腹上死フラグが立ちました♡   作:着こなし不備

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第一章『日常的非日常』
吸え


 桜木奈々花が、不機嫌そうに机を指でトントンと叩いている。

 

 気品漂う端正な顔立ち。

 ぱっちりとしたブラウンの瞳は凛とした光を宿していた。

 セミロングの黒髪は清流みたいに艶やかで、豊満な胸がネクタイを湾曲させている。

 高校生離れしたその美貌は、世の男を一瞬で墜とすだろう。

 

 二年になってから、定期テストは常に学年トップ。

 気まぐれに出場した英語のスピーチコンテストでは審査員特別賞を取ってくるような優等生だ。

 加えて一年から生徒会長も務めていて、女子生徒からも告られるようなクール系美少女なのだから恐ろしい。

 

 もし神が桜木の魂を創造したとしたら、おそらく翼を授けるエナジードリンクをお供に三徹はしてる。

 桜木みたいな完全無敵美少女を神が時たま創造するから、世界から犯罪が無くならないのだ。

 三徹したあと「まあいっか」的なノリで手抜きで創造したのが、ロクでもない悪事を働く人間に違いない。

 

 ちなみに、僕みたいな不幸すぎる人間を創造するときの神様のモチベが気になるところではある。

 何を基準に人間が生まれ持つ素質は決まるのか。

 僕と桜木とでは能力でも容姿でも、そして運命でも差がありすぎる。

 頼むから仕事してくれよ、神様。

 

 「どうして、伊波君はそんなにつまらなそうな顔をしているの?童貞って私みたいな清楚系が好きなのよね」

 

 「憂鬱なんだよ。生徒会長から童貞呼ばわりされるのが」

 

 驚くべきことに、僕は童貞ではない。

 残念ながら、僕が魔法使いへの道を絶たれた瞬間のことは、記憶から飛んでいるがーー

 

 高校に入学するまでは、ラブコメアニメのキャラみたいな女の子など、この世に存在するはずがないと僕は思っていた。

 

 しかし桜木から「伊波君って……砂糖がまぶさってないポンデリングみたい」と初対面で言われてから、そんな考えは銀河系の彼方へと消え去った。

 桜木は正真正銘の『氷の女王』だ。

 そうでなければ人間をドーナツで喩えたりなんてする訳がない。

 

 「僕、もうそろそろ帰ろうかな。夜にバイトあるし」

 

 「何を言ってるの?ほら、まだここにたくさんプリントの山が見えるでしょう。これ、伊波君のノルマだから」

 

 「どうして僕が生徒会誌の『会長のことば』の原稿を書かされるんだ。夏休みの宿題だって僕は親にやらせたことないぞ。本気で、帰るからな」

 

 「あなたが強硬手段をとるのなら、私にも考えがあるわ。今ここで、『たすけてください!』と泣き叫んで、処女を散らされる悲劇のヒロインを名演してあげる」

 

 旧校舎3Fの生徒会室には僕と桜木の二人しかいないが、警備のおっちゃんが廊下を巡回している。

 

 そんなことをされれば僕は一発退学どころか、SNSで吊し上げられ、社会的に消されるだろう。

 僕はスパイ映画の主人公でもないし、存在を抹消なんてされたら非常に困ることになる。

 

 僕は大きなため息を吐いて、窓の外を見た。

 太陽が既に地平線の際にいる。

 眩いオレンジ色の残光が、暖かく僕と桜木を照らしていた。

 これだけ見るといかにも青春っぽい情景だが、僕は絶賛脅迫されている途中だ。

 

 どう言う訳か、桜木は僕と一緒にいる時だけ嫌に制服を着崩す傾向にある。

 ワイシャツの第一ボタンは外すし、ネクタイはゆるゆるゆるだ。

 おかげで、僕は彼女の綺麗な白い首筋を視界に入れて挙動不審にならないよう、常に警戒する必要があった。

 

 「どうしたの?早く終わらせてちょうだい。頑張ったら、ご・褒・美……あげるから、ね?」

 

 「わ、わかった。やる。やれば良いんだろ、もう」

 

 あざとく片目を瞑り、妙に色っぽく囁いた桜木に僕は呆気なく負けた。

 男なんてみんな美人に弱いんだ。

 そう、心中で呟いてなんとか自尊心を保つ。

 彼女は自分の武器を最大限に把握しているのだ。

 本当に高校生なのか、もう怖くなってくる。

 

 桜木は、無意識のうちに周囲を魅了してしまうのだ。

 言動や態度はまさしく絶対零度のように冷たいが、それでも困っている生徒には必ず手を差し伸べる。

 ある女子生徒が校舎裏で嫌がらせを受けていたときには、柄の悪い生徒の集団に躊躇なく一人で飛び込んで行った。

 

 そんな彼女の優しさや強さに惹かれて、多くの生徒が当たって砕けろの精神で告白を決行するのだが、破壊の呪文「色欲に塗れた目で見ないでちょうだい。汚らわしい」を唱えられて終わりだ。

 

 今のところ告白に成功した人間はいない。

 もれなく全員一撃で砕け散ることになる。

 

 「伊波君ってさ、私のこと好きでしょ」

 

 「いいえ、違います」

 

 スラスラとシャーペンを走らせながら、僕は即座に言い放った。

 もはや脊髄反射だ。

 桜木にこの手の話題を振られたら、それは背後から銃口を突き付けられるに等しい。

 おかげで英語の例文みたいになった。

 

 「耳が真っ赤よ。伊波君の毛細血管の答えは、もちろんイエスだわ」

 

