まったくもって今更であるが、ミルフィオーレファミリーとは残虐非道、世界最悪にして最大のマフィアである。
と、このように確認をしておかなければ、時折こういったことを忘れてしまう。
あまりの規模の大きさに理解が中々追いついてこない、というのもあるがそれ以上に、毎日があまりにものほほんとしすぎていた。
や、それは俺だけなのかもしれないが……。
だとしても見てみろよ、白蘭さんなんて超リラックスしてマシュマロもぐもぐしてるからね?
桔梗さんは優雅にティーカップ傾けながら読書しているし、ザクロさんはソファでぐっすりお昼寝中だ。
デイジーさんは窓に張り付いて何かぼそぼそ言ってるし、トリカブトさんは白蘭さんの斜め後ろでたたずんでいる。
そしてブルーベルは俺の膝の上にいた。ちなみに隣はユニ様である。
あんまりいつも通りとか言いたくない光景なのだが、まあまあいつも通りだった。
しかし唯一普段との違いを述べるのであれば、今日がチョイスバトル当日だということくらいだろうか。
つまり控室でミルフィオーレ組はのんべんだらりとまったり過ごしていた。緊張感なさすぎるだろ……。
「天雨くんは我々が負けると、そう思っているのですか?」
「……人の心、読むのやめませんか?」
「ハハン、君が分かりやすいだけですよ」
ぱちりとウィンクしながら桔梗さんが言う。
どうにも真六弔花にとって人の心を読むスキルは必須らしかった。俺のプライバシーが穴だらけ過ぎるんだが?
小さくため息を一つ吐き、不満そうな視線を向けてくるブルーベルの頭をやや強引に撫でた。
「別に、疑ってるわけじゃないですよ。
──つい数日前、ユニ様と話した時のことを思い出す。
あらゆる面から見て、真六弔花の勝利はほとんど確定しているようなものだと、ユニ様は言ったし、俺も納得はした。
けれども、である。
果たしてそんなに簡単な話なのだろうか、とも俺は思ったのだ。
というのも、今ボンゴレ側にはミルフィオーレ日本支部……メローネ基地隊長にして、六弔花晴の守護者であった、入江正一がいるからだ。
彼は白蘭さんの旧い友人であり──同時に、俺が知る中でもトップクラスで頭の切れる人である。
それこそ頭脳的な意味合いで白蘭さんとやり合えるのは彼くらいだろう、という確信さえあった。
裏切られること自体は織り込み済みであったと白蘭さんは言ったが、しかしそれは同時に、裏切られるということしか把握していなかった、ということでもある。
彼が何をボンゴレ側にもたらしたのか、俺たちミルフィオーレは一切把握していないのだ。
今のボンゴレ……正確に言えば、過去からやってきたボンゴレ十代目たちというのは、不確定要素と成長性の塊だ。
たかだか十日だかの修行でヴァリアーを打ち倒したのは今もなお語り継がれる伝説である。やばくない?
