ダンジョンに鈴屋什造がいるのは間違っているだろうか   作:グリル鍋

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第1話「プロローグ」

 

 

 

「ローズ」

 

 気怠そうに窓口で待機していた狼人(ウェアウルフ)の受付嬢は、短く呼ばれた自分の名前を聞いて、ゆっくりと顔を上げた。

 

 視線の先に立っているのは、一七〇(セルチ)を優に超える長身の麗人だった。うなじの位置で切られた藍色の短髪に、整った怜悧な顔立ち。切目(スリット)が刻まれた戦闘衣(バトル・クロス)を着用しており、長い手足には金属の装具を身に付けている。

 

 二つ名【象神の杖(アンクーシャ)】を冠する、【ガネーシャ・ファミリア】の団長シャクティ・ヴァルマだ。

 第一級冒険者である女傑を視認した後、狼人(ウェアウルフ)の受付嬢——ローズは、依然として気怠そうに口を開いた。

 

「シャクティじゃない、何しに来たの? 都市の検問の仕事をサボって抜け出してきたの?」

 

「そんなわけあるか。これでも団長だ、勤務態度には人一倍気を付けている。部下達が腐らないようにな」

 

「流石オラリオの憲兵様ねぇ。あんたの生真面目な性分は昔からずっと変わってないわ」

 

 毅然とした表情で胸を張るシャクティに対して、ローズは自身の赤い髪をいじりながら呆れた様に答える。

 

 

 ——都市の北西に位置するギルド本部。

 

 オラリオやダンジョンを管轄し、またダンジョンに赴く冒険者を管理する中枢機関である。都市を運営するギルドはモンスターの魔石やドロップアイテムなどの売買も司っており、まさにオラリオの顔とも言える。

 

 日が差し込むギルドのロビー内は、行き交う冒険者やギルド職員の喧騒に包まれていた。

 一攫千金を求めダンジョンに向かう冒険者は、今や星の数ほど存在している。彼らが今日も冒険をする限り、ギルドは常に騒がしい冒険者達に囲まれる。

 

「それで? お忙しい中、団長さんは何のご用でここへ来たの? 無駄話をしに来たわけじゃないでしょうに」

 

「ああ、冒険者登録をしに来た。手続きを頼む」

 

 そう言ってシャクティは自分の背後に視線を移す。

 彼女の背中の方に誰か隠れているのか、シャクティは「こっちへ来い」と言ってその人物を促す。

 

 姿を見せたのは——白髪のヒューマンだった。

 

 ボサボサの白髪で、血色の悪い白い肌。

 目元には隈も見られ、不健康そうな相貌をしている。

 しかし、くりっとした大きな目に小さな唇、スラリと伸びる鼻筋は、まるで人形のように整った顔立ちだった。

 

「この少年の冒険者登録を済ませたい」

 

「……ふーん」

 

 何か言いたげな眼差しを向けたローズだったが、それも一瞬のこと。直ぐにいつもの面倒臭そうな様子に戻り、手続きの準備を始める。

 

共通語(コイネー)は書けるか?」

 

「だいじょぶです」

 

 何やら会話を交わしているシャクティと少年を視界の端に捉えつつ、ローズは羽ペンと羊皮紙を用意して長台(カウンター)の上に差し出した。

 

 渡された羽ペンで必要事項を記入していく少年を、シャクティとローズの二人は黙って見守る。

 

「(名前は……スズヤ・什造。極東出身の子なのかしら。髪は白いけれど、瞳の色は黒色だし)」

 

 登録用紙を覗き見るローズは双眸を細める。

 極東出身のヒューマンは大体が黒髪黒目であるという特徴がある。有名どころで言えば【ヘファイストス・ファミリア】の団長である【単眼の巨師(キュクロプス)】だ。ドワーフの血も流れているが、黒髪黒目なのは変わらない。

 

 更に登録用紙の必要事項を確認していくローズだったが、僅かながら顔を顰めた。

 

 名前や性別、年齢などの情報は書き込まれているが、それ以外の箇所が全て空欄だった。

 基本的な情報以外、碌な記載が見られない。

 

 だが、それはギルド職員にとって見慣れた光景。

 ここは迷宮都市オラリオ。ダンジョンに一攫千金を求め冒険者となる者が無数に存在するが、その中には己の過去や経歴を明かさない人物が大勢居る。

 

 大方そういった者達は犯罪行為に手を染めていた無法者や荒くれ者ばかりなのだろうが、ダンジョンに潜る冒険者をギルドは拒絶などしない。

 他国や他都市の密偵などの場合を除いて、ギルドは基本的にあらゆる人材を歓迎する。

 

