魔法少女☆ワンショット語りて曰く   作:不死浪シキ

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 目を開けば秋風が吹きこむ工場の敷地内。平日の昼間にも関わらず人っ子一人いない閑散とした風景。

 それもそのはずここはいま《疑似幽世結界》に囲われた偽りの世界だからこそ。あの世である幽世を魔法で再現することで《マモノ》の逃亡を阻止し、更には現世への影響を消し去っているのだ。

 

 スマホの出撃(エントリー)ボタンを押した俺は、気づいたときにはここにいた。なるほど、アプリが告げていた転送なるものはこのテレポーテーションみたいなもののことか。

 

「ナハト、いる?」

『此処に』

 

 足元にするりと寄ってきた黒猫。

 じっとりと手汗が滲んできた。

 

 緊張、してるんだな。俺は。

 

 スマホの画面を見れば13分強の残り時間を示している。これがゼロになったタイミングで推定危険度D−なる《マモノ》が出現するわけだ。

 

 はて、推定危険度とはなんだ?

 

『《マモノ》の保有魔力総量から算出した危険度の区分のことだ』

「幅はいくつ?」

『鉄パイプがあれば一般人でも対処できるEから、二つ名持ちの魔法少女が徒党を組んで対処するSSSまでだ』

「…参考までに、昨日の狼はいくつくらい?」

『Bといったところだな』

 

 なんだ。それなら本当に楽勝だな。

 高まる動悸を深呼吸で抑える。

 

 過剰な緊張は毒だ。思考の幅を狭め実力を発揮しきれなくなる。俺はそれをよく知っている。

 

 工場の敷地内には変わったものは見られない。現実世界を精巧に再現しているが実際には全てハリボテ。駐車場の車も建物内の機会も積まれた資材も、全て偽物だ。

 

 安心して壊せる。

 

 この工場はプラスチック製品を扱っているところだったはず。もしここにあるものが本物だったら火事とか怖いからな。変なものぶっ壊して大爆発とか笑えない。

 

 あ、そうだ。ちょっと気になってたことあるんだよな。

 

「そうだ。変身バンクとかってあるの?」

『変身バンク…? あぁなるほど。変身時の余剰魔力を攻勢防御に利用するということが』

「うん? たぶん。まあ。大体そんなかんじ」

 

 ふと思いつきで聞いただけだったが、何やら難しいこと言い始めた。

 

『保有魔力総量に秀でた魔法少女は概ね行っているな。ハルカも、そうだな。魔力の総量だけみるならば凄まじいものだ。悠久の時を生きた魔女と比しても遜色ない』

「え、そうなんだ。というか悠久の時を生きた魔女って。そんなの実在するの?」

『──む? 実在するのだったか…? 魔法少女は不老であるとはいえ、真に不死なわけではないが。いや、しかし。心当たりがあるような、ないような』

 

 おいおいおい、急に歯切れが悪くなったな。

 というか魔法少女って不老なんだ。それってどうなんだ。小学生て魔法少女になったら一生そのままの見た目だったりするのか。

 

『──いや、話が逸れたな。変身バンクなるものの話に戻そう。結論から言えばハルカもやるべきだ。昨日と動きを見る限り魔法少女ワンショットには魔法の範囲が欠けている』

「範囲?」

『射程距離の長い攻撃と言い換えてもいい。ハルカの固有魔法で作り出した固有武器は、確かに銃形態であれば遠距離攻撃ができなくもない。しかし、昨日のを見る限り威力に欠けている』

「…言うほど弱かったかな?」

『弱い。持ち前の魔力量を無駄にしていると言っても過言ではない。宝の持ち腐れだな』

 

 …散々な言われようだ。

 

「それと変身時のなんたらってのはどういう関係があるんだ?」

『変身時の余剰魔力を攻勢防御に利用する、だ。つまり変身した際に溢れる魔力をそのまま遠距離攻撃として放つだけだ。魔力のコントロールも必要ないぶん、ハルカでも扱いやすいはずだ』

 

 ふーん。それは、あれか。昨日変身したときに風が吹き荒れてたようなやつか。あれエフェクトとかじゃなくて溢れ出した魔力とかいうのが起こしてた突風だったんだな。

 

