腹上死フラグが立ちました♡   作:着こなし不備

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甘々な人外娘ラブコメ展開まではもう少しですので、お待ちを!


血は鉄の味がする。

 僕の視界はジェットコースターに乗った時みたい、ぐるぐると回転していた。

 

 天と地が入れ替わる。

 世界が真っ逆さまだ。

 見慣れない庭と見慣れないリビングルームの映像が交互に流れ込み、僕の脳は現状を把握できず?マークの洪水に晒される。

 

 数秒前まで成田先輩が運転する原チャリに乗り、住宅街を疾走していた。

 原チャリのくせに時速八十キロ近く出ていたから「ちょっと先輩、これどうなってんすか」なんて言おうとした、まさに瞬間だった。

 

 成田先輩がいきなり「ブレイク!」と叫びながらハンドルを横にぶっ倒したのだ。

 まるでロック・オンされた時の戦闘機の機動だ。

 僕の首はガクンとムチウチになった。

 

 ブレーキを一切握られる事がなかった原チャリは、ほとんどドリフトに近い形でカーブし、お洒落な外見の一戸建て住宅へと突っ込んで行った。

 

 宙へと飛ばされた僕は死を覚悟した。

 全身の骨をバキバキに粉砕され、悶えながら死ぬのだろうと。

 

 「ぁぁぁぁぁ!」

 

 割れた窓ガラスの破片が宙を舞っている。

 ふと気がつけば、床が目の前に迫っていた。

 衝突まで、わずかに一秒。

 

 ――ええい、ままよ!

 

 頭を強打するよりはマシだろうと、僕は床に向かって右腕を突き出した。

 信じ難い衝撃がビリビリと腕に走ると同時に、僕の右腕はフローリングを貫通して突き刺さった。

 ほんの一瞬だけ、身体が片手倒立の状態で停止する。

 咄嗟の判断で、僕は衝撃を全身へ逃がそうとそのまま空中で一回転させた。

 

 真横でブウン!と原付きが通り過ぎた。

 そしてそのまま驚くように口を開けた、拳銃を握る男を吹き飛ばす。

 上下左右しっちゃかめっちゃかだった視界が、元通りに帰ってきた。

 僕は、幸運にも血塗れになったリビングの床に着地する。

 

 「あ、危ねえ……」

 

 「おいおい。いつの間にそんなアクロバティック出来るようになったんだよ、伊波。それじゃあ『入れ歯にクッション号』の意味がないだろ」

 

 僕がどっと安堵のため息を吐いていると、すぐ横で成田先輩がヨギボーみたいな巨大クッションから起き上がった。

 当たり前だが、成田先輩はケガ一つしていない。

 

 いや、成田先輩のことは今はどうでも良いのだ。

 戦闘中のアフガニスタンに旅行に行くような人間の心配をしている暇は僕には無い。

 

 「桜木!無事じゃあ……ないな、これ絶対!ああくそ、出血が多すぎる」

 

 革張りのソファーの前で、桜木が夥しい量の血を流して倒れていた。

 いつも僕に笑顔で毒舌を吐いてくる美少女が真紅の化粧を纏い、死の淵にいる。

 信じたく無かった。

 このままでは彼女の命は呆気なく尽きるだろう。

 

 僕の心臓が早鐘を打つ。口がカラカラに乾いた。

 その光景は恐ろしくも、どこか残酷な美しささえ感じさせたからだ。

 血を奪う存在の吸血鬼が、自らの血に染まっている。

 ある意味アンバランスな状況が、僕にそう感じさせているのかもしれない。

 

 こういう状況をよく水溜りのような血の量と比喩するが、マジでそれだ。

 一歩踏み出すたび、ぴちゃっと湿った音が足下で鳴る。

 僕は桜木のすぐ横にしゃがみ込み、彼女の傷付いた身体をそっと抱き抱えた。

 背筋が凍り付くような血の匂いが、鼻腔を撫でた。

 

 「い、なみ……くん?」

 

 腕の中で、桜木が瞼をうっすらと開けた。

 呼吸は弱々しく、いつ止まってもおかしくないような危うさを感じる。

 焦燥感が背筋を駆け上がる。

 このままでは、彼女はもしかすると。

 

 僕は思わず、桜木をなお強く抱き締めた。

 

 「死んだら許さないからな。絶対に、助ける」

 

