Starlines ZERO ~星歌の引き金~ 作:がじゃまる
全4話予定ですがお楽しみ頂ければ幸いです
もうじき終焉を迎えると告げられた世界はどう揺れるだろうか。人々は何を思うのか。
愛する人と過ごすか。欲望の限りを尽くすか。それとも混乱の中で果てるか。語られる言葉は数多くある。
けど案外、現実というはそのどれでもなくて。
終末など微塵も思わせぬまま、今日も普段通りに日常の歯車は回り続けている……所詮はただのエンターテインメントとして消費されるのが常の事。
世に蔓延る都市伝説、予言、言い伝えなんてものはある種の願望だ。
もっとこの世界が面白くあれば……そんな願いが形となったもの。
だって現実が齎す結果と言うのは大抵、一番つまらないものなのだから。
少女は歌う。
笑うように、そして泣き叫ぶように、砂塵に覆われた世界の中で、ただ一人。
その場所が何処なのかもわからない。
彼女が何者なのかもわからない。
たった一つ確かなことは、この光景は何かを俺に伝えようとしている………それだけだった。
「……またか」
この夢を見る時、決まって自分は泣いている。
灰色の景色の中、知りもしない少女がただただ歌い続けている。そんな得体の知れない夢を見るのはこれで何度目になるのだろうか。最早数えるのをやめて久しい。
こうして意識が表に出ている時でさえ夢の内容を明瞭に想起できるほどに一連の所作を繰り返しているが、この目覚めの気持ち悪さだけはいつまでも慣れはしない。
……いや、慣れぬものはまだあったか。
「……もういちいち起こしてもらうような年じゃないだろ」
身体を起き上げた自分に一拍遅れて軽快なメロディを流すスマートフォン。傍らに投げ捨ててあったそれを耳元に押し付ける。
電話越しにお節介を羅列してくる母親へ適当な返事をしつつ、生活感の薄い殺風景な部屋を見回した。
《―――1週間前、東京都渋谷区で発見された遺跡と思しき地下空間に、本日TPCによる調査チームが探索へ踏み入ることが発表されました。これにつきまして都は―――》
朝食代わりのゼリー飲料を喉奥へと流し込む片手間に電源を入れた小型のテレビから発される音声を聞き流す。やはり当面の話題はこれで持ち切りか。
ともあれ急がねばならない。乗り気でないのは事実とは言え、それを不能の言い訳にするのは無能のすることだ。
「……巨大空洞、ねぇ…」
身支度を終え、寝起きには少々辛い陽光を差し込ませてくる窓枠を覗き込んだ先に映る東京の街並み。
整然とした景色の中に不自然に空いた地球の大口へ怪訝の瞳を注いだ後、
東京の街は騒がしい。そして冷ややかだ。
足音、電子音、話し声。行き交う有象無象から発される雑音の中、人々は一つのピースのように動く。
けれどそこに熱はない。駄弁る学生や通勤する社会人。個々の構成人数に差こそあれど、全体を包括したそれは輪ではなく群れですらない。それぞれが個として生き、互いに互いの関心を抱かぬまま交差し歩き去る光景は冷淡の一言だ。
情報としては既に知り得ていた事柄だが、こうして目の当たりにし、自らもその一部になるとその異質さを改めて認識させられる。
「……異質なのはこっちか」
雑踏の中、誰に向けるでもなく零す。
傍から見た自分はどう映るのだろうか。
なんの変哲もない通学中の学生か、それとも不慣れな地で縮こまる田舎者か。180度違う環境は普段気にすら留めなかったことすらも脳裏に過らせる。
ただまあ、こちらの方が居心地がいいのは紛れもない事実だった。
「……」
ふと、道の端に放られていた新聞の記事に足を止める。˝滅亡の日、迫る˝などと大体的に掲げられた売り文句は乾いた笑いを誘った。
確か、何かの邪神を祀っている一族の言い伝えか何かだったか。暗雲が世界を覆い、やがて復活を遂げた邪神が全てを闇に包む。これまでも人類の滅亡を仄めかすような予言は存在したが、ここまでふざけているのもこれくらいなものだろう。
