魔法少女☆ワンショット語りて曰く   作:不死浪シキ

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 最初に知覚したのは匂いだった。血、アスファルト、布、獣、秋の香り。闘争の香り。それらを嗅ぎ分ける鋭敏な嗅覚。たぶん、人の性能ではないんだろう。

 

 体を覆う闇が弾けて視界が開ける。

 

 明らかにひるんだ様子の《マモノ》を明るい月光が照らしている。

 

 いつもより低い視点。長くなった髪が首筋をくすぐる。明らかに身長が縮んでいる。視界に映る手の内には、注射器と拳銃が融合したような武器。

 

 俺は、事態を正確に理解していた。

 

『クッ…クハハ…!いい、素晴らしい!ワンショット!』

 

 渋いバリトンボイス。

 それが黒猫から放たれているという非現実を受け入れる。

 

 俺の優れた体感覚が、自身の身体状況を克明に告げる。俺は俺を理解している。

 

 華奢な手足。未成熟な肉体。そしてなにより女性の体。

 

 俺の存在は解体され、《魔法少女》として在り方を歪められた。その事実を受け入れる。

 

 その容姿だとかについてはこの際意識しない。重要なのは、この姿であればあの《マモノ》に対抗できるというふわふわした確信。

 

 あの狼を殺してこの場を生き延びる。それさえできれば問題ない。

 

 右手の銃モドキを構える。口からは勝手に言葉が溢れた。

 

「──魔法少女ワンショット、反撃する」

 

 思いの外、低くて静かな少女の声だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 引き金を引くたびになんらかの結晶でできた弾丸が飛んだ。原理なんてよくわからないけど、固化した薬液なのだろうとは思う。実のところその薬液の正体だって知らないのだけど。そういういい加減な曖昧さを引っ提げて俺は《マモノ》に相対する。

 

 薬液の弾丸は狼の硬そうな体毛にいくらか弾かれながらも確実に損耗を与えている。俺としては水鉄砲でも使ってるような感覚で気軽に連射しているのだが、見た目以上の威力があるようだ。

 

 しかしいくら威力があるとは言っても狼の巨体にとって被害は限定的と言わざるを得ない。その上眼球や鼻面を狙った射撃は左前腕の爪で薙ぎ払われ当たらない。

 

『ワンショットどうした? それでは攻め手に欠けるだろう?』

 

 鬱陶しい猫の声。うるさいな。言われなくてもわかってる。

 

 警告を無視してこのまま射撃を続けてもいいのだが、シリンジに装填された薬液が目減りしていく様を見て考えを改める。

 

 これを撃ち尽くしたらアンプルから再充填する必要がある。たぶんアンプルはポケットをまさぐれば出てくるんだろうなという曖昧な予感があるのだが、どうしてもリロードには隙が生まれる。その隙を嫌った俺は攻め手を変えた。

 

 手の中の銃モドキに意識を集中した。トリガー付近の取手を掴みぐいと引っ張る。するとガチャガチャと音を立てて銃モドキが変形していく。

 

 変形が終了したときにそこに残っていたのは大振りのナイフ。内部に注射器を格納した異形の近接武器。

 

「──こっちの方が性に合ってる」

 

 ぽろりと溢れた率直な感想。グリップは手によく馴染む。考えなくても体が半身に構えを取る。

 

 繰り返し反復練習したような自然な動作だったが、俺自身にこんなもの扱った覚えはない。身に覚えがないのに身体に染み付いた動き。その矛盾を「そんなものか」と楽観視。

 

『来るぞワンショット。わかるな、一撃で片をつけろ』

 

「そう、わかった」

 

 狼は射撃をやめた俺に対し、好機と見たか距離を詰めてきた。

 

 それでいい。後退でもされたら少女が倒れている駐車場に近づいてしまう。すぐさま彼女に危険が及ぶとは考えにくいが、それでもリスクは避けるべきだった。

 

 そのための近接戦闘。俺は迎撃の構えを取るだけでいい。

 

「けっこう──」

 

 大地を蹴って狼が迫る。それなりに速い。怪物の脚力による跳躍は物理限界に迫る力強さ。

 