 それがこの都市のルール。

 冒険を志す者ならば、無条件に受け入れるのだ。

 

「登録受理っと……その子にアドバイザーは付けなくてもいいわよね?」

 

「ああ、我々の方で面倒を見る」

 

 主に発足直後の【ファミリア】や駆け出しの冒険者には、専任のアドバイザーを付ける制度をギルドは推奨している。だが、都市最大規模を誇る【ガネーシャ・ファミリア】には無用の長物である。

 

 ローズの確認にシャクティが答えていると、白髪の少年が大きな瞳を覗かせてきた。

 

「冒険者って何するんです?」

 

「それは道中教えよう。まずは装備を整える。お前の武器と防具を用意するんだ」

 

 キョトンとした表情で少年が首を傾げる。

 そんな風に二人が言葉を交わし合う様子を見て——シャクティの年齢も相まって、まるで母親と子供のようだとローズは密かにそう思った。

 

「ローズ、ギルドの支給品を貰いたい。軽めの(アーマー)とダガーで充分だ」

 

「……初心者用の装備を【ガネーシャ・ファミリア】に提供する日が来るなんてね。あんた達沢山お金あるでしょうに、もっと良いやつ買ってあげなさいよ」

 

「馬鹿を言うな。駆け出しの冒険者のダンジョン探索など、短刀一本で事足りる」

 

 そう言って怜悧な面差しを向けてくるシャクティ。

 短刀一本とは言うが、己の拳を用いた肉弾戦でモンスターと戦ってきた化け物——もとい、第一級冒険者が言ってもあまり説得力は感じられない。

 

 あんたみたいなメチャクチャ強い冒険者だけでしょそれは、とローズは溜息を吐く。

 

 そして、採寸をするため窓口の奥に居る職員を呼びつけ少年を連れて行かせた。係の職員の言うことに少年は素直に頷き、大人しく後を付いて行く。

 どこか危なげな雰囲気を感じる、そんな背中だった。

 

 彼らの後ろ姿を見届けたローズは、シャクティの方に向き直り砕けた口調で話しかけた。

 

「——で、まーた変わった子を連れて来たわね」

 

「まあな。これからは我々が冒険者としてのイロハを、あの少年に叩き込まなければならない」

 

「とても冒険者に向いてるようには見えないけれど? ギルドで長年務めてきた私から言わせて貰うと、あの子早死にしそうだわ」

 

 ローズの言葉にシャクティは瞼を閉じた。

 

 細い首に細い手足。

 恐ろしいモンスターを打ち倒す屈強な冒険者とは正反対に、あの少年の身体は華奢すぎる。

 体の小さい小人族(パルゥム)でも大成している冒険者は居るため断言は出来ないが、冒険者の適性は低いように見えた。

 

 何より、少年を包み込む雰囲気。

 どこか儚げで危うく、生命力が霞んでいる彼の空気は、目を離した隙に死んでしまうような予感があった。

 

「今日から【ガネーシャ・ファミリア】の一員になったんだから、しっかり面倒見てあげなさいよね」

 

「それは勿論だが…………我々も半ば押し付けられたような立場にあってな。……少し、距離を測りかねている」

 

「……どういうこと?」

 

 苦い表情を浮かべながら重々しく口にするシャクティに対して、ローズは訝しげな顔を向けた。

 

「あの少年はガネーシャが拾ってきた。詳しくは話せないが……紆余曲折を経て、【ガネーシャ・ファミリア】が彼を受け入れる事になったんだ」

 

「……なーんかややこしい事情があるみたいね。ま、詮索はしないわ。誰でも一つや二つ複雑な事情を抱えているでしょうし」

 

 興味あり気な面差しのローズだったが、スパッと気持ちを切り替えてそう言ってのけた。

 複雑な事情を持つ者など、オラリオには大勢居る。

 そんなことをいちいち気にしていられないと、長年ギルドに勤めている狼人(ウェアウルフ)の受付嬢はそう語る。

 

「これから直ぐにダンジョンに潜るんでしょう? モンスターにやられないよう、しっかり手綱を握っておきなさいよ。目を離した隙に死んだりなんかしたら、目も当てられないわ」

 

「安心しろ、私が見ている限りは死なせん」

 

「頼もしいことね……」

 

 毅然とした表情で言い切るシャクティに、ローズは力なくそう答えた。

 

 

   ◆◆◆

 

 

 周囲を巨大な円形の市壁に囲まれている迷宮都市(オラリオ)