だが人間とは退屈を嫌う生き物だ。例えそれが如何に馬鹿馬鹿しいものであっても。
いや、馬鹿馬鹿しいものであるからこそか。娯楽の一環として享受するものなのだ。
以前は冷ややかな目で見ていたものだが、春の陽気にやられたか、はたまた東京と言う不慣れな場所が故か、今この瞬間に限ってはその馬鹿馬鹿しさにある種の安らぎを覚えるような気がした。
そして、この陽気に頭をやられたのは自分だけではないようで。
「~♪」
歌声が耳を撫でた。
どこかで路上ライブでもやっているのか、微かに聞こえるのは何物にも囚われることなく羽ばたく音色だ。
だがそれに聞き惚れていたのも束の間のこと。徐々に近くなってゆく歌に違和を覚えた瞬間、路駐されていた車の影から飛び出たものは―――、
「うえぇっ!?」
曲がり角で女の子とぶつかる。古い漫画表現ではテンプレとも呼べるものだろう。
しかしこうして現実と言う層位でそれを体感してみると思いの外不快だ。状況から鑑みるに向こうの不注意であるのは明確であろうし、愚痴の一つでも言ってやろうと目の前の少女に焦点を合わせた。
「うわわ………ごごごゴメンナサイ!?」
勢いよく下げられた頭に伴って暖色系の長髪が靡く。真新しい制服からして入学したての高校生だろうか。釣り目気味の双眸からは尖った印象を覚えるが、焦燥に染まる表情からその気質は正反対であるのだろうと察する。
そして、そうとわかれば大きく出てしまうのが人間と言う生き物で。
「街中で何やってんだよ………頭おかしいの?」
「すみませんホント………入学式で浮かれてたもので……」
一瞬、少女は気色ばむが、すぐに取り繕った表情を張り付けるとへこへこと頭を下げてくる。
理由までは知る由もないが、恐らく慣れているのだろう。思ってもない言い訳を並べる様は記憶の隅を擽る。
その態度どうにも気に入らず、熱を帯びた頭は溜飲を下げようと働かんとする。
「……舐め腐った態度しやがって。どうせ―――」
「太好听的吧!」
が、少々傲慢なソレを天は許さなかったのか。
「え? なに!?」
「你唱歌真的好好听啊、简直就是天籁……我刚才听到你唱歌了!」
「ちゅ、中国語……!?」
少女へと助け舟を渡すように、聞き慣れぬ言語が割って入る。
声の主もまた少女であり、身を包む一様の制服は両者が同じ学校に属するものであると物語っていた。
「我们以后一起唱歌好不好? 一起唱! 一起做学园偶像!」
「顔が近い~!」
だが当人達に面識がある様子はなく、助け舟に思われたこの事態も更なる災難の到来に過ぎなかったか。
次の瞬間、己が標的として定めていたはずの彼女は一目散に逃げ出しては雑踏の中へと姿を消してゆく。
「怖い怖い~!」
「待ってくだサーイ!」
歌声を伴って訪れた災難は、それ以上の騒々しさを以って過ぎ去ってゆく。
さながら嵐のような少女達が走り去ってゆくのを遠目に眺めながら、文字通り置いてけぼりとされた身体で徒労の息をついた。
「………なんだったんだ」
やはり東京は理解できない。あんなのが蔓延る街などそれはもう魔境だろう。
などと零す愚痴は雑音の中に消えてゆく。煮え切らぬ不快感を抱えたまま、二の足は目的地へと向かう歩みを再開させた。
TPCと呼ばれる組織がある。
十数年ほど前だったか。当時の国連事務総長が設立した国際平和維持組織であり、その名の通り世界中の人々の生活を守ることを掲げている。平和維持を目的とした各国の軍事解体の推進に留まらず、近年では災害派遣などにも積極的に力を入れている。
よって、今回のような大規模な異常現象が起きた際にその対処を担うのもまたこの組織であり―――、
「…凄いですね。こんなものが……」
「ええ。これが今まで東京の地下で眠っていたなど考えられませんね……」
隊服を着込む人々や物々しい機械類が並ぶ中、調査員の一人と共に眼前の大穴を望む。
向斜上に地中深くへと伸びる洞窟。その入り口は目測で見るに60メートル以上はあるだろうか。メディアでの報道では何度も目にしたものだが、こうして間近で眺めるとまた違うものである。
