人魚よ歌え、彼方に届くまで。   作:泥人形

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どうしても青年は譲れないし、少女は諦められない。

 クルクルカタカタと、音を立てる車椅子を押している。

 日はすっかりと沈み、見上げてみれば雲の混じった夜空が悠然と広がっていた。

 それの下で俺は、ゆっくりと車椅子を、迷うことなく押している。

 誰も座っていない訳ではない。

 車椅子には、髪の長い少女が座っていた。今時珍しい、綺麗なクリアブルーに染まった髪だ。

 俺の髪も、少しだけその色が混じっているが、流石にここまで美しくはない。

 黒の方が濃くて、逆に少しアンバランスなくらいだ。

 だから俺は、この少女が少しだけ羨ましく、同時に愛しかった……のだと思う。

 

「ねぇ、お兄ちゃん」

「何だ、やっぱり少し寒かったか?」

「ううん、そうじゃなくってね……ありがとうって思って」

 

 言って、少女は俺を見上げた。どこまでも澄んでいる、青色の瞳が俺を捉えて、ニッコリと細められる。

 ほぅ、と小さく吐いた息は白く染まった。

 

「何だいきなり、気持ち悪いな」

「にゅにゅっ、これだからお兄ちゃんは……人の好意は素直に受け止めましょうって、先生にも言われてたでしょ?」

「何で知ってんだよ……」

 

 盗み聞きは行儀がよろしくないぞ、と言ったらいつも言われてるじゃん、の一言でバッサリと斬られてしまった。ぐうの音も出ない。

 これでも素直に生きているつもりではあるんだけどな……。

 

「もう、そんなんだから友達の一人も出来ないんだって、散々言ってるのに」

「余計なお世話だっつーの。そもそも友達が欲しいだなんて言ったこと無いだろ……」

「それはつまり……お兄ちゃんにはブルーベルだけで良い……ってこと!?」

「誰もそんなこと言ってねぇだろ……!」

 

 軽口を叩き合いながら、冬の近づいてきた秋の空の下、俺達はひたすら歩き続けた。

 風は少ないが、全く無いという訳ではなく、時折ヒュルリと冷めた空気が通り抜けていく。

 その度に心配になるのだが、少女は全く問題なさそうに楽し気に口を開くばかりだ。

 まあ、俺もそれに付き合っているのだから、どちらが悪いという話ではないのだが。

 いい加減心配になるのも鬱陶しくなってきて、俺は巻いていたマフラーを彼女へと押し付けた。

 

「にゅ? ブルーベルは大丈夫だよ?」

「良いからつけとけ。見てるこっちが大丈夫じゃないんだよ」

「……えへへ、まったくお兄ちゃんはブルーベルのことが大好きだなあ」

「ま、妹が嫌いな兄なんて──」

 

 ──言いかけて、口を閉じた。

 同時に小さくため息を吐く。

 ああ、またこの夢か、なんてことを思えば、一瞬にしてすべては朧げに崩れ落ちた。

 

 

 

「ん……知らない天井だ」

 

 生きてる間に絶対に一度は言いたい台詞ランキング10には入ってそうな台詞を、思考する時間飛ばして即座に言えたことに若干ホクホクしながら周りを見渡せば真っ先に視界に入ってきたのは姫だった。

 うつらうつらとしながら、俺の手を握っている。

 数秒ほど、状況の意味不明さに閉口したが、遅れて理解を得た。

 情けない話ではあるのだが、恐らく転移の際に俺は気絶してしまったのだろう。

 で、まあ放置するのもアレだし、みたいな感じでボンゴレの基地に運び込まれたのだ。

 あからさまに医務室だしな、ここ。

 姫どころか、ボンゴレ十代目にまで手を煩わせてしまったようだ。

 申し開きようがない。

 まさか早速醜態を晒してしまうとは……だがまあ、今は反省は後にすべきだろう。

 あまり長い間ここにいられるとは限らない──というかすぐに動き出すべきということを伝えなければならないのだ。

 取り敢えず姫を起こすか、なんて思えばパッチリと目が合った。

 姫の目が大きく開く。

 

「あっ、天雨! 大丈夫ですか!?」

「はい、ご心配おかけして申し訳ありません。もう大丈夫です」

「そう、ですか……良かったです」

 

 小さく長く、安堵の息を吐く姫。

 思ってたより不安にさせてしまったようで、少なからず罪悪感を抱けばそれをぶっ飛ばすように扉が勢いよく開かれた。

 ダァーン! という音が響き渡る。

 

「よう、お目覚めかぁ、カス弟子ぃ」

「今、ちょうどね……」

 

 長い銀の髪の隙間から、鋭く放たれる眼光。

 それにため息交じりで返せば、彼は来い、と言ったようなジェスチャーをした後にツカツカと足音を立てながら行ってしまった……いやちょっと待て! 俺ここの内部構造知らないんだぞ!?

