人魚よ歌え、彼方に届くまで。   作:泥人形

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このように緑髪クール系上司はトラブルの種を撒く。

「ハハンッ、それで? その後はどうしたんですか?」

 

 ミルフィオーレ本部、真六弔花専用の休憩室。

 そこで真向いに座っている雲の守護者かつ、真六弔花リーダーの桔梗さんが、興味ありげにそう言った。

 その手元にはカルボナーラ。最近の個人的ブームはパスタであるらしい。

 ちなみに俺はモリモリとうどんを食っていた。

 

「いや、それこそ後は知ってる通りですよ。白蘭さんが実は本当の守護者は六弔花じゃなくて、真六弔花でしたーってネタバラシして……」

「ああ、いえ、そこではなく。あのスペルビ・スクアーロと対峙していたのでしょう? どのように逃げ果せたのかと思いまして」

「あー……なるほど。まあ、運が良かったとしか言えないですかね」

 

 あの後、白蘭さんに気を取られたスクアーロの隙を狙い、俺はその場から速攻で離脱した。

 白蘭さんの話した内容が内容だっただけに、それなりの動揺を与えられたのだろう。

 一先ず匣兵器であるあのクソ鮫に追いかけ回されたが無事叩っ斬ることに成功し、俺はほぼ涙目で帰宅したという訳だった。

 ほとんど見逃されたようなものである。

 再起不能レベルで壊されたせいで、ミルフィオーレの匣研究・整備部門にはバチクソにキレられたし、あまりの怪我に医療班にも説教を食らい散々であった。

 

「しかし、ヴァリアー……それほどまでに強力でしたか」

「まあ、腐ってもボンゴレ最強を謳っていたくらいですからね……桔梗さん達ならまだしも、俺では対等に戦うのも難しいってレベルです」

「はて、そうでしょうか? 天雨くんならばあるいは、と思っていましたが」

「えぇ……めちゃ買い被りますね。でも無理です──というか俺、スクアーロだけは絶対に倒せないんですよね」

 

 スッと、桔梗さんが目を細めた。加減でもしたのか? と目で訴えかけられていた。

 深々と溜息を吐く。困ったものだ。

 

「俺の剣って、元々あの人に教えられたものなので、どうしても基本形がそこになるんですよ。だからこう……予測されやすい。ゆえに勝てない、みたいな。

 ……まあ、単純に剣士としての実力差がありすぎると言われたらそこまでなんですが」

「ハハンッ、なるほど。では他の武器も使ってみては?」

「それも何度か考えはしたんですけどね……」

 

 驚異的な不器用さで無かったことになった。

 一か月くらいみっちり訓練積んだのに、銃を一度も的に当てられなかったのはお前だけだと教官に言われた瞬間、心折れたよね……。

 剣は生きるために身につけたものであったが、まさか剣しか使えないとは思わなんだ……。

 明らかに生まれる時代をミスった感じがある。

 今でも普通にヒットマンとかに憧れるもんな。もし銃弾を剣で斬るとかが出来なかったら羨望と嫉妬で狂っていた自信がある。

 

「いえ、普通は銃弾を斬るなんてことはできないと思いますが……」

「まあその辺は慣れですよね。俺も四六時中銃弾が飛んでくる環境で二年過ごさなきゃ無理だったと思います」

「……紛争地帯で寝泊まりでもしてたんですか?」

 

 いや……その、ヴァリアーってそういうところっていうか……。

 ヒャァッ! 人が殺したくたまらねーから一先ず同僚を襲うぜ! みたいなオランウータンが主な生息者と言いますか……。

 まあそんな感じだった。

 俺は正式なメンバーではなかったが、スクアーロの弟子として住む場所を間借りしていたため否が応でも馴染まされたという訳だ。

 その二年が濃すぎて今でもゆっくり寝られるのが夢のような気すらしている。

 代わりと言わんばかりに、少しでも遅くまで寝ていたらダイブして来るアホガキはいるが……。

 