「それで、内部構造はどんな感じです?」
「……それが、レーダーによる測定を行ったところ……数キロメートルに渡って空洞が続いているようです」
「数キロ……?」
調査法から鑑みるに事実なのだろうが、首都である東京の地下にそれほどまでの空間が存在するとは信じ難い。
だが同時に納得する。今回の調査、やけに事の進みが早いと思っていたがそう言うことらしい。もし万が一にも陥没でも起きれば東京の都市機能はおろか日本国自体に甚大な影響をきたし兼ねない。異様なまでに早い突入調査はそれを嫌ったTPCによるものだろう。
「…これ、何の影だ……」
手渡された解析データに目を通す中、楕円状の空間に点在する不自然なシルエットが目に付く。
「それなりに大きいですね……。内部で崩落した岩盤か何かでしょうか?」
「だとしたら既に崩落が始まっている可能性が……」
「……それにしては形が複雑すぎます。何かの人工物じゃないでしょうか」
データを見た作業員達が思い思いに憶測を交わす中、己の中に生まれた違和感を言語化する。
単なる可能性の一つとして提示、されど一つの可能性だ。TPCとしても無視はできない者だろう。
「いやいやそんな馬鹿な……」
「こんな場所に、こんなサイズの人工物だなんて……小学生の妄想じゃあるまい」
などと考えていた自分が馬鹿だったと直後に悟る。
ああ、そうだ。この場に集められたのは優秀な科学者や研究者達。そこに渦巻くのは人類の進歩や安全ではなく、名声や実績と言った個々の欲望だ。
結果として生じるのは同調圧力や蹴落としと言った生存競争。己の主張こそが正しいと論ずる者達がそれを突き通すべく小競り合い、都合の悪い意見は論議に至る前に切り捨てられる。
ここに「人類のために」などと御大層な目標を掲げる者は殆どいないのだ。人類の安泰を謳うTPCにとってはこれ以上ない皮肉だろう。
「……冗談ですよ」
内心で舌を打った時、時間を告げる通達が鳴り響く。
「………」
調査チーム、その探索組である面々の準備が整い各々が所定の位置につく中、ただ一人防護服に身を包んだ者達に視線を注ぐ。
内の一人。最後に防護ヘルメットを被った青年の背は、バックパック越しにも輝いて思えた。
敗者に道はなく、また権利も存在しない。足搔く中で出した一つの答えだった。
夢も、目標も、才能や現実と言う壁が突きつける敗北の前には何の意味も持ちやしない。散々藻掻き苦しんだ先にあるのは途方もない徒労感だ。それは心に虚無を生む。
故に敗者はその虚無から逃れることは叶わず、永遠に後悔と劣等感を続けたまま生き続けるのだ。
何気なく立ち寄った喫茶店。軽食のセットとして出されたコーヒーを啜る。店主に引かれるほど角砂糖を入れたはずのそれはなおも苦々しく思えた。
「……何だよ」
店内で飼育されている猛禽類と視線が合う。コノハズクだろうか。向けられた丸い双眸すらも自分を嘲笑っているかのようで気分が悪かった。
結論から言うと調査は一時中断となった。
洞穴内へと踏み入った探索隊がいざレーダーが探知した空間へと差し掛かった途端に機器がエラーを起こし通信が取れなくなるという事態が発生した。
地上のサポート無しでの続行は危険だろうと、探索隊が現場の判断で引き返してきたことに加え、その後も機械の不調が続くため一部の者を残し、本日の調査は中止、と言う形になったのだった。
一応は機器類の復旧作業に名乗り出たものの、頓珍漢な推測を嘲笑われるだけに終わった。今頃はエリートを自称する者達が手柄を競っている頃だろう。
「……やっぱ来るんじゃなかったな」
ここに至るまでの経緯を思い起こしつつ、己の選択を呪った。
持論に従うのならば、最早自分に道など残されてはいないはずなのに。それでも踏み入ってしまった自らの残響が何よりも恨めしかった。
「……」
