Starlines ZERO ~星歌の引き金~   作:がじゃまる

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突然の帰還
1次が数件立て込んでいた影響で半年ほど2次創作から離れてましたが、これからボチボチ再開していくつもりです


つもりで終わるかもしれないというのは触れない方向で


【承】 やはり、澁谷かのんは歌えない

 

 

孤独な歌は、誰に届くでもなく響き続ける。

 

祝福の喝采、哀惜の慟哭、絶望の滂沱。その全てを内包し、そのどれにも値しない、滅びゆく者達への鎮魂歌。少女の奏でる音色は渇いた世界を包み込み、やがては少女自身も飲み込み、淡い光の中に消えた。

 

ただ一つその場に、物言わぬ巨人の像だけを残し―――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……!」

 

夢の中で世界が暗転すると同時に、意識は現実の層位へと引き戻される。

 

だが心はまだ夢の中に在りたいと願い、残された感覚を必死に手繰り寄せている。夢見心地などと言う言葉は到底当てはまらないものだが、それでも忘れてはならないという焦燥があった。

 

「夢が……変わってる……?」

 

いつ頃から見始めたのかすらも最早わからない。気付けば繰り返し夢の中に現れる、荒廃した世界の中で歌う少女。

その内容に変化があったのは、幼少から今に至るまでの経験で初めてのことだ。

 

しかも、覚醒の刹那にあったあの巨人は―――、

 

「ちょっと、お店で寝るのやめてくだ……え? なんで泣いてるんですか……?」

 

今度こそ真の意味で夢の中から引き戻される。視線を流せばドン引きを絵に描いたような顔がそこにあった。

ああそうだ。仕事の休憩時間にこの喫茶店へと足を運んだのだったか。状況から推察するに眠りこけていたらしい。

 

「だいぶお疲れみたいですけど……何かあったんですか?」

 

「……そうだな。三択だ。一、調査中にとんでもない結果が出たせいでその検証がクソ忙しい。二、それをどう公表したもんかと頭抱えてる。三、隣に入居してきた中国人のクソガキが毎晩毎晩うるさくて寝不足」

 

「……全部で」

 

……かのんサーン

 

「正解。褒美として追加のコーヒーを俺に配膳する権利をやる。砂糖多めだと嬉しい」

 

「注文は有難いですけど、とりあえずその涙拭いたらどうですか? 態度と絵面が真反対過ぎて気持ち悪いです」

 

可可はこっちデスよー

 

どのくらい居座ったかは知らないが、とりあえず追加の場所代の意味合いも込めて寝起きの脳の仰せのままに糖分を要求する。少々横柄な態度である自覚はあるが、対象であるかのんの態度も刺々しくあるため気にはしなかった。

 

「お母さーん。コーヒー追加だってー」

 

聞いてマスか~?

 

厨房の方に戻ってゆくかのんを見届け、一旦は指摘通りに涙を拭く。夢の内容は変わったがこの現象の方に変わりはないらしい。

 

ともあれ先決はその夢についてだろう。所詮夢ではあるが、これまで同じ光景を流し続けていた中にここへきて変化が訪れたのには何か理由があるからだろう。

 

現時点で考えられるのは、やはり夢の中にあったあの巨人の姿だが―――、

 

「かのんサーン……。そんな怪しい人とではなく可可とお話を……!」

 

「……ついでにその怪しい奴ともお話しようぜチャイナ娘。この際毎晩毎晩興味もねぇ素人共の曲と奇声を爆音で垂れ流しやがってんのは目ぇ瞑ってやるから少し静かにしてろ。考え事の邪魔だ」

 

何度も思考や会話に入り込んでくる雑音がいよいよ我慢ならなくなり、その根源たる少女へ鏃を向けた。

自分としては注意喚起兼威嚇で留めたつもりではあったが、予想に反し彼女は憤怒を露わに噛みつき返してくる。

 

「あなた今サニーパッションの方々を素人などと馬鹿にしまシタね!? ちょっと表に出やがれデス!」

 

「会話も出来ねぇのかクソガキが。今咎めてんのはそのサニーなんちゃらじゃなくてお前の行動だ。民族差別すんぞ」

 

「何を―――」

 

「ああもう……お店で喧嘩しないで!」

 

直前の集中妨害は勿論のこと、悪びれもしない言動に癪に障り年甲斐もなく熱が入ってしまう。

慌てて飛び出てきたかのんに諫められる形になり格好がつかない。彼女にも指摘されたが、どうも疲れてるらしい。

 

「…糖分足りてないんじゃないですか? ほら、不足するとイライラするって言うし」

 

「直接的な関係はないって話だがな。……けどまあ糖分足りてないのは同意だ」

 

などと独り言ちながら運ばれたコーヒーを呷る。口に含んだ液体が異様に甘ったるいのは優しさなのか折檻なのか。

 

「可可ちゃんも、頭に来るのはわかるけど今のは八つ当たりみたいでよくないって。ちょっと落ち着こうよ」

 

「落ち着いてなんていられまセン! これは由々しき事態なのデスよ!」

 

補給される糖分が脳に染み渡っていくのを感じながら未だ憤慨の火を燃やす少女へと視線を流す。

銀色のショートヘアを携えた小柄な容姿は一見すれば子犬を思わせるような愛くるしいものなのかもしれないが、如何せん直前の言動がその印象を阻害する。

 

名は唐可可。かのん曰くスクールアイドルをやるために日本へと来た中国出身の少女であり、最悪なことに隣の部屋に入居した生ける厄災でもある。

 

