クラシック1冠目の皐月賞の前哨戦である弥生賞に出走すべくトレーニングを行っていたある日……
「……?」
トレーニングを終えてクールダウンをしていた時、左脚に僅かな異変を感じた。
(いや……まさか……)
私は嫌な予感を感じ、すぐさまトレーナーに相談した。すると案の定病院に連れてこられた。
「軽く腫れていますね。暫くは走らずに安静にしておいてください」
「えっ……あ、あの……! 私、もうすぐレースに出る予定なのですけど……もしかして……」
「えぇ、確か……弥生賞でしたね。辛いかもしれませんが回避することをオススメします。そこまで酷い状態ではないので、皐月賞には間に合うと思いますよ」
「……っ」
もしこれが皐月賞前だったらと思うとゾッとする……早めに気付けて良かった。
「トレーナー……」
「大丈夫だ。先生も言ってた通り今は安静にしておこう。皐月賞、出たいだろ?」
「うん……」
暫く走れないと考えるとなんだか辛い気持ちになる。テイオーもスズカさんもこんな思いをしていたのかな……
私の怪我は軽症なのが不幸中の幸いだったのかもしれない。
「そんな顔するなって。弥生賞は諦めるしかないけど皐月賞には必ず出してやるから」
「……」
静かに頷く。幸いにもまだ皐月賞までは時間はある。三冠の夢は諦めなくても済みそうだ。
私が
その後、病院から寮までトレーナーが送り届けてくれた。
「着いたぞ。今日はしっかり休めよ」
「ありがとうございます……トレーナー」
「なぁ、アリス。お前ならやらないと思うが絶対に隠れてトレーニングはするなよ? 焦って無理をすると今後に響きかねないからな」
「さすがの私でもそこまではしませんよ」
「だから明日まで待っててくれ。脚に負担がかからないでできる事を考えておくからさ」
「……っ! トレーナー!」
あぁ……やっぱりこの人ときたら……
「お前ならともかく、普通のウマ娘がただただじっとしてられる訳がないだろう。できる事をやっておくのが一番だろ」
お前ならってどういうことだよ! そりゃあ私だってウマ娘だ。じっとしてられるわけないでしょ!
「それじゃ、また明日な。気を付けてな!」
「はい!」
トレーナーと別れ、寮の自室に戻ると心配そうにクラインが待っていた。
「あ! おかえり……検査どうだった?」
「軽い怪我だって。弥生賞は無理だけど皐月賞なら間に合うって言われたよ」
「そうなの……良かったぁ」
私の報告を聞いて安心したのかそっと胸をなでおろす。
「じゃあ皐月賞で、僕と一緒に出れられるんだよね?」
「そうだね。悪化しなければ……」
「もう! そんな不吉なこと言わないの!」
「あはは……ごめんね」
私としても皐月賞に出れないのはごめんだ。一生に一度しか出れないレースを回避するのだけは避けたい。
「それじゃあこれからどうするの? トレーニングできなさそうだし……」
「それはうちのトレーナーがなんとかしてくれるって。本当にあの人ときたら……」
「ウマ娘思いの優しい人なんだね」
ウマ娘に対して一途すぎるあまり変態行為(ウマ娘の脚を触る等)をする彼だが、トレーナーとしては超一流だ。私から見ても信頼できる素晴らしい人だ。
「そういえばあまり聞かないけどそっちのトレーナーってどんな人なの?」
「えっ? 僕のところのトレーナーさんも結構変わっててねぇ〜」
そして、その後は消灯時間を過ぎてもなおお互いのトレーナーについて熱く語り合う私達だった。
◆
「ふわぁ〜……」
授業を終え、今後のトレーニングについて相談するためにトレーナー室に居るのだが、昨日の夜色々と語り過ぎて気付いたら夜更かし気味になっていた。
「おい……大丈夫か?」
「ふぁい……」
「よし、アリス。保健室行ってこい」
「……えっ?」
急に何言ってるのこの人ってなったけど確かゲームだとこういう不調は保健室に行って治してた気もするけど……
「トレーナー……もしかして保健室行くだけで治ると思ってます?」
「噂では不調のウマ娘を保健室で休ませると何故か調子が戻るって聞いた。本当なのかは知らないけどな」
「えぇ……」
「ものは試しだ。行ってこい」
そんなんで治ったら苦労しませんよ……いや待てよ? ラーメン食べたら太り気味治るウマ娘も居るくらいだしおかしくはないのか……?