無論、十年前のヴァリアーなんて、今の時代からすれば精々がランクB程度の雑魚であるが、それでも当時では世界最高峰の実力である。
ただの中学生……だなんて口が裂けても言わないが、それでもほとんど戦いに無縁であったにも拘わらず、彼らはヴァリアーを打倒し、リングを勝ち取った。
……今回、白蘭さんは彼らに十日の猶予を与えた。
たった十日、されども十日である──この間に、彼らボンゴレ十代目たちが、真六弔花に匹敵するだけの実力を有するまで成長していてもおかしくはなかった。
あるいは、それこそを白蘭さんは望んでいるのかもしれないが。
何事もゲームに例える白蘭さんは、このチョイスバトルもゲームの一環として楽しんでしかいないのは明白だった。
「ハハハッ、天チャンは心配性だなあ。でも、うーん、そうだね。確かに、今回の彼らはちょーっとだけ違うかな?」
「今回の……?」
「知ってるだろう? 僕は並行世界の自分と意識を共有できるって」
何でもないように白蘭さんがそう言った。
ブルーベルが「内緒だよ」なんて言って教えてきたから、わざわざ知らないふりをしたというのに完全に無意味だったらしい。
マジでこの人なんなんだよ……。
情報通とか言うレベルを超えて最早恐怖だった。
やれやれ、緊張してしまうぜ。
「ま、それはそれとして脅威になるかどうかは、まだ微妙なところだけどね」
「分かるんですか? そういうの」
「いいや、勘だよ」
何でもないように言いながら、白蘭さんは変わらずマシュマロをパクついている。
微妙というか、まったく脅威とは思って無さそうだった。
「でも、ちょっとくらいは期待したいだろう? 何せわざわざ過去から来てくれたんだ……多少は盛り上げてくれないとさ」
「ハッ、悪いが俺が出れば一瞬で消し炭だぜ、白蘭様」
ふわぁぁぁ、とあくび交じりにザクロさんが口をはさむ。
強がり……という訳ではないだろう。
余裕綽々の表情で、バシバシとザクロさんは俺の肩を叩いた。もうちょっと加減というものを覚えてくれないかしら、この人……。
そんなことを思う俺に、ザクロさんが歯を見せる笑顔で言った。
「だから、余計な心配してんじゃねぇぞ、バーロー」
「いや心配は特にしてないんですけどね?」
ごちゃごちゃ並び立ててはみせたが、結局のところ真六弔花が負けるとは、俺とて思ってもいなかった。
精々が苦戦するくらいかな、といったところである。
まあ、予想を大きく外れて圧倒される……なんてことがあれば面白いな、とも思うが、あり得ない話だろう。
……いざとなれば白蘭さんが大暴れしてうやむやにするんだろうし。
この薄汚さが、最高にマフィアって感じでウキウキしてきたな。
「──ていうか、それを言うなら天雨だって緊張感なくない?」
「は? いや俺はする必要ないだろ。特に参加しないんだし」
「? 何言ってるの? ボンゴレが全員参加なんだから、ミルフィオーレだって全員参加に決まってるじゃない」
ブルーベルが「頭大丈夫?」と言わんばかりの顔を向けてきた。
はっはっは、何を馬鹿なことを……え? マジで?
バッ! と白蘭さんを見たらめちゃくちゃ満面の笑みを返された。
…………え?
おいおいおいおい話が違うぞ! 聞いてない聞いてない!
冷や汗をだらだら垂れ流しながらチョイスバトルのルールを思い返してみた。
参加者……つまり戦闘に参加する人間は、プレイヤー……今回はボスにである白蘭さんが決める。
そう、そうだ。
だからこそ俺は真六弔花が行くんだろうな~と、決めつけていたのだが。
は? 俺が連れてこられたのってつまり、そういうことなのか?
だから武器とか匣はちゃんと持ってくるようにって言われたの!?
真六弔花だけでも過剰戦力だろうに、俺みたいな下っ端まで動員しようとしてんじゃねぇよ!
「期待してるよ、天チャン♪」
「荷が重すぎる……! 絶対無理なんですけど!?」
「だいじょ~ぶっ、いざとなればブルーベルが守ってあげるから!」
「いやそれはそれでこう……プライドが……」
「にゅふふ、なぁにそれ、相変わらず面倒くさいな~」
言葉とは裏腹に、嬉し気にブルーベルはすり寄ってくる。こいつ最近、やたらと距離近い気がするんだよな……。
ちょっとドキドキしちゃうからやめてほしい。
中身はともかく、外見は美少女のそれなのだから。もうちょい自覚を持ってほしいところだ。
一先ず膝の上から降ろそうとしたら、邪魔するかのようにゴォーン、という鐘の音が響いた。
十二時になった合図──チョイスバトルが開催される時間だ。
「さて……時間だね。準備はいいかい?」
にっこりと笑んだまま、白蘭さんがそう言った。
真六弔花は違いはあれど、誰もがそれに肯定の意を示す。
は~、がんばぇ~と幼女のような応援を内心でしていたらスッ……と視線を露骨に向けられてしまい、泣きそうになりながら頷く羽目になった。
どうやら冗談抜きで俺は戦力として連れて来られていたらしい。
何でなん……。
