魔法少女☆ワンショット語りて曰く   作:不死浪シキ

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 電子音。軽快な音楽が鳴り響く。

 ごそごそと枕元をまさぐり音源を探す。5時25分の表示とスヌーズ、解除の2択を迫る仮想のボタン。15分、20分でも同じことをした俺は渋々ながら解除を押した。

 

「しごと…仕事か…」

『仕事は行かなくていいぞ。休職扱いになっているからな』

「ん、そうなのか。じゃあ寝るか」

 

 なるほど今日は休みなのか。日勤のつもりでいたから驚いた。まあなんにせよ休みなら寝よう。二度寝以上の娯楽はこの世にはないのだから。

 

 だけど腹部にのしかかるなんらかの物体が気になるな。重いし、窮屈。ちらっと見たら黒猫だった。そりゃ重いわ。というかこのアパートはペットNGだったはず。というかそもそも、俺はペットを飼ってないし休みを告げる同居人もいないのだが。

 

 寝ぼけ眼をこすりながら少し思案した俺は、たっぷりと息を吸い込んでから至極当然のことをした。

 

 つまるところびっくりした。

 

「うわっなんだお前!?」

『む、もう起きるのか? 勤勉だな』

「しゃ、しゃしゃしゃ喋った!?猫が!?」

 

 怪奇しゃべるネコを目の当たりにした俺は布団をはねのけて起きた。ネコはしなやかな身のこなしで床に着地すると呑気な声を上げている。渋いバリトンボイスだ。

 

『寝ぼけているのか貴様? よもや昨晩のことさえ忘れる鳥頭というわけでもあるまいに』

「さ、昨晩…? そういえば」

 

 言われてみて思い出す。昨晩のこと。マモノ、結界、魔法少女。夢じゃ、ないのか。アレが。

 

『とりあえず顔でも洗ってこい。話はそれからだ』

「それも、そうだな。済まない少し頭を冷やしてくる」

 

 混乱したままの頭をスッキリさせるべく、俺は洗面所に向かい。そして()()を目の当たりにした。

 

◇◆◇

 

 そういえば声の調子がおかしいなとは思ってた。それに歩いているときの視界もやたら低いし、体の感覚にも違和感があった。

 

 寝起きで血圧が低いのに騒いだから、感覚がおかしくなってるんだろうともっともらしい理由を考えていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 

「──だれだよ、これ」

 

 洗面所の鏡に知らない少女が映っていた。

 黒い髪は肩までかかるミディアムボブで前髪には白いメッシュが入っている。そういうふうに染めてるのかなと思ったがどうやら地毛のようだ。

 顔は卵型で整っていて少し下がり気味で切れ長な目がアンニュイそうな雰囲気。

 

 なにより目を引くのが瞳の色。金色なんてカラーコンタクトでしか見たことがない。

 

 そういう少女が明らかに男性用のダボついたTシャツ一枚で鏡に映っている。

 

 間違いない。

 

「事案だ」

『なにを呆けているハルカ』

 

 なんかスースーするなと思っていたらTシャツ以外真っ裸だからか。細身で撫で肩気味だからシャツもずり落ちそうでいかにも頼りない。

 

 年齢はいくつくらいだろう。小学校高学年か中学生ぐらいに見える。これだけ顔立ちが整っていればモデルとかでもやってけそうだ。体つきは、まあ年相応あるいは少し発育が遅いといったかんじで将来に期待。

 

 問題は、そういう見た目麗しい少女がどうやら俺らしいという状況だ。

 

『さっさと顔くらい洗わないか。いつまでそうしているつもりだ』

 

 言われるがままに顔を洗う。小さくて細い手のひらに水を掬い、バシャバシャと顔を拭う。

 

 俺は、思ったより冷静でいられた。

 

 ちょっと呆然としているけれど、取り乱したりすることもなく現状を認識できた。というのもこの姿に全く覚えがないわけではなかったからだ。

 

 魔法少女ワンショット。

 

