人魚よ歌え、彼方に届くまで。   作:泥人形

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だって、お姫様も一人の誰かを想う少女なのだから。

 月の落ちてきそうな夜だった。

 頭上には夜空のカーテンがしかれ、散りばめられた星々がキラと輝いている。

 非現実的と言うにはあまりにも現実的で、しかしどうにも目を奪われるような空だ。

 いいや、あるいはそれは、単純に俺がそうしたいだけなのかもしれないが。

 それに、非現実的と言うのであれば、今まさに眼前に広がる光景こそが最も非現実的なものであった。

 ──パチパチと、焚火が音を立てながら周囲を明るく照らしている。

 その範囲にいる人間はざっと数十を超えていた。というかボンゴレ十代目+ジッリョネロ残党である。

 数日前までは絶対にありえない光景だ……何せジッリョネロ残党と言うことは、つまるところミルフィオーレブラックスペルのことを指す。

 γさんなんかはバチバチにボンゴレ嵐の守護者とやり合ったと聞いているだけに、そこはかとなく緊張していたのだが、目的が一致しているお陰か心配は不要だった。

 いやまあ、若干睨み合いとかはしていたのだが……。

 互いに自身のボスを立てたということだろう。

 正直言って、中学生とガチでメンチを切り合う兄貴分の姿とか見たくないとかいうレベルをぶち超えていたのだが、そこはそれ。

 俺の類まれなスルースキルで見て見ぬふりをしてあげていた──なんて、こんなのほほんとしたこと考えていることからも分かるだろうが、あの後、再度真六弔花とぶつかり合うことは無かった。

 俺とブルーベルが戦闘していたところから、多少離れたところでボンゴレ十代目たちは、桔梗さん、ザクロさん、トリカブトさんと戦っていたらしいのだが、ボンゴレ十代目がトリカブトさんを消し飛ばしたところで一旦の決着がついた。

 このままでは不利だろうと判断したらしい桔梗さんが、サクッとブルーベルを回収していったのである。要するに俺への攻撃はおまけみたいなものだったということだ。

 それで死にかけた身としては文句の一つや二つ言いたくなるところではあったが、まあ結果オーライと言って良いだろう。

 まさか、γさん達が生き残っているとは思っていなかっただけに、むしろラッキーだったと言えるかもしれない。

 お陰で姫もニッコニコである。

 未だに切迫した状況であることは変わっていないが、多少なりとも気が緩められるのならばそれに越したことは無い。

 ボンゴレたちも含め、各々が楽にしているのに倣うよう、俺もまた木陰で身を休めていた。

 ……いやね、姫と違って、俺のコミュ力はそこまで高くないんだわ。

 ほとんど見知らぬ人間しかいないボンゴレと絡むだなんてダルさの極みすら感じていた──無論、中にはアホサメ師匠もいる訳であるが、別にわざわざ話しかけるほどの用はない。

 と言うかあの人、今絶賛超クソデカ声でヴァリアー本部と連絡とってるからね……。

 僅かに響くルッス姐さんとかの声を俺の優秀な耳が拾っていた。ベルさんが物騒なことを言ってて手先がブルッた。

 あの人、嫌いじゃないけどちょっと怖いんだよな……いや、ヴァリアーに怖くない人間など一人もいないのではあるが。

 特にXANXUSさんな。一睨みされただけで軽い臨死体験を味わえるからオススメだ。

 どの辺がオススメかって? ンなもん知るか。

 

「よう、怪我の具合はどうだ?」

「あー……ぼちぼちってとこですね。まあ、問題ないですよ──それより、自分の心配したらどうですか?」

 

 端っこでゴロゴロしていたのがそれなりに目に余ったらしい。γさんが「はぁ? 何嘗めた口利いてんだおまえ」みたいな目で俺を見下ろした。

 

「γさん、俺より弱いんですから……」

「おいおい、折角の再会を血濡れたものにさせるつもりか?」

「うおっ、思ってたより沸点が低くなりましたね、老けました?」

「召されな!」

 

 バチバチィッ! と音を立てて雷の炎が灯された。

 相変わらず鮮烈な死ぬ気の炎だなぁ、なんて思いながら雨の炎で相殺しておく。

 γさんは不満げに顔を顰めた。

 

「ったく、相変わらず可愛げのねぇ弟分だ」

「俺に可愛げ求めるのが間違いでしょ……ていうか、姫に声かける前に絶対俺をワンクッションにして挟む癖、まだ治ってないんですか?」

「ハァッ!? ばっか、そんなんじゃねぇよ、勘違いすんな!」

「おっさんに言われても全然嬉しくない言葉来たな……」

 

 顔まで赤らめられて、俺はどうすれば良いんだよと思った。

 せめてそういうことは姫の前でやってくれ。姫なら「γも可愛いところがあるんですね」とか言ってくれるから。

 ソースは俺。

 お淑やかに見えて姫は意外とお転婆だし、人をからかうのが好きなタイプの人種だった。

 その辺はアリア様譲りって感じだな。

 俺も昔はアリア様に引きずり回されたものである。

 