完全にブルーベルのお守り兼、ユニ様の話し相手(護衛)だと思い込んでいた俺が馬鹿みたいじゃん……。
実際馬鹿なんだろう、という事実から目を背ければ、白蘭さんがモニターを映し出した。
その中にいるのはボンゴレ……若きボンゴレ十代目ファミリーだ。
こうやって実際に見ると、滅茶苦茶若い……というか幼いな。
まあ、中学生なのだから当然なのだが、どうしてもこの時代の彼らと比べてしまう。
俺は下っ端であるが──否、下っ端であるがゆえに、この時代の彼らとも何度か交戦はしたことがある。
ふん……。
ボンゴレ雨の守護者にはタコり倒され、嵐の守護者には煙に巻かれ、晴の守護者にはボコボコにされ、雲の守護者には殺されかけたことのある俺である。
普通に面影があってブルってしまった。
いやね、彼ら凄い強かったんだよね……。
そりゃあのボンゴレの守護者なのだから、弱いわけがないというのは全く以てその通りであるのだが、ちょっと想定を飛び越えて強かったことを思い出す。
百人くらいで囲んだのに為すすべなく叩きのめされた時はどうしようかと思ったものだ。
しばらく雲の炎とか見たくなくなったもんな。
そんな彼らが揃い踏みで、白蘭さんの指示通り炎を灯した──超炎リング転送装置を起動させるためである。
超炎リング転送装置とはまあ……ざっくり言えば瞬間移動させるための装置だ。
死ぬ気の炎とかいう、今では誰もが使っておきながら、正直なところ正体が良く分かっていないエネルギーを大量に用いることで、空間をぶち抜く装置なんだとか。
とはいえ今はまだ効率が悪く、二~三十人移動させるのに最低でも500万
ちなみに100万FVだけでも町一つくらいは軽く消し去れる。それくらい膨大なエネルギーだ。
軽々と出せるようなものではない──のだが、まあそこは当然とでも言うように、ボンゴレ十代目達はそれを即座に用意した。
というかもう500万とか飛び越えて1000万とか叩き出すし、既に彼らが俺よりはよっぽど強いということがここで証明されてしまった。
本当に俺も出すんですか……? という目で白蘭さんの顔色を窺ったら
「……いいね」
と、超満面の笑みで言った。
それと同時にステージへとやってくる若きボンゴレ達。
バチリと、白蘭さんとボンゴレ十代目──沢田綱吉の視線がかち合った。
と、まあ、そんなこんなでチョイスバトルは始まったのであるが、何だかあっさりと終わってしまったので結論を言うとしよう。
端的に言って、ボンゴレファミリーは負けた。
それ即ち、ミルフィオーレファミリーの勝利ということである。
白蘭さんもご満悦だ──ちなみに、俺が参加することは無かった。
結局、参加者はルーレットで決めることになり、ミルフィオーレ側は桔梗さんとデイジーさんとトリカブトさん。加えて幻さん……幻騎士だけとなったのであった。
お陰でザクロさんは興味なさげにあくびしまくるし、ブルーベルは俺の膝の上でおおはしゃぎだった。気楽か。
でもまあ、流石桔梗さんって感じのゲームメイクだったな。
一方的にタコられた幻騎士はさておき、ボンゴレ十代目を足止めしたトリカブトさんもナイスファイトだったが、やはり今回のMVPは桔梗さんだろう。
ボンゴレ嵐の守護者にほとんど仕事をさせず、標的たる入江さんを速攻で潰した。
お見事としか言えない手腕だ。
ただまあ、ユニ様の言った通り、ボンゴレは実力を発揮しきれていなかったようにも見えたな。
流石にクイーンとポーンほど、実力がかけ離れているようにも見えなかったが……慣れない戦場、慣れないルールに翻弄されていたというところだろう。
そもそもチョイスバトル自体が少々強引に行われたものだし、公平性に欠けるのは当たり前っちゃ当たり前であるのだが。
勝利した際の景品が7³なのも超あくどいと思うが……まあマフィアだしね。
あちらも一度は飲んだ条件──呑まされたようなものだが──だし、従うしかないだろう。
白蘭さんに目をつけられたのが運の尽きだった、というだけだ。
……これで終わりなのか、と思った。
白蘭さんの目的は7³を集めることである。そして、ボンゴレリングさえゲットすればもうそれらは揃うのだ。
何だか呆気ないな、とか思いつつ、ニッコニコでボンゴレ十代目たちとお話しに行った白蘭さんたちを控え室から眺める。
ミルフィオーレの守護者らしく、ブルーベルもザクロさんも白蘭について行ったので、控え室に残ったのは俺とユニ様だけだった。
ユニ様は今日も今日とて、特に感慨もなさそうな瞳で、チョイスの成り行きを見ていたらしかった。一言も何か言葉を発した記憶無いしな……。
ブルーベルと比べたら雲泥の差である。あいつが喧しすぎるだけと言われればまあ、その通りであるのだが。
結局ユニ様の思った通り、ミルフィオーレが勝ったことだし。
ある意味彼女的にも満足な結果となったのかもしれない。
そう思いつつ、ふと、なんとなくユニ様へと視線を向ければパチッと目が合い──
「え」
──動揺が、声になった。
いや、だって、は?