ふと昔を思い返してみる。十年以上前、まだ世の中の摂理になど微塵も触れていなかった頃だ。
人の役に立つ、皆を笑顔にする……今思えば反吐の出るような夢見事ばかりを並べていたものだ。
もしあの時に現実と言うものに触れていれば、何かを変えることは出来たのだろうか。そんな益体の無いことばかりが脳内を駆ける。
「スクールアイドルは誰だってなれマス!」
「アイドル!?」
「アンタが!?」
「うるさいなぁ! 話聞かないでよ!」
留まることなく深部へと沈んでゆく思考。店内に溢れた想像しさがそれを阻んだのは幸か不幸か。
店主も交えて繰り広げられるそれに興味を抱き視線を流してみれば、すぐに後者であることを悟った。
「かのんさんの歌は素晴らしいデス。朝出会った時、この人だぁって思いまシタ」
「私見たらわかるでしょ? アイドルって柄じゃないし……」
「そんなことありまセン! かのんさんはすっごく可愛いデス!」
「可愛い!?」
「お姉ちゃんが!?」
「もう! 聞かないでって言ってるでしょ!」
騒ぎの中心にあるのは同じ制服に身を包んだ二人の少女。
揺れる髪色に記憶が警鐘を鳴らす。彼女達が今朝の少女達であると理解した途端、頭は無意識のうちに身体を縮こませていた。
会話から察するに長髪の少女とここの店主は親子関係。間や巡り合わせの悪さは自覚しているつもりだったが……ここまで来ると辟易するものだ。
「…お友達ができたのはよかったけど、静かにね。お客さんもいるんだから」
「いや、お母さんだってうるさかったじゃん!」
「騒がしてくてごめんなさいね。ご注文のトーストセットお待たせしました~」
「無視しないでよ……って……!」
とにかく面倒事になるのは目に見えている。ここは早急に立ち去るのが吉だろう。
そんな考えの元そそくさと退店の準備を整えるが、次の瞬間に運ばれてくる注文の品。
「あ……」
配膳してきたのはここの店主。つまり不満気に母親へ注がれていた彼女の意識も当然、こちらへと流れてくる訳で。
意図せず互いの視線がかち合った途端、凍り付くような空気が彼女の背中に走るのがわかった。
「あら、こっちもお知り合い?」
「あ、いや、えっと……そのぉ……」
娘が怪しげな一人客、それも男との面識があるのなら詮索するのが親心というものだろう。
だが遭遇した経緯が経緯。困ったように視線を泳がせる彼女が想像しているであろう通り、一連の件を話した後に訪れるのは確実な面倒事。それを忌避しているという点では同意だった。
だから早くこの店を去ろう。早急に退店しようと腰を上げるも、意地の悪い運命の神とやらは更なる刺客を寄越す。
「注文しといて手も付けずに帰るってのは褒められたことじゃないな」
「……ダイトか」
「よう、ケント。あぁすみません。僕にも彼と同じものを」
ダイトと呼ばれたソイツは慣れた笑みで注文を済ませた後、当たり前のように真正面の席へと腰を下ろす。その辺りは相変わらずだった。
「……なんでここにいる」
「おいおい忘れないでくれよ。僕も君と同じ調査チームだろ?」
「んなこと知ってる。……復旧作業はいいのかよ。お前、率先して残ってたじゃねぇか」
「もう終わったからここにいるんだよ。どうやら洞穴内で特殊な磁場が発生してたみたいで、それが僕等の通信機を媒介に届いてエラーを起こしてた。接続を切って再起動したら直ったよ」
「…お早いこった。自称エリート共もカタ無しだな」
今回の調査もTPC直々に声が掛かったらしく、最前線である探索隊への抜擢のみならず知識、判断力、思考能力の問われる実質的な隊長格まで務めている。下の下で馬鹿にすらされている自分とはえらい違いだろう。
だがそんな勝ち組の彼はどうしてか自分を気に入っているらしく、卒業して以降も度々接触を図ってきては今に至る。今回の調査に参加することになったのも彼の薦めが故だ。
「それで聞いたぜケント。お前、洞穴内の影を人工物って言ったらしいな」
再来した不快感に眉を寄せた。
