ミルフィオーレファミリーは、大きく分けて二つに分けられる。
元々白蘭さんが率いていたジェッソファミリーが母体のホワイトスペル。
そして、それに吸収される形で合併したジッリョネロファミリーが母体のブラックスペル。
俺は白蘭さん直属かつ、ブルーベル……つまり雨の守護者の側近であるがゆえに、そのどちらにも分類されないのであるが、まったくの無関係という訳ではない。
真六弔花ほどではないが、それでも俺はミルフィオーレ内では(不思議にも)かなり特別扱いされている方の人間だ。
それは別に、側近だからどうの、という話ではなく。
ミルフィオーレの……というかもろに白蘭さんから特別扱いされている、という話だ。
つまるところ俺は、この二つの分類のうち、ブラックスペルの方と大きく関りがあった──まあ、なんだ。
要するに俺には、とあるちょっと特殊な肩書が一つある、ということだ。
ズバリ、その名は【ブラックスペルボス相談役】である。
ブラックスペルボスとは、即ちミルフィオーレ内№2ということであり、同時に元ジッリョネロファミリーのボスということだ。
しかし、マフィアのボスとはいえ誰もが白蘭さんのような、悪逆非道の塊みたいな人であるとは限らない。
実際、現在ブラックスペルのトップは、ブルーベルとさほど歳の変わらない少女であった。
名を、ユニと言う。
──コツ、と小さく音を響かせて、黒色のポーンが一マス進み出た。
「中々やるようになりましたね、ユニ様」
「……そうでしょうか」
「ええ、もう手加減していられません」
「そうですか……そうなのであれば、貴方の教えが良かったということなのでしょうね。天雨」
少しの笑みも浮かべることはなく、ユニ様は淡々と、俺とかわりばんこに駒を動かす。
ここは、ユニ様の私室だった。
俺は一週間に一度、彼女の部屋を訪れこのようにゲームの相手をする。
それが、ユニ様に命じられた仕事だった。
最近はチェスが多いが、時と場合によっていろいろ変わる。この前はオセロだったしな。
もともと、白蘭さんは「メンタルケアとかよろしくね」とかニヤニヤしながら俺を配置したのだが、特にケアとかしたことは一度もない。
なんとなく、必要なさそうだと思ったのだ。
そしてそれを白蘭さんはわかっているし、当然ながらユニ様も存じている。
だからこうして週に一度、ユニ様の想いのままに一日共に過ごしていた。
この日だけはブルーベルからも解放される貴重な一日だ。唯一静かに過ごせる一日ともいう。
まあ、やかましい日々が嫌いという訳ではないのだが……。
こうしてユニ様と過ごせる一日が、俺はそこそこお気に入りだった。
いや違う! 別に少女と過ごせるのがさいこ~! とか思っているわけではない! 違うったら違う!
「どうか、しましたか?」
「あ、あぁ、いえ、特に何も。それより聞きましたか? あの話」
動揺を隠すために話題を投げかける。ユニ様は少しだけ首を傾げた。
「あの話、とは?」
「チョイスのことです……ボンゴレファミリーとの決闘、とも言っていいかもしれませんが」
コツコツと、音が鳴るたびに盤上は姿を変えていく。
黒の兵隊たちは蹴散らされ、白の兵隊たちが黒の王城へと踏み込もうとしていた。
「ええ、はい。それは耳にしています。あと、三日もありませんね」
「……どうなると思いますか?」
「どう、とは?」
ユニ様の表情は動くことはない。相も変わらずどこを見てるかもわからない瞳のまま、訥々と言う。
切り込ませた白の兵隊が無残にも叩きのめされてしまった。
「どちらが勝つか、という話です」
「無論、ミルフィオーレでしょう」
「その心は?」
「……チョイスは、ボンゴレにとっては不利なルールですから」
「不利?」
コトン、と白の騎士が倒される。
黒の騎士がスルリと仕返しにやってきた。
それを進めながら、ユニ様は少しだけ口に水を含んだ。
習うように、俺も水を飲む。
「ミルフィオーレが、個としての質にこだわったファミリーであれば、ボンゴレはその逆です。
連携こそが、彼らの強み。
数が制限され、なおかつ同数でぶつかるチョイスでは、個として超越した力を持つ、真六弔花に打ち勝つのは難しいでしょう」
「それほどまでに、隔絶した実力差がある、ということですか? 俺にはとても、そうは思えないのですが」
「であれば、天雨、貴方の認識が誤っているということです。そう、ですね……例えるのならば」
言って、ユニ様は自らのクイーンを手に取った。
クイーンは縦・横・斜めと縦横無尽に動き回れる唯一にして、最強の駒だ。
「真六弔花は、ひとりひとりがクイーンです。それに比べ、ボンゴレの守護者は……これ」
と、ユニ様はポーンを手に取った。
最弱の駒と言っても良いだろう。最も、話にならない雑魚ということではなく、真六弔花に比べたら、ということなのだろうが。
