人魚よ歌え、彼方に届くまで。   作:泥人形

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さりとて何事も割り切れるほど簡単にはできてない。

 少しだけ、昔の話をするとしよう。

 自分の話をするだなんて、如何にも自分大好きみたいで恥ずかしい上に、上手く語れる自信もないのだが、まあ許してほしい。

 あれは、今からもうどれくらい前になるのだろうか。

 当時はヴァリアーを抜けたばかり(正確には所属していた訳ではなかったのだけれども)のころだったから、まあ俺がまだクソガキだった頃である。

 アホサメ師匠──スクアーロを筆頭にしたヴァリアー幹部たちにボコボコに……もとい鍛え上げられた俺は、まあまあ調子に乗っていた。

 抗争があれば何となく介入するし、気に入らなければ潰しにかかる。

 今思えばお恥ずかしいことこの上ないくらい、切れたナイフみたいなガキだったのであるが、まあ俺程度の実力でそんな生活が長続きするわけもなく、ある日あっさりと死にかけた。

 それはもう、まったく劇的ではなく、特別な何かもなく、順当に生死の境を彷徨う羽目になった。

 そこを拾い、助けてくれたのが当時ジッリョネロファミリーのボスであった、アリアという女性だった。

 大空のアルコバレーノでもあった彼女は随分と懐が広く、俺みたいな無鉄砲なクソガキでも手厚く対応してくれた。

 そんな、今時どこにでもありそうなありふれたきっかけが、俺がジッリョネロファミリーに所属することになった理由である。

 命を救ってくれたのだ、であれば、救ってもらった命でしか恩は返せないだろう──なんてことを、子供なりに考えたわけだ。

 そこからの日々は、これまでの人生で最も平穏であったといっても良いだろう。

 ヴァリアーで過ごす日々はまあまあ命の危機が隣り合わせだったし、その前は最早論外なので、比べる方がおかしくはあるのだが。

 それでも平和だったし、まあ……幸せだった。

 それこそ、人生で一番と言っても過言ではないほどに。

 だがそういったものというのは存外壊れやすく、やはり長続きはしないものだ。

 ある時を境に、ジェッソファミリーが台頭し始め、うちとの抗争がちょくちょく起こるようになった。

 彼らは一人一人の質もそうだが、用いる兵器の性能が段違いで、瞬く間にジッリョネロは追い詰められた。

 敗走と逃亡を繰り返して、繰り返して、繰り返して……そうして、ついにはボスであったアリア様が亡くなった。

 ユニ様……姫が現れたのは、その直後のことだ。

 アリア様の娘であるという彼女を、最初こそ誰も受け入れられずにいたが、まあ一番の堅物であるγさんが認めてからは話が早かった。

 何度も何度も重なる逃走、徐々に少なくなっていくファミリー。それでも笑顔が絶えなかったのは、ひとえに姫のおかげだろう。

 姫とよく話すようになったのもこの頃のことだ。

 ちょうど歳も近かったから話やすかったというのもある──とはいえ、色恋のような仲であったかと言われればそれは違うが。

 姫はγさんに一目ぼれしていたし、俺の好みはロングだった。姫はショートだからな……。

 だから、そういった仲になることは決してなかったけれど、姫のコミュ力の高さや距離の近さもあり……まあ、兄妹のような関係性に落ち着いていた。

 良く勘違いしたγさんにダル絡みされたものだ。

 ……まあ、それも、ほんの三か月の間の話であったが。

 ジェッソが勢いを増していく一方、ジッリョネロは弱体化していく一方だった。

 あれほど強かった雨の守護者もその命を落としてしまい、俺がそのあとを継ぐことになってしまったほどには。

 ダメ押しとばかりに、幻さんも返り討ちにあってしまい、完全に万事休すだった。

 これ以上は本当に全員が死ぬまで戦うことになるだろう──だから、姫は決断なさったのだ。

 ジェッソファミリーのボス……白蘭と対話することを。

 俺たちにはこれが白蘭の思うつぼであるということくらい理解できていたが、同時に最早それ以外の道はないということも分かっていた。

 だから、止められなかった……止めなかったのだ。

 ──で、そのあとの顛末はまあご存じの通りである。