結局コイツもかと、落胆と失望を息に含むが、直後に続けられたのは予想とは真反対の言葉であり。
「―――流石だよ。やっぱりお前に声を掛けて正解だった」
「は…?」
抜けた声を漏らす。当たり前だろう。優秀な科学者達に笑われ否定された考えが一番優秀であろう者に肯定されたのだから。
ともかく説明を求めるように視線をやると、ダイトはそれに答える形で小振りのジュラルミンケースを開いた。
「お前にはこれが何に見える?」
姿を見せたのは青銅器……だろうか。蛍光灯の灯りを受けた鈍い光沢を持つそれは異質な雰囲気を醸している。
先端が二又に分かれた長物であるそれは音叉のようにも思えるが、それにしては大きい上に分岐部に存在する突起の存在が不可解だ。
「……なんかの呪物なのは間違いないんじゃないのか? 土偶とかそう言う類のやつだろ」
「ああ。僕もそう睨んでる。で、だケント」
一先ずの見解を述べればダイトもそれに同意する。運ばれてきたコーヒーを人啜りすると彼は続けた。
「…これがあの洞穴内で見つかったものだって言ったら、お前はどう思う」
「……本気で言ってんのか?」
「本気も何も僕が見つけたんだから真実だよ。……そして、極めつけはこれだ」
ジュラルミンケースに続き、卓上に置かれた物体。
ハンカチにくるまれたそれが姿を見せると共に、脳内回路はその正体を弾き出す。
「貨幣石か…? 確か日本じゃ九州とか小笠原でしか見つからねぇってアレだろ」
「ご名答。これもあの洞穴内で見つかったものだ……そこで」
「おいおいおい……流石にそれはねぇだろ」
ダイトから拝借したそれが本物であると確認すると共に首を捻った。
彼の優秀さは理解しているつもりだが、たった今唱えようとしていることばかりは理解が及ばない。
「わからないか? ケントならって思ったんだが」
「言いたいことはわかるが流石にあり得ないだろ。お前の提示してる情報が繋がらない」
貨幣石は有孔虫と呼ばれる原生生物の一種……現代においては化石として発掘される古生物だ。
人工物云々の発言を継いだことから恐らく貨幣石と同年代のものだと言いたいのだろうが、理性はそれを否と判断する。
「確かに貨幣石は示準化石の一種だが、いくら何でも年代に開きがありすぎる。古第三紀……漸新世だぞ。文明はおろか人間すら誕生してない」
「それを僕が知らないと思うか?」
「だったらなにを―――」
「言わなくてもわかるんだろ」
「……」
静寂が満ちる。気付けば女子高生達も騒ぎを止めこちらの話に聞き入っていた。
そんな店内を丸々巻き込んだ緊張感を打ち破るように、彼の言わんとしている言葉を紡ぐ。
「…現状確認できてる人類文明以前にも、文明があったって言いたいのか?」
百人の学者に話せば百人に笑われるであろう稚拙な説をダイトは至って真面目な表情で頷き、肯定する。
「決まった訳じゃないが、検証してみる価値はあると思う。明日の調査再開と共に一つの仮説として提議するつもりだ」
「ガチじゃねぇか……。子供の妄想だって笑われるだけだぞ」
「そこは押し通すさ。……それで、なんだが」
自虐も含んだ笑いに対し、なおも彼は表情を崩さずに真っ直ぐと顔を向けてくる。
そして数拍の間の後、ダイトは切り出した。
「……探索隊にケントにも加わって欲しい」
「……」
ある程度の推測が付いていたそれに無言で返す。沈黙は答えだ。恐らくそれはダイトもわかっている。
だからこの後に続いた言葉は、こちらの意志を理解した上のものだろう。
「能力に関しては言うまでもないが、根本的にお前は利己的な連中とは違う。真に目の前の事実や結果と向き合える科学者だ。……そんなお前だからこそ力を借りたい」
他意がないのはわかっている。ダイトがあの中で誰よりも純粋な探求者であることも自分が一番知っている。助力の要請もそこからきているのも明白だ。
だが対等な関係ではない。無意識なのだろうが、言葉から滲むそれは反感を生む。