「しかし、このポーンが三つ、四つと集まれば、突然すべてがクイーン以上の性能を一時的に持つようになる……それがボンゴレファミリーの特徴。
翻って、真六弔花は連携したところで、大きな力を発揮することはない……」
「だから、人数が制限されるチョイスでは、ミルフィオーレは有利だと?」
「はい……それに、経験の差も大きく出るでしょう。天雨も知っての通り、真六弔花は既に多くの戦場を経験していますから」
なるほど、という言葉を飲み込み俺は頷いた。
真六弔花は、アレでいて全員がどこか頭のネジが外れた狂人である。無論、それはブルーベルも例外ではない。
無垢な少女のようでいて、百では足りない数を殺している。
まあ、そんなことはマフィアなんかやっている以上、驚くことではないのだが。
過去のボンゴレ十代目達と比べ、少なくとも、戦う、殺す、といった経験においては真六弔花の方が上だという事実がそこにはあった。
それに、真六弔花の面々というのは
才能という面で見ても、世界最高峰なのは明らかだった。
そんなやつらが、世界最強の装備……マーレリングを使っているのだ。
ユニ様の意見は尤もすぎるくらいだった。
俺は小さくため息を吐き、駒を動かした。
「……何か、不満でも?」
「いえ、不満という訳ではないです……むしろ、少し安心したまであるくらいですね」
「安心?」
「ええ、ブルーベルが死ぬような心配はあまりする必要がないんだなーって」
言っておいて、何を当たり前のことを……と思った。
俺が心配するなんて、それこそ笑い話というものだ。
俺は彼女よりもずっと弱いのだから。
何だかそう考えると、ほっとしたような気が重いような、微妙な気分になって思わず吐息を漏らした。
強くなりたいとか、そんなことはあまり考えないタイプなんだけどな。
ユニ様が何を考えるかも分からない瞳で、俺を射抜いた。
「天雨は良く、ブルーベルのことを話しますね」
「え? そう……かもしれないですね。まあ、何だかんだ俺の日常ってあいつに占められてるので」
役職的に仕方ない部分はあるのだが、それはそれとして占められすぎだろ……と思わないでもなかった。
というか冷静になって考えたらおかしすぎない? 突撃して来るのを抜きにしても、何で俺はあいつの部屋で自主的に仕事してんだよ……。
この前もあいつの相手するために、同僚からの誘いを断ったのを思い出して普通にブルーになってきた。
何故こんなことに……と自問自答していたら不意に「チェック」という声が耳朶を打った。
「あー……」
どうやら自分で思っていた以上に思考を逸らし過ぎていたらしい。
いつの間にか我が王は滅茶苦茶に追い詰められていた。
何とか逃がすものの、狙った獲物は逃さんと言わんばかりに追い立ててくる。
「ユニ様、意外と容赦ないですね……」
「そうでしょうか? 天雨がトロいだけかと、私は思いますが」
「ちょっと待ってください? いきなり口が悪くなりませんでした?」
「コホン、天雨が少々鈍いのが悪いのです」
言い直されたところで特に言葉の棘は無くなっていなかった。
むしろ硬くなった分強度も増してる感がある。俺、また何かやっちゃいましたか?
もうメンタルがボロボロである。どうしてこう……この年頃の少女は俺をいじめたがるんだろうか。
ちょっと問い詰めたいまであった。
そうして逃げ回っている内に、ついに王がひっ捕らえられた。
身柄を抑えられ、首を撥ねられる。
「次は手を抜かないでくださいね」
「はい……」
別に手加減していたわけではないが、実際そんなかんじになってしまったのは否めない。
俺がしょんぼりとする姿を見て満足したのか、ユニ様はふぅ、と小さく息を吐いた。
それから暫くを眺めるようにして俺を見た。
「……ユニ様?」
「黙ってください」
「はい……」
一言で黙らされてしまった。
仕方なく俺はなるべく目が合わないよう、フラフラと視線を彷徨わせた。
いや、なんかその……こういうのは自分でもどうかと思うのだが、ユニ様の瞳、苦手なんだよな……。
まるで心ここにあらず、みたいな。
ちゃんと魂がここにないような、そんな感じがしてどうしても苦手という感情が顔を出してしまう。
とはいえユニ様が苦手という訳ではない。
白蘭さんと比べれば──まあ、あの人と比べれば誰だってそうではあるが、好ましい。
白蘭さん、人の皮被った悪魔だからね、いやマジで。
「こちらへ」
「?」
「だから、こちらへ、と言っているのです」
ポンポンとユニ様が自身の隣を叩いた。
今更であるがユニ様が座っているのは幅の広いソファだ。大男でも二人は並んで座れるだろう。
俺はなぜこっちに来いと言われているのか分からなくて、思わず怪訝な顔をしたらスッとユニ様の目が細められた。
「早く」
「あっはい」
疑問を投げ捨て俺は反射で頷いた。