 あれを意識的に利用すればいいのか。

 なんとなく、できそうだなと思う。

 

 妙な感覚だ。

 やったことはないくせになんとかなるんじゃないかなと楽観視している。俺はそんな前向きな人間じゃないと自認していたのだが。

 

 それを言い出せば魔法少女として戦おうなんてことを受け入れている時点で異常だろうか。

 

 命を懸けた闘争の直前だというのに意味のないことばかり考えている。考えたって仕方のないことに時間を取られているうちに。ほら。もう。

 

『ハルカ、時間だ。変身の準備をしろ』

 

「了解」

 

 ごく自然に手を突っ込んだポケットには、入れた覚えのない注射器。使い慣れた22G(ゲージ)とシリンジに充填された俺自身の魔力。

 

 ああ、変身バンクって文字通りの意味か。

 

 これに込められているのは前もって預けて(バンクして)おいた魔力。予め抽出した魔力を外部から取り込むことで自己を変革すること、それが魔法少女への変身。

 

 知らない知識。得た覚えのない理解が脳に浸透する。

 

 どこからともなく現れたベルトが左腕を締め付けて、静脈血の還りを阻止する。血管が怒張する。

 

『──来るぞ』

 

「そうだね」

 

 ぴしりという音を幻聴した。

 プラスチック製造工場の内部。ベルトコンベアと機材が立ち並ぶその一角に、黒いひび割れのようなものが出現する。そして空間の裂け目のその向こう。高密度に圧縮された魔力と物理的実体が融け合い形を成していく。

 

 結界内を侵食し異なる世界の住人、すなわち《マモノ》が受肉しようとしているのだ。

 

 異形の降臨を前にして。俺は、俺の為すべきことを為す。

 

「──変身(インジェクション)

 

 静脈注射。注射針が鋭角に血管へ潜り込み薬液(魔力)が肉体を変革する。

 語るべき言葉は勝手に口から零れた。すべき手技は十全に行われた。

 脆弱な身体を闘争に特化した戦闘体(アバター)へ。

 軟弱な精神を強靭な魔法少女の心へ。

 

 まず衣装が変わった。魔力が繊維に、繊維が糸に、糸が布となり、布が戦闘体(アバター)(よろ)う。白と黒のシャツにボトムス。オペラケープめいたマントの内にはずらりと医療器具。衛生観念を考慮しない形だけの道具。危害を加えるためだけの武器。

 

 ナースのユニフォームを大きく改変すればこのようになるだろうかという出で立ちは、もはや人々の健康を維持・増進する守護者にあらず。外敵を予防的に排除する戦士───魔法少女そのもの。

 

 墓無(はかな)魔法の固有武器は既に手の内に握られていた。注射器を内部に格納した大型拳銃めいた凶器。俺の得物。グリップが手のひらに吸い付くような馴染み深い奇妙な感覚だ。

 

 変身に伴い発生した荒れ狂う余剰魔力が行き場をなくして滞留する。

 

 俺は迷わなかった。

 

 変身時に制御下を離れた魔力に、大雑把な指向性を持たせる。やり方なんて知らなかったけどやったらできた。無色透明な魔力が大きく波打ち、波濤めいて雪崩れ込んでいく。

 

 今まさに、黒い亀裂から溢れんとしていた《マモノ》、いや《マモノ》の群れに対してだ。

 黒い靄をまとったまま大きく吹き飛ばされた《マモノ》を見据えながら、俺は世界に名告する。

 

「──魔法少女ワンショット、これより《マモノ》を排除する」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 《マモノ》の姿は大型のネズミ、マウスというよりはラットだろうか。俺の知っている動物に当てはめるのならヌートリアが最も近い。もっともヌートリアに角は生えていないし、爪も鋼のように鋭利で光沢を放つはずもない。

 

 そんな《マモノ》がざっと三十匹前後。昨日戦った狼が単体だったから今回もそうだと勝手に思っていたが、群れの場合もあるらしい。

 

『そんな場合もあるというよりは、基本群れであるときが多いと考えておくべきだ。単体で出現する《マモノ》は魔力を一点に集積させてなお問題ない器がある場合にしか現れない。そのような《マモノ》は希少で、かつ危険だ』