 瞬く間に彼我の距離が潰され、狼は無傷の左前腕を振り下ろす。狼の巨体に比べて小柄といって差し支えない今の俺の姿では、その腕だけで全身をすっぽりと攻撃範囲に収めてしまえる。

 

 防御という選択肢はない。単純に筋出力で勝てるとは思えないし、質量の差も如何ともしがたい。それに仮に凌いだところで腕に押さえつけられれば反撃の余地がない。

 

 だから俺のやることは至って簡単。

 

「──遅いんだね」

 

 膝を落とし腕の内側に潜り込む。重力加速度以上のその体重移動は物理法則に則らない不自然な挙動。魔法少女の所作。

 

 頭の上を爪が通過していき、その攻撃範囲に取り残された長めの前髪の一部が千切れ飛ぶ。俺は無傷だ。

 

 狼の驚愕するような気配。対応される前に俺は動く。

 

 大型のナイフで撫で上げるように、狼の腕に這わせる。少しの抵抗感とともにナイフは体毛を散らし皮膚に沈み込む。刀身は橈側皮静脈に潜り込んでいる。

 

『ふ、はははは! そうかワンショット、初陣でここまで動けるか!私が見込んだだけのことはある!』

 

「うるさいな。知らないよ、そんなこと」

 

 やかましい野次馬に不満を溢しながらも、体は勝手にやるべきことをやる。

 

 がちゃりとナイフのギミックが作動。グリップを握り込む握力がそのままピストン運動に変換され、シリンジが滑らかに内部の薬液を注入する。

 

 静脈注射(ワンショット)

 

 皮下注射や筋肉注射に比して血中濃度を即座に引き上げるその手技は、特に()()()の求められる薬剤を用いる場合に適性がある。

 

 例えばこの場合、俺はさっさとこの狼を殺したいと思っていたわけで。

 

「《ワンショット》、医療事故みたいで釈然としないけど。とにかく君はこれで終わりだ」

 

 ナイフを引き抜いて大きく後退。狼は逃げる俺を追おうとして、びくりと痙攣したあと動かなくなった。

 

 

 ──即死だった。

 

 

◇◆◇

 

 

 正直引く。

 

 自分で使ったとはいえアンプルの中身とかよくわからないんだけど。これ大丈夫だろうか。これはだいぶやばい薬液らしい。

 

 狼の死骸はパッと輝き、夜光虫みたいにバラバラの光る粒子になり拡散していく。もうなにが起きても驚かない。感覚が麻痺している。

 

 すると狼が消えたあとに残っていた光が、すっと飛んでいきなにかに吸い込まれていく。地面に転がっていた俺のスマホにだった。なんだよそれ。どういうことだよ。前言撤回、ちょっと驚いた。

 

 非現実的な光景の連続にいよいよ頭が痛くなってきたところで、非現実的筆頭候補の怪奇、バリトンボイスで喋る猫が語りかけてきた。

 

『見事だ《ワンショット》、いや東郷ハルカ。お前は私の期待以上の存在かもしれないな』

 

「なにそれ。というかお前は、というかコレいったいどういう状況、な、んだ…」

 

 ぐらりと足元が揺らぐ。立ちくらみ。

 

『む、ハルカ。これは良くないな、変身が解けようとしている。早く安全な場所へ行くぞ』

 

「安全なって、なに?どこ?」

 

『ハルカの自宅でいいだろう。魔法少女になったことでお前の怪我も癒えているだろうが、失った体力まではそう戻らない。アスファルトの上で野宿したくなければ急ぐんだな』

 

 ふらつく頭で懸命に情報を咀嚼する。とりあえずスマホだけ拾って、家の方角はどっちだっけ。あ、そんなことよりあの女の子、放っておくわけにはいかない。

 

『安心しろ、ハルカが《マモノ》を倒した時点で《疑似幽世結界》が解除され、あの少女も保護されている。お前が心配することなどない』

 

 ぐわんぐわんと頭を殴られるような頭痛。何を言われてるのかイマイチ理解できないが、とにかく大丈夫なんだろう。

 

 俺はそうしてふらつきながらも帰路についた。

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