「天雨くんは、それほどまでに気に入られていたのですね」

「気に入られていたかと言われると返答に悩みますね……普通に三か月サバイバルとかやらされたし」

「ハハンッ、愛情表現の類ですよ、それは」

「だとしたら、せめてもうちょっとだけで良いから、分かりやすく愛を感じさせてほしかったなぁ……」

 

 数回ほど餓死しかけた記憶が蘇ってきた。

 あのアホサメ師匠、「死んだらそこまでだぁ」とか平然と言うからな……。

 クソでかい蛇に追いかけられた時は本気で死を覚悟したものだ。

 

「ですが、今は敵です。次出会った時、殺そうとすることができますか? 無論、ボンゴレ全体に対して、という意味合いですが」

「──流石に俺を嘗めすぎでしょ、桔梗さん……。今回だって俺は死ぬ気だったし、殺す気でしたよ。まあコテンパンにされましたが……。

 これがただの隊員とかだったら普通に殺してきてますからね」

「フッ、ハハンッ、そうでしたね、愚問でした」

 

 クルクルと上品に桔梗さんがカルボナーラを平らげる。

 続いて俺もうどんを平らげた。パチッと手を合わせてごちそうさまをする。

 

「白蘭様に許されている時点で、疑うほどのことではありませんでした──どうですか? このあと一戦」

「いや、悪いんですけど遠慮しておきます。ブルーベルの仕事片付けなきゃいけないんで……」

「あぁ……大変そうであれば、私にも回してください」

「! 良いんですか!?」

「ええ、もちろん。君はブルーベルだけでなく、私たちにとってもかけがえのない人材ですからね」

 

 パチリと桔梗さんがウィンクを飛ばしてくれる。

 これが……優しさ……?

 思わず感情を知らない化け物のような感想を抱いた俺は、流してしまった涙をグッと拭った。

 

「いやでも、大丈夫ですよ。何とかします」

「おや? そうですか、本当に?」

「ええ、まあ……桔梗さん達はチョイスも控えてますしね。流石にこのタイミングで雑務を手伝ってもらうのは部下的にNGですよ」

 

 チョイス──白蘭さんが、ボンゴレ十代目達に提案した、ファミリー間での力比べ……とでも言えば良いだろうか。

 まあ白蘭さんからすれば、一種のゲームとしてしか捉えていなさそうではあるが。

 こう言っては何だが、真六弔花の実力というのは六弔花を凌駕している──ついこの前まで、その六弔花にすら手こずっていた彼らでは、話にもならないだろう。

 それに、そうでなくともミルフィオーレの軍事力はボンゴレのそれとは最早比較にはならない。

 こんなことをしなくとも、物量で押し潰せるのである。

 手段を選ばなければ、今すぐにでも叩き潰せる──なのにそうしないのは、偏に白蘭さんが楽しんでいるからだ。

 この、見ようによっては拮抗している状況を。あの人はそういう人だ。

 真六弔花の面々からすればちょっとしたレクリエーションみたいなものである──とはいえ、一応は命を懸けた殺し合いだ。

 なるべく余計な負担をかけないようにしようと思うのは、部下としては当然であった。

 

「ハハン、気遣いができる部下がいて、ブルーベルが羨ましいですね」

 

 が、何でも無いように桔梗さんが言う。

 俺みたいな側近一人もつけてないで良く言うよ……って感じだった。

 まあ、そんなことを言えばブルーベル以外で、側近をつけている真六弔花は一人としていないのだが。

 お陰で良い感じに愚痴を零せる相手がいなかった。

 特別って言うば聞こえはいいけど、浮いちゃうんだよね、一人だけって……。

 同僚たちにすら最近は距離を置かれており、普通に寂し……くはまあ、ないんだんけど。

 むしろ一人が居心地良いまであるのだけれども。それはそれとして人付き合いは人並み程度には欲しかった。

 暇さえあれば上司たちに絡まれている気がする今日この頃だった。

 今だって一人寂しくうどんを啜っていたら、桔梗さんにここに連れ込まれたのである。

 