 パッと姫を見れば、ちょうど不安げな瞳と目が合った。

 …………。

 

「待て! せめて道案内くらいしろ!」

 

 俺は姫を抱えて走り出した。

 ──走り出した直後に、轟音は落ちてきた。

 

 

 

 

 

 警報音が鳴り響く中、死ぬ気の炎がゆらと静かに揺れる。

 巨大かつ、強力。しかしそれでいて派手さはなく、ただ純然たる恐ろしさがそこにはあった。

 ()()に揺れるそれに呑まれた傍から、あらゆる機材・生命はその活動を停止させられていた。

 ──雨の炎の属性は鎮静だ。だとしても、これほどまで真価を発揮しているところを見るのは初めてであるが。

 しかしそれも、当然と言えるだろう。

 何せ彼女は、この世界で一、二を争うほどの雨の炎使いであるのだから。

 

「──ブルーベル」

「見つけた……ダメじゃない、天雨。ブルーベルから逃げるだなんて」

「そっちが、勝手に追ってきたんだろうが」

 

 言いながら、姫を後ろに隠し、ハンドサインだけで『逃げてください』と伝える。

 姫は少しの逡巡の後に、俺の裾を掴んだ。

 

「必ず、私の下に、無事に帰ってきてくださいね」

「相変わらず、ハードル高いこと要求しますね……努力はします」

「はいっ、頼みましたよ」

 

 タタッ、と床を蹴る音がする。少しだけ視線をやれば、アホサメ師匠と目が合った。

 軽い舌打ちの音が耳朶を叩いて、姫を連れて行ってくれる。

 その様子を見ていたブルーベルは、しかし何か手を出すことも無ければ、言うことも無かった。

 真六弔花の使命は、どう考えても姫の奪還である。

 俺が裏切ったのは予想外だったかもしれないが、しかし同時に大きな問題ではないはずなのだから。

 だというのに、彼女の瞳は俺しか映していなかった。

 あれほど澄んでいたというのに、今はまるでドロドロに濁った瞳が、俺だけを捉えている。

 要するに、ブルーベルがここにいる理由は偶然であり、私情であるということだ。

 

「ちょっと見ないうちに、随分怖い顔するようになったな」

「そんなことないよ──でも、そう見えるなら、天雨がそう感じてるだけなんじゃない?」

 

 一言交わしただけで、息苦しさを感じた。

 ブルーベルが発している死ぬ気の炎の炎圧──だけではない。

 ありとあらゆる要因が、俺を縛り付けているようだった。

 

「だって、ブルーベルは冷静だもの……冷静だから、ユニは追わない。もしこれ以上近づいたら、ブルーベルはユニを殺しちゃうって、分かるから。

 びゃくらんが望んでいないことをするのは、ブルーベルだって心苦しいもん」

「物騒なやつだな。ていうかそうだとしたら、結局俺も死ぬやつじゃん……」

「にゅふふっ、大丈夫。天雨は殺さないから……天雨が死ぬ時は、ブルーベルが死ぬ時だよ」

「──お前、そういうキャラじゃないだろ……」

 

 内容はともかくとして、会話の雰囲気そのものはいつも通りだった。

 いつも通りだっただけに、いやな気持ち悪さがある。

 悪寒が肌をなぞっているような、奇妙な吐き気。

 ブルーベルの頬に残る、涙の跡が否が応でも鼓動を加速させ続けていた。

 呼吸が浅くなるのが分かって、無理矢理落ち着かせた。

 炎圧を上げる。柄へと手を当てる。

 

「戦うの? 天雨が、ブルーベルと? さっきだって、戦いにすらならなかったのに」

「なんだよ、見逃してくれるなら、逃げさせてもらうけど?」

「ぷっ、あははっ──逃がさないよ。天雨だけは、絶対に……でもね、チャンスだけはあげようって、ブルーベルは思ったんだ」

 

 ──チャンス?