「……今回の調査チームは能力によってそれぞれ振り分けられてんだ。˝負け組˝の俺がお前のお慈悲でそこに立つのはルール違反だろ」
ルール違反な訳があるか。チャンスは平等ではない。どんな形であろうと、貪欲に手を伸ばさないことには何も変わりやしない……それなのに。
結局は余計な自尊心がそれを受け入れず、渇望していたはずの機会を拒んでしまう。
「……そっか。お前らしいと言えばそうなのかもな」
こちらの内にあるものを彼は見えていない。勝者はいつもそうだ。下々の心境など気付くことなく、己の驕りや慢心を優しさに置き換え押し付ける。
結果としてそれが更なる劣等感を生むことになっているとは露知らずに間違い続ける。だって彼等にとってはそれこそが正しさなのだから。
「けど僕も今回は譲りたくない。それも踏まえてもう一度、明日までに答えを聞かせて欲しい」
配膳されたトースト。その最後の一切れを飲み込むと共に会話は切り上げられる。
そこからは流れる時は早かった。再び作った笑みで店主に会釈しながら会計と謝罪を済ませたダイトは先立って退店する。
「……笑ってきた連中、見返してやろう」
去り際に、呪いのような一言を繰り返して。
「チッ……」
彼が去って暫くの後。硬直の解かれた身体はすっかり冷めたトーストをコーヒーで流し込み席を立つ。
何かを置き去りにしながら身体は進む。ついてくるものは皆同じ。置いて行きたいもの、捨ててしまいたいものばかり。そんな気がした。
「あの!」
既に陽は沈み切った街を街灯が照らしている。昼間の暖気も夜ともなれば太陽と共に過ぎ去っており、明るさに反した肌寒さが漂っていた。
その新鮮さに胸を弾ませる余裕もなく歩を進める折、真後ろから迫る駆け足が一つの声を連れて来る。
「…なに?」
「忘れ物……まだ間に合いそうだから届けてきてって、お母さんに……」
かのん。そう呼ばれていたこの少女とは本日三度目の対面か。
彼女の手に収まる携帯電話を視認し懐やポケットを弄るも街灯の代物に触れることはなかった。忘れ物と言う言葉は事実らしい。
「…そっか。悪い、ありがとな」
胸に蟠る違和が謝礼を述べさせ、彼女から携帯を受け取る。
こんな少女にすら懐疑的になってしまう自分が情けない。
「…あの、さっきの話って……」
「え?」
「ああすみません! お話、勝手に聞いちゃって!」
「いや…いいよ。悪いのはあんな場所で話した俺達だ。それで、どうかしたのか?」
手間を掛けさせた詫びに出来る範囲でいいなら答えてやる。それを態度で示すと、彼女は探り探りと言った様子で声を紡いだ。
「じゃあ、えっと……あの穴の調査をしてる人……なんですか?」
「そう。TPCって知ってるだろ? 21世紀にもなって世界平和を謳ってるお花畑な組織。最近だとあの穴の件でよく話題に上がってるよな……んで、俺はそれで召集された調査チームの一人」
「へえ……。じゃあ言い方変かもですけど、頭いいんですね」
「少なくともおたくら高校生よりはな。……あの面子の中で優秀かって言われたら自信ねーけど」
自虐混じりに引き笑いが漏れる。
今日会ったばかりの人間、しかも未来あるうら若き少女に何をとは自分でも思うが、殆ど初対面であるが故か、思いの外すんなりと心中を吐露できるものだ。
「でもさっき、誘われてましたよね? 力を借りたいって。折角、才能を認めてもらえてるのに……なんで断ったんですか?」
しかし彼女の場合、想像する女子高生の形とは少し異なるようで。
その問いの矛先はこちらではない気がした。彼女が彼女自身に突き立てるような、自問の切っ先。
「…それ言ったらそっちもだろ。スクールアイドル…?とかいうの。歌が素晴らしいとか、お友達からそれはもう熱心に誘われてたじゃんかよ」
「…私は、そんなキャラじゃないし……そもそも、才能ないので」
「俺にあんなこと言っといてそれはズルいんじゃねーの?」
「それは……」
