視界が開けた先は寂れた惣菜屋──寺田商店を中心に創造された疑似幽世結界の中。風呂で温まった体に北風が吹き付けヒヤリとする。
ひとまず《マモノ》が出現する前に一通りこの場を見て回り、地形だけでも把握しようと周囲を見回したところで異変に気付いた。
「え、あれ? おんなのこ?」
人だ。
「えっと夕方にスーパーにいた子だよね。あれ?おかしいな。ちょっとポム。人いるけどこれ大丈夫なの?」
少女がいた。赤みがかった髪が特徴的な快活そうな少女。近所の中学校に通っている島崎なにがし。
彼女が驚いた様子で俺の方を見て、次いで自身の隣のなにもない空間に話しかけ───いや、違うな。何かいる。目を凝らしてみれば。なにか、赤色の、魔力で構成された。
『アレ〜おかしいのだ? 《疑似幽世結界》の中には一般人は入れないはずなんだけどってうわぁぁああ魔法少女なのだ!!!!』
「えっ魔法少女!? この子が?」
人魂だ。赤色の人魂が喋っている。たぶんウチのナハトと同じような存在。というかこいつ見覚えあるぞ。ちょうど一ヶ月前になんやかんやあって怒鳴りつけたりした覚えがありまくる。
あぁ、じゃあそういうことか。
「えっと、とりあえずこんばんは? 私は
なんか見覚えがないこともないななんて思ってた島崎っていう女の子。彼女が魔法少女ガーネット。ちょうど一ヶ月前にまだ魔法少女じゃなかった俺を《マモノ》から守ろうとして大怪我を負った子。
俺の、命の恩人じゃないか。
俺の体格に合わせてか腰を屈めて手を伸ばされる。互いに敵意がないことを示そうと握手を求められているのだろう。その手をおっかなびっくりとりながら、俺も言葉を返す。
「
「ええっ!? ちょ、ちょっと頭上げて!? ていうかワンショット…?もしかしてあの時のお兄さん!? た、たしかに雰囲気はかなり似てるかも…」
『そうなのだ! アカネも頭下げるのだ。ワンショットが変身してくれなければアカネもどうなっていたかわからないのだ』
ぺこぺこ頭を下げ合う。
社会人としての礼節を弁えるものとして当然のことをしたのだが、キリがないと判断したらしき彼女に強引に顔を上げさせられた。
…あ、そっか。魔法少女ガーネットには男の頃の顔しか知られてないから驚かれてるのね。となりでふわふわしてる人魂から魔法少女としての俺について伝えられていたから、名前を聞いただけでピンときたと。
いや凄いな。男の時の俺と今の俺ではまるっきり姿が違うというのに、雰囲気が似てるなんて言えるとは。人をよく見ているということかな。どうなんだろ。
その点、俺はなんだ?
自体が逼迫していたとか、本人が気絶していたとかでじっくり顔を見れなかったとはいえ、命の恩人の顔を覚えてなかったとか最悪だ。
我ながらカスすぎる。
そうして俺と魔法少女ガーネットの中の人こと島崎さんは、一ヶ月前の騒動について礼やら謝罪やらを言い合い、ナハトから『マモノが出現する前だというのになにをやっている』とテレパシーを送られてくるまで恐縮し合ってた。
というかナハトさんのそれ、声を出してるんじゃなくて俺にしか聞こえない念話みたいなものだったのね。脳内に直接ダンディなバリトンボイスが流れ込んでくるのは心臓に悪い。
あと姿見せないんだ。普段は戦場についてくるのに。
え、馴れ合いは好かない?
マスコットどうしでなんか確執みたいなのあるんだ。知らなかった。
コミュ障か?
「───ッ!」
「え、えっと遥ちゃん?」
お前が言うな言いたげな無言の圧だけテレパシーで送られてきて背筋を伸ばした。もしかして心を読んでらっしゃる?