 言葉にせず、眉を潜めるだけで問いかける。

 否、言葉にすることすら難しかった、と言った方が正しいのかもしれない。

 彼女の瞳に宿る、狂気的な何かが俺にそうさせているようだった。

 

「そう、チャンス──帰ってきてよ。それだけで、本当に……ブルーベルは、それだけで良いから。それ以外は、何もいらないから」

「そういう訳にはいかないって、言ったばかりなはずなんだけどな。もう忘れたか?」

「覚えてるから、また聞いてあげてるんだよ──だって、天雨がウソ吐きさんだから。ちゃんと本当のことを聞いてあげないと」

「お前……」

 

 はぁ~……というため息を思わず零す。

 リングに灯していた炎が、俺の意思に応えるように明滅して、膨れ上がった。

 

「そういやそうだった、お前に口で勝てたこと無かったわ」

「実力行使でも、勝てたことないよ」

「本気の殺し合いは、これが初めてだろ」

 

 俺がそう言えば、ブルーベルは残念そうに──本当に、本当に残念そうに目を伏せて、吐息を漏らす。

 

「そっか……じゃあ仕方ないね。理解らせてあげる、天雨が一緒にいるべきなのはブルーベルだってことを!」

「──っ!」

 

 匣が開匣される時特有の、硬質な音が響くと同時に貝のような兵器が散弾のように幾つも飛び出した。

 雨の炎を纏ったそれらは、一つ一つは小さいが、しかし侮ることなかれ。

 破壊力が高いのもそうであるが、ブルーベルの本気の死ぬ気の炎を帯びているあれは、掠りでもすればそれだけで、掠った部分の身体機能を一時的に停止まで持っていく。

 見た目に反した、超悪魔的な兵器──だからこそ、極僅かな動作だけで、全て弾き流した。

 弾かれたそれらが基地の壁や天井に埋まり、爆発を巻き起こす。

 その中を、音も立てずに踏み込んだ。

 最短のルートを、最速で駆け抜け、刀を振るう。

 切っ先が、ブルーベルの肌を少しだけ掠めていく。

 少量の血が舞って、ブルーベルが目を見開いた。

 

「!」

「逃げんなよ」

 

 するすると、声もなく下がったブルーベルを追いかける。

 ブルーベルの基本的な戦闘スタイルは中~長距離だ。間を開ければ開けるほど、こちらが不利になる。

 だがそれは逆に言えば、間を詰めれば詰めるほど、ブルーベルの動きを制限できるということでもあった。

 無論、ブルーベルとてそれへの対策が無いという訳ではない──というか、もし無かったら真六弔花としては力不足にもほどがある。

 白蘭が認めた最強の守護者が、真六弔花だ……けれども、俺の場合、ブルーベルだけはその限りでは無かった。

 俺は、ブルーベルの手の内を把握している。

 完璧に封殺できると胸を張れるわけではないが、この状況を一瞬で崩されるような事態を起こすようなヘマはしない。

 どれだけの間一緒にいたと思っている。

 

「うっっざい、なぁ……! そういう、ねちっこいところ、良くないと思う!」

「ちょっと、誤解を生みかねない言い方、やめろ!」

 

 基地を盛大に破壊しながら、ブルーベルを追って、追って、追い続ける。

 間髪入れず振るい続ける刀は、しかしギリギリのところで標的を捉えきれない。

 じわりと焦りが背中を這う。

 反面、ブルーベルは徐々に余裕が出来てきたようで、笑みを浮かべた。

 

「ほらほら、さっきまでの強気はどこ行ったのかしら? ねぇ」

「うぜぇ……そうやって調子に乗るから、足元掬われんだよッ」

「!?」

 

 刀を振り切り、それをブルーベルが紙一重で躱す。直後、匣から飛び出したのは雨ペンギン(ペンペン)だった。

 鋭く、かつ勢いよくブルーベルへと襲い掛かったペンペンは──しかし突如巻き起こった爆発に呑み込まれた。

 

「なっ、お前──」

 

 自爆はズルだろ!? 