「ま、御託は良いんで、さっさと姫のところに行ってきたらどうですか? 姫も待ってますよ、γさんのこと」

「だから、なーに言ってやがる。姫に必要なのは、それこそおまえだろうが」

「は?」

 

 もしかして頭が湧いてしまったのだろうか、と本気で心配してしまった。

 ただでさえ、γさんはとんだ()()()()()である。

 姫がγさんを想っているということくらい、察していない訳がなかった。

 もしかして知らんぷりで通すつもりか? だとしたら流石に、それは最悪と言わざるを得なかった。

 姫は……大空のアルコバレーノは、代々短命だ。

 アリア様もそうであったし、その前も若くして亡くなったと聞いている。

 それに、姫はあの歳にしてもう、相当な苦労や疲労、ダメージを背負い込み過ぎている。

 もう、時間があまり残されていないのは明白だった。

 だからせめて、ほんの少しの間だけだったとしても、より長く姫と一緒にいてあげて欲しい。

 それが俺の素直な気持ちだった。

 

「何度も言わせんな……今、姫が必要としているのはお前なんだよ、天雨……ちぃと腹立たしいことにな」

「──……マジで言ってますか?」

「オレだって、嘘だと思いたいくらいさ」

 

 肩を竦め、γさんはそう言った。

 それを視界に収めながらも、しかし思考が回らない。

 ……いやいや、え? マジで言ってるのか、この人?

 俺如きに姫が惚れると本気で思っているのだとしたら、俺はこの人に対する認識を改めなければならないかもしれない。

 取り敢えず滅茶苦茶怪訝な顔をしてみせれば、γさんは呆れたようにため息を吐いた。

 キッ、と鋭く眼光を光らせる。

 

「おまえが鈍いのは知っちゃいるが、それこそおまえの言う通り、もう時間がねぇ……つーわけでだ、行くぞ」

「は? いや、ちょっ」

 

 待ってくださいよ、と続けようとした言葉は無理矢理封じ込められた。

 雑に足首を引っ掴まれて、強引にぶん投げられる。

 何やってんのー!? という心底驚いたようなボンゴレ十代目の叫び声に、耳朶を打たれまくりながら落ちた先は姫の真ん前だった。

 あまりにも動揺しすぎたせいで受け身をミスり、無様に落下する。

 ズシャァ! と地味に痛そうな音が響いた。というかもう普通に痛かった。

 悪目立ちも良いところで、ちょっと泣きそうになっていたら両目をぱちくりとさせた姫と目が合った。

 数秒の沈黙ののちに、柔らかく姫が笑った。

 

「ふふっ、いつ見ても天雨とγは仲が良いですね」

「これ、仲が良いって言って良いんですかね……」

「私の知る限り、γがここまで無邪気に相手するのは貴方くらいよ、天雨」

 

 それは良いことなのか悪いことなのか、全然分からなくてうへぇといった顔になった。

 出来ればもうちょっと丁寧に扱って欲しい……というか、俺の周りに俺を丁寧に扱ってくれる人がいなさすぎるんだよ。

 ブルーベルとか良い例である──いや、これはちょっとチョイスをミスったな。

 あまり、考えるべきじゃない。色んな意味で、動きが鈍くなる。

 

「──でも、ちょうど良かった」

「?」

「天雨、今時間はある?」

「そりゃもちろん。なくても姫の為なら幾らでも捻出しますよ」

「もう、そうやって茶化さないで」

 

 ちょっとだけムッとした姫に平謝りして機嫌を直してもらう。

 怒っていても可愛いのは美少女の特権だな、と思った。

 ずっと続いていた緊張感も多少は緩められたみたいで、口調からも固さが取れてきている。

 よっこらせ、と立ち上がれば

 

「では行きましょうか」

 

 なんて言って姫は森の向こうへと歩み始めた。

 ざくざくと、迷いのない足取りで進む姫へと連れられるように歩を進める。

 段々と明かりが遠退いていき、夜の暗闇が濃くなってきた。

 どこまで行くんだろうか、あまり此処から離れたくはないんだよな……何で思っていれば、木々の隙間から零れてくる月明かりに、薄っすらと照らし出されたそこで、姫は止まった。

 柔らかな草の上に、小さく姫は座る。

 呆けたようにそれを見ていれば、誘うような視線が送られ、ゆるゆると隣へと腰を下ろした。

 大分長い間ここにいるのだろう大木へと背を預ける。

 

「──手を」

「はい?」

「手を、握ってくれますか」

 

 そろそろと差し出された姫の左手へと、恐る恐る右手を重ねれば、キュッと指を絡めるように握られた。

 ──何も思わなかったかと言われれば、もちろんそんなことは無い。

 どちらかと言えば動揺しすぎて逆に身動きが取れなくなっていたまである。

 数回、深呼吸をすることで動悸を落ち着かせた。や、全然落ち着いてはいないのだが、酸素を取り入れまくったことで、一先ずのクールダウンには成功した。

 まったく、ビックリするようなことはしないで欲しい。

 小言を零そうとしたらコテン、と慣れた重みが肩に寄り掛かった。

 

