『とりあえずだが、その振る舞いから改めるとしよう』
「振る舞い?」
『そうだ。容姿や立場に見合った所作をすべきと進言する』
「…いや、だけどさ」
スマホを操作して《魔法少女協会》なるキワモノアプリを閲覧していたところにナハトがそう言ってきた。
今の俺はベッドに横たわったままTシャツ一枚の格好だ。それも下着の類がない。流石にノーパンは人間としてどうなのかと思うが、ないものはない。トランクスは明らかにサイズが合わないし、まあ上の方はいらなさそうな大きさだからいいだろう。
とにかく今すぐこの格好をどうにかするのは無理がある。
『今言ったのは服装の話ではない、その仕草を正せと言っている』
「なるほど…?」
『そうだ、その男性的な仕草。魔法少女としての幻想の強度に関わる重要な問題だ。女性らしく振る舞えとは言わない。だが明らかに男性的な仕草だけは直せ』
ふーん、そういものか。幻想の強度とやらはよくわからないが、パット見の雰囲気が魔法少女からかけ離れていると弱体化しかねないという意味らしい。それは不味そうだからできるだけ意識しておこう。
なに、勤務中の態度を思い出せばいい。ジェンダーを意識させない仕草と口調。それとプライベートでの振る舞いに落とし込む。例えば一人称。普段は俺とか言ってるけど仕事中は僕、私あたりを使い分けていた。意識して普段から私って言うようにすればいいだろう。あとはあぐらだったりとかも気にしたほうがいいだろう。股や脇は他人に見せないようにして、がに股もしない。
これなら女性らしい振る舞いとかはわからないけど、男性らしい振る舞いからは脱却できるだろう。
「わかった。気をつける」
『…本当にわかってるのか?』
ナハトが疑わしげな目を向けてくるがなんとも言えない。行動で示していくしかないだろうな。
さて《魔法少女協会》なるアプリをいじっている中で気づいたことがある。アプリの機能である地区検索で三輪座町を探してみたところ、この町で活動している魔法少女の一覧が出てきたのだ。簡単なプロフィールと顔写真まで掲載されている。
魔法少女ガーネット、魔法少女リボン。この2人がもともとこの町で《マモノ》を狩っていたらしい。最近は後者の活動頻度が下がり、もっぱらガーネットばかりが出撃しているようだ。
魔法少女ガーネット、聞き覚えのある名前。昨日出会った少女だ。ナハトの見立てでは一ヶ月ほどは戦闘が行えない体になっているらしいし、これは稼ぎ時なのかもしれない。
三輪座町の魔法少女一覧をもう一度見る。末尾にあるのは魔法少女ワンショットの名。写真はなく、プロフィールには『
なんだ
『…その
「ふーん、魔法ってあの注射器みたいなの出したりするやつ?」
『そうだ。魔法少女は誰もが独自の魔法を持つ。炎を生み出したりする者もいれば概念に働きかけるものもいる。ハルカのそれは注射器での直接攻撃に即死属性を付与するといった感じか?』
なんか恐ろしいこと言われてる気がする。
なにそれ、こわ…
「…概念に働きかけるものってどんなの?」
『そうだな。丁度いい。ハルカ、朱肉をとってきてくれ』
「朱肉ね」
言われるがままに引き出しを漁って取り出す。これで一体何をするつもりなのかと思った途端にインターホンが鳴った。
何も考えずに応答しようとしたところで、はたと自分の状況に思い至る。今の俺は少女の体だ。三十路手前の独身男性の家にいてはいけない類のそれだ。
そんなものがTシャツ一枚で玄関を開けたらどうだ。もし訪ねてきている人間が知り合いなら問答無用で通報される。宅配とかの類でも通報される。男の家に半裸の未成年少女。明らかに事案だ。
そんな時だ。
思わず硬直した俺の脇を抜けて玄関へ向かったのはナハト。口元に朱肉を咥えて止めるまもなく扉を開けてしまった。どうやら来たのは宅配業者らしく大仰な荷物を抱えてナハトを見下ろしている。咄嗟に俺は身を隠した。
おいどうするんだよこれ。
「あっすいませ~ん、宅配です。サインかハンコだけお願いします」
『承知した。これでいいだろうか』
「はーいおっけーでーす! んじゃここに置いときますねー」
『ご苦労』
ナハトが見事な大跳躍とともに荷物に貼られた紙にタッチ。肉球で捺印したのだと気付くまでに少し時間がかかった。
業者の人はナハトが普通に喋っていることにも、ハンコがどう見ても猫の肉球でしかないことにも何ら反応しない。その光景がごく当たり前であるかのように捉えている様子。そのままかなりの量の荷物を置いた青年は会釈して出ていってしまった。
『見たな、これが《認知》という概念に働きかける魔法。『
「…いきなり専門用語を並べ立てられても、理解に苦しむんだけど」
『要するに、一般人には超常現象を正しくそうだと理解できなくする魔法が日本全土に維持されているわけだ』
「大丈夫なの、それ?」
『む? ああ心配することはない。脳器質に物理的に介入しているのではなく、『神秘は秘されるべき』という世界に根ざした共通認識──あるいは世界観、視座とでも呼ぶか──ともかくそれらを拡張しているに過ぎないからな。土地に根ざした観念に相乗りしているだけの結界にそれほどのコストはかからん。最もこれほどの規模の結界を常時維持するその鋼の精神こそ───』
「あーわかったわかった。完全に理解したからもういい、もういいよ」
『…そうか』
ナハトは心なしかしょぼんとしていた。
言っていることは漠然としか理解できなかったが、要するに超常現象が起きてもそれを超常現象だと気付くことができないということだろう。
なにか極めて生物への冒涜のようなものを感じないでもないが、考えてもきりがないのでスルーする。
それよりも今届いた荷物のほうが気になる。俺は通販なんてやった覚えがないんだが。
見れば通販サイトに購入履歴。昨晩のものらしい。
呆れた。この猫こんなものまで使いこなしてるらしい。しかも俺の金だろこれ。
『私が注文したやつだ』
「勝手なことするね。何を頼んだの?」
『チュール』
「おい」
『待て、待つんだ。冷静に考えろハルカ。魔法少女としての賃金はお前に振り込まれる。だがお前が魔法少女として活動するには精霊である私の助力が必須だ。つまるところ、その賃金の内ある程度は私への報奨として用いるべきではないか?お前も社会人であればそれくらいの分別がつくはずだろう』
「まあ。たしかに。それもそうか」
『──フッ、チョロ…』
「ん?なにか言った?」
『いや、物わかりのいい主だと言っただけだ』
ひとまずナハトの言うことを聞き入れておこう。勝手に俺のアカウントで通販なんかするからカッとなったけど、言ってることは正論だ。
正論だよな?