あとちゃんづけはやめてください島崎さん。君、俺の元の姿知ってるよね。三十路前のおっさんにちゃんづけは合わないだろう。
「うん? そんなことないけど?」
…そうなのか。じゃあそれでいいや。
◇◆◇
「とりあえず手札だけ確認しよっか。私の固有魔法は『
「…わたしのは『
「じゃあ今まではどうしてたの? B級の《マモノ》とか一筋縄じゃいかないと思うけど」
「近づいて殴ってた」
「近づいて殴ってた…?」
共同戦線を張るに当たってひとまず情報共有だ。出来る事と出来ないことを伝えるのは社会人の基本。
「え〜と、じゃあ範囲攻撃とかあるかな。もしくは遠距離攻撃」
「得意じゃない」
「そっか。じゃあ私も接近戦で行こうかな」
時間も迫っていたので、お互い脳筋戦法で行くことになった。まあなんとかなるでしょ。彼女ももとは一人でなんとかするつもりだったみたいだし。
『───来るのだ。アカネ、ハルカ。変身を』
「まかせて!」
パキリと空間がひび割れていくのを検知したポムが叫び、俺たちは即座に反応した。
俺は、俺のすべきことを理解している。
虚空から現れた駆血帯が俺の腕を締め付け、手に注射器が収まるのと期を同じくしていつの間にか島崎さんの右手中指に指輪がついていた。よく見れば赤い大きな宝石がついている。その指輪を嵌めた手を強く握り込んでいくと、ピシピシと宝石に亀裂が走り、ついには爆散した。
「───
「───
励起した魔力が稲妻を伴い膨れ上がる。俺が体内から肉体を変革していくのに対し、ガーネットは溢れ出た魔力を体に纏わりつかせるように変身していく。
俺の黒を基調とした暗いコスチュームと異なり、彼女のそれはアニメで見るような華々しい少女的なモノ。白地に赤と金の装飾がふんだんに盛り込まれたバトルドレス。各所には赤い宝石で出来たサポーター。頭にティアラを被せ髪をポニーテールで纏めた『紅石』の魔法少女が爆誕する。
「───魔法少女ガーネット、全力でいきます!」
「───魔法少女ワンショット、出撃する」
快活そうな名乗りと暗く静かな俺の声。ひどくチグハグな宣言をしながらも、俺たちは《マモノ》に向け全くの同時に駆け出した。
◇◆◇
《マモノ》の外観は小鬼だ。極端に大きな頭と血走った目に長い鼻と耳。頭部の重量に不釣り合いな矮躯を汚い腰蓑で包んでいる。小さな棍棒を握りしめギイギイ叫んでいるそれ。
有り体に言って。
「ゴブリンだ」
今まで出会ってきた《マモノ》は、なんというか自然界にいるものを極端に大きくしたような外観だったため、いかにもファンタジーな姿で出られると困惑する。もしかしてこういう見た目って、相対する者の想像力に依存してたりする? なんかそういうのありそうだな。
ちらりと後方を見る。弾丸の速度で駆け出した俺に対し、ガーネットは、その、なんというか、遅い。
違うな。
俺が速すぎるのか。俺の挙動を目にしたガーネットは明らかに驚いた様子で目を見開いていたが、すぐに落ち着きを取り戻している。彼女の体内で魔力が励起し熱を持つのが見て取れた。
「いきます───『
ぶわっと熱風が吹き付けた。
ガーネットが体の周囲に赤いオーラのようなものを纏った。なんかアニメとかで見る感じのやつだ。見るからに身体能力が上がってそう。ああいうの俺も使えるのだろうか。
『アレは『賦活』の魔法を固有魔法で重ねがけしたものだな。修練の末に身に着けたものだろう。ハルカにはまだ無理だ』
「そういうものなんだ」
