腹上死フラグが立ちました♡   作:着こなし不備

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純粋に笑え

 「へえ、それでお前は『眷属』ってのになっちまったのか。御愁傷だな」

 

 成田先輩が、フライドポテトを口に放りながら、言った。

 僕は、今年で大学三年生になる剣道道場の先輩と、駅前のファミレスでご飯を食べていた。

 

 土曜日。

 高校生にとっては二日間しかない安らぎのうちの一日。

 だが、僕の気持ちは底無しの沼に沈んでいく一方だった。

 

 「おい。そんな辛気臭い顔してハンバーグ食うなよ。豚も報われないだろ」

 

 「屠殺される豚の気持ちなんて知りませんよ。明日が憂鬱で、仕方が無いんです」

 

 昨日の放課後、生徒会室での出来事を思い出す度、ため息が押しっぱなしのウォーターサーバーみたいに止まらなくなる。

 

 サキュバスの『眷属』であることが、桜木にバレた。

 そして、僕は桜木が高校の生徒会長でありながら、人間ではなく『吸血鬼』であったことを知った。

 自分の血液を二百CCほど犠牲にして。

 

 それだけならまだ良かった。

 あろうことか、桜木は僕の『主』であるサキュバスと会って話しをしたいなどと言い出したのだ。

 僕の部屋に居座るあの庇護欲の塊みたいなサキュバスに、吸血鬼なんて合わせたらたちまち妖怪大戦争が勃発、日本は一面焦土と化すだろう。

 

 僕はハンバーグを口に放り込んだ。

 デミグラス味、肉汁が溢れる。

 美味い。

 

 「まあでも、お前彼女欲しがってたんだから、丁度いいじゃないか」

  

 「人間が良いんですよ。普通の人間が」

 

 「贅沢言うなって。身の丈にあった人生っていうのは大事だろ」

 

 「いや、ぜんぜん贅沢じゃないです!」

 

 成田先輩が四杯目の生ビールを飲み干した。

 彼は滅法酒に強い。

 大学の新歓コンパで、酒豪と名高い四年生を悠々と蹴散らしたくらいだ。

 

 成田先輩はここが居酒屋だとでも思っているのか、フライドポテトや唐揚げ、サイコロステーキをおつまみとして次々と注文し、綺麗さっぱり平らげている。

 

 「まあ、お前ももっと食え。俺の奢りなんだから」

 

 前に成田先輩の預金通帳を見せて貰ったことがある。

 とてつも無いゼロの数だった、多分五千万は優に超えていた。

 成田先輩曰く、「本を一冊出して、あとは投資しただけ」だそうだ。

 彼は大学生の癖に、赤のフェラーリでファミレスに来ている。

 

 成田先輩は、僕が小学校一年生の時から通っている剣道道場の先輩だ。

 週に二回しか稽古に来ない癖に、盆踊りみたいな独特の足捌きと目にも止まらぬ速剣で次々と相手を殲滅する。

 

 地区大会では負けなし。

 全国大会でも前年度チャンピオンを瞬殺したが、その次の試合で審判にF××Kと暴言を吐いて反則負けするというのだから、成田先輩の真の実力を知る者はおそらくこの世界にいない。

 

 成田先輩は勉強もすこぶる出来た。

 塾に行っている訳でもないのに、有名国公立大学に一発合格だ。

 彼がいうには、試験なんてスーパーマリオと一緒らしい。

 簡単な問題を解く時に彼は、いつも「ノコノコだなこりゃ」と呟く。

 

 「お前の命のタイムリミットは三日。行動を起こすなら、早いほうがいい」

 

 顎に手を当て、成田先輩が言った。

 確かに成田先輩は遅刻が多い。

 修学旅行の集合時間に遅刻し、自前のバイクでバスを追撃したのはもはや伝説となっている。

 

 天然パーマの髪に、モアイ像を少しイケメンにしたような顔立ち。

 黒縁のメガネをしている。

 一見オタク風だが、成田先輩はなぜかすこぶる女性にモテた。

 

 『瞬殺のガンディー・マハトマ』という訳の分からないロゴとガンジーの顔写真がプリントされたTシャツに、擦り切れたジーンズを履いている。

 お世辞にもお洒落とは言い難いファッションが、成田先輩の潜在能力を上手く隠しているのだ。

 

 「でも、どうすればいいんですか!逃げ切れるビジョンが一切湧かないんですけど!」

 

 僕は、自分が置かれた絶望的な状況を、成田先輩へと包み隠さずに打ち明けた。

 

 あの日、僕は図書室でサキュバスの『吸精』を受けた。

 普通なら死んでいた。

 だが、幸運にも僕の生命力の貯蔵量が常人よりも多かったみたいで、それで絞り殺されずに済んだのだ。

 

 サキュバスはそんな僕をすっかりお気に召した。

 彼女は僕に自らの血を分け当たえ、おかげで僕は、人間の癖に悪魔の力をちょびっとだけ使える『眷属』になった。

 

