『スターラスターガール ~感応兵器・如月千早の夏休み~』 作:cyanP
次の日は朝から雨だった
姉は今日も変わらず登校した全校生徒がそうなのではなく、
いくつもの集団に分かれて長期宇宙実習などが変則的に行われる関係で
通常の学校のようなスケジュールにはいかないのだという
窓辺に座って外を眺めると真昼なのに町は今にも
街灯が点きそうなくらい薄暗く藍色に染まっていた。
上空を航空機が通り過ぎる重低音に見上げると
里山を隠すほど低く垂れ込めた濃厚な雨雲の谷間を
見たことのない奇妙な機影が赤と緑の航空灯を点滅させながら
ゆっくりと数機通過していくのが見えた。
あれが航宙機という宇宙版の小型飛行機か?
僕は昨日神社で会ったひとのことを思い出していた。
あのひとも宇宙服を着て
今しがたの航宙機なんかに乗って飛んでいるのだろうか?
僕の姉ですらそんなことをしているなんて信じられないのに
でも僕はたしかにあのひとをひと目見て艦隊付属校の人だと確信した
それは初日に見た二人に感じたのと同じ特別な空気を感じたからだ
あの空気はなんなんだろう?
そう言えば
姉に宇宙が好きかと訪ねたときも同じ様な空気を感じた気がする。
僕はまだ何も分かっていない
少なくとも
例の差出人不明で送りつけられてきたあの写真みたいなことが
行われているような気配はまるでない。
姉は毎日学校に行き、暗くなる前には買い物を済ませて
ちゃんと帰ってくる
夜に出かけるなんてこともない、不審な電話もない
そして僕の話し相手になってくれて優しく勉強も見てくれる。
でも確実に僕の知らないことが有る
姉は一体何を隠しているんだろう?
そういえば両親にも姉がなぜ転校することになったのか聞かされていない
何の前触れもなく突然のことだった。
転校するからおばあちゃんちに行く、ただただそういう話でしかなく
僕もその時はそうなんだとしか思わなかった。
思えば子供の頃から姉はずっと僕ら家族とは
縁が薄かったような気がする
見方によればあれは姉が意識してそうしていたとも見える。
それはなぜ?
いずれ・・・
いや、
最初から自分がこの家族の枠組みから
消えることを想定していたかのように
なんのために?
少なくとも僕には姉に一歩踏み込むことが出来ない
見えない鎖がついている。
普通の姉弟ならもっと簡単に聞き出せそうなことが僕には出来ない
その鎖は生まれてからずっと
姉が僕に少しずつ付けていったものなんじゃないのか ――――。
◇
雨水の溜まった路面を掻き分けてクルマのタイヤが行き過ぎる
ざーざーといったロードノイズが右から、左から、
一人の少女の前を通り過ぎていく
如月千早は
夕暮れ過ぎの群青色の雨の中、水たまりに街灯や信号の様々な光彩の
ゆらゆらと形を留めず反射しているのを見つめながら
大通りから一筋離れたところにある薄暗いアーケード歩道の軒下に
雨を避けて立っていた。
七月の末とはいえ
陽の射さなかった一日の終りは季節を取り違えたようにうそ寒かった。
そこは人通りもなく
どの店もくすんだシャッターを下ろしており
頭上にある看板だけが首長竜を思わせる
長い支柱の先端がくるりと折れ曲がった照明器具によって
煌々と照らし出されている。
千早の手には傘は無く
髪には細かい雨滴が儚げに付いている。
やがて黒いこうもり傘を差したスーツ姿の中年男の革靴が
路肩と歩道の境目に波紋を起こしながら近づいてきて立ち止まった。
値踏みするように目を細めて千早を見やり
顔を覆うように咥えたタバコを手の指に挟んで一息吸い込むと
ゆっくり唇から離した。
「君が如月くんかい?」
男は吐き出す煙とともに訪ねた。
濃厚な紫煙とニコチンのニオイが少女が返事を返すより先に
その体をまさぐるように無遠慮にまとわりついてゆく。
如月千早がコクリとうなずくと男は
「じゃあ、行こうか」
とだけつぶやき、吸っていたタバコを水たまりに投げ入れた
ジュッ、と音を立てて光を失い水にしなびていくタバコに
千早が視線を落としていると
男は千早を捕まえるかの動作でその細い肩を抱き寄せ
ぐっと傘の中へ引き入れると有無を言わさず
当たり前にふたたび雨の中へと歩き出す。
千早は肩を抱かれたまま夜に埋もれるように顔を上げない。
歩くふたりの影には会話もなく
ほどなく行き交う通りの光と闇の淀みへと溶け込んでいき
後には雨音だけが何事もなかったように
ただ黙々と世界を打ち続けていた。
◇
――その日、明け方近くなって姉が帰った気配がしていたのを
僕はまどろみの中で感じていた。
雨はもう上がっているはずなのに
どこからかピチャンピチャンと水の雫が落ちる音を聞いていた気がする。
いつまでも――