昔──というにはあまりにも時系列が曖昧過ぎる上に、正直俺の記憶だってあやふやだから、語るだけ無駄な気はするのだが、しかしやはり、こうなってしまった以上は語らざるを得ないだろう。
先んじて言っておくのだが、こればっかりは本当に、本筋に何か関係のある話ではない。
俺と言う人間……水無天雨の、極めて個人的な話である──と言うには、些か語弊が生まれそうだから、ここはいっそ、俺の元いた世界の話と言った方が良いかもしれない。
──そう、元いた世界。こことは別の、
とは言えそれは、本当に面白みのあるような話ではない……というのも、別にここの世界と、俺が元いた世界と言うのはほとんど変わりが無いからだ。
世界地図や情勢、文明レベルもそのままだったし、ジッリョネロもミルフィオーレも、ボンゴレだってあったし、もちろんヴァリアーもいた。
個人的に観測できた違いはと言えば、俺がジッリョネロに属していなかったことと、真六弔花が存在していなかったことくらいだろうか。
後は……今の俺とは違い、妹が一人いたこともか。
まあ総じて、大きな違いではない──一見、真六弔花がいないことはかなり違うことなようにも見えるが、白蘭にとっては全部玩具であることを考えれば、そう変わりは無い。
ああ、いや、まだこの世界は白蘭に支配されていないから、それこそが大きな違いと言えるかもしれないが。
俺の元いた世界、マジで一瞬でランさんの手に落ちたからな……等と、こんな親し気な呼び方をしていることからも分かるだろうが、俺はランさん……白蘭とは当時、友人関係にあった。
きっかけは妹──ブルーベルのカウンセリングとして、ランさんが来たことである。
そう、そうだ。前の世界では、ブルーベルは俺の妹だった──今では全然他人であるが、まあ並行世界だしそんなこともある。
俺がやたらとあいつに馴れ馴れしく接することが出来たのは、その辺も理由の一端だったというわけだ。
容姿が全然似てないじゃん、と思われるかもしれないが、俺達はいわゆる義理の兄妹である。むしろ、似ている訳が無かった。
ブルーベルが恐ろしいほど美しい青髪であることに対して、俺はマジでどこでも見る黒髪だしな。
その辺、ちょっと気にして青のインナーとか入れてみたが、絶望的に似合ってなくて、我がことながら笑ったものだ──いや、今でも入れっぱなしではあるのだが、それはそれ。
端的に言うと、ブルーベルは事故によって二度と元のようには泳げなくなってしまった──ちょうど、この世界のブルーベルと同じだ。
誰よりも水を愛し、泳ぐことを好んだブルーベルは、それ以降酷く荒れた。
それを心配した親が頼ったのが、ランさんという訳だ。一応言っておくのだが、この時のランさんはまだ、この世界の白蘭であった。
まだ、白蘭が『並行世界の自身と意識を共有できる』という己の異能に気付く前のこと……あるいは、彼がまだこの世界とは同期していなかった頃のことと言い換えても良い。
無論、性格等が全然違ったという訳ではないが、まだ許容できる範囲だった──だからこそ俺達は、友人になることが出来たのだ。
容姿は同じだったが、髪型とか体格は違った訳だしな。ランさんはめっちゃデカかったし、髪も肩まで伸ばしたセミロングだった。
いやまあ、友人というよりはランさんからすれば俺達は、面白い玩具くらいの認識だったのかもしれないが……あれ? 今と全然変わって無くない?