だって怒らせたくないし……。ユニ様は怒ると割とマジで怖い。これマメな。
恐る恐る、俺は拳三つ分くらい空けてユニ様の隣へと座った。
如何にも高級なソファですよ、みたいな感触が伝わってきて、即座に空けた距離を詰めたられた。は? 意味分かんねぇ。
「ちょっと、ユニ様? 何を──」
「黙ってください。それから、逃げないで」
「むむ……」
ピッタリと、ユニ様が俺に密着した。
わざわざいつも乗せている大きな帽子を脱ぎ、頭を肩に預けるように傾けられている。
正直に言ってかなり妙な光景が出来上がった。
最近、絶対に誰にも見られたくない状況に陥り過ぎだと思うんですけど……。
しかも今回の場合は、相手があのユニ様なのである。
最悪「無礼者ーッ!」と叫ばれてもおかしくはなかった。
ユニ様は№2であるということはもあるが、同時に見て分かるくらいの美少女である。
有体に言えば、ファミリー内でもかなり人気があった。
まあ、流石にユニ様の部屋を訪ねてくるような人はそうはいないのだが。
それこそ白蘭さんくらいなものだし、その白蘭さんも今は私用で基地にはいない。
完璧な二人きりということである。
これはこれでまずい状況な気がしなくもない。
とは言え「黙れ」と言われている以上、文句の一つも零せなかった。
お陰で色んな意味でドキドキである。
「天雨の鼓動は、少々うるさいですね」
「誰のせいですか、誰の」
ユニ様は笑い声一つ上げることは無い。というか良くも悪くも感情が動かない──顔には出さない人だ。
そのせいで揶揄われているのかどうかすら判別つかなかった。
分かるのは、ただユニ様がそっと俺に身を寄せているという事実だけである。
見ようによっては人形のようにも見えるユニ様であるが、その肌の暖かさは確かに今を生きる人間であることを俺に伝えてくれていた。
それはそれとして早く離れてくれないかしら……。もうずっとドキドキしてるんだよ。
時間が経つごとに頭だけは冷静になっていくせいで、ユニ様から伝わってくるアレコレを明確に把握してしまう。
「──悪く、ありません。貴方はどうですか? 天雨」
「どう、とは?」
「……意地悪な人、分かっているのでしょう?」
何も映さない瞳が俺を見る。
──いや、あるいは俺がそう見てるから、その瞳には何も映ってないように見えるのかもしれない、なんてことを思った。
小さくため息を吐いて、視線から逃れるように顔を逸らした。
「俺だって、嫌ではないですよ。恐れ多くはありますが」
「そうですか。それであれば、良かったです」
グッと、かけられる重みが増えた。
大した重みではない──これでも多少なりとも鍛えている身ではある。増えた内にも入らないくらいだ。
だから、軽いな、と思った。
こんなにも小さく、華奢な彼女がミルフィオーレの№2だなんて、信じられないほどだ。
まあ体重的な意味合いでの軽さで言えば、白蘭さんも相当軽いのだが。
ふざけ半分に付き合わされることが多い俺は、あの人を数回肩車とかしている。驚きの軽さでビビったものだ。
あの悪魔を引き合いに出すなと言われればそれまでではあるが……。
「天雨」
「はい」
「私は少し、眠くなってきました」
「……であれば、ベッドに行きましょう」
言いながら、俺は立ち上がった。
否。立ち上がろうとして、手首を掴まれた。
浮きかけていた腰がポフンとソファに戻る。
「そうではありません、分かるでしょう、天雨」
「いえ、まったく──」
「分からない、とは言わせませんよ」
ギュッと手首を掴まれる力がちょっとだけ増した。
まあ微々たる差というか、俺からすれば変わった内にすら入らないのだが……。
面倒だし抱っこでもしてベッドに放り投げても良いだろうか。
「もし従わないのであれば叫びます。今、ここで」
もうただの脅迫だった。思わず天井を見上げ、俺は静かに泣いた。
「────……分かりましたよ。子守唄でも歌って差し上げましょうか?」
「天雨は音痴だから不要です。それでは、おやすみなさい」
「はい……おやすみなさい」
サラッとディスった後にユニ様は目を閉じた。
それからほどなくして、安らかな寝息がし始める。
しばらくの間、それを見つめた後に、俺は窓へと目を向けた。
今日は晴天だ。暖かな光が差し込み、室内は穏やかに明るく染め上げられている。
「何ていうか、平和だなぁ」
もうすぐボンゴレとぶつかるというのに、そんなことを思った。
同時に、まあ良いかとも思う。
平和なのは良いことだ──それが、今一時のものだとしても。
ユニ様に習うように、俺もまた目を閉じることにした。
ユニ:魂ここにあらず系お姫様。ジッリョネロのボス。
どっちが好き?
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ブルーベル
-
ユニ