 

 その広大な都市の中央には、天を突く白亜の摩天楼。

 オラリオで最大の高さを誇るその建築物は、ダンジョンの大きな穴をを覆い尽くす『蓋』として機能する——その名も『バベル』という摩天楼施設が、見る者全てに圧倒的な威容を放っている。

 

 オラリオの繁栄の中核であるバベル。

 その一階地点。

 

 何千人もの冒険者を収容できるほどの広大さを誇る円形の空間。そのホールは青と白の色を基調としており、周囲には冒険者らしき名前が複数刻まれた漆黒の石碑が点在している。

 

 長く太く伸びる沢山の柱が等間隔に設置されており、天井には精緻な蒼穹の絵画が広がっている。

 祭壇と言っても差し支えないくらいに意匠が凝らされている大広間は、どこか高貴な空気に包まれている。

 

 頑強な武装で身を包んだ冒険者達の姿がゾロゾロと目に入り、彼らの行く先は中心に大きく空いた穴——ダンジョンへの入り口に集まっていた。

 

 

 そんな中、白髪の少年と短髪の麗人の二人は人の波から外れて、広間の端っこに立っていた。

 

「……何です、このちっこいの」

 

「ギルドの支給品……お前の武器だ」

 

 片手に短刀を握り締めている少年は、それを見ながらキョトンと首を傾げた。

 刃渡り約十五(セルチ)の刀身がキラリと輝いている。上層の攻略向けに作られた低コストの武器である。

 

「えー……なんか思ってたのと違うです……冒険者の武器ってもっとゴツゴツした大きいやつじゃないんです?」

 

「駆け出しの冒険者にそんな物を持たせるわけないだろう。まずは、そういった手合いの得物を使って一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を覚えていくんだ」

 

 ガッカリした様に嘆く少年に対して、シャクティは呆れ顔でそう答える。

 

「モンスターとの戦闘は経験が無いだろう。これからは私の言うことに従ってくれ——什造」

 

「………………」

 

 呼ばれた己の名に顔を上げる少年——什造は、鈴を張ったような黒色の瞳をシャクティに向けた。

 

 独特な雰囲気を醸し出す二人の姿は、屈強な冒険者達の喧騒の中でもよく目立つ。

 他でもない【ガネーシャ・ファミリア】の団長である、【象神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマ。そして、まるで人形のように整っている顔立ちの少年。この二人に対し、冒険者達は好奇の眼差しを向けていた。

 

「もっとカッコイイやつください」

 

「ワガママ言うな。ナイフはお手の物だと聞いているぞ。上層での戦闘はソレで充分だ」

 

 そう答えたシャクティは「無駄話は終わりだ。我々もそろそろ向かおう」と話を切り上げ、ダンジョンへと続く大穴に視線を移した。

 

 高さはおよそ十(メドル)

 太い円筒形の大穴には、その側面に沿うように緩やかな螺旋階段が備え付けられている。この階段を下った先に、数多のモンスターが蔓延るダンジョンが広がっている。

 シャクティに促された什造は、渋々といった表情を浮かべながら彼女の後を付いて行く。

 

「習うより慣れろ、というのは冒険者の至言だ。座学による基礎知識の吸収も大切だが、やはり実戦でこそ理解できるものがある。今回はいきなり初めてのダンジョン探索になるが…………準備はいいか、什造?」

 

「ばんじおーけーです」

 

 どこか気の抜けた声音で呑気にそう言う什造。

 これから初めてダンジョンに潜るというのに、全く緊張感を抱いていない様子。今日登録をしたばかりの初心者とは思えない振る舞いだ。

 

 それを見てシャクティは呆れた様に溜息を吐いた。

 自分がいる限りモンスターには殺させないし、上層で出現するモンスターは致命傷となる攻撃が少ない。心配はいらない筈なのだが、不安というのが彼女の本音だった。

 

 ——しかし、それはただの杞憂だったことを、数分後にシャクティは知ることになる。

 

 

   ◆◆◆

 

 

 ダンジョンの上層、1階層。

 『始まりの道』と呼ばれている幅広の大通路を経て、シャクティと什造の二人は迷宮内の一角に居た。何の変哲もない通路の一つである。

 

 その奥から、一つの影が姿を現した。

 短い手足に小太りした体躯。その体皮の色は緑色。

 上層で出現する『ゴブリン』というモンスターであり、その危険度はダンジョンの中で最も低い。

 

 短い牙を剥き出しにして唸り声を上げるゴブリンと相対した什造は、依然として緊張感のない眼差しを向けながら短刀を握り締める。

 

