腹上死フラグが立ちました♡   作:着こなし不備

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『狩人』・・・教皇庁所属の異端審問官。絶対魔物殺すマン。


ヴァンパイア・ハンティング

 

 『狩人』は駅前の新興住宅地に建つ、二階建て一軒家の前に立っていた。

 

 クリーム色の外壁には汚れ一つ見当たらない。

 ピカピカの新築だ。

 綺麗に整えられた庭には花壇があり、色とりどりの花が咲いている。

ぶうんと、一匹の蜜蜂が飛び去った。

 

 狩人は家の前の電信柱に体を預けると、背広の内ポケットから煙草を一本取り出し、火を着けた。

 美味い煙を吸い込み、ふうっと時間をかけて吐き出す。

 十年前から欠かさない、仕事前の儀式だった。

 

 煙草を吸いながら、スマホにダウンロードしてある標的の情報に目を通す。

 うちの上司は人使いが荒いことで有名だ。

 飛行機で九時間かかる国への出張をエコノミークラスのチケット片手に、三時間前に言い渡す。

 

 まるで「そこの自販でちょっとジュース買ってきて」なんてお使いを頼むみたいに、「ちょっと日本のヴァンパイア狩ってきて」なんてことを平気で言って来るのだ。

 

 おかげで時差ボケが抜けきっていない。

 近年まれに見るバッドコンディションだった。

 死なないで仕事を完遂できるか流石に不安になって来る。

 

 大きな欠伸を一つかます。

 涙で視界が滲んだ。

 

 狩人は腰に付けたホルスターから拳銃を引き抜いた。

 スライドを引き、薬室に初弾を装填する。

 磨き抜かれた漆黒の銃身が陽光を反射して、煌めいた。

 

 ワルサーPPK。

 名作映画007の主人公ジェームズ・ボンドに憧れて自費購入したものだ。

 対異形戦闘用に様々なカスタムを施してある。

 

 「おじさん、そのピストル本物ですか?」

 

 気がつけば、虫取り網を持った坊主頭の少年が狩人の隣にいた。

 そういえば、日本はちょうど夏休みに入ったばかりか。

 子どもたちにとっては、毎日が刺激的で興奮の連続となるだろう。

 

 思わず、心拍数が跳ね上がった。

 拳銃を握る手が僅かに震える。

 失った息子の姿が脳裏に浮かんだ。

 好奇心に満ちた少年の瞳は、消し去ろうとした忌々しい記憶を、最愛の我が子を目の前で殺された瞬間を、鮮明に呼び戻させた。

 

 「任務だからね」

 

 狩人はそう言って、片目を瞑って見せた。

 少年はパァッと表情を明るくする。

 

 「これ、食べる?」

 

 狩人は地元で買ったスイカ味のキャンディを少年に手渡した。

 ぺこりと、少年はおずおずと頭を下げる。

 狩人にとっては食べ慣れた菓子だが、少年にとっては摩訶不思議な代物のようだ。

 少年は少し困惑しながら、飴玉を口の中に放り込んだ。

 

 「うまいだろ」

 

 少年は口をムニュムニュさせながら、こくこくと頷く。

 

 「ハハハ。そいつはよかった」

 

 そういえば、息子も食べ物をよく頬にためていた。

 夕食の時にはハムスターみたいだと、妻と一緒によく笑ったものだ。

 あの時は確かビーフシチューだった。

 妻が赤ワインを飲んで酔っていて、急に唇を尖らせてキスをねだって来るものだから、それはもう堪らなかったのを覚えている。

 その日の夜はもちろん……

 

 悪い癖だ。

 遠い昔の思い出を引っ張り出してしまうのは。

 

 「ここはじきに危なくなる。離れていてくれないか」

 

 狩人が静かに呟くと、ただならぬ雰囲気を察知したのか少年は頷き、ダッシュで駆け抜けて行った。

 

 そうだ、それでいい。

 君は両親を悲しませてはいけない。

 

 狩人は黒い革手袋を嵌めると、玄関へと向かって歩き出した。

 その場で軽く跳躍し、筋肉をほぐす。

 頬をぴしゃりと叩いて、狩人は確かな殺意を滾らせた。

 この世に蔓延る異形は、駆除しなければならない。

 罪なき命が奪われる理不尽を、狩人は断固として許さない。

 

 「さて、始めるか」

 

 表札を見れば、『桜木』と書かれてある。

 狩人はそっと、インターホンのボタンを押し込んだ。

 

 ぴーんぽーんと間の抜けた音が鳴った。

 

 住人の足音がドアの向こう側から段々と近付いて来る。

 足音が止んだと思えば、ガチャリと音を立てて木製のドアが開かれた。

 

 「あの、どちら様でしょうか」

 

 家の中から現れたのは、四十代くらいの女性だ。

 

 年相応のしわが少し刻まれているものの、顔立ちは女優と言われてもなんら疑わないほどに整っている。

 化粧っ気は薄いが肌には染みひとつない。

 紺色のセーターの下から主張する胸の膨らみは日本人の平均以上に大きかった。

 ウエストも引き締まっていて、スタイルの良さはおそらく二十代にも引けを取らないだろう。

 