「私も別に、側近を必要としていないという訳ではないのですよ。ただ、邪魔になることが多いだけです」

「ランクAの兵士ですら、能力不足扱いなのは流石に笑えないですが……」

 

 まあ、俺も先日あのアホサメ師匠に成す術無くボコボコにされたのだから、それも仕方ないというものではあるのだが。

 彼らの本気についていけるのは、世界広しと言えどもかなり限られてくるだろう。

 真六弔花とは、あの白蘭さんが、血眼になって世界中から厳選してきた面子である。

 あのブルーベルだって、ただのアホの子という訳ではないのだ。

 

「ですが、そうですね……天雨くん、君なら私の側近にしていいと、常々おもっていますよ」

「常々!?」

 

 この人、俺のこと好きすぎるだろ……。

 ぶっちゃけ桔梗さんは真六弔花内でもぶっちぎりで優しいので是非ともって感じだった。

 会う度飯奢ってくれるし、仕事も手伝ってくれるしな。

 最近だと一緒に飲みませんか? とか笑顔で誘ってくるのでもし異性だったら惚れていた自信がある。

 模擬戦する度に死ぬ寸前まで追い詰めてくる癖だけ無くせばパーフェクトな上司だ。う~ん、致命傷。

 ザクロさんもそうなのだが、手加減というものをこの人たちは知らなかった。

 ブルーベル? あいつは「どうせブルーベルが勝つし、そんな無駄なことするくらいなら一緒に泳がない?」とか言うからダメ。

 

「まあ、でも──」

「──にゅ? 天雨と桔梗だ。二人もお昼だったの?」

 

 聞き慣れた声が、耳朶を打つ。

 桔梗さんと揃って視線を向ければそこにいたのは当然ながらブルーベルだった。

 「にゅ?」とか言うやつ、ブルーベルくらいしかいないからな……。

 その手にある皿にはオムライスが乗っていた。どうやら彼女はこれからお昼らしい。

 俺の隣へと座ったブルーベルが、不思議そうに俺達を見た。

 

「二人が一緒って、珍し──くもないけど……なんの話してたの?」

「何のって言うと……世間話?」

「天雨ってばそうやってすーぐ面倒くさがるよね。ブルーベル、そういうの良くないと思うな~」

「いやお前な……」

 

 割かし図星だったせいで苦言を呈することもできなかった。ドヤ顔のブルーベルである。

 この野郎……と思っていたら桔梗さんが怪しげに笑った。

 

「ハハンッ、少しばかり彼の引き抜きをしていたところですよ」

「──引き抜き?」

「ええ、私の側近にならないか、という話を少々」

「!」

「今ちょうど、色よい返事を貰うところだったのですよ」

「!!!」

 

 ビクッ、とブルーベルが肩を揺らして反応する。

 何かもう頭ごなしに「それは嘘じゃん!」と否定できないくらいの微妙な塩梅の嘘だった。

 真実と嘘を織り交ぜるのはやめて欲しい。そういうのは霧の幻術使いだけで良いんだよな。

 あんたは雲の守護者だろうが……! テキトーなことを言うのはやめろ! と思いつついつでも逃げられる準備を整えた。

 裏切者ー! とか言って至近距離で殴りかかってくるかもしれないし──とまで考えたのであるが。

 現実は意外とそんなことは無かった。

 ただ、小さく袖を掴まれる。

 

「ヤダ……」

「?」

「やだぁ……いくら桔梗でも、天雨は取っちゃやだぁ……」

 

 ギュ~ッ! と俺の袖を握りしめ、ブルーベルは声を漏らした。

 その声は涙に彩られていて、目元の涙は今にも決壊しそうである。

 ……え? マジで?

 有体に言って、俺は混乱した。

 ブルーベルの涙とか見るの初めてである。

 俺は思わず桔梗さんを見た。視線と視線がぶつかり合う。

 桔梗さんはうっすら「やっべー」という顔をしていた。この人の冷静さが崩れそうな顔、俺初めて見たな……。

 

『これマジでどうするんですか! 手に負えないんですけど!?』

『……ハハン、では後は任せましたよ。天雨くん』

『ちょっと桔梗さん!?』

 

 アイコンタクトは一瞬で終わった。というか打ち切られた。

 食器を持って桔梗さんはそそくさとこの場を離れて行った。

 あ、あのクソ上司……!