ま、まあ友好な関係は築けていたから、一応人としては見られていたはずだ。
年上だったランさんは、ブルーベルも交えて色んなことを教えてくれたし、たくさんの場所に連れ出してくれた。
話し上手かつ、天然の人たらしでもあった彼にブルーベルが懐くのは直ぐであったし、勿論俺もそうだった。
これが当時、並行世界の俺が十六歳で、ブルーベルが十四歳の頃。
ランさんが豹変したのはその一年後のことだった。
ブルーベルも退院し、ようやく色々なことが落ち着き始めた時期に、ランさんは見慣れないリングをつけるようになった──大空のマーレリングだ。
それをきっかけとするように、今までも薄っすらと見え隠れしていたランさんの、悪性とでも呼べるものが一気に肥大化し始め、瞬く間に世界はその悪意に覆われた。
それでまあ、結果としては先ほども言った通り、俺達の住んでいた世界はランさんに支配されたという訳だ。
そこはまあ、良い。いや、全然良くはないのだが、本当に仕方のないことと言うのは往々にしてあるものだし、俺は意外とそう言った物事を受け容れるだけの容量がある人間だった。
それに、この時でさえも俺は……いいや、俺とブルーベルはまだ、ランさんのことを嫌いになれていなかったのだ。
あまりにもスケールがデカすぎて、あの人がすべての元凶だと思うことが出来ていなかった──あるいは、今でさえも。
だから俺達は、愚かにもランさんを探すことにした──幸い、生き残ったのは俺達だけではなかったし、食料にはまだ余裕があったからこそ取れた行動だ。
ランさんは常に端末から演説を垂れ流していたし、自身が居る場所も公表していたから、迷うことがなく、あっさりと俺達はランさんの元へとたどり着けた。
──かといって、当然ながら、楽であったわけではない。というか、多分今まで経験してきた中で一番しんどかったのはあの時期だ。
ブルーベルがいなければ辿り着く前に死んでいただろう。
そんな訳で、フラフラしながらも辿り着いた俺達を、意外にもランさんは歓迎してくれた。
「やぁ久し振り、生きていたんだね」
なんて、本当に嬉しそうな声で。
しかしこの時、俺はランさんを全く知らない人だと思ったのだ──まあ、それは当たらずとも遠からずであったのだが。
ランさんであり、ランさんではない。
もう彼は、すべての並行世界を統べる、白蘭という名の悪魔であったのだから。
俺達は完全なるトゥリニセッテ──つまり、七つのおしゃぶり、七つのボンゴレリング、七つのマーレリングを見せられ
「ちょっと実験をしてみようか」
なんてことを言われた。
ランさん曰く、トゥリニセッテとは、全てを集めれば世界を変えられるほどの力を発揮するものであるらしい。
その力の一端を、無理矢理引き出してみようか、なんて言ったのだ。
そこから先は、正直なところ何があったのかも、ランさんが何をしようと思ったのかも分からない。
ただ、ランさんに触れられると同時に、意識を失った。
言ってしまえば本当にそれだけのことで──気が付けば俺は、ざっと十歳くらいのガキになっていたし、なおかつ道端にポイ捨てされていた。
つまり俺はこの瞬間、世界間を移動してしまったという訳だ。
意識だけが飛び、この世界の俺に憑りついてしまった……という言い方が正しいのかもしれないが。
そのあとは知っての通り、俺はアホサメ師匠に拾われ、今に至る。
だからまあ、本当に大したことではないのである──俺にとっては一大事どころではないが、大勢的には問題にすらならないことだ。
言わば、超些事である。だからこそ、今の今まで言う必要を感じていなかったのであるが──
「何で、こうなるんだかな」
思わず零れた言葉をかき消すような爆風が、全身を包み込む。
反射的にブルーベルを庇って抱きかかえたが、あまり意味はないかもしれない。
何せこの爆発自体に攻撃力はほとんど存在しないのだ──あるのはただ、周りの死ぬ気の炎を絞り尽くすという効果のみ。
これを以てランさんは、俺達の世界を滅ぼした。
感動の再会とは、良く言ったものである。
本当あの人、性格悪いな……。
ルカを呼び出したことで、着地と一瞬の防御だけは成功したが、それだけでルカが干からびて落ちる。
匣動物は、生命活動のすべてを死ぬ気の炎に依存しているから、それも当然だ──まあ、そんなことを言えば俺たち人間だって根本的には同じであるのだが。
死ぬ気の炎とは、言い換えれば生命力だ。俺達はリングを通すことで、それに炎と言う形を与えているに過ぎない。
まあなんだ、つまるところこの場にいるだけで、俺達は直死ぬ、ということだ。
俺達に限ってはすぐ傍に落とされたせいで、直死ぬというよりはもう死ぬ、といった感じではあるが。
何とかブルーベルだけでも遠ざけたいところではあったが、残念ながらもう身体がほとんど言うことを聞かなかった。
ブルーベルを庇った際に被弾したらしい、もう骨と皮だけの左腕を横目に、ランさん──GHOSTといったか──を見る。
GHOSTには意識があるようには見えなかったし、そもそも生命であるのかすら怪しかった。
何だか全身が雷で構成されているかのようにバチバチと揺らいでいるし、表情なんてあってないようものだ。
何がどうしたらこうなるんだよ、と思っていれば、ボンゴレ霧の守護者が、『生命』と言うよりは『現象』に近い、と驚いたように言った。
あー……なるほどな、と思う。
その言葉だけで俺としては十分すぎるくらい、合点がいった──多分、俺とGHOSTは逆なのだ。
ゴリ押しによって意識だけがこっちに来た俺と、ゴリ押しによって肉体だけがこっちに来たランさん。
だから俺は肉体に引きずり込まれたし、逆にランさんは白蘭に意識を奪われたままなのだ。
──いや、奪われたというのは少し違うのかもしれないが。
兎にも角にも、どうやらここで死ぬしかないようだった。
人というのは案外、死ぬ時はあっさりと死ぬものだ。何せもう一度爆発を起こされれば、それだけで即死なのに、そうでなくとも現状維持されただけで死ねるのだ。
いやまさか、こんなことで死ぬとは夢にも思わなかったが──まぁ、仕方ない。
ブルーベルにも、姫にも申し訳ない気持ちがあって、上手く割り切れないままグラリと後ろ向きに倒れ──
「うぉ゛お゛い! 何してやがるクソガキィ!」
「うぉぉぉ!?」
放たれた罵声と共に、襟首掴まれて勢いよくぶん投げられた。
当然、受け身を取る余裕もなくブルーベルだけ死守して地を滑れば、そこにいるのは肩で息をするアホサメ師匠。
自慢の銀髪をバサァ! と払いながら、ギラリと眼光を光らせる。
「ぼーっとしてんじゃねぇ! 邪魔くせぇだろうがぁ!」
「せ、
「ついでに都合の良い時ばっかりその呼び方をするんじゃねぇ!」
シャー! と
いつもなら腹立つ顔だなぁ、と思うところであるが、今ばっかりは滅茶苦茶助かった。
距離を離されたことで吸収効率も落ちたのだろう、多少は呼吸も楽だ。
「それで、だぁ……アレのことを知ってるな? 全部吐け」
「えぇ……キモいくらい話が早い」
何で分かるんだよ、と思ったら滅茶苦茶青筋立てながらアホサメ師匠はトントン、と耳を叩いた。
は? 耳? 何……? ……あっ、通信機!?