 「娘はどこにいる」

 

 狩人は女の問いには耳を貸さず、拳銃を突き付けた。

 

 自らの命が目の前に立つ男に掌握されたことを悟ったのか、女は二重瞼の目を大きく見開き、やがて氷水に浸けられたように小刻みに震えだした。

 

 「な、にをしに……来たんですか?」

 

 『標的の母親』は唇を震わせながら言った。

 

 ――とぼけるつもりか。

 

 たいそうな勇気だ。

 よくこの状況で冷静さを保っていられる。

 

 「質問してるのは俺だ。日本人の癖に日本語が分からないのか?脳みそを使わないなら、今すぐにでも噴出させてやるぞ」

 

 「――うぶっ」

 

 狩人は銃口を女の口の中に突っ込んだ。

 鉄の塊が喉に触れたのか、女は目に涙を浮かべながら呻いている。

 

 「いいか?あと一度だけチャンスをやる。仏の顔は三度までだが、悟りを開いていない俺の場合は二回がギリだ……。娘は、どこにいる」

 

 狩人はとうとう引き金に指を掛けた。

 そっと力を入れるだけで、女は死ぬ。

 

 「こうなることは……分かっていました」

 

 狩人は不満げに鼻を鳴らした。

 この女はどうやら自殺願望があるらしい。

 

 「あの子を引き取ったことに、微塵も後悔はありません。強いて言えば、孫の顔が見れなかったことが心残りでしょうか」

 

 女は静かに瞼を閉じた。

 零れ落ちた涙がつうっと頬に垂れる。

 女は自らの死を確信したようだった。

 

 いい判断だ。

 抵抗は無意味。

 弾丸が急所を外れれば、失血から来る悪寒と吐き気にもがき苦しみながら、息絶えることになるだろう。

 

 「遺言、一言くらいなら聞いてやる」

 

 そう言って、狩人が肩を竦めた。

 女は耐え切れずに嗚咽を漏らす。

 そして、最期の言葉を紡ぎ出した。

 

 「愛しているわ奈々花……幸せになーー」

 

 一言じゃねえだろうが。

 狩人は引き金を絞った。

 

 パァンという破裂音と共に弾丸が発射される。

 弾丸は女の喉を突き破り、向こう側の壁に着弾した。

 

 こひゅっと女の喉から呻き声漏れ、堤防が決壊したように血液が噴きだす。

 女は白目を剥きながら血の泡をごぼごぼと吹き出し、そのまま床に崩れ落ちた。

 

 念のためにもう一発。

 女の心臓目掛けて引き金を引く。

 びくんと女の肉体は痙攣して、それから一ミリも動かなくなった。

 狩人は頬に付いた返り血を拭うと、ポケットからスマホを取り出し、上司へと電話を掛けた。

 

 「もしもし、俺です」

 

 『どうした?交通費は渡さないぞ』

 

 「その件じゃないですよ。いや、その件も大事ですけど」

 

 『珍しいじゃないか。お前が仕事中に電話して来るなんて』

 

 「えっと……一般人を一人緊急異端認定し、射殺しました」

 

 『おいおいやってくれなぁおまえ。書類作んの面倒なんだよ。罪名は?』

 

 「異形の隠匿ならびに庇護です」

 

 『オーケー。じゃあ本命をやってくれ。あと、土産はしっかり買ってこいよ』

 

 「自費ですか」

 

 『自費だよ』

 

 全く、この上司の脳内には自費という言葉はあっても慈悲の心は存在しないらしい。

 これからどんどん軽くなっていくであろう財布のことを考えたら、とんでもなく憂鬱だ。

 まったく、これだから年功序列の公務員は辛い。

 狩人はため息ひとつ吐き出して、女の死体を跨ぎ、リビングの扉を開いた。

 

 瞬間、ぞわりと濃密な殺気が肌を撫でた。

 ナニカが、いる。

 そう思った時だった。

 

 「――死ねぇぇぇぇ」

 

 少女の絶叫が耳元で響いた。

 数多の死線を潜り抜けて来た狩人だ。

 不意打ちを寸前で回避することなど、容易い。

 まったく面倒な仕事になりそうだ。

 舌打ちをして、狩人は飛びかかってきた人影に向かって引き金を引いた。

 

 

  ▼

 

 

 「絶対に……許さないっ……ママを、返してっ!!」

 

 「それは無理だ。死者は蘇らない」

 

 狩人は女の死際の言葉を思い出した。

 どうやら奈々花、というのがこの吸血鬼の名前らしい。

 

 真紅に染まる瞳は母親を奪われた憤怒に染まっていた。

 人間の肉など容易く引き裂くであろう犬歯、そして爪。

 凶器とも言えるそれを、奈々花は狩人を殺さんと幾度となく振るっている。

 

 掠っただけでも致命傷となり得るだろう。

 人間は魔族や異形と違い、負傷がすぐに癒えることもないし、出血は簡単には止まらない。

 大きな血管に攻撃を喰らえば、失血死は免れない。

 