 反射的に舌打ちをして、爆散したペンペンを踏み越えた瞬間、胸元を掴まれた。

 

「狭いところ、飽きちゃった。出よ」

「っ、く、そっ」

 

 ボンゴレの基地は、メローネ基地と同じく地下にある。

 だからこそ、出入り口以外の場所なんて相当堅牢に出来ているはずなのだが、お構いなしにブルーベルは風穴を空けながら俺を引きずった。

 ぶわりと外の空気に煽られ、乱暴に宙へと投げ捨てられる。

 即座にF(フレイム)シューズを起動させて滞空すれば、同じように宙へと浮くブルーベルが少しだけ笑った。

 

「それじゃ、第二ラウンドだよ──ブルーベルは優しいから、まだ許してあげられるけど?」

「冗談……姫を裏切るなんて、天地がひっくり返ってもあり得ないんだよ!」

 

 ──なんて啖呵を切ったは良いものの、完全に防戦状態へと押し込まれてしまった。

 ビュンビュンと雑に飛ぶ匣兵器に良いように翻弄され、接近することすらできない──というのも、先ほどまでギリギリアドバンテージを取れていたのは、あそこがかなり制限された場所だからである。

 奥行きがそこまであるわけでもなく、横幅も縦幅も広くはない。

 それに元より、ブルーベルが基地にやってきた時点でそこまで離れていたという訳でも無かった。

 だからこそ、均衡を保つことができていたわけなのであるが、外に出るとなればまた話は違った。

 あっちは俺を凌駕する速度で、なおかつ縦横無尽に動き回るし、一撃の火力が俺の倍では効かないほどだ。

 回避に専念することで精一杯である──まあ、もしここで死んだとしてもある程度は役目は果たせたっぽいので満足ではあるのだが。

 姫はもう、少なくとも俺が感知できる場所にはいない。ボンゴレたちが上手く逃げてくれたということだ。

 本当に助かった。

 あとは俺が、ブルーベルをどれだけ足止めできるか、という話になるのだろう。

 流石に、桔梗さん達とブルーベルを合流させたくはない──姫はあの時、真六弔花の連携はそこまで強力なものでは無い、と言ったが、正直その場に揃い踏みしてるだけで厄介さは跳ね上がる。

 飽くまでボンゴレの連携がイカレてる、というだけの話だ。

 

「にゅにゅっ、よそ見してる余裕、あるの?」

「ねちっこいのはどっちだよ……!」

 

 遊ばれているかのように追い立てられる。

 ブルーベルの動きを先読みできていなかったら、とっくの昔に死んでいたであろう。

 その事実に冷や汗を流しながら、フラフラと空を舞う。

 気付けば俺達は街の直上で、爆発を幾度も起こしながら飛び交っていた。

 一般人に迷惑をかけるな、なんてことは常識であるのだがまあ……許してほしい。

 こっちももういっぱいいっぱいなのだ。

 

「ほら、ほらほらほら! どこまで逃げるの!? 天雨!」

「──!」

 

 目の前で、雨の炎が爆発を起こす。

 辛うじて作り上げた雨シールドで防いだものの、幾らかは貫通してきて身体が嫌に濡れた。

 ──身体が重くなる。息がしづらくなって、気怠さが急激に増加した。

 あぁ、ミスった。

 そんなことを思ったのと──とんでもない爆音が後方で鳴り響いたのは、ほとんど同時だった。

 反射的に振り向けば、そこにあったのは天を貫くほどの強力な大空の炎。

 白蘭──ではないだろう。となれば、ボンゴレ十代目……?

 は? 何やってんの? 逃げ隠れろよ、と思えば何かが飛んでくる──違う! 何かじゃない!

 これ、桔梗さんの──

 

「──やば」

 

 避けられない。

 万全の時ならまだしも、今は無理だ。

 死にはしないだろうが、明らかな致命傷を負う。

 悪態をつく余裕はなかった。ただ迫りくるそれが視界に焼き付いて──

 

「ったく、何やってんだおまえは。姫を放って他の女とイチャついてんじゃねーぞ」

「──は? γさん?」

「は? じゃねぇ……」

 

 ジッリョネロファミリー雷の守護者にして兄貴分である、γさんがそこにいた。

 どうやら助けられたらしい……まあ、それは有難いんだけど。

 

「襟掴んでぶら下げるのは雑すぎませんか……?」

「なんだ、横抱きにしてほしかったのか?」

「いやそれはキモいから嫌ですがぁぁぁああ!?」

 

 俺は盛大な舌打ちと共にγさんに蹴り落とされた。ちょっと乱暴すぎるだろ……。

 

 

 

 




ブルーベル:天雨が欲しい。

γ:ついに出てきた兄貴分。この直前までユニとイチャついていた。

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