ユニ様の瞳に、色が戻っている……?
まるで、大空のような温かさが、そこにあった。
よく見れば、ほんのりと大空の炎がおしゃぶりから放たれていて、ユニ様を覆っていた。
柔らかく微笑んだユニ様は、静かに立ち上がり、俺へと手を差し伸べる。
「──待たせすぎてしまいましたね、ごめんなさい」
声に色が乗る。
いつものような、どこか無機質的な言葉ではない。
目に見えない暖かさのような──懐かしさが、そこにあった。
その意味を俺は、反射的に、本能的に理解し──跪いた。
「
「ええ、はい。ただいまです、天雨」
「おかえりなさいませ……本当に、良かった。身体に異常は?」
「いいえ、大丈夫です。これまで支えてくれてありがとう、天雨」
いえ、それほどでも、なんて言いながら差し伸べられた手を優しく取る。
出てきかけた涙を、グッとこらえた。
「それでは行きましょうか……今こそ、アルコバレーノの長として、役目を果たすべき時です。ついてきてくれますね?
「──もちろんです。
立ち並ぶビル群の中、ミルフィオーレのボスである白蘭は、敗北した過去の十代目ボンゴレファミリーと相対していた。
浮かべた表情は喜悦、だろうか。
あからさまに勝利の余韻に浸っている白蘭は、倒れ伏した入江正一を含むボンゴレたちへと告げた。
「約束通り、ボンゴレリングは全ていただいて……さて、君たちはどうしよーかなー」
ゴクリと沢田綱吉が、息を吞んだ。
そんな中、入江正一が待ったをかける。
「いいえ、待ってください──約束と言うのなら、僕らにもあったはずです……覚えていますよね。
大学時代、僕とあなたがやった最後のチョイスで支払うものがなくなったあなたはこう言った──」
──次にチョイスで遊ぶときは、条件を何でものんであげるよ。
確かにそう言った白蘭の言葉を、入江はそのまま口にする。
「今、僕はそれを執行します──僕は、チョイスの再戦を希望する!」
「──悪いけど、そんな話は覚えてないなあ……残念だけど、ミルフィオーレのボスとして正式にお断りさ♪」
断りの言葉と共に、マーレリングへと炎が灯された。
小さく灯された大空の炎の純度は、しかしかつてないほどに高い。
面倒だし、ここで始末してしまおう、という白蘭の意思がそのまま表れているかのようにギラついた炎。
それから発せられる圧力が場を包み──
「その話、待った」
瞬間、声と共にヒュルリと雨の炎が、空間を裂くように散った。
トン、という軽やかな音と共に、黒と青が混じった髪色の青年が降り立つ。
え、という小さな動揺の声が、青髪の少女の口から零されて。
その彼に横抱きにされた少女──大空のアルコバレーノたるユニが口を開いた。
「私は反対です、白蘭。何故なら、その約束は本当にあったからです」
「──ユニ……それに君もか、天チャン。どうしたんだい……まったく、君のことは信頼していたんだけどなあ」
天雨:実は裏切るタイミングをずっと見計らっていました!
何だかんだで白蘭のことを様付で呼んだことは無いし、逆にユニのことはずっと様付で呼んでいた。
ユニ:ニッコニコ。
ブルーベル:絶句。
どっちが好き?
-
ブルーベル
-
ユニ