 ただ、奈々花という吸血鬼の攻撃は幼稚で、単純で、笑ってしまうほどに遅かった。

 理由は単純だ。

 大切な人を失った悲しみ、怒り、そして絶望。

 奴の中にはありとあらゆる負の感情が洪水を起こしている。

 

 さぞ悔しいだろう。

 憎いだろう。

 それでいい、それが俺が味わった苦しみの一端だ。

 狩人は駄々っ子のように泣き叫ぶ奈々花を前にして、獰猛に笑った。

 

 「どうして、ママを殺したの。貴方が殺したいのは吸血鬼である私でしょうッッ」

 

 奈々花が狩人の間合いへと踏み込む。

 

 人間の約八倍の身体能力を誇る吸血鬼だ。

 常人ならば目には負えない速度。

 だが、狩人は大きく身体を退け反らせて蹴りを回避し、そのままガラ空きになった奈々花の胴体へと弾丸を撃ち込んだ。

 

 狩人の殺意を乗せ、拳銃が咆哮する。

 奈々花の胴体に風穴が空き、鮮血がリビング飛散した。

 部屋には夥しい量の血液に濡れていて、鉄臭い匂いが充満していた。

 

 「あがっ……ふぅ……あ」

 

 奈々花は吸血鬼の『自己再生』すら間に合わない負傷に苦悶の表情を浮かべ、立ってさえいられずに床へと崩れ落ちる。

 

 もはや、一方的な暴力だった。

 

 「クソ、ここに来て弾切れか」

 

 狩人はカチカチと音を立てる拳銃をホルスターに収めると、高そうな革張りのソファーに腰を下ろした。

 目の前で奈々花が血反吐を撒き散らして這いつくばっているが、狩人は特に気にした様子も無い。

 完全に寛いでいた。

 

 「殺して……やる」

 

 「おいおい。ぜんぶお前が孤独に耐えられなかったのが悪いんだろ?なあ、被検体005番」

 

 狩人が口にした瞬間、目の前の吸血鬼は弱々しく震えながら、床に頭を打ちつけ始めた。

 割れた額から血が噴き出る。

 それでも、彼女は脳内に巣食う闇を追い出すかのように、その行為を止めない。

 

 「や、やめてください……その名前で、呼ばないで……」

 

 「お前が母親を殺したんだよ。いいか?世の中は理不尽なんだ。そして、偉い奴の都合がいいように出来てる。教皇庁の闇をバラされる訳にはいかない訳だ」

 

 「おねがいです……ほんと、う……に、や、だぁ……」

 

 「唯一の親友だった女の子が目の前で死んで、次は母親か。お前、吸血鬼より死神の方が向いているよ」

 

 狩人は獲物を追い詰める。無慈悲に、そして冷酷に。

 怯え、恐怖し、限りなく絶望させてからーー殺す。

 それが、彼が『狩人』たる所以だった。

 

 狩人を動かすのは、魔族と異形への紅蓮の如き復讐心。

 狩人が『仕事』をする時に考えるのは、ただ苦しませることだけだ。

 肉体を痛めつけることもあれば、精神を砕きに掛かることもある。

 

 「そういえばお前、好きな男がいるんだろ?なんだっけ、ああそうだ。伊波迅と言ったか?アイツなかなかのイケメンだよな」

 

 「まさか……ダメ!それだけはっ……絶対にダメ!」

 

 「ァハハハッ!そのまさかだよ!愛しの伊波君に会いに行くから、おめかししてたんだろ?いいさ、会わせてやる。電話は入れておいた。『奈々花ちゃんを預かりました』ってな。もうすぐこっちに着くだろうよ」

 

 親友?母親?

 

 いやいや、この吸血鬼の精神を叩き折るのに手っ取り早い方法は、想い人を目の前で殺すことだ。

 出来るだけ残虐に。

 ピンク色の臓物を引きずり出した後で、首をちょんっと切断すれば完璧だ。

 

 「目の前で、何もできないまま、愛しい男が悲鳴を上げて死んでいく様を、ただただ見ているだけ。お前は今日全てを失うんだ。そしてまた独りになる。どんな気分だ?お前が関わったばっかりに、罪のない男が死ぬぞ?」

 

 狩人はソファから立ち上がると、拳銃に新しい弾倉を叩き込み、奈々花の眉間に銃口を向けた。

 最期、この女はどんな顔で死んでくれるのか。

 舌舐めずりをして、狩人は微笑んだ……

 

 ……

 

 ………

 

 ……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ーーあぁぁぁ!?ちょっ、成田先輩!百キロ出る原チャリで突入はヤバいですってぇぇ!」

 

 「安心しろ!この『入れ歯にクッション号』はひいじいちゃんに改造してもらった!」

 

 「いやネーミングセンス!?どんな改造なんすかっ」

 

 「衝撃を感知すると座布団が二枚出る」

 

 「意味ねえ!」

 

 スイカのヘルメットを被った二人組が、窓ガラスを粉砕して転がり込んできた。

 なんなのだ、こいつらは。

 狩人は絶句した。

 




成田先輩久しぶりの登場。
次回更新は一週間後です。お待ち下さい。
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