 「いつから……ごほっ、少年漫画の……主人公にっ、なったのよ……ほんとうに、バカみたい」

 

 「男の子なら一度は言ってみたい台詞堂々の一位だからな。ちなみにソースは僕」

 

 「弱っている女の子に優しくするっ……なん、て……悪い男の、常套手段じゃない」

 

 桜木は僕の顔を見ると、力なく微笑んだ。

 その笑みに僕は亡き母親の顔を幻視してしまう。

 桜木の表情は、病院のベッドで静かに笑っていた母親とどことなく似ていた。

 

 ああ、神様。

 どうしてお前は僕に試練ばかり与えるのだ。

 

 あの時、なぜ末期癌という死神を母に遣わせた。

 母親は優しい女性だった。

 小さい虫一匹の死にさえ、悲しむような人だった。

 そんな素敵な母がなぜせいぜい三十歳くらいで死ななければならなかった?

 

 神は、今度は桜木の生命まで奪うのか。

 クソッタレ!お前のやりたい放題にはもう、付き合ってられねんだよ。

 

 しっかりしろよ、僕。

 頬をぴしゃりと叩き、僕は大きく息を吸った。

 迷いは捨てろ。

 桜木の命を救うことだけを考えるんだ。

 

 「止血しなかきゃ……いや、それとも吸血鬼パワーで傷とか治るのか?」

 

 「もう、自然治癒はできないわ……あまりにも、血を失い過ぎた」

 

 「じゃあ、僕の血を吸え。経口輸血だ世界初の!」

 

 人間ならば、失った量と同じ量の血液を飲んだところで失血死は免れない。

 失った血液の成分が吸収される前に、失血性ショックによる臓器不全で命を落とすからだ。

 

 だが桜木は吸血鬼。

 血を主食として生きる人智を超越した存在。

 きっと吸収速度が人間よりも格段に速いから大丈夫なはずと、僕は考えた。

 

 「それは無理よ。伊波君が死んでしまう」

 

 「僕は淫魔の眷属なんだぞ。普通の人間じゃないから、大丈夫だって」

 

 「確かに、伊波君の保有する魔力は常軌を逸しているわ。けれど、あなたは人間よ。私が回復する量の血液を失えば、間違いなく死んでしまう。私はあなたを殺してまで、生き延びようなんて思わない」

 

 そんなの知ったことか、僕がそう言おうとした矢先、成田先輩が口を開いた。

 

 「その子の言う通りだ、伊波。確かにお前は人間には制御できない魔力を操れる悪魔の眷属だ。だが肉体はあくまでも人間。循環する血液量のおよそ三分の一。約1.5Lを失えば死ぬ。俺らと同じようにな」

 

 「そんなこと言ったって、やるしか無いんですよ!先輩は桜木を見殺しにしろって言うんですか!?」

 

 成田先輩は僕のためを思って言っている、それは分かっている。

 だが、こればかりは譲れない。

 もう、目の前で誰かを死なせるくらいなら、死んだ方がマシなんだ。

 

 「桜木、早く吸えっ……吸ってくれ!そうしないと死んじゃうんだよ!」

 

 「ふふふ、優しいのね……でも、ごめんなさい。私には、生きていい権利なんかない。私はママを……守れなかった」

 

 「娘が死んで喜ぶ母親なんていないに決まってるだろうが!」

 

 「もういいのよ、伊波君。あなたの暖かい腕の中で命を終えられるなんて、私には……贅沢すぎるわ」

 

 視界がぐらぐらと揺れだした。

 耳鳴りが断続的に脳を襲い、息が詰まるような感覚が喉を覆い尽くす。

 僕はこれをよく知っている。

 

 絶望だ。

 

 絶望が足音を立てて僕に近付いている。

 ぴったりと、僕に寄り添う影みたいに、絶望が傍らに立っている。

 噛み締めた唇から血が滲んだ。錆び付いた鉄の味がする。

 絶望は、たいてい血と同じ味がするのだ。

 

 そしてなにより、絶望は連鎖する。

 空気が、揺れた。

 

 後ろを振り返れば、外国人の男が拳銃を手に、スーツの埃を払いながら近付いて来る。

 

 さっき轢かれていたのに、どうして平気なんだ。

 成田先輩が舌打ちを漏らした。

 

 「逃げて、伊波君。あなたは、きっと殺されてしまう」

 