ナハトと交信していた俺を知り目に、ガーネットが駆ける。先程よりは目に見えて速い。ゴブリンの群れの只中に突撃して、ステッキの先端に生えている赤い魔力刃で縦横無尽に暴れ始めた。
だが、やっぱり俺よりかなり遅いな。
「ワンショットさん、本当に新人ですか!?」
「そうだけど」
「どうやったらそんな『身体強化』ができるんですか…」
「どうって、やったらできた…?」
ガーネットが一体ゴブリンを屠るのに対し俺は同じ時間で五体殺す。やっぱり俺が強すぎるんだろうか。なんだか妙な気分だ。やけに俺に都合がいいというか、なにかの作為を感じるというか。
───おっと
あらぬところに飛び始めた思考にぴしゃりと冷水を浴びせてきたのは矢だ。おおざっぱに狙いをつけて放たれたであろうそれが、進行方向を通過していくのに気づいた俺は直接手で掴み取って来た方角へぶん投げる。
べしりと矢の木でできた部分───矢柄というんだったか───は折れ砕け、鏃だけが光線めいてゴブリンの頭に突き刺さる。
「へえ、弓持ってるのもいるんだ」
「魔法使ってくるゴブリンウィザードとか、統率個体のゴブリンキングとかもいますよ!」
「………ファンタジーっぽいね」
「いまさらでしょう!」
たしかに、魔法少女なんてものが全国にいるんだから今更な話だ。
歩兵と思しきゴブリンの首を刎ねながら駆けていると見るからに魔法らしき火の玉が飛来してくるのが見えた。今にも粒子になって消えていきそうなゴブリンの死骸を投げつけて盾にする。ジュッと音を立てて燃えた死体は、遂に物理的実体を保てなくなり光になって俺のスマホに吸い込まれていく。
念の為ガーネットの方にも視線を向けたが、しっかりと赤い宝石でできた盾を生み出してガードしている。あれが『紅石』とかいう固有魔法の応用か。便利そうでいいな。俺の『墓無』とかいうやつはよくわからんし羨ましい。
「ワンショット、奥です! あのウィザード狙えますか?」
「まかせて」
ゴブリンの背丈は俺よりは低い。だから奥まで視線は通る。ウジャウジャと蠢く大量のゴブリンに紛れて、とんがり帽子を被った個体がチラホラ見える。なるほど、あれがゴブリンウィザード。いかにもな見た目だ。
外套の内ポケットから手術刀を抜き取り投擲。砲丸めいた速度で放ったそれは、過たずゴブリンウィザードと思われる個体の頭部に命中。トマトのように頭が爆ぜてすぐに粒子へと変わっていく。
雑魚だ。
「よわい」
「でも数は多いんですよね〜」
無双物のゲームみたいにぽんぽん命が爆ぜる。だがなかなか数が減らない。どこかから補充されているかのように倒しても倒してもキリがない。
というか実際のところ、これ増えてるでしょ。どっかから無尽蔵にゴブリンが湧き出ている。
「そうだね。ゴブリンキングかゴブリンクイーンが場に存在すると、一定コスト以下のユニットは消費無しで召喚されるんだ」
「───ちょっとごめん。専門用語使われるとよくわからない」
「えっとね、ボス二体を倒さないと無限にこいつら湧いてくるってこと」
「なるほど?」
要はここにいる強力な個体を倒さなくては終わらないらしい。無限湧きとはやっかいな。
じゃあさっさとそいつら倒すか。
「ちなみにこの雑魚もたくさん倒せば倒すほど
「なるほど」
………。
じゃあもうちょっとゴブリン狩ってからそいつら倒すか。
俺は魔法少女だからな。護国の戦士として《マモノ》はどんどん倒すべきだ。使命に従って戦うついでに金銭的にも潤うだけ。
俺の経済的豊かさと幸福のためにもうちょっと稼がせてもらおう。
『…………、』
ナハトからの無言の圧力を感じながらも、もう少しばかり戦うことにした。