『さあ、やってまいりました。クラシックロードの1冠目、皐月賞! 一番人気は弥生賞で1着を取りましたスペシャルウィーク!!』
皐月賞……クラシック路線の1冠目でもっとも速いウマ娘が勝つと言われるレース。ウマ娘達の憧れでもありティアラ路線と対をなすレースだ。
基本的には牡バがモデルになったウマ娘はクラシック、牝バがモデルになったウマ娘はティアラに進んでいた。ウオッカのダービーなど特例もあるが。
「そろそろスぺ先輩が出てくるわよ」
確か皐月賞のスペシャルウィークは……体重増えてて勝負服のチャックが閉まらなかったような……?
そういえば勝負服初めて来たとき何か後ろ気にしてた……あっ。
「パドックに出てきたぞ!」
「スぺ先輩……勝負服いいなぁ……」
あー……あれ確実にやらかしてますね。
「なんかスぺ先輩歩き方おかしくないか?」
「GⅠっていう大きな舞台だもの。緊張してるんじゃないの?」
確かにスペシャルウィークは初めてレース出たときもかなり緊張して固かったが……あの時とは動き方から違う。
まるで後ろのチャックを隠すように……
「ねぇトレーナー」
「どうした?」
「スぺさんもしかして……太った?」
「アリス……お前も気づいていたのか」
「まぁ……何となくですが。まるでチャックが閉まらなくて隠しているような気がして」
「だな。まあざっと見て10kgくらい増えてるな。これは」
まじ? このトレーナー見ただけでどれくらい増えたとか分かんのか……
待てよ、つまり私も体重増えたら見抜かれるってこと? 乙女の秘密が簡単にバレちゃうのはさすがに恥ずかしいなぁ……
「ともかくだ。今は目の前のレースに集中しよう」
「ですね。ところでトレーナー、今回気になってる子いますか?」
「そうだな……スぺと同じクラスのセイウンスカイ、そしてキングヘイローかな」
なるほど……確かにあの二人は強い。特にセイウンスカイはダービー以外の二冠を取ってたはずだ。
今回の皐月賞。つまりセイウンスカイが勝つと思う。歴史通りならね。
「逆にアリス、お前は誰が気になる?」
「そうですね、今回はセイウンスカイさんですかね。実は弥生賞終わった後、彼女が必死に練習してる姿を見たんですよ。結構緩そうな子ですけどかなりの負けず嫌いですよ」
「……お前、かなり見てるんだな」
どっちかというと前世の記憶を頼りにしてるだけなんだけどね。さすがに少し忘れていることもあるけど。
「あはは、私の情報収集能力舐めないでくださいね?」
「そうだな、お前は結構他のウマ娘にやけに詳しいからな。ライバルになりそうな子たちの情報いつも助かるよ」
アプリやアニメに出ている子の情報なら既にあるけどそれ以外の子は自ら情報を集めている。
基本的に私以外は大体誰がライバルになりうるか分かるから情報を集めやすいだけだが。
「さて、そろそろ始まりますし移動しましょうか」
そろそろ皐月賞が始まる。できるだけいいところで見たいのでスピカのメンバーで移動した。
◆
「負けましたぁ~!」
うん。まあ知ってはいたがセイウンスカイに逃げられ1着、キングヘイローが2着に食い込んだ。
末脚こそ素晴らしかったが最後の坂で追いつけなかった。
この後、トレーナーがタイキシャトルと模擬レースを行い、坂を攻略するはずだ。だが、その前にダイエットが始まるんだろうけど。
夜になった。負けた鬱憤を晴らす場所と言えば……
居た。そこにはスペシャルウィークと……トレーナーか。
ここは変にかかわらない方がいいかな。
「あら? アリスちゃん?」
急に声をかけられて驚いてしまう。
「へぇあ!? あ……スズカさん?」
スズカがスペシャルウィークとトレーナーに見つからないように柱の陰にいた。
「どうしてスズカさんもここに?」
「私もスぺちゃんが気になったの……ここに居るってことはあなたもよね?」
「そんなところです」
負けて悔しくないウマ娘はいないだろう。よくあの穴の開いた木に思いをぶつけることが多い。スペシャルウィークもそれをしに来たのだろう。
そしたらトレーナーと出会った……てことだろう。うーむ、どうしたものか……
「スズカさん」
「どうしたの?」
「確かスぺさんと同室でしたよね? しっかり見張っていてください。ああ見えて結構ショック受けてるだろうし信頼しているスズカさんがそばに居てあげるだけでも違うと思います」
「分かったわ」