 だが、それは僕が悪に堕ちたことを意味する。

 この世に『悪魔』が存在するのなら、もちろん『天使』も存在する。

 天使と悪魔は世界が誕生してから、何億年もの間ずっと争って来た。

 悪魔が人間を墜とせば天使が祝福を与え救う、その繰り返し。

 

 しかしある日、「いちいち下界に降りんの面倒だわ」なんてことを考えた天使がいた。

 だが天使が下界を放置すれば、世界はたちまち悪に染まり、やがて破滅する。

 そこで、天使はお告げを飛ばせば勝手に悪魔を倒してくれる、都合の良い人間を作ることにした。

 

 それがーー

 

 「『聖女』ってことか。それに、お前は命を狙われている訳だ」

 

 ヒゲみたいに付いたビールの泡をおしぼりで拭き取り、成田先輩は腕を組んだ。

 

 「その通りですよ!サキュバスは、『絶対に守ってあげるからね』とか言ってますけど、学校で襲撃されちゃあ僕なんて即死です、即死」

 

 今日の朝、アパートのポストに一枚の葉書が投函されていた。

 

 ーーローマ教皇庁異端審問会議により、あなたの粛清が決定致しました

 

 悪魔殺しの専門家が、僕を倒しにやってくる。

 

 絶望でしかなかった。

 サキュバスは「あの子にはルシちゃんも二秒でやられたからねー」とか言って笑っていたが、ルシちゃん=堕天使ルシファーだ。

 堕天使を二秒で殺す存在に、へっぽこ悪魔見習いの僕が敵うはずがない。

 

 「まあ、落ち着け」

 

 いつも成田先輩は冷静だ。

 僕に動揺を見せたことなんて一度もない。

 僕も、彼のようなダイアモンド・メンタルを手に入れたいといつも思っている。

 

 「いいか?この日本で天使とか悪魔とか、超次元的な存在を認識してる人間なんか、聖職者くらいだ。俺の経験上、教皇庁の奴らから逃げるのはそんなに難しいことじゃない。粛清期間は葉書が投函されてから一か月。三十日ちょっと逃げ切れば、勝ちだ」

 

 「どんな人生送ったらそんな経験するんですか。成田先輩、映画よりも主人公してますよ」

 

 「あれは高校生の時だ。修学旅行先のスペインでよ。俺はイエス・キリストの遺体の右腕、教会が言う『不朽体』を拾っちまった。俺は売り払って金にしようとしたんだが、それがバレたんだな。おかげで教皇庁所属の殺し屋に狙われることになった。まあ余裕で生き残ったけど」

 

 サキュバスや吸血鬼と遭遇しただけでやいのやいの騒いでいる自分が、恥ずかしくなった。

 僕がのほほんと毎日を生きていたとき、成田先輩はイエス様の右腕を持って殺し屋からの逃亡劇を繰り広げていたのだ。

 

 「だからな。案外人間って言うのは死なねえのよ。俺だって腹に一、二発弾丸を貰ったが、死ななかった」

 

 「それは奇跡ですよ。僕なんて、不幸だからすぐ死んじゃいますって」

 

 「おいおい。お前は『負ける負ける』って思って剣道の試合に出たことがあんのか?」

 

 「ないですよ。勝てるって信じます」

 

 「同じだ。病気に効果のない偽の薬も本物だと思い込んで飲み続ければ、三十パーセントは本物と同じ効果が得られる。これをプラセボ効果って言うんだが……」

 

 病は気からは、あながち間違いではない。

 ポジティブな人間とネガティブな人間とでは、六十年後の生存率に五十パーセント以上の差が生じると、いつぞやの健康テレビ番組で見たことがあった。

 

 「奇跡だって同じだろ?起きる起きるって思い込めば、そのうち起きんだよ。お前が不幸だと感じるなら、その不幸さんに言ってやれ。『プラセボ効果舐めんな』ってな」

 

 「成田先輩、暴論すぎますってそれ」

 

 僕は思わず吹き出した。

 なんだか、久しぶりに心の底から笑った気がする。

 おかげで少し肩の力が抜けた。

 成田先輩の言葉は、いつもほんの少しだけ、僕に勇気をくれる。

 

 「聖女に殺されそうになったら『ヒーロー参上』って心の中で三つ唱えろ。そしたら、三十パーセントの確率で時間通りに俺が来る」

 

 「それ、七割がた死ぬじゃないですか」

 

 成田先輩はサイコロのステーキの最後の一欠片をごくりと飲み込むと、伝票を手に席を立った。

 そしてフェラーリのキーをちゃらちゃらと指で回しながら、くしゃりと笑った。

 

 「ヒーローは遅れてやって来るんだよ。残りの七十パーセントは、遅刻だ」

 

 




ラブコメなのに、女の子出て来なかった……
次回からちゃんといちゃいちゃさせます。
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