 俺は昨晩確かにそれに変身していた。あれが一時的なものじゃないということにショックを受けているが、騒いでも仕方ないから騒がない。たぶんこの黒猫が説明してくれるだろう。

 

 実のところ冷静でいるわけじゃないのかもな。あんまりにも驚きすぎて反応に困っているだけな気がしてきた。なんなんだろなこれ。昨日から驚くことばかりで感覚が麻痺してきた。

 

 平穏な日常を返してほしい。

 

 

 

◇◆◇

 

 

「それで、これは一体どういう状況なんだ?」

『お前は《マモノ》のいる結界に偶然取り込まれ、私と契約した魔法少女になった。それだけだ』

「絶対それだけじゃないだろ」

 

 とりあえず冷蔵庫を漁ってピザトーストとコーヒーだけ用意した。牛乳が残ってたのは僥倖と言って差し支えない。薄めの皿に浸してこのよくわからん黒猫にも与える。

 

 どうにも味覚や嗅覚が鋭敏になっているようでいつもより美味く感じる。というより三十路手前のおっさんは既に味覚が老化していたというのが近いだろうか。今まで満足できていたインスタントのコーヒーにどこか渋みとチープさを感じてしまう。

 

「まず《マモノ》とか魔法少女ってなんだ? あとお前も」

『《マモノ》は幽世(かくりよ)──あの世からやってくる物理法則に反するモノだ。生者を貪ることでエネルギーを得ているらしい。魔法少女はそれを討つことを生業にする職だな』

「はぁ、でも俺は今までそんな奴らがいるなんて知らなかったが」

『それは《認識阻害》が働いているからな。魔法少女の正体は秘されるべきという共通認識に相乗りしてそういう結界が日本全土を覆っている』

「大丈夫なのかそれ」

『問題はない。あとで魔法少女で検索でもかけてみろ。認識阻害の影響を受けていない人間以外は、それらに類する情報を認識できないようになっている。仮にSNSで発信しても文字化けしたようにしか感じられん』

 

 うわぁなんだそのヤバそうなの。明らかに人権とか侵害してそうだ。大丈夫なのだろうかという疑念は尽きないがひとまず話を進めくては。

 

「それより魔法少女はそういう職業ってなんなんだ。よくわからないんだが」

『読んで字の如くだ。スマホを見ろ』

「なになに? 知らないアプリがあるな。《魔法少女協会》?」

 

 ダウンロードした覚えのないアプリを開く。不用心に過ぎたかなと少し思ったのも束の間、少し派手目で少女趣味の演出が弾けホーム画面と思しきページに飛んだ。通知欄に輝くエキストラメーションマークをタップすると、貴方が討伐した《マモノ》と賞金なる文言が記されている。いつのまにか俺の口座に100万もの金額が振り込まれたことを示していた。

 

「え、いやなにこれ。どういうこと?」

『昨日ハルカが倒した《マモノ》の報酬だ。政府から支給されている』

「こんなにもらえるのか?」

『…それは命を懸けた金額だ。その意味をよく考えるんだな』

 

 なるほど。魔法少女とやらが職業というのはこういうことか。戦えば金銭を得られるシステムが構築されているらしい。

 

 話を聞けば《マモノ》の強さによって報酬額は上下し、昨日のはそれなりに強かったのだとか。割と瞬殺した覚えがあるからちょろい仕事だったりするのだろうか。しかし昨日いた魔法少女はボロボロになっていたし、もしかすると俺が強いのかもしれない。

 

「あ、いやまてまて。昨日の子、あれからどうなったんだ?」

『協会で保護されている。私の見込みでは日常生活に問題はないだろうが1ヶ月は戦えないな』

 

 それはよかった。あれでうっかり衰弱死でもされてたらなんのために頑張ったのかわからない。

 