「なるほどね」

『補足しておくと、今回の《マモノ》は魔法少女間でラット種と呼ばれることが多い。正式名称は定められていないがな」

「ふーん、まんまな名前だね」

 

 開幕に大きく吹き飛ばした《マモノ》、ラット種の中でも下敷きになった部類のは衝撃で傷を負ったらしく目に見えて動きが鈍い。俺はそいつらに向けて銃を構え躊躇なく引き金を引いた。

 

 パシュッとエアガンのような軽い音が鳴り、結晶化した薬液(魔力)が弾丸となって飛んだ。ラット種は意外と俊敏な動きで射線から逃れたが、動きの悪いものはそうもいかない。狙い通り胴体に吸い込まれ突き立つ。殺したという確かな手応え。

 

 命を奪ったという感覚に、俺は何も感じない。

 

「ほら、結構威力あるし弱くないと思うけど」

『たわけ。手傷を負ったⅮランクのラット種を倒せた程度で図に乗るな』

「そこまで言わなくても…」

『ならば無傷のラット種くらい今すぐ仕留めてみろ。言っておくが《マモノ》はハルカの想像以上に強かだぞ」

 

 言われるがままに狙いをつけ引き金を引くが、俊敏な動きで避けられる。いや違うな。ラットの動きは目で普通に負える程度でしかないのに当たらない。射線を読まれてるわけではないし俺の狙いが悪いわけでもない。撃ってから避けられてるし弾丸が遅すぎるのか。

 

 っと。

 

 機材の陰に隠れていたラットが飛び込んできたのをすんでのところで殴り飛ばす。すんでのところとはいってもちゃんと見えていたし動きも追えていた。引き付けて殴り飛ばしたというのが正しいところだ。

 もろに胴体に打撃を受けたラットは肋骨を粉砕され、臓器を破裂させながらすさまじい速度で吹き飛んでいった。

 

 それこそ俺の撃ってる銃なんかより遥かに速い速度で。

 ………。

 

 思考に、ノイズが走っている。

 

『わかったな。お前のその遠距離攻撃は非常に弱い。単純に練度の問題だろうが、マントの中のメスでも投げた方がよほど強力だ』

「………じゃあどうすればいいんだ。これだけの数相手にモノ投げつけたりなんて時間食いすぎるだろう」

『近づいて殴ればいいだろう』

「いきなり頭悪そうなこと言い始めたな」

 

 ()()()()()()、だ。あのラット達の鋭利な爪や歯を、角を見て近づこうとは思わないだろう。遠距離からちまちま倒す方が安全なはずだ。その方が危険がない。

 

 そう考えるのが自然のはずだ。

 わざわざ危険を冒すべきではない。

 俺は、お前は、()()()()()()()()()()()()()

 

「──うるさいな」

『…ハルカ?」

 

 女々しい思考が脳を汚染する。

 

 ラットが身を寄せ合っている。味方を殺された恨みをその目に宿し、睨んでいる。

 その目が恐ろしい。

 あの牙がもし己の喉笛を食い破るとしたらと想像する。

 その未来が恐ろしい。

 

 ………。

 

 恐ろしい?

 本当に?

 

 俺は。

 

「どうしたらいい。私は」

『──、言っただろう。近づいて殴ればいいと』

 

 ガキンと手の内で何かが組み変わる。俺の趣味に合わない、銃の形態をとっていた武器が大型のナイフへと変形する。

 

 これだ。こちらの方がよほど俺の手に馴染む。

 

『思い出せ、ワンショット。お前はあのウルフ種を前に何を思った?』

 

 再び、言われるがままに記憶を掘り起こす。思いを馳せるのは昨日の巨大な狼のこと。

 あの巨体が突進してきたとき、彼我の距離を一瞬で潰されながら.