どうにも通信機を切るのを忘れていたらしい。
え? てことは全部丸聞こえだったってこと? 恥ずかしいってレベルじゃないんだけど。
「いやでも、倒し方とかを知ってる訳じゃないんだけど……」
「あ゛ぁ!? 使えねぇやつだな」
チッ、と舌打ちをするアホサメ師匠。
いや、聞こえてたならそれも知ってるはずだろ、というのは言わないでおいた。
まあなんだ、スペルビ・スクアーロって男は、そういう人なのだ。
「まあ良い、どうせ使い物にならねぇなら、後ろにすっこんでろぉ」
「いや、でもそういう訳にも──」
「うぜぇ」
ドムッ! という鈍い音と共に蹴り飛ばされた。
流石に手荒過ぎない? と文句を言う暇も余裕もなく木にぶつかって止まる。
ズルズルと無様に落下して、木に寄り掛かる形になれば、腕の中にいたブルーベルが小さく声を零した。
「んにゅぅ……天雨?」
「やっと起きたか──と、動くな。ついでに力も入れるな、息することだけ考えろ」
匣兵器と一体化しているブルーベルは、吸収される際の効率が段違いだ。
リングから持ってかれるだけの俺達と違って、全身から持っていかれる訳だからな。
衰弱の仕方が俺よりもずっと酷い。
この状態が長引けば、俺よりも先にブルーベルも含めた真六弔花から先に死んでいくのは間違いが無かった。
そんなことくらい、分かっていてやっているのだから、白蘭の悪質さが分かるというものだ。
浅い呼吸を繰り返すブルーベルの頭に手をやりながら、目を凝らす。
現状、俺達はお荷物だ──否、GHOSTを前にはもう、誰も彼もが成す術無くしているのだが。
ただ死ぬ気の炎を奪われていく現状を、見ていることしかできない。
白蘭がとっておき扱いしていたのも頷けるというものだ。
GHOSTは多分、真っ直ぐ姫のもとに向かっている。それだけは阻止しなければならない──だけど、どうやって?
思考が止まって動かない。
これ以上はどうしようもない、という思いが鎌首をもたげ始めたところで、彼は来た。
美しく靡く、大空の炎。
「ボンゴレ
空から飛来したボンゴレ十代目と、GHOSTがぶつかり合う。
拮抗したのは本当に、少しの間だけだった。
無差別に死ぬ気の炎を吸収するGHOSTと、相手の死ぬ気の炎を吸収する零地点突破改が反発し合い──GHOSTはその全身を吸い込まれた。
驚くほどに呆気なく。
GHOST……ランさんは、その姿を消した。
何だかこれはこれで、微妙に複雑な気持ちになるのは何なんだろうな……。
脅威が去ったのだから、喜ぶべきではあるのに──何とも言えない不快感がこびりついている。
流石にアレを割り切れるほど、俺も大人ではなかったということらしい。
俺を落としたの実験とか関係なく、明らかにこんな気持ちを抱かせるためにやったことだろ……ともう一度空を睨めば、白蘭はニコニコとしたまま降りてきた。
その背には、真っ白な一対の翼。
死ぬ気の炎で構築されたそれを大きく広げながら、白蘭は愉快気に、ボンゴレ十代目と対峙した。
天雨:白蘭のことが苦手。でもそれは並行世界で云々は関係なく、単純にこの世界でアレコレ好き放題されたせい。
白蘭:だから天雨が好き。