「こんにちわ〜……」
部屋に入ると人の気配はない。おいおい、保健室なのに人が居なくていいのかよ……
そう思った矢先に張り紙が目に入る。
「えっと……『保健室医が不在の場合、ベッドはご自由にお使いください。また、不審者を見かけた場合すぐにたづなさんへ連絡お願いします』かぁ……」
ふぅん……トレーナーにも休めって言われてるし取り敢えずベッドで寝させてもらおうかな。
それよりも不審者ねぇ……トレセン学園に入れる不審者なんて居ないだろうし、多分あの人だろう。
「これはふわふわのベッド……! あぁ……だめだ……これには抗えない……」
「……はっ! あれ……ここは?」
見知らぬ天井……ではなくここは見慣れた場所。
「ここは……家? 何故……」
「お姉ちゃんもう準備できてる?」
「エシリア? うん、大丈夫だよ」
「お母さん達待ってるから早く降りてきてってさ」
「えっ……? あ、うん! 分かった!」
数年前まで住んでた自分の部屋だった。物の配置も全て一致している。そして、部屋の姿見の前に立つとトレセン学園の制服に見を包んだ今の私が写っていた。
「これは入学前の記憶かな……?」
正直もっと楽しいものを見れると思っていだがこれはこれでよい。
リビングに向かうと朝ごはんの支度がされており、既に母さん達が座っていた。
「あら? もう制服着てるの? ふふっ、似合ってるわよ」
「ありがとう、母さん。私も念願のトレセン学園に行けると思うと我慢できなくて……」
「そういえば昔の母さんも勝負服貰ったとき我慢できずにすぐに着替えてたな……やはり血は争えないのか」
「お父さん……?」
「ヒッ……」
顔は微笑んでいるもののそこから発せられる圧に屈する我が父。男なのに情けないぞと言いたいところだが相手はウマ娘だ。力では敵わないことを理解しているからこそなのだろう。
下手したら娘にも力負けする父の尊厳とは……
「アリス、トレセン学園に行ってもたまには連絡したり帰っておいでよ? 貴女の家はここだからね」
「うん!」
◆
「んにゃ……? あれ、いつの間に寝てたんだ」
なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。そういえばここ暫く実家に帰ってないな……帰って顔を見せるのもいいかも。
「んっ……! なんだか気持ちもすっきりしたし、トレーナーの所に戻るか」
時計を見ると一時間程経っていた。まだトレーナー室に居るのだろうか。仕事大好き人間だしまだ残ってるかもしれないと思い、再びトレーナー室へと戻った。
「お、戻ったか。どうだ? 体調の方は」
「えぇ、すこぶる快調ですよ。それとトレーナー……」
さっきの話をトレーナーにする。
「分かった。学園側には俺が申請しておくよ。まぁ休むにはいい機会だろうな」
「ありがとうございます、トレーナー」
「確かお前の実家、結構遠かったよな? 往復も考えて……一週間くらいでいいか?」
「そんなに貰っても大丈夫ですか? ほら、授業とか……」
確かに実家は遠いから往復するだけで休みの日を使い果たすことになる。
「あぁ、多分それは大丈夫だぞ。怪我とかの休養とかで休むことには特に何も言われないし、お前そこそこ成績いいだろ? なら文句は言われないさ」
「そういうものなのですか……?」
「そういうもんだよ」
「は、はぁ……」
流石に二度目の人生だから余裕っ! というわけでない。殆どを病院で過ごした前世では勉強なんてろくにできなかったから今、こうやって勉強できるのが楽しいってのもある。
「んじゃ、ちょっと待ってろ。理事長のところ行ってくるから」
「え? あ、はい」
待って行動が早いぞ。そんな簡単に申請とか通るものなの?
そしてトレーナーが部屋から出て行って数分後……
「戻ったぞ。ほら、許可証だ」
「え、早くないですか?」
「あぁ、すぐOK貰えたからな」
「えぇ……」
あまりにもあっさりしすぎて呆気にとられる。そんな気軽にできるものなのかなぁ……
「ほら、今日は寮に戻って準備しな。明日迎えに来るとき連絡するからよろしくな」
「明日……?」
さっき貰った許可証を見てみると期間が明日から一週間になっていた。早い、早すぎるよ!
というわけで寮に戻り、明日の為の準備をした。念のため親の方にも連絡を入れておいた。急に帰ってこられても驚くだろうし仕事もあるだろうからその確認でもあった。
そして、日付が変わりトレーナーに空港まで送ってもらった。
「あぁ、そうだ。わかってるとは思うが走るなよ?」
「分かってますよ」
「ならいいが……スペが帰ったときは走り出そうとしたらしくて柱に結び付けられたらしいからな」
「えぇ……」
アニメでもそんな描写あったなぁ……これだと多分トレーナーから親の方に連絡されてるだろうな。
「それじゃ、気を付けてな」
「はい、また一週間後に!」
トレーナーと別れた後は、渡されたチケットを元に飛行機に乗り込み故郷へと飛び立った。