 

 俺は、たしか。

 

『けっこう──』『──遅いんだね』

 

 なんだ、そういえばそうだった。

 俺は速くて、《マモノ》は遅い。

 

 カチリと頭の中でスイッチが入る。

 

 大地を踏みしめる。暴風が吹き荒れて、細切れの肉片が飛ぶ。

 

 俺は、弾丸の速度で駆けていた。

 俺は、弾丸の速度で斬り付けた。

 

 反応さえさせず五匹のラットが物言わぬミンチに成り果てた。

 

 

『──そうだ。ハルカにはそちらの方が似合う』

「そうかもね」

 

 力の入れ方が分かる。魔力の運用を理解できる。十全に魔力を全身に巡らせて励起。

 なんのことはない。どんな魔法少女でも無意識に扱える魔法。単純な身体強化さえ(それだけ)できればこの身は神速へと至る。

 

 なんであんな銃にこだわっていたのかと今にして思う。俺は最初からこうすべきだった。

 思考が晴れる。恐怖はなく、死地に飛び込める。

 

 目の前で起きたことが理解できないと言いたげなラットに向かい、微笑む。

 きっと口の端だけが吊り上がった酷薄な笑みだったと思う。

 

「じゃあ、殲滅するよ。すぐに終わるから安心して」

 

 結局のところ、その工場から全ての《マモノ》が死に絶えるまで5分と持たなかった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

『ピピピ!結界内の全ての《マモノ》の消滅を確認しました。5分以内に転送手続きに移行します!もといた場所に帰還しますか?』

「ふーん、これ転送とかいうやつしないって選択もできる感じなんだ」

『そうだ。海に転送された魔法少女が海水浴したいとか駄々をこねたのが発端だったはずだ』

 

 殺し尽くした《マモノ》の残骸が粒子となってスマホに吸い込まれると、魔法少女協会なるアプリが反応した。報酬は30万ほど。時給に換算したらとんでもないことになるな。魔法少女は高給取りということらしい。

 

「こんなに報酬もらってだいじょうぶなのかな」

『一般人にはこの《マモノ》とて脅威だ。それを殲滅している以上文句を言われる道理はない』

「あー、確かマモノの出現も週1回くらいなんだっけ。そのペースならそこまで問題ではないのかな?」

『そうだな。もっとも近年出現のペースが短くなっているという報告もあるがな』

 

 大丈夫なのかそれ。なんて思わないでもないが、まあ仮に頻繁に《マモノ》が湧いても臨時収入にしかならなさそうだ。

 

「そうだ、これ転送やめてもらってもいいかな」

『問題ないが、なぜだ?』

「ちょっとね、自販機だけ見ておきたいなと思って」

『喉が渇いたのなら家で飲めばいいと思うが』

「いや、そのね。この辺の自販機って今期間限定のサイダー売ってるはずで」

『それが気になるのか。私は一向に構ないが、財布は持ってきているのか──ってそんなに落ち込むこともないだろう』

 

 変身を解除してポケットをまさぐった。なかった。財布。

 思わず跪きそうになったが膝が汚れるので堪えた。えらい。だれか俺をほめてくれ。

 

 ともあれミーワくんサイダーはまたの機会になりそうだ。

 

 ──ああ、そうだ。

 

「一つ聞きたいんだけどさ、魔法少女がちゃんと戦えるように精神に作用する魔法とかってかけられてたりする?」

()()()()()()()()()()()()()()

「ふーん、そうなんだ」

 

 嘘の気配はなかった。

 追及はしない。

 いきなり実戦に放り込まれた魔法少女を精神的に()()するなんてことはないらしい。少なくともナハトはそう思っている。

 

 ………。

 

 仮にの話だ。

 もしもだ。

 もしも精神に作用する魔法があったとしたら、それはどこまで作用するのだろうか。

 

 思い出すのはナハトが宅配を受け取った時。黒猫が喋り荷物を受け取るという異常な光景に、彼はなんの疑問も覚えなかった。あるべき感情が、記憶が塗りつぶされていた。

 

 思い出せ。俺は、先の戦闘中に何を思ったのか。

 

 思考に、ノイズが走っている。

 

 思い出せないはずない。つい先ほどのことだ。健忘症に罹った覚えはないのだから。思い出せる。そのはずなのに。

 

 どうして。

 

 ノイズが脳を浚う。なにか考えるべきことがあったはずなのだけど。

 

 口だけが動いた。言葉が空回りした。

 

「『三眼(みつめ)』の魔法少女の『認識阻害結界』、超常現象を正しくそうと認識できない魔法、か」

 

 俺はなぜそんな事を口に出そうと思ったのか、もう思い出せなかった。


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