「そろそろ門限になりますし先戻りますね。スズカさんも遅くなりすぎないようにしてくださいね」
今スペシャルウィークに必要なことはまずは、この負けを乗り越えることだろう。
スズカさんと一緒に居るだけで違うだろうし今は任せることにしよう。
あとはダイエットすることでダービーに備えてもらわなければならない。さて、私はそこで何をしようか……ふーむ……
◆
あの日から数日、トレーニング中にスペシャルウィークがいつもに比べて食べ物を我慢していることに皆が気づき、ついにダイエットをすることを決意した。
それぞれメンバーが日によって担当を分けることとなり、私もスペシャルウィークの為に頑張ることにした。
私以外のメンバーのダイエットプランについてはアニメと同じだったようだ。スパルタだったり根性だ! ってことでプールの高台から落ちたり……結構散々な目にあったようだ。
「さて、ついに私の出番になったのですが……大丈夫ですか?」
「うん……結構皆厳しくて……」
「スぺさんの為に皆頑張ってくれているんですよ。ささ、ダービーの為に頑張りますよ!」
「お、おー!」
「それでは、まずは目的地に移動しますか!」
私のプラン……それは走ること。
正直他のメンバーのおかげでダイエットは十分(?)だと思うので、私は次のダービーまでに少し仕込んでおこうと思った。
トレーナーもタイキシャトルとの模擬レースについて進めてくれているのでその前にヒントだけ残しておこうと考えたのだ。
「それでは今からこの坂を全力で走ってもらいます。もちろん私もついてきますので安心してくださいね」
そこそこ傾斜のある坂道だ。確か2期でテイオーが走っていた場所と同じはずだ。
「単純なスピードだと私は勝てないので最悪私を置いて行っていいので頂上まで走ってください。これを今日は私がいいと言うまで続けてもらいます」
「アリスちゃんも結構厳しくないですか……?」
「これもスぺさんの為ですので」
にっこり笑顔を向ける。スタミナの強化にも繋がるしちょうどいいだろう。
全力でスペシャルウィークと私は坂を駆け上る。一応、ウマ娘専用レーンで走っているので安全性は大丈夫だろう。
最初は比較的元気であったが、後半は疲れてスピードが落ちていた。
「大丈夫ですか?」
「はぁ……はぁ……アリスちゃんはまだだ、大丈夫なの……?」
「まぁ、スタミナだけは取柄なので」
自分で言うのもなんだが、この程度ならまだまだ走れる。体力ならだれにも負けない自信もあるからね。
「それじゃあ、次をラストにしますか。今度は私の後ろをついてきてくださいね」
最初に比べて走る速度が落ちているので私もついていけることができるようになったが、さすがクラシックで活躍しているだけあってかなり速かった。
今度は私が先導するので少しわざとらしく例の走りをすることにした。
◆
「お疲れ様です。これで私の出番は終わりですね」
「あ、ありがと……アリスちゃん……ふぅ、疲れたぁ」
「最後急に追い上げてきたので驚きましたよ」
結構疲れていてきつかったはずなのに最後の最後で抜かれそうになった。さすがに体力が切れたのか急に失速したが。
「うーん? なんでだろう、なんかアリスちゃんの走り見てたらこうしたらいいかなーって思ったのを少し真似してみただけなんだけどね
そしたら、少しだけ走りやすくなったんだ」
「……そうですね、その感覚覚えておいてくださいね。きっと役に立つと思いますよ」
「……? う、うん
それと今日はありがとね!」
きっと、タイキシャトルとの模擬レースで今日の走りに気付くだろう。
ダービーは東京レース場、ラストの坂をどう攻略するかで最後の勝敗が決まるだろう。
下手に干渉しすぎるのもまずいのでほどほどの助けをするのが今の私の役割だろう。
私が関わっても変わらない未来もあるかもしれない。でも、少しでもこの世界の未来がいい方向に向かうなら私はどんなことでもやるつもりだ。
ウマ娘の世界ではタイキシャトルによってスペシャルウィークは強くなる。その前に軽い手助けをしただけにすぎない。
◆
その後、無事にスペシャルウィークはタイキシャトルとの模擬レースを行うことになった。
ここはアニメと同じ展開となり、特に変わったことはなかった。
そして、日本ダービーに向けてさらに磨きをかけていた。
かなり仕上がりはよく、予定通りに進むだろう。
「……エルコンドルパサーが出走しない?