「ひ、姫?」

「……嫌ですか? もしそうだったら、言って」

 

 姫のこんなに震えた声を聞いたのは、果たしていつ以来のことだっただろうか。

 嫌とか言える訳が無かった──もちろん、嫌だなんてことは欠片ほども思ってはいないのだが。

 どうにも調子が狂う。最近はこんなんばっかりだ。

 流石にこれ以上自分を落ち着かせるのは難しすぎると思い、ほとんど反射で口を開いた。

 

「そっ、そりぇで……コホン。それで、話ってのはなんですか?」

「ぷふっ……ふ、ふふふ、ごめ、なさい……ふふ」

 

 滅茶苦茶噛んだが、何事もなかったかのように処理したらどうにも姫のツボに入ってしまったらしかった。

 肩を震わせながら、ぐーっと俺の方に寄ってくる。

 かなり我慢しているらしいというのは分かったが、しかしもうここまで来たら声を出して笑って欲しいまであった。

 ちょっとどころかかなり居た堪れない。

 血が一気に顔に登ってくるのを感じる。

 

「って、ちょっ、姫!?」

「うふふ……きゃっ──」

 

 あまりにも笑いすぎた姫が、そのまま俺の方へと倒れ込んできた。

 無論、受け止めようとはしたものの、動揺と羞恥で何もかもがおしまいになっていた俺である。

 上手く受け止めることが出来なくて一緒に倒れ込む羽目になった。

 仰向けになった俺に、うつぶせ気味に姫が倒れ込んできた。

 俺の肩あたりをギュッと、しがみつくように握り、胸に頬を当てるような体勢になった姫。

 無論、片手は握り合ったままだ。

 慌てて退けようとしたものの、姫がまず動かなかった。

 え、なに……?

 

「姫?」

「お願い、もう少し、このままで……ダメ?」

「そんなことは、ないですけど。居心地悪くないですか?」

「いいえ、とても……とても安心できます。天雨が近くに感じられるだけで、私は何も怖くなくなるの、知っていた?」

「……初耳ですね」

 

 姫の僅かな重みと、温かさが直に伝わってくる。

 トクン、トクンと一定の間隔で感じられる鼓動が、姫がまだここにいるのだと思わせてくれて、常に心配していた身としては安心できた。

 アリア様がそうだったように、姫もまた、気付けば手からすり抜けて消えてしまうような、そんなことを思わせられる人だから。

 まあ、それ以上に俺の心臓が喧しすぎて仕方なかったのであるが。

 

「ねぇ、天雨」

「何ですか?」

「天雨は、私の守護者ですよね? 私の……私だけの大切な、雨の守護者」

「そりゃ、もちろん。姫が嫌だって言うなら、やめますけれど」

「もう、言う訳ないでしょう、そんなこと。天雨は……」

 

 と、そこで姫は言葉を区切った。

 ごにょごにょと口ごもった後に、ギューッと顔を押し付けてくる。

 ちょっと姫? やめっ……やめない!? 心臓が口から出そうになっちゃうから。

 声も出せずにあたふたしていれば、姫は不意に顔を上げた。

 パチリと、姫の暖かい眼差しに貫かれる。

 

「天雨は()()()()()()()()()()()()()? 私と共に、いてくれますよね?」

「────」

 

 ──それじゃあずーーっと一緒ってことだね!

 一瞬、脳裏で覚えのある声が響いた。目を閉じれば、その姿まで容易に思い出せる。

 俺は……俺は果たして、この問いかけに自信をもって答えられるだろうか。

 胸を張って、混じりけの無い答えを、姫に返せるのだろうか。

 ……きっと、ミルフィオーレに入る前までの俺ならば出来た。

 だというのに、今の俺にはそれが出来ない。

 何故なのか、なんてことは、自問自答する必要すらなかった。

 ──けれども、そうだとしてもまだ、俺には言えることはあった。

 ポンポンと、姫の背中を優しく叩く。

 

「そう、不安がらなくても大丈夫ですよ。だいたい、もう何年貴女に仕えてると思っているんですか」

 

 姫の震える手を、こちらからも握り返す。

 もう片方の手で、姫の目元に浮いていた雫をそっと拭った。

 

「俺は、ジッリョネロファミリーの雨の守護者です。ジッリョネロの為に、姫の為に、戦いますよ。貴女の命は、絶対に俺が……俺達が守ります」

「馬鹿……。本当、天雨はいつだって、そういう人ですよね。でも今は、今だけは……仕方ないということにしてあげます」

 

 だから今はまだ、このままで。

 その代わりに、とでも言うように姫はそう言って、俺の胸を枕にし始めた。

 その小さな身体を抱きすくめることもできず、俺もまた空を見上げた。

 まん丸に輝く月に見下ろされて、照らし出される中で、どうにも言葉にし難い感情を胸の奥底へと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 




ユニ:年頃の女の子。

天雨:数年間、敵地で姫を支え続けた。

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