 姫はまるで魂を破壊されたかのように別人となり、ジッリョネロファミリーはジェッソファミリーに取り込まれたことでミルフィオーレファミリーが結成され。

 守護者の証であり、ジッリョネロの宝であったマーレリングは取り上げられた。

 γさんや、ニゲラさんなんかはだいぶ抵抗したものであるが、姫の鶴の一声で諫められた。

 屈辱的な話だが──まあ、仕方ない。

 そう、仕方なかったんだ。

 別に、命が惜しかったわけじゃない。むしろボスである姫を救えるのであれば、命の十や二十、捨て去る覚悟くらいはあった。

 それだけの恩が、ジッリョネロにはあった。

 けれどそれは同時に、あまりにも現実的ではなかった。

 ジッリョネロの為にすらならない犬死にだけは避けるべきだと思った。

 だから俺は、露骨に白蘭さんを嫌い、今なお姫にだけ忠誠を誓うγさんとも、姫を裏切り白蘭さんに忠誠を誓った幻さんとも違う道を選んだのだ。

 姫への忠誠を忘れるように胸の奥底へと隠し、ただミルフィオーレの為に動いた。

 結果としては理想的なくらい成功したと言っても良いだろう──もちろん、真六弔花になれれば満点であったが、それが無理なのは分かっていたことなのだし。

 どうにも白蘭さんやその他から妙に気に入れられることが不思議であったが、とにかく上手く姫の傍にいられるようになった。

 だから、あとはただ待つだけだった。俺には確信があったのだ。

 姫は無謀な人ではない──未来を予知するという、不可思議な力を持っていたことも相まって、こうなったことも必ず考えがあってのものだと、俺はそう考えた。

 だから、来るべき時に少しでも助けになるべく力と情報を蓄えた。

 不安にならなかった日なんて一度もない。

 恐ろしさを感じなかった日なんて一度もない。

 それでも待って待って待ち続け──

 

「ようやく、その時が来たらしいんですよ。だから、悪いなブルーベル。桔梗さんも、ザクロさんも……良くしてくれたのに、申し訳ないです」

「あれ? 僕には何にもないの?」

「は? そんなに恨み言が聞きたいのなら、聞かせてやってもいいが」

「あははっ、酷いなあ」

 

 カラカラと、白蘭さん──白蘭が笑う。

 その後ろではブルーベルが信じられないようなものを見る目で俺を見ていた。

 桔梗さんとザクロさんも似たようなものだ。

 彼ら三人については、本当に申し訳ない気持ちがあった──彼らと過ごしていた時間が、楽しくなかったと言えるほど、俺は嘘が上手じゃない。

 

「でもまさか天チャンが裏切るなんてなぁ、君はリスクリターンの計算はちゃんとできる子だと思っていたんだけど」

「俺だってそう思ってたっつーの……だけど、姫に従わないなんて判断はありえないだろ」

「ははっ、ゾッコンだなあ……あーあ、残念。裏切られたこともそうだけど、見抜けなかったのも悔しいなあ」

 

 ボォ、と音を立てて白蘭のリングに炎が灯る。

 冷や汗が、背中を流れて落ちた。

 あー、怒ってる。超怒ってるじゃん白蘭。マジでこえー。

 だけど退くわけにはいかないんだよな……。

 

「でも良いのかい? 僕を怒らせると後が怖いのは、ユニちゃんも君も、十分わかっているはずだろう?」

「ジッリョネロ嘗めんな、姫の為になるなら誰だって、喜んで死ぬっつーの」

 

 まあ、γさんなんかは殺しても死ななそうな執念があるけれど。

 それは置いておくにしても誰も文句を言うことはないだろう。

 

「──話を戻します。私はミルフィオーレファミリー、ブラックスペルのボスとして、ボンゴレとの再戦に賛成です」

「ふぅん……そっか、でもごめんね、君は飽くまで№2に過ぎない。全ての最終決定権は僕にあるんだ──この話は、これで終わりだよ」

 

 姫の登場に、少しは動揺したものの、白蘭はやはり意見を変えることは無かった──まあ、それも当然だろうが。

 ここまで来て「はいそうですか、では再戦しましょう」となるやつなんて、白蘭じゃなくてもそうはいない。

 姫が、小さく息を吐いた。姫もまた、こうなることは分かっていたのだろう。

 

「では私は、ミルフィオーレファミリーを脱会します──天雨、良いですね?」

「もちろん……というかここまで来て、まだ残るとか言えないでしょ……。大丈夫です、引き出しに常に退職届け入れてあるんで」

「ふふっ、変わりませんね、天雨は」

 