うーむ、これだと史実の方のダービーになるんだっけ」
日本ダービーの出走表を見るとアニメでは出走していたエルコンドルパサーがこの世界だと出走しないようだ。
「んー、エルさんが居ないならスペさんの一着で決まるだろうけどどうして変わったんだ……?」
そもそもエルコンドルパサーが出るほうが本来と異なるのでおかしい話なのだが、ここはウマ娘の世界。未来が変わることはよくある話だが……
「おう、アリスじゃないか」
「あ、トレーナー。どうも」
放課後のカフェテリアで、次のスペシャルウィークのダービーに向けて特にライバルになりそうな子達の情報をまとめていたらひょっこりと現れた。てか、うちのトレーナー、カフェテリア使うんだな……ちょっと意外。
「お、今回も下調べしてたのか。いやー助かるね
ところでどうしてここまで詳しいんだ……? 一人でやれる量じゃないような」
「ちょっとしたウマ娘について詳しい協力者が居ましてね。その子にも情報交換してもらっているだけですよ」
誰とは言わないが、彼女のお陰もあってかなり集めやすくなった。もちろんタダとはいかないさ。こちらもそれなりの情報を渡すことで成立している一種のビジネスだしWin-Winの関係なので問題ない(多分)。
私からは何を提供してるかだって? そりゃあ勿論、彼女の"本"の為に必要な情報さ。そのお陰で最近は創作活動が捗ってるらしい。いずれ私も見せてもらいたい。
「明日くらいには出来上がるので待っててくださいね。
本番に備えて使ってくださいね?」
「ああ、分かってるさ。いつも助かる」
役に立ってるなら嬉しい。まだデビューできてないから少しでもチームの為に裏でサポートするのも楽しい。
……やましい気持ちはないですよ? ウマ娘ちゃん達に詳しくなりたいとかそういう訳じゃないんだからね!
次の日、とあるウマ娘協力の下作り上げた表をトレーナーに渡し、スペシャルウィークのダービーに向けて追い込みが始まった。
「日本一のウマ娘になる!」がスペシャルウィークの目標だ。その為に次のダービーは落せない。
頑張れ! スペちゃん、君なら勝てる!!
◆
日本ダービー、それは一生に一度の大舞台。これを目標にするウマ娘も多い中、我らがスピカからスペシャルウィークが出走する。
「スペ先輩のやる気、いつも以上ね」
「確かに。特に今回の日本ダービーはスペさんにとっても大事なレースだしね」
ぱっと見た限り、皐月賞の頃とは異なり体重、やる気もろもろ完璧だろう。
日本総大将の二つ名は伊達ではない。
今回のレースは特に心配はないだろう。あれだけ頑張ったんだ。うん、きっと。
結果は知っての通り、スペシャルウィークの一着で日本ダービーは終わる。最後の直線での末脚は相変わらず素晴らしいものだった。
ラストの坂で一気にセイウンスカイに追いつき抜き去る姿……まさに主人公らしい勝利だろう。いや、スペちゃんは1期の主人公ではあるけど。
◆
スペシャルウィークの日本ダービーの勝利で盛り上がるスピカ。
そして、時間は経ち夏合宿を終え運命のあの日がやってくる。
1998年天皇賞秋。ウマ娘を知ってる人なら必ずこの天皇賞秋を知っているはずだ。そう、それはサイレンススズカの天皇賞。
悲しみの日曜日。アニメではスペシャルウィークの活躍により骨折ですみ、まさに未来が変わった瞬間の一つだろう。
そしてそれが今……
『サイレンススズカに故障発生です!』
快速に飛ばしていたサイレンススズカが急に失速する。ともに走るウマ娘達も困惑している。
(まずい!)