 ミルフィオーレの上司はどいつもこいつもこんなんばっかりかよ……!

 何とかして俺もこの場を離脱できないものかと思ったが、普通に無理だった。

 ブルーベルが瞳をウルウルとさせながら見上げてきた。

 

「あー……その、だな。一先ず泣くのはやめろ、ブルーベル」

「泣いてないもん……」

 

 いや泣いてるよね、とは流石に言えなかった。

 だってもうボロボロ涙零れてるんだもん。

 若干どころか大いに言葉に詰まり、取り敢えずブルーベルの頭を撫でることにした。

 

「桔梗さんのちょっとした冗談だ……確かに、誘われはしたが頷いちゃいない」

「でも、頷こうとしてたんでしょ? 天雨、桔梗のこと大好きじゃん……」

「いや確かに上司としては好ましいが……」

 

 お前は面倒な彼女かよ……。

 恋人なんて一人も出来たことのないのにそんなことを思った。

 

「俺は、お前の側近だ。誘われたからって、離れるようなことしねぇよ……ただでさえ、お前ひとりじゃあちこち業務が滞るんだから」

「! ほ、本当に?」

「こんな下らないことで嘘吐くほど俺も暇じゃないっての。ほれ、涙拭け」

「にゅぅ……ありがと」

 

 言って、ハンカチを渡したらズビーッ! と勢いよく鼻をかまれた。

 こ、こいつ……。

 清々しい顔してそんなことすな!

 思わず文句を飛ばそうとしたが、しかしそれは叶わなかった。

 ドンッ、軽い衝撃が胸に伝わってくる。

 

「にゅっふふ~♪ そうだよね、天雨はブルーベルから離れるなんてことしないよね~!」

「お前ご機嫌になるとすぐに飛びついてくるのやめろよな……同年代の子とかだったらあまりの距離の近さに勘違いしちゃうからね?」

「しーらないっ」

 

 小さい身体をめいっぱいに使い、ブルーベルが俺を抱きしめる。

 不思議にも休憩室に、幼女に抱きつかれている成人男性(控えめに言っても兄妹には見えない)の図が出来上がっていた。

 もし誰かに見られれば事案確定である。マフィアで良かった……。

 ミルフィオーレ、組織の規模がデカすぎて警察云々といった組織が何ら支障にならないの、かなり無法って感じがするな。いや実際無法ではあるのだが。

 それはそれとして同僚に見られでもしたら、ただでさえ浮いてるのに本気で話し相手がいなくなる。それだけは避けたかった。

 いや、別に話す相手がいなくて困るということは無いのだが……。

 いないよりはいた方が良いのは当然というものだ。

 

「あとどさくさに紛れて俺の制服で涙を拭くな! 滅茶苦茶濡れてるじゃねぇか」

「天雨っていっつもびしょ濡れだよね、何で?」

「何で!?」

 

 一から十までお前のせいだが……。

 キレそうになったが一周回ったせいで普通に落ち着いた。

 取り敢えず懲らしめるために両腕掴んでその場でグルングルン回ってやった。

 ブルーベルは超楽しそうに「きゃーっ」と悲鳴を上げる。このガキが……。

 

「にゅふふ……ねぇ、天雨」

「ん? なんだ」

「天雨はさ、これからもブルーベルの傍にいてくれるんだよね?」

 

 上目遣いで、ブルーベルが俺に言う。

 俺は少しばかり黙考した後に、はぁ、と小さく息を吐いた。

 

「少なくとも、俺がここをやめるまではな」

「にゅふふ~♪ それじゃあずーーっと一緒ってことだね!」

「何でそうなるんだよ……」

 

 腕の中で嬉しそうに頬ずりをしてくるブルーベルに、俺はもう一度深々とため息を吐いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




桔梗:真六弔花のリーダー。揶揄うだけ揶揄って即離脱した。
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