

 

「……あとでな」

 

 クッキーだけ渡すと、列は先程までのように進み始めた。周りの生徒たちは二人の様子を察しつつも、ヒソヒソと噂話をするばかりで直接的に言及することはなかった。

 

 

「……………………」

 

()()だな、とエアグルーヴは察した。

 この場合の本命とは本来の意味の他に、もうひとつ含意がある。すなわち、『トレーナーの逆スカウト』だ。

 

 

 エアグルーヴのトレーナーに限らず、一部のトレーナーは契約相手を求めてターフを覗くことがある。その際稀に見られる光景が、ウマ娘からトレーナーへの逆スカウトである。

 

 ただ、大抵の場合はむしろ印象が悪くなるだけである。そもそも選ばれるような才能があるならスカウトは自ずとやってくるわけで、そこを自分から行うのはむしろ悪目立ちになることが多い。

 

 

 

 しかし、そんなこと先程のウマ娘はわかっているはずだ。彼女はここにいるウマ娘たちの中でもとりわけ優秀な方で、聡い生徒である。実際、オープン戦であれば入賞、優勝を狙えるだけの素質がある。

 その彼女がリスクを負ってまで行動したということは、つまりそれだけ本気──ということだろう。

 

 

 

「──まあ、私には関係ないが」

 

 選ぶのはあくまでトレーナーである。エアグルーヴがどうこう言うことではない。

 お菓子を配り終わり、練習を始めた学生たちを遠目に見ながら、エアグルーヴはターフを去っていった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 生徒会の業務を終え、本日の用事をすべて消化したエアグルーヴは、翌日の打ち合わせのためにトレーナー室に向かっていた。

 夕日が差し込む人気のない廊下に、彼女の足音だけが反響している。トレーナーはまだ仕事中のようで、部屋の灯りはついたままだった。引き戸に手をかけたところでようやく、部屋にいるのが一人だけではないことに気づいた。

 

 

「……ごめん」

 

 絞り出すような男の声音が聞こえた。取り込み中だったか、と一度離れようとしたものの、ウマ娘の優秀な聴力は、静かに去っていく女帝に会話の内容を届けた。

 

「どうしてか、聞いてもいいですか」

 

 やはりというべきか、『本命』の生徒だった。そこまでショックはないのか、淡々と、答え合わせを求めるように言った。

 

「私の素質が足らないからですか」

 

「──いや、そんなことはない。仮に俺がフリーのトレーナーだったら、ほぼ間違いなく声をかける。重賞だって狙える金の卵だってな」

 

「なら、なんで──」

 

 ふう、と深い溜息が聞こえた。いつの間にか自分の足が止まっていることに、エアグルーヴは気づいた。

 

 

「これは俺の問題なんだよ。お前が悪いわけじゃなくて、俺が悪ぃ。自信がねえんだ、二人も同時に育てられるかどうかに」

 

「片手間でいいんです。メニューだけで、いや、それすらなくても気にしません。だから──」

 

「ダメだ!」

 

 校舎に染み込むようにジンジンと反響するような、鋭い声だった。本人も無意識だったのか、「あー、えっと」と誤魔化すような間の抜けた言葉の後に、

 

「……そりゃ、名前を貸すだけならいくらでもできるさ。でもそれで勝てるほど現実は甘くないし、何より()()()()()だろ? 一人の勝利で喜べるか? トラブルに対処できるか? 何よりそれで、後悔なくやりきったって思えるか?」

 

 

 少女は──息を飲んで、その言葉を聞いていた。

 

 

「──俺にとって、お前は担当した多くのウマ娘の一人になるのかもしれない。でもお前にとっては、たった一度の青春だろ? それを妥協しようとすんな。焦んな、このまま終わるなんてありえないんだから。お前の努力は結果に繋がってきてる。だから、まだ待て」

 

「トレーナーさん……」

 

「……あの女帝だって、最初のトレーナーと反りが合わなくてメイクデビューすら危ぶまれたんだ。意外と大事なんだぜ、相性。お前、俺のこと嫌いだろ?」

 

「……好きですよ」

 

「トレーナーとしてはな。でも人間として合わないって、心のどこかでわかってるんじゃないか? なら妥協すんな、絶対。自分を折ってもいいことはねえよ」

 

 

 ガラガラと、大きな音を立てて引き戸が開いた。

 

 

「チョコ、美味しかったぜ。来年は本命にあげろよ」

 

「────そういうところが」

 

 口を結んだ少女は、振り返らずに部屋を飛び出した。ぐんぐんと遠くなっていく背中に、確かな素質を感じながらも、エアグルーヴは眺めることしかできなかった。

 

 

「……失礼する」

 

 開け放たれたままの扉から入れば、直立不動のトレーナーがきょとんとした顔で出迎えた。

 

「……もしかして聞かれてた?」

 

「……盗み聞きするつもりではなかった」

 

 エアグルーヴの正直な弁解に、あちゃーと困ったような苦笑いが返ってきた。

 

「めっちゃ恥ずいな、それは」

 

「……年頃の少女に恥をかかせた男の台詞ではないな」

 

「痛いとこつくねぇ」

 

 カラカラと笑うトレーナーが、しかしどこか空元気に見えて、

 

「何故断ったんだ」

 

「言った通りだよ、それ以上はない」

 