届いた荷物はどうやらチュールだけではないらしい。箱詰めの猫用のおやつは放置して、別の荷物を漁る。中から出てきたのは布だ。布というか衣服だ。
地味な色合いの実用性重視といった服。今の俺の体格に合わせてかかなり小さい。
「これ、女物?」
『ユニセックスというやつらしい。男女兼用のものだ』
「なるほどね。これを着ろと」
『抵抗はないだろう?』
「まあ、これだけ地味ならね」
ダンボールの中身をひっくり返して全部出すと下着のたぐいまで出てきた。
うん。まあ着ておいたほうがいいだろう。衣食足りて礼節を知るとも言うしノーパンはまずいからな。この際女物であることへの文句はない。
なんなら気を利かして、俺が抵抗感を覚えないよう派手さを控えた衣服を購入してくれたことに感謝さえしたいところ。俺じゃこんなのどこで買えばいいかで困ってただろう。
包装をバリバリ剥がして早速着ておく。
「ところで、これどうやってつけたらいい?」
『──私にわかると思うか?』
「ですよね」
俺のスマホに『ブラ 付け方』なる不名誉極まりない検索履歴が残ることになったのはご愛嬌ということで。
◇◆◇
「仕事行かなくていいならさ」
『なんだ?』
「俺、…私は何をすればいいんだ?」
『やりたいことをやればいいだろう』
「やりたいことって言ってもな」
スマホを手慰みに弄りながら考える。
職場に行く必要もないし一日中自宅にいられるのだ。時間はいくらでもある。
さて何をしようか。
積んでたゲーム、マンガ、本があるしそういうの片付けてもいいかな。平日の昼間からそんなことするのは罪悪感が酷いが。
それともあれか。
今後の生活の見通しとか考えたほうがいいだろうか。
『それはそうだろうな』
「まあそうだよね」
浮かれた頭をリセット。
魔法少女なんてよくわからない職で生活しようというのだ。今のうちにできる事をやっておいたほうが身の為だ。
それならなにをすべきか。
そもそも自分の身体能力とか戦い方とか全然わかってないし、そういうの勉強したほうがいいだろう。とりあえすナハトに聞いてみるとする。
「なんかやることない? 腕試しとか特訓みたいなものとか」
『──あるにはあるな。とはいえ《疑似幽世結界》の外で変身するのは推奨しない。大気に魔力が満ちれば《マモノ》の発生原因になるからな。それに魔法少女に慣れるにはもっと適切な方法がある』
「んー? えっと。つまりどういうことだ?」
『それを見ろ』
唐突に。
ピピピピピ! ピピピピピ!
聞くものの注目を惹きつつも、どうにも気の抜ける音が響いた。音源はスマホ。画面には『緊急』の二文字。驚いて手落としそうになるのをどうにか堪える。
ナハトを確認したが目を瞑っていてなにか説明してくれる雰囲気じゃない。しょうがないから、これみよがしに表示される赤色のボタンを押した。
するとタイマー音のような気の抜けた音がやみ、代わりに響く機械的な少女の声。
『ピピ! 魔法少女ワンショット、承認しました! 規定に基づき《マモノ》出現予報のデータを開示します!』
「え、なにこれ」
『出現位置、三輪座町□△東、○△工場。出現まで残り15分程度。《マモノ》の推定危険度D-。
言いたいことだけ言い切った感のある少女の声。画面に表示される時間は15分から減少し始めている。
指定された場所は、まあ知っているところだ。そこに《マモノ》が出現するらしい。
「ナハト」
『出るぞハルカ。いや、ワンショット。魔法少女に慣れるにはもっと適切な方法があると言ったろう』
「それって」
『実践あるのみだ。幸い敵は弱い。今日の内に馴らしておけ』
実践というか、実戦だな。しかもいきなりだ。
まあ俺に文句はない。
《マモノ》が出るのだ。
ならば俺はそれを殺し尽くさなくてはならない。
出撃するに決まっている。
思考が純化していく。頭が冴え渡る。
俺は直感が示すままに
『──承認。これより魔法少女ワンショットの転送を開始します。衝撃にお備えください──2、1、』
視界が光に包まれた。