「あれは『ゴブリン』だ。駆け出しの冒険者が最初に相手取るモンスターだな。脅威は低いが、油断せずに——」

 

「————!」

 

 シャクティの言葉を最後まで聞くことなく、什造は素早い身のこなしを以て走り始めた。

 指示を無視され「なっ!?」と唖然の声を上げるシャクティだったが、続けて言葉を発する余裕は無かった。

 

 瞬時にゴブリンの懐へ肉薄する什造。

 突然の襲撃に反応できずに固まるゴブリンの首元へ、流れる様に短刀の刃を滑り込ませた什造は、そのまま勢いよく腕を振るう。

 

『ギャッ……!?』

 

 ブシャッと血飛沫が飛び散り、地面にゴロンと転がるゴブリンの首。頭部を失ったその肉体は、糸の切れた操り人形のように力なく倒れ伏せた。

 

 一瞬の間だった。

 瞬きをする間にモンスターを殺した什造を目の当たりにして、シャクティはその双眸を見張った。

 

「次はどこですかねえ——」

 

 ざわ、と不穏な空気が背筋を走る。

 真っ白な肌にモンスターの返り血を少し浴びた什造は、心なしか目の色を変えた様に見えた。

 

 そして、什造は次の獲物を探しに走り出した。

 

「っ! 待て什造!」

 

 凄まじいスピードで遠ざかっていく少年の背中を見て、シャクティは顔を歪ませて追いかけ始める。

 

 それは、第一級冒険者である【象神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマの足を以てしても、完全には追い付けないほどの速力だった。

 類稀なる敏捷性を発揮して迷宮内を駆け巡る小さな人影を見ながら、シャクティは思わず舌を巻いた。

 

『ゴアッ』

『ガッ……!?』

『ギャア——』

 

 通路の前方から断続的に聞こえてくる短い悲鳴。

 

 什造は走りながらすれ違いざまにモンスターを殺しているのか、シャクティの視界に数々のモンスターの死体が映り込んでいく。

 

 頭部と肉体が切り離された死体。

 腹を掻っ捌かれた死体。

 顔面に複数の切り傷を負い息絶えた死体。

 

 シャクティでも目を見張るほどの早業(はやわざ)

 走り回る什造に横から獲物を倒されたのか、顔に動揺の色を浮かべる冒険者パーティとシャクティは何度かすれ違った。

 

「(話には聞いていたが——流石のナイフ捌き……! 厄介なことに、抜きん出た実力を兼ね備えているらしいな……!)

 

 次々と地面に転がるモンスターの死体を目の当たりにしながら、シャクティは走り続ける。

 

 足を止めることもなく、什造は更に下の階層へ進んでいく。5階層、6階層、7階層と、出会い頭にモンスターの命を摘み取りながら疾走する。

 魔石が壊されていないため、無残にも血溜まりを残しながらモンスターの死体が地面に横たわっている。

 

 その中には、その細い胴体や首を切られた『キラーアント』の姿もあった。鎧として機能している筈の自身の甲殻が、鋭利な刃物で切られたかのように丸い断面を剥き出しにしている。

 

 キラーアントの甲殻は硬い。

 上層を攻略する冒険者にとって、頑強な鎧と化したキラーアントの肉体は苦戦を強いられる要因だ。下手に威力の低い武器を使っていると、このモンスターを倒すことは難しい。

 

 現在、什造が使用しているのはギルドの支給品。

 威力や切れ味としては最低レベルに分類されている武器の筈なのだが——何故か、什造は苦戦することなくその刃でモンスターの体を切り裂いていた。

 

「(硬い外殻を無視して攻撃を入れている……やはり、()()()()()()()()()だ。モンスターの潜在能力(ポテンシャル)を覆すことができるほどの)」

 

 そう考えながら、シャクティは表情を更に顰めた。

 

 

 

 

 ——その日は、【ガネーシャ・ファミリア】の団員達を唖然とさせる日だった。

 

 シャクティに追いかけられながら下の階層へ進んでいった什造は、最終的に『中層』にまで到達する。

 初のダンジョン探索。

 シャクティの助けを借りず、独りで中層に至った。

 

 この偉業に対し、団長であるシャクティだけでなく、その他の団員達も表情を驚愕の色に染めた。

 

 それが、什造の苛烈なデビュー戦だった。

 

 

 ——ベル・クラネルがダンジョンに出会いを求めてオラリオに訪れる、およそ五年前のことである。

 

 

 

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