 柔らかく笑い、姫がそっと振り向いた。

 その先にいるのは、ボンゴレ十代目──沢田綱吉。

 

「沢田綱吉さん……お願いがあります──私を、私たちを守ってください」

「……!? え、えぇー!? で、でも君たちってブラックスペルのボスなんじゃ……!?」

「天雨と私だけではありません……この、おしゃぶりも一緒に、どうかお願いします」

 

 言って、姫は白蘭に奪われていた、アルコバレーノのおしゃぶりを取り出した。

 同時に、それらは力強く輝き始める──死ぬ気の炎のそれではなく、もっと高次元の光。

 白蘭が、嬉しそうに目を細めた。

 

「なるほど、そっか、そういうことだったんだ。君が鍵だったんだね、ユニちゃん──良いね、今ならまだ、特別に二人とも許してあげるよ。だからほら、帰っておいで」

「や、ますますそういう訳にはいかなくなったの、見りゃ分かるでしょ……。それ以上近づくな、斬るぞ」

 

 姫を後ろに隠し、柄へと手をかけた。

 死ぬ気の強さは、覚悟の強さだ──今、俺のリングはかつてないほどの炎を灯らせていた。

 少しくらいは、まともな戦いを演じられるだろう。

 俺は白蘭を睨みつけながら、息を吸った。

 

「ま、そういう訳なんで、申し訳ないんですけどボンゴレ十代目、うちの姫をお願いします」

「え、で、でも──」

「頼みます……今の姫が頼れるのは、貴方たちしかいない」

 

 幼さの残るボンゴレ十代目は、少しのためらいの後に姫を見る。

 あぁ、くそ、焦れったい──しかし、そうなるのも、分からないでもない。

 俺達は、ほんのついさっきまで敵同士だったのだ。

 いや、でもなるべく早くしてくんねぇかなぁ~……! マジ頼む、なんて考えていたら、見慣れた青の髪がふわりと揺れた。

 鼓動が嫌に跳ねて、呼吸が少しだけきつくなる。

 

「ねぇ……ウソ、だよね? 天雨が、ブルーベルを裏切るなんて、そんなこと……」

「…………」

「だって、ずーっと一緒だって、約束したよ?」

「やめるまではな、とも言ったはずだ」

 

 目を合わせることは、できなかった。

 今の彼女の気持ちを推し量るのを、俺は恐れている。

 ──違う、彼女の気持ちを悟り、自身が揺れることを、俺は恐れていた。

 

「……ウソだ、ウソに決まってる……ウソって言ってよ、ねぇ、天雨!」

「こんな下らねぇ嘘、俺は吐かないって知ってるだろ、お前は」

「ウソよ……信じない、信じない信じない信じない信じない! あ、あぁ、ああぁあぁぁぁあああああ!!!」

 

 ──絶叫と共に、雨の炎が膨れ上がり、それは確かな形を伴った。

 空間を食らい尽くすように放たれた、ブルーベルの一撃を一刀のもとに斬り裂き落とす。

 バラリと砕け、それは宙で霧散した。

 

「──ッ」

 

 あまりの重さに、腕が痺れる。

 長くはもたない──分かっていたことではあるが、これほどまでに実力が隔絶していると、いっそ笑いすら出てくるようだった。

 でもまだ戦える、まだ俺は立っていられる──。

 

「バーロー! 隙だらけだぜ、死にな、天雨!」

「しまっ」

 

 そりゃあ、真六弔花だっていつまでも呆けている訳が無い。

 それを証明するようにザクロさんの一撃が空を翔け──

 

「ゔお゛ぉい! そうこなくっちゃなあ!」

 

 見慣れた鮫がそれを食らい尽くした。

 雨の炎と嵐の炎が激突し、爆風が舞い上がる。

 思わず呆然とすれば首根っこ引っ掴まれて持ち上げられた。俺は猫かよ。

 

「カス弟子ぃ、聞きてぇことは山ほどあるが……今は良い。合わせられるなぁ?」

「──当然。あんたこそ遅れるなよ」

「ゔぉ゛おい! またボコしてやろうかぁ!」

 