「あの娘が誘ってきたのもそうだろ。アンタの歌がいいと思ったからああやって声掛けてきたんじゃねーのか。人に言うくらいなら、自分だって期待に―――」
言いかけて口を噤んだ。肌に触れた空気が地雷を踏んだと告げる。
「…すまん。ちょっと意地悪かったな」
「いえ……聞いたのは私なので」
沈黙が舞い降りた。冷たい沈黙だ。吹き抜ける夜風も冷ややかに街を駆ける。
闇空に浮かぶ月が彼女を照らしていた。光量の多い東京の街に差す月明かりは朧気だが、それでも見上げる心地は変わらない。
「……私、歌が好きだったんです」
風が止んだ折、ここではないどこか遠くを望むような目でかのんは零す。過去形で区切られた言葉に目を細めた。
歌うことが好きで、自分の歌で皆が笑ってくれるのが嬉しくて。擦れるような声で紡がれる一言一句は記憶の戸を叩く。
「でも私、いざって時になると声が出なくなって、失敗しちゃうんです。小学校の時の発表会も、合唱部の大会も……高校の受験も」
語るかのんと視線が重なる。同じ瞳がそこにあった。現実に鬱屈とし、己自身に辟易とした瞳だ。
その瞬間に理解した。
彼女もまた、こちら側の人間であると。
「歌は好きだけど、才能はないんだって。歌えない度に自分にガッカリするのが嫌で、もう歌はおしまいにするって決めたんです。だから、ちゃんと誰かに認められてる才能があるのにそれを投げ出しちゃうのが勿体なく思えて……ごめんなさい」
未練があるのは明らかだった。固く閉ざしたつもりの蓋からその本心は見え隠れしている。
彼女もまた敗者だ。持論に従うのならば、その先に道などない。
けれど本質までが同じである訳ではない。抱いたはずの信念を揺るがせる。
「…才能があるからって必ずしも何かを為さなきゃいけないなんて義務はねぇだろ」
「…ですよね」
「…逆もまた然りだ。別に歌えねぇからって歌っちゃいけない訳でもない」
我ながら何をしているのかわからなくなる。これまでも、これから先も深く関わることはないであろう少女に何を親身になっているのか。
妙な体験だった。知らないのに知っている。負け組同士の共感が故か、生まれつつある交情はまるで悠久の昔から互いを知り得ているような錯覚を感じさせる。
「…だからまあ、やりたいようにやりゃあいいんじゃねぇのか。大体あがり症なだけで才能ない訳じゃないだろ、聞いた感じ」
進んだ先に何があるのかなどわかりはしない。選んだ未来が必ずしも望んだ結果を齎す訳でないのは自分自身が一番知っているし、かのんも痛い程わかっているだろう。
それでも彼女が諦めるのにはまだ早い……そんな気がした。
「けど……」
「あーもうウジウジうざってぇな。あんまやさぐれてると俺みたいになるぞ」
理由はなんてことはない。ただの同族嫌悪だ。傷付くのが怖くて、失望するのが嫌で、燻っているものがあるのに何かと理由を付けて目を逸らそうとする。そんな彼女が他でもない自分自身を見ているようで腹が立つ。
だから一つ、悪い例を見せてやる。
「俺もその昔科学で皆を笑顔にしたいとか、そんな夢見事抜かしてた身でな。成長して、挫折して、変に賢くなったせいで達観して、拗らせた結果がこれだよ。……お前もこうなりたくなきゃ少しは前向くことだな」
突然の自虐に目を丸くするかのん。親しくない相手への自虐はウケないという教訓を刻みつつ踵を返した。
「……あとコーヒー、美味かった。また行くって伝えておいて」
「…ぇ、あ、はい。色々ありがとうございます……あと!」
会話の区切りとして最後に一言。果たす保証のない約束を背中越しに残すと、掛かったのは再び呼び止める声。
「…私、澁谷かのんっていいます。今朝のこと、ちゃんと謝れてなかったので……ごめんなさい」
「真坂ケント……今朝のは俺も大人げなかったよ。気にしなくていい」
ファーストネームしか知り得ていなかった互いのデータベースに苗字を補完し、そこで彼女とは別れた。