 桜木の身体が尋常ではなく震え、その恐怖を露わにする。

 こいつが、桜木を傷付けたクソ野郎と見て間違いなさそうだった。

 

 「これはこれは。お前が伊波迅か。会えて光栄だ。その吸血鬼のお友達……なんだってな」

 

 男は僕の前に立つと、さっぱりとした笑みを見せた。

 だが、目は微塵も笑っていない。

 濃密な殺気が男の全身から放出されている。

 

 「まずは礼を言いたい。感動的なやり取りを見せて貰ったからな。思わず涙が出そうになった。それに、俺は今とてもワクワクしてる」

 

 「へぇ。強い奴と戦いたいって感じ?サイヤ人みたいだな」

 

 「それは違うな。その吸血鬼に――お前の生首と臓物の盛り合わせをやる予定なんだ」

 

 男がニヤリと歯を見せた瞬間、「避けろ!」と成田先輩が切羽詰まった叫び声を上げた。

 僕は桜木を抱いたまま咄嗟に横に跳び、床を転がった。

 

 成田先輩が叫んでいなければ、おそらく僕は死んでいただろう。

 

 スッパリと、僕の真後ろにあった液晶テレビが、真っ二つになっていた。

 剥き出しになった電子部品がパチパチと火花を上げて、スパークしている。

 

 「クソッ。いいコンビネーションだ。全く、この吸血鬼の周りにはなかなかやり甲斐のある男が集まるな。おい、そこのガンジー君。お前は部外者だ。逃してやる」

 

 男は、一振りのナイフを握っていた。

 刃は墨を塗ったように黒く、柄には高そうな赤色の宝石が埋め込まれている。

 テレビを真っ二つにした斬撃を放ったのは、十中八九このナイフだろう。

 

 「伊波、こいつは激ヤバだ。警察呼ぶか?」

 

 「いまさら呼んだって無駄ですよ、これ」

 

 即死攻撃を放ってくる敵に、僕たち二人はロクな武器も持たず立ち向かわなければならない。

 絶望的、それ以外にこの状況を表す言葉は存在しなかった。

 

 「そういえば伊波。良いニュースがあるが聞きたいか?」

 

 「じゃあお願いしますっ!ほら来たっ!」

 

 男が僕目掛けてナイフを振るった。

 

 今度は上から下に、僕を斬り殺そうと斬撃が襲いくる。

 僕は咄嗟のサイドステップで回避したが、避けきれず右肩が抉り取られた。

 ぷしゅっと、決して少なくない量の血液が噴き出る。

 

 「――伊波君っ!」

 

 「かすり傷だ、問題ない」

 

 桜木の悲鳴に、僕は不敵な笑みを浮かべた。

 成田先輩がメガネを人差し指で押し上げたからだ。

 たいていの場合先輩がメガネをくいっとすると反撃が始まる。

 

 「たった今、こいつを殺して桜木ちゃんの輸血袋にする算段が浮かんだ」

 

 「じゃあ、僕は何をすれば良いんですか」

 

 「作戦その一『ひいじいちゃんの意思を受け継いだ原チャリ特攻』が失敗した。次は作戦その二『ヒロインピンチにおける主人公の覚醒展開頼りだよん』を実行する」

 

 「補足説明おねがいしーー」

 

 男が接近し、ナイフによる刺突を繰り出してきた。

 僕は身体を大きくのけ反らせ、そのまま残った左足を軸に男の顎へとハイキック。

 クリーンヒットしたが、さほど効いている様子は無い。

 

 「まずは外に出ろ。お前のアドバンテージを使って、五分間逃げ回れ。お前が生き残れたら、後は俺に秘策がある」

 

 「なんすかアドバンテージって」

 

 「眷属なら魔力操って魔法くらい出せないもんなのか?最近全然俺TUEEE!展開が無くて読者はたぶん飽き飽きしてるだろうよ」

 

 「魔法なんてやったこと、無いですって」

 

 「やれ。出来なくてもやれ。そこはあれだよ、『考えるな、感じろ』って奴だ」

 

 「じゃあ感じてやりますよっ!ビンビンにっ」

 

 僕は桜木をソファーに寝かせると、粉砕された窓からリビングを飛び出して、外に出た。

 

 とりあえずは、成田先輩を信じるしかない。

 僕は全速力で住宅街の中を駆け出した。

 後ろから、規則的な足音が付いて来る。

 これはもうぶっ放すしかない『魔法』って奴を。

 

 

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