 生意気なことを言ったらぶぉん! と全力で投擲された。

 同時に、ボンゴレとミルフィオーレの両陣営が一斉に動き出す。

 鋭く振り下ろした刀が、激しい金属音と共に桔梗さんに受け止められた。

 

「ハハン、元気いっぱいですね、天雨くん」

「そっちこそ、余裕たっぷりで羨ましい限りですよ」

 

 互いの死ぬ気の炎が押しのけ合う。

 ほんの一瞬の拮抗は、容易く終わり弾け合った。

 

「本当に残念です──さようなら」

「嘗め……んなぁ!」

 

 散弾のように放たれた雲の炎を帯びた植物を、齧り尽くすように全て刻み倒す。

 ──鮫の牙(ザンナ・ディ・スクアーロ)

 若干癪だが、あの人から教わった剣技は一流だ。

 場はすっかり混戦状態に陥って、けれども探せば姫はすぐに見つかった。

 姫は、ボンゴレ十代目に手を引かれ、この場から離れるようだった。

 安堵と同時に、ふと、彼の傍にいたアルコバレーノ……リボーンと目が合った。

 ニヤリと笑う赤ん坊。任せろと、そう言いたいらしい。

 ──ああ、良かった。

 

「まったく、面倒だなぁ……邪魔だよ、退いて、天チャン」

「邪魔してんだよ……!」

 

 飛び込んできた白蘭と正面からぶつかり合って、数秒の拮抗の後に一方的に弾かれる。

 刀ごと両腕が上に弾かれ、不気味な音を立てて燃え上がった大空の炎が揺らいだ。

 ──死ぬ。

 明確な自分の死を直感し、けれどもその瞬間はやってこなかった。

 鋭く腹に巻き付いた何かが、俺を勢いよく後ろへと引っ張り、代わりに見知らぬ誰かが前に出た。

 三叉槍を持った、髪の長い男──ボンゴレ、霧の守護者か?

 

「って、うおおおお!?」

 

 入れ替わっても止まることなく、凄まじい勢いで引き寄せられて、俺はついにガシッと力強く誰かに受け止められた。

 いや、誰かというか……随分と見覚えのある鞭だな、これ……。

 

「来てたんですね、ディーノさん……」

 

 ディーノさん──『跳ね馬』ディーノ。

 キャバッローネファミリーのボスにして……まあ、アホサメ師匠の友人だ。

 ヴァリアーにいた頃、俺はこの人に散々お世話になっていた。

 

「よっ、久し振りだな、天雨……っと、今はそんな場合じゃないか、逃げるぞ!」

「いや、逃げるって言っても、その為の足止めを──」

「大丈夫だ、そっちももう……ほら」

 

 ディーノさんに軽々と担がれたまま、戦場を見ればいつの間にか針のついた球体で埋まり尽くしていた。

 恐らくは匣兵器──いやこれ見覚え有るな……ボンゴレ雲の守護者か!

 一つ一つが恐ろしいほどの炎圧だ。

 足止めには充分すぎるくらいである。

 そんな訳ですたこらさっさと逃げれば、ちょうど良く姫を含めたボンゴレ十代目達は超炎リング転送システムを使うところだった。

 まあ逃げるとなればそれしかないよな。

 

「天雨! 無事でよかった……」

「そちらこそ、怪我はなさそうで安心しました」

 

 駆け寄ってくれた姫をざっと観察し、問題なさそうであることを確認して安堵する。

 マジで良かった……。

 そう思いつつ、ボンゴレ十代目へと頭を下げる。

 

「ありがとうございます、ボンゴレ十代目」

「いやいやっ、そんなお礼だなんて──そ、それより、早くしないと!」

 

 言って、ボンゴレ十代目はリングへと炎を灯した。

 習うように、その場の全員が炎を灯し──超炎リング転送システムを起動する。

 俺はともかく、この場にいる人間は誰もが一流の実力者だ。

 必要な炎圧には一瞬で到達し、超炎リング転送システムは光を照射した。

 それに包まれると同時に、破砕音が鳴り響く。

 ビルを強引に破壊し突っ込んできたのは、ブルーベルだ。

 一心不乱に、俺だけへと猛然と突き進んできて──それが俺に触れる寸前で、転移は完了した。

 視界が真っ白に染まる。その直前に見えたのは、ブルーベルの瞳から零れる涙だった。

 

 

 

 




白蘭:激おこ。

ブルーベル:激おこ。

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