「私はもう、十分一人でもやっていける。金のたまごを育てる方が、今後の貴様の益に繋がるのではないか」

 

 同時に、己の言葉すらどこか本心とズレているような、エアグルーヴはそんな違和感を覚えた。

 

 

「そんなことねえだろ。それこそ昔の女帝サマは思い上がってたみたいだが、レースって一人で走って勝ちきれるほど甘いモンじゃねえぜ? まあ俺が実際どのくらい役立ってるかはわからんけどさ、1バ身差とか2バ身差とかに貢献してる程度の自信はあるぞ」

 

「そうではない」

 

 女帝はこれを言うべきか逡巡する。しかし、先刻のやり取りを見てしまったが故にこそ、口をついて出るような疑問を抑えることが出来なかった。

 

「今そうするくらいなら、あの時の私も断るべきだったろう。何故そうしなかったんだ」

 

「一回断ったじゃん」

 

「だがその後、賭けの結果とはいえトレーナーになること自体は受け入れたろう」

 

 眉を顰め、ボリボリと頭を掻いて、トレーナーは睨むようにエアグルーヴを見据えた。

 

 

「それこそあん時いったろ、ムカついたからだよ。なんでも一人で出来ると思ってる小娘に、身の程って奴を弁えさせたかった。だから勝負を吹っ掛けた訳だし、実際、トレーナーのありがたみを感じさせられたみたいだから満足してるぜ。おら、感謝しろ」

 

「黙れ」

 

「……でも今回のは別だ。立場の弱い奴に、身を売らせるような真似をさせた。()()()()()()()。実質的にトレーナー優位の契約なんて搾取と同じだ、それは気に入らねぇ」

 

「彼女にそんなつもりはないだろう」

 

「でも俺が気に食わない。それにアイツ含め、みんな俺の事買ってくれてるみたいだけど、別にそこまですごい人間じゃねえからな。お前一人であっぷあっぷの凡人だよ」

 

 鼻腔を甘い香料がついた。電子タバコのチープな匂いを燻らせて、トレーナーは言う。

 

 

「──アイツには、もっといいトレーナーがいる」

 

「──そうか」

 

 普段は匂いに五月蝿いエアグルーヴも、今ばかりは何も言えなかった。

 

 

「一人担当するのがやっとなダメトレーナーで悪かったな、女帝サマよ」

 

「貴様ならできるだろう、その気になれば。ただ、経験と要領と活力が足りないだけだ」

 

「足りない物多すぎんだろ」

 

 時間、とは言わなかった。エアグルーヴの我儘で失われているそれは、指摘するにはあまりに大きすぎた。

 

 

「だから──今しばらくは、私と歩んでそれらを学べばいい。いずれ、そうして得た物を活かして、多くのウマ娘を導け」

 

 今日取りこぼした一つを、もう生まないために。手を大きく伸ばせと、彼女は言った。

 

 

「そんなに伸びるかわからんぜ、まったく」

 

「たわけ。やれるかどうかではない、やるのだ。その気概が貴様には足らん」

 

「あーあ、相変わらず手厳しいぜ」

 

 お手上げのジェスチャーをしたトレーナーの手の中で、何かが光った。

 

「おら、手出せエアグルーヴ」

 

「急にどうした」

 

「いいからいいから」

 

 徐に近づいたトレーナーは、広げられた華奢な手の中に白い小箱を置いた。

 

 

「チョコ、ありがとな。お前のが一番美味かった」

 

 年季がちげえや、とトレーナーがはにかむ。好みが完全にバレてら、とも。

 

 

「ほらさっさと開けろ、そしてちょっと奮発したんだから度肝を抜かれろ」

 

「…………これは」

 

 言われるがままに小箱を開ける。中に入っていたのは、銀のチェーンが大きく伸びた、ダイヤモンドのネックレスだった。

 

 

「宝石とかアクセサリーとかよくわからんから、適当に似合いそうなの選んだんだけど──気に入らん?」

 

「さあ、どうだろうな」

 

 予想外の反応に、トレーナーにしては珍しく不安になった。小箱を突き返し、踵を返したエアグルーヴは一言「実際につけてみないとわからんだろう。あいにく、手が塞がっているものでな」とマカロン片手に言う。

 

「……じゃあ、失礼して」

 

 チェーンを外し、首元に手を伸ばす。身長的に、ほとんど抱き留めるような構図になっていた。体を動かす度に小さな反応を見せるウマ耳に気を取られながらも、留め具をとめ、無事ネックレスをつけることに成功した。

 

「……どうだ?」

 

 エアグルーヴが、左手で少し胸元を引きながら聞く。彼女の首元で宝石は、淡い銀色の光を放って輝いていた。

 

 

「……すごく似合ってるぞ」

 

 トレーナーは月並みな感想を漏らすことしか出来ない。ダイヤモンドの高貴な煌めきは、エアグルーヴ本人の高潔さと相まって、彼女の輝きに負けじとその存在を主張していた。俺センスあるかも、と贈り主に勘違いさせるほどには、似合っていた。

 

「ありがとう、トレーナー」

 

 大切にする、とエアグルーヴは微笑んだ。トレーナーは所在なさげに頬を掻いて、「全身コーデが出来るくらいには担当してやるから、覚悟しとけ」と呟くのだった。

 

 

 

 









ダイヤモンドの石言葉は「完璧」「純潔」「永遠の絆」。四月の誕生石でもある
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