ナリタブライアン -轟轟・阪神大賞典1996- 作:巻野ぐるぐる
「こんなところで何してたのー?」
「いや、その、ブライアンに呼び出されて……」
ここで初めて、マヤノがブライアンの方を見た。
「あ、昨日のレースにいた人だ!」
どうやら、ブライアンの存在に今気づいたらしい。
「……ナリタブライアンだ」
「よろしくね、ブライアンさん。マヤのことはマヤって呼んでね」
初めて会話するとは思えないような距離感に少し拍子抜けしてしまう。
中山2500を逃げ切った奴だから、もっと張り合いのある性格だと思い込んでいた。
「それで、何のお話をしてたのー?」
「えーと、……レースで調子を取り戻す方法についてカナ」
マヤノの質問に、テイオーがそう答える。少し答えにくそうにしていたのは、ブライアンに気を使っていたためだろう。
「えー、ブライアンさん調子が悪かったの?」
マヤノが驚いたように声を上げる。
「残念。調子悪いと楽しくないもんね」
「……楽しい?」
その言い回しに違和感を感じ、思わず聞き返す。
「うん、レースで勝つとすっごく楽しいもん。ブライアンさんも、楽しいから走ってるんだよね?」
「いや、それは違う」
ブライアンにとってレースは楽しむためのものじゃない。勝つか負けるか、天国と地獄を分けるものだ。だからこそ勝利を求めて魂を震わせることができる。
「私が走るのは、本能がそう叫んでいるからだ」
「?」
今度はマヤノの頭上でクエスチョンマークが躍る。
「つまり、心の底からレースを楽しみたいってこと?」
「違う」
まるで会話が成立しない。見かねたテイオーが補足に入る。
「マヤノは『楽しいから勝ちたい』って思ってるのに対して、ブライアンは『勝ちたいから勝ちたい』って思ってるんだよネ」
「そういうことだ」
「うーん、マヤ、よくわからないや。楽しく走ったほうが絶対に良いと思うんだけどなぁ」
テイオーの丁寧な説明もむなしく、ブライアンの考えはマヤノに理解されなかった。
「はぁ。もういい、私は走りに行ってくる」
ブライアンはマヤノとの会話を切り上げて、グラウンドに行くことにした。
テイオーから復活の方法について聞き出すことはできなかったが、もともとあまり期待もしていなかったし、マヤノに主導権を握られた中で改めてそれを聞く気も起きない。
「待って」
しかし、テイオーがブライアンを呼び止めたので足を止める。
「何だ?」
「ブライアンは、次はどのレースに出るの?」
テイオーの質問を受け、しばし考える。
ハナからはまだ次走について聞いていないが、ある程度の予想は付く。ハナはブライアンにかつての走りを取り戻させようとしているので、過去にブライアンが勝利したレースを次走に選ぶ可能性が高い。つまり、質問の答えは……
「おそらく、阪神大賞典だ」
阪神大賞典。阪神競馬場で開催される3000mのGⅡレース。ブライアンは怪我をする直前にこのレースを制していた。
「そうか、じゃあマヤノも次のレースに出ると良いよ」
「……は?」
テイオーの想定外の提案に、思わず間の抜けた声が出てしまう。
「ほら、もう一度一緒に走ればお互いの勝ちたい理由がわかるかもしれないでしょ?」
「なるほど~」
正直、別に他人が走る理由に毛ほどの興味も湧かないし、そもそもそんな理由で同じレースに出走する意味も分からないが、それとは対照的にマヤノは何かを理解したようだ。
「アイ・コピー! トレーナーちんに伝えておくね!」
意外な展開にブライアンは頭痛がしてきたが、しかし、考えてみればこれはチャンスだった。
自分を負かした相手へのリベンジマッチ。ブライアンの闘志が刺激されるには十分だった。
「わかった。私も阪神大賞典に向けて調整しよう」
こうして、ブライアンの次の目標が定まったのであった。