 「なわけあるか。いいか?僕は一途で、優しくて、家庭的な女の子が好きなんだ。間違っても、息を吐くように毒舌を僕にぶち撒けてくる桜木に惚れることなんてない。断言出来る」

 

 「でも、伊波君は私の裸体を妄想して夜な夜な自分を慰めているのね。ふふふ、照れちゃって可愛い」

 

 「彼女いるし、間に合ってるんだよ。そういうの」

 

 失礼にも程ってものがある。

 思わず筆圧が濃くなり、シャーペンの芯がポッキリと砕けた。

 

 それを見た桜木は悪戯っぽく微笑むと、どう言う訳かいきなり僕の両肩を掴んだ。

 そして、吐息が触れ合いそうなほど近距離で、僕の目を覗き込む。

 

 彼女の艶やかな桃色の唇は、どれだけ柔らかいのだろうか。

 桜木のことを可愛いなんて思ってしまう自分に嫌気が差した。

 これじゃあ僕は、桜木に一方的に玩具にされているだけだ。

 

 「いきなり、何すんだよ。イタズラにしてはやりすぎだと思うぞ。こうゆうのは」

 

 「私、伊波君の顔はそこまで好きじゃないけど……」

 

 熱々の恋人並に見つめておいて感想はそれかよ。

 舌打ちしそうになるほどイラついたが、ここは感情的になった方が桜木に弄られると判断。

 僕は努めて、ポーカーフェイスを貫く。

 桜木は白く細い指で、僕の睫毛を優しく上の方へ撫で上げながら言った。

 

 「その目は好きだわ。鷹とか鷲に似ていて、ペットに欲しいくらい」

 

 「僕は愛玩動物じゃないぞ。平々凡々な人間だ」

 

 桜木の澄んだ瞳に反射した僕の顔は、緊張やら興奮やらで分かりやすく引き攣っている。

 訳も分からず、僕はただ無意識に呼吸を止めた。

 蛇に睨まれた蛙と、桜木に見つめられた僕とでは、差はあまりないだろう。

 

 「空に飛ばしたら二度と帰ってこないだろうな。ご主人様が怖くて」

 

 なんとか喉を通り抜けた声は、ひどくうわずっていた。

 そんな僕の様子が可笑しかったのか、桜木の口角が僅かに上がる。

 

 「いいえ。野生なんて、忘れちゃうくらいに甘やかしてあげるの。そうしたら、逃げ出したりなんてしないわ。愛にどっぷり浸かれば、きっと翼があることすら忘れるもの」

 

 「おいおい。急に目のハイライト消すなよ。怖いだろ」

 

 桜木がぺろりと唇を舐めた。

 獲物を前にした猛獣が、これから味わう極上の肉の味を期待するかのように。

 

 「私はね。じーっと顔を見たら、嘘が分かるの」

 

 「そいつはすごいな。人間嘘発見機だ」

 

 生徒会室の雰囲気が、まるでいつもと違っていた。

 エアコンの温度計を見る。

 二十四度、適温だ。

 じゃあなんで、こんなに寒気がするのだろう。

 

 「伊波君、さっき『平々凡々な人間』って言ったでしょ?あれ、嘘でしょ」

 

 うぐっと、喉が鳴った。

 桜木は心底愉しそうに、僕を見て微笑っている。

 桜木はもはや絵画になって美術館に行っても、やっていけそうな気さえした。

 

 おかっぱのギャングみたいに、汗を舐めたわけでもないのに。

 どうして嘘が分かるんだ、チートじゃないか。

 

 「じゃあ、僕が人間じゃないって言いたいのか?ここは現実だぞ。そんなファンタジーなこと、あり得る訳がーー」

 

 チクリと、首筋に擽ったい痛みが走った。

 

 思わず、熱の籠もった吐息が漏れた。

 なにか冷たいモノが、僕の血管に侵入している。

 ちゅうっと、僕から液体が吸い出される音がした。

 それと同時に、視界がチカチカと明滅した。

 

 生存本能が頭の中で警鐘を鳴らす。

 だが、身体は言うことを聞かない。

 桜木が、僕の首元に顔を埋めている。

 魅惑的な彼女の瞳が、ちらりと僕に向けられた。

 

 目が笑ってるとはよく言うが、まさにそれだ。

 瞳を見ればわかった。

 彼女は今、僕の無様な姿を見て笑っている。

 僕はいま、桜木に『吸血』されているのだ。

 

 ーーデジャブかよ

 

 図書室の次は生徒会室か?

 全くもって笑えない。

 

 ふわりと、柑橘系の爽やかな甘い匂いが鼻腔をくすぐった。

 美味しそうな匂いだった。

 唾液が次々と口内で分泌されていくのが分かる。

 そぷっと、柔らかい音と共に、首筋に刺さった桜木の犬歯が抜かれた。

 

 「ごちそうさま。蕩ける様に甘くて、それでいてちょっぴりビター。上質なチョコレートみたいな味だったわ」

 

 「ホワイトデーのお返し……しなきゃいけなくなった」

 

 「ふふふ。吸血鬼にお食事されてそんなことを言えるなんて、やっぱり伊波君は人間じゃないじゃない」

 

 どうして、僕の周りにはろくな女の子が集まらないのだ。

 僕は、頬に付いた血液をちろちろと舐めとって、「おいしっ」と呟く桜木を見て、思った。

 

 もう一度言おう。

 神様、仕事をして下さい。

 僕は、平穏に生きたいだけなのに。

 どうして、そんな夢すら神は叶えさせてくれないのだ。

 

 「次の日曜日。伊波君の『彼女』……私に紹介してくれないかしら」

 

 嗚呼。 

 夕陽が、信じられないくらいに赤かった。

 

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