あの悲劇を思い出す。身体は無意識下に動く。私だけじゃない、むしろ私より早くスペシャルウィークが反応した。
ターフの中に入りレースとは逆走する形でサイレンススズカの元に駆け寄る。スペシャルウィークは持ち前の末脚で一気に追い上げる。
「スペさん! 左足を地面につけさせないで!!」「スペ! 左足を地面につけるな!!」
スペシャルウィークがサイレンススズカを抱え込んだ瞬間に私とトレーナーの声が重なる。
前世の記憶を元にサイレンススズカの対応を思い出す。これにはトレーナーを後で「どうしてあのとき対応のやり方分かったんだ?」と言われた。私は誤魔化すように、「たまたま怪我の対応についての本を読んでいた」と言うことにした。トレーナーも私が本をよく読むことを知っていたので納得してくれた。
他のスピカメンバーとともにサイレンススズカが担ぎ込まれた病院に着くと全員が物々しい雰囲気になる。
そりゃそうだ。目の前で故障が起きたんだ。しかもそれがチームメイトのサイレンススズカ、皆が不安になるのも仕方ない。
「大丈夫……スズカさんならきっと大丈夫……」
サイレンススズカと最も親しいスペシャルウィークは特に辛いだろう。
「スペさん、大丈夫ですよ。スズカさんなら必ず大丈夫です」
「アリスちゃん……そうですね、スズカさんなら大丈夫ですよね……!
アリスちゃんの言う事なら信じられます……!」
信頼されてると凄く嬉しい。あぁ、大丈夫だ。暫くは目を覚まさないかもしれないが必ずスズカさんはきっと復帰する。
あれから数日、まだスズカさんは目を覚まさない。しかし、私はみんなの気持ち、そしてスズカさんを知ってる仲間のためにある事を提案した。
「スズカさんのギブスに皆で寄せ書きしませんか?」
アニメでもあったように寄せ書きをしようと言ったのだ。
これにはスピカだけではなく、同期のマチカネフクキタル、メジロドーベルや生徒会のシンボリルドルフやエアグルーヴも書いてくれた。
皆スズカさんの走りが好きだってことが伝わる。あぁ、彼女は本当に皆に愛されてるんだな。
後日、スズカさんが目を覚ました。その報告をしてくれたスペさんは本当に嬉しそうで良かった。
本人は倒れたときのことはあまり覚えていないようで、助けてくれたのがスペシャルウィークだと知ると嬉しそうに微笑んでた。
よかった。また、彼女の笑顔が見れるのかと思うとほっとした。
うんうん、やっぱり笑ってる姿が一番だ。
時には辛いこともあるかもしれない。でも、私は皆に笑って過ごしてもらいたい。どんなに辛いことがあってもそれを乗り越えてこそ私達の運命なのかもしれない。
はっきりいって大体の未来は私は知っている。だが、私自身の未来は私も知らない。どんな運命が待っているのか、たとえそれが心を折られるような未来が来ても私は皆んなみたいに乗り切れるのだろうか?
分からない。でも、私はどんな未来が来ようとも乗り越えようと思う。
「アリスちゃん、大丈夫?」
「え?」
「泣いているようだけど……体調悪いならトレーナーさんに頼んで……」
「だ、大丈夫ですよ! もう、スペさんは心配性なんだから……」
スズカさんの病室、あの時とは違うとはいえ……
ううん、気にしたらだめ。今はスズカさんとスペさんに心配させないようにしないと。
「先に戻ってますね。スペさんも程々にしてトレーニングしないと次のレースに響きますよ?」
「うっ……! それもそうだね。それじゃあスズカさん、また来ますね!」
「うん、またね。スぺちゃん、アリスちゃん」
小さく手を振るスズカさんが可愛いのは置いておいて、スぺさんと共に病室を去った。
「スズカさん元気になってきてよかったなぁ~」
「ですね。元気そうで何よりです」
正直、私にとって病院はあまり居心地のよい場所ではないが、大事な仲間であるスズカさんが入院しているので、スぺさんとよくお見舞いに来ている。
私も皆もスズカさんが元気に帰ってくることを待っています。また一緒に走れる日を夢見て……