澁谷かのん。今日一日で深く印象を刻み込んでいった少女の事を道すがらに思い返してみる。彼女の紡いだ一言一句が悲痛で、渇望に溢れていて、繰り返すが過去の己を鏡映しに目の当たりにした気分だ。
ままならない現実や己に対するもどかしさは誰もが抱くものだ。故に人は自らに嘘をつく。所詮現実とはこんなものだと。世界が齎す結果はいつだって冷淡でつまらないものだと。多くの人間がそうやって言い訳を重ねている。
けど、本質はそうではない。
つまらないと感じるのは諦めたからだ。
辛いと感じるのはそれを後悔しているからだ。
あの少女に絡みついていたのは、そんな柵なのだろう。
「……」
同じ瞳をしていた。自らが抱いた所感を今一度反芻する。
「……アイツに感化されたみたいで癪だが」
つい先刻に届けられた携帯端末を操作し、一生こちらから掛けることはないと思っていた番号を呼び出し、耳元に押し当てた。
「……ダイト。さっきの話だが―――」
現状に鬱屈としているのは自分も同じ。
その感情は最早、誤魔化し切れるものではなくなっていた。
突然のトラブルから一夜明けた調査基地は前日に増した騒がしさに包まれていた。
理由は明白。天才と称される愛樹ダイトと肩を並べる一人の青年、前日まで探索隊に名を連ねてはいなかった男の存在だ。
「ケント……ありがとうな」
「別にお前に頼まれたからじゃねぇよ。だがまあ、予想通り顰蹙の嵐だなこりゃ」
「この後の僕達の発見で皆ひっくり返るさ」
加えダイトの唱えた現代の地質学からは逸脱した論説も物議を醸している。タイミングか重なったせいか、中には真坂ケントが愛樹ダイトをおかしくしたなどと言う根も葉もない噂を吹聴する者まで出る始末だ。本当にここに充満する空気には辟易する。
「機材に問題ありません。今日こそは大丈夫です」
「よし……行くぞ」
ダイトの声を号令に防護服を身に着けた探索チームが再度洞穴の中へと踏み入ってゆく。
実際にこの目で確かめる内部は想像通りと言うべきか。だだっ広い空間がただただ奥へと続いている。
「昨日のポイントだな……機材の調子は?」
「問題ない。常に交信できないのは不便だが通信機の電源は切って正解だったな」
数十分程進むと昨日機材の異変を引き起こしたという磁場エリアへと到達する。ここから先は他の面々も未知の領域であるが故か、緊張感がより一層色濃くなるのを感じる。
「…おいおい。マジかよ……」
だがその緊迫感が崩れるのも間もなくだった。
進んだ先にあった光景は、少なからず一通りの人類史を頭に入れている自分達には信じ難いものだ。
「遺跡……?」
「いや、街、なのか……?」
倒壊など大きな損傷は目立つものの、それが人工物であるのは傍目でも明らかだろう。
メソポタミア文明やエジプト文明といった、現在確認されている古代文明の遺跡とは大きく異なる。建物が立ち並ぶような跡地はどう見ても
「詳しい調査がまだなので断定はできませんが……現代文明に匹敵、いや、それ以上なのでは……」
隊員の一人が零した言葉に疑念は漏れど、異を唱える声はなかった。
ここにいるのは選りすぐりの科学者達だ。それらを以てしてもこの跡地が何であるのかを断定できずにいる。
「お、おい……!」
衝撃はそれだけに留まらない。
更にもう一人が声を上げ、皆が一斉にそちらをライトで照らす。
「な……」
何らかの石像か、などと思ったのも束の間。
石像であることに間違いはない。ただそれは自分達の想像を遥かに超えるものだ。
幾筋の光が照らされ明らかになる、ゆうに数十メートルはあるであろうその全貌。
屈折する形であるもののハッキリと存在する四肢から伸びる手足、そして最後に照らされた頭部によって構成されたシルエットは正しく人型であり―――、
「巨人の…像……?」
お久しぶり……と言うほどでもありませんが今回もまたラブライブ×ウルトラシリーズとなります
短編ということもあり過去作とは少し雰囲気や作風も変えての連載となります。繰り返す形になりますがお楽しみいただければ幸いです
それでは次回で