 あとどうやら魔法少女というのはこの町、三輪座町にも複数人いるらしい。《マモノ》が出現した場合基本的には該当地区の魔法少女に要請が入るのだとか。魔法少女の出動と同時に結界を封鎖し内部で一騎打ちを仕掛けるのがセオリーなのだそう。数日に1体程度のペースで《マモノ》が出るため収入源には困らなさそうだ。

 

「なら昨日言ってた救援とやらはなんなんだ? 基本的に一騎打ちなんだろ?」

『あまり褒められた行為ではないな。既に戦闘が始まっている場所に他の魔法少女が入ろうとすると結界に不備が生じる。よほどのことがない限り救援は要請されない』

「なるほどね、昨日のはそのよほどのことってやつなのか」

 

 それなら魔法少女は基本的には単独で行動するということなのだろう。なんというか、勝手なイメージなのだが魔法少女って5人くらいのグループで活動してそうな気がしてたので意外だ。

 

 恐らく報酬の分配とかで揉めないように配慮されているのだろう。戦う以上命を落としたり再起不能になるような怪我もあり得るわけだから、責任の問題もあるのだろう。なんとも世知辛い話だ。

 

 とはいえ()()()()()()()()()()()()()都合のいい話だ。報酬を独占できるし他人と関わる必要もない。天職と言ってもいい。

 

 思考が晴れ渡っていく。

 

『──やる気に溢れているぶんには私も都合がいいのだが、いいのか? これまでの生活を捨てることになるが』

「ん、ああたしかにそうだな。今までの仕事とかどうしよう」

『…その点は問題ない。ハルカが出勤しないことについては誰も疑問を覚えないし、ハルカ抜きでシフトが回されるだろう。戸籍もごまかしが効く。今までのハルカと今のハルカを同定されることはないが、そこに疑念疑惑を持たれることはない』

「そうか、()()()()()()()

『……』

 

 黒猫の表情が、不意に歪んだような気がした。思わず覗き込もうとした時には元通りになっていたから気のせいかもしれない。なにより俺に動物の表情なんて理解できないから十中八九見間違いだろう。

 

 口をつけたマグカップがやけに軽い。いつの間にか空になっていた。少し物足りないからボトルコーヒーを注いで一服。鼻腔へ苦味とほどほどの香りが抜けていく。それなりに満足のいく味わいだが、どうにも陳腐さを感じる。感覚が過敏になっている弊害だな、これは。

 

 朝起きてから少し動いただけだが、その時点でこの肉体の優秀さを感じる。感覚もそうだが身体能力も見た目不相応に高いのだ。背伸びして台所で作業をしてもまるで疲れない。ともすれば元の体よりも筋出力とか高いかもしれない。

 

 男として二十数年生きてきたぶん、こんな少女の体になったことに衝撃がないといえば嘘になる。しかし、これほどスペックが高いとなれば喪失感や違和感より先に嬉しさが先行してしまうな。俺も現金なものだ。

 

 元の体に戻してくれなんてそこまで思わない。いっそこのままでいい。

 

「そうだ、お前が平然としてたから思わずスルーしてたんだが、お前は何者なんだ? 名前は?」

『私は魔法少女の願いによって生まれる幻想生物──精霊の1種。名はナハトとでも呼んでくれ。魔法少女ワンショットの補佐をするサポーターだと思ってくれ』

「そうか、じゃあこれからよろしくな。ナハト」

『私からもよろしく頼む』

 

 皿から顔を上げた黒猫もといナハトと目が合う。今の俺と同じ金色の瞳。肉食獣のようで流麗かつしなやかな肢体。やはりどことなく今の俺の体に似ているような気がする。魔法少女のマスコットのようなものだからそういうこともあるのだろう。

 

 

 喋る黒猫。

 女の体。

 《マモノ》とかいう化け物との戦い。

 

 そういう非現実が現実として目の前にやってきて、俺はこれ幸いと飛びついた。

 

 まあそう旨い話なんてあるわけもないのだろうが魅力的に感じたから仕方ない。

 

 後先考えるのもめんどくさかった俺は、そうして魔法少女になった。

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