「なんなんデスか葉月さんのあの物言いは! 結ヶ丘は音楽に力を入れる学校ではなかったのデスか!? それなのに相応しくないだのなんだのとあのコンチクショー……!」

 

「だから落ち着いてって! ……けどまあ、確かにちょっと変な感じだったよね。スクールアイドルにだけやたら厳しいというか」

 

彼女達の会話を聞き流していく内にご立腹の理由を悟る。なんでも同じ学校の生徒にスクールアイドルとしての活動を認めて貰えない、ということらしい。店の中であるが故に抑えているようだが、これにはかのんも思う部分があるように見える。

 

「可可はスクールアイドルをやるために日本へ来たというのに……これでは埒が開きまセン。かくなる上は……!」

 

「え…ちょ、可可ちゃん? 一体何を……?」

 

「退学届デス。スクールアイドルができないというのならあの学校に用はありまセン。さあ、かのんさんも一緒に!」

 

「いやしないしないしない! しないからね!?」

 

まあ自分には関係ないと改めて夢について思考を纏めようとするが、機関銃が如し勢いで羅列される会話の内容が脳内で跳弾し続け一向に考察が進まない。

 

流石にこれでは埒が明かないと適当に携帯で検索を掛け、適当な記事を弾き出しては腰を上げた。

 

「話を整理すると……ようは結果を出せばいい訳だ」

 

会話に割り込む形で二人の間にとあるサイトを表示した携帯端末を滑り込ませる。

このままこの中国人に騒ぎ続けられては今後ともに支障をきたし兼ねない。自分の意思が介入する手前少々不本意ではあるが、ここは大人の力で解の一つを示してやるとする。

 

「なんデスかいきなり……。えっと、˝代々木スクールアイドルフェス˝……?」

 

「そう。今調べたから詳しくは知らないが、規模はそこそこ大きいイベントらしいぞ」

 

「…で、それが……?」

 

「その葉月?って奴の話を要約すると、ノウハウのあれこれで他の音楽活動に比べて成功の見込みが薄く汚点となる可能性のあるスクールアイドルは学校に相応しくないってことだ。だったらこのイベントで優勝してその実績を叩きつけてやりゃあいい」

 

可可がふんふんと鼻を鳴らす鼻を鳴らす反面、一転して静かになったかのんの顔を覗く。わかってはいたがその目には影が差していた。

 

当たり前だった。このイベントで優勝したという実績を提示するためには、このイベントで˝歌い˝、˝結果˝を出すことが求められる。

 

先日の晩に彼女が打ち明けたように、かのんは過去幾度となく結果を求められる場面で歌うことができずに失敗をしている。

 

可可の働きかけもあってか歌への気持ち自体は取り戻せたようだが、やはり禍根までは完全に拭い去れないらしい。眼前の光景へと向けられているようでもっと別な場所を見ている。そんな瞳があった。

 

「ま、どうするかはお前等次第だがな。参考の一つとして頭に入れてくれりゃそれでいい。邪魔したな」

 

「? 帰るんデスか?」

 

「糖分補給っつー目的は達成できたからな。仕事の方はまだたんまり残ってんだよ」

 

「そっちも大変そうですね……頑張ってください。ご来店ありがとうございました」

 

「おう。そっちもまあ、程々に頑張りやがれ」

 

一旦は自分も仕事に戻るべきかと判断し、軽く手を振り店を後にする。

少し長居し過ぎたか、一目した腕時計の針は想定よりも多くの時間を刻んでいた。

 

「……結果ねぇ」

 

深く息を吸った。供給された新鮮な酸素は、直前の発言に冷ややかな雑音を差し込む。

 

「……そう簡単に出せるもんなら、俺もお前もこうなっちゃいねぇよな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さってと」

 

糖分こそ補給はしたが気分を一新するまでには至らない。鬱屈としたものを抱えたまま昨日に増して騒々しい人波の中に再度身を投げる。

 

この場所に巣くう空気感が性に合わないのもあるが、何よりも周囲から注がれる視線が煩わしい。

先日の嘲りを込めたものではない。一研究者として真坂ケントを見る視線だ。正直心地悪さで言えばこれまでの比ではなかった。

 

それもこれも、愛樹ダイトが公表した一つの学説の影響だ。

 

「……3000万年前ね」

 

先日あの喫茶店で彼に宣言された通り、発掘調査の成果を基にダイトの唱えた学説はここに集結した殆どの人間に多大な衝撃を与えた。

 

大規模な古代遺跡、現代に匹敵する技術の痕跡、そして巨人像。それらが現代科学によって塗り固められた彼等の˝常識˝を打ち壊すのは十分すぎたのだ。

 

勿論全員が全員鵜呑みにした訳ではない。数名の学者は稀代の天才の足元を掬おうとより精密な測定を行ったが、それはダイトの説をより確固たるものにするという皮肉な結末に終わる。

 

結果として調査報告から三日も経った頃にはもう、誰もダイトの学説に反論出来ない状況が出来上がっていた。

 

 

 

 

「ダイ―――、」

 

「おお、やっと戻ってきたかケント!」

 

勇み足で帰巣したデスク。

冷やかしにでもとダイトへ向けようとしていた言葉は、逆に詰め寄ってきた彼の勢いに押し戻されてしまう。

 

「これを見てくれ」

 

押し切られるままにデスクトップの前に着席。手早くそれらを操作したダイトの手によりとある映像が再生される。

 

一件は先日の洞窟探索と思しき光景が続いていたが、明らかに日本語ではない音声と共に切り替わった画面が映し出したものは驚愕を誘った。

 

「巨人像……? けどこれ俺等が見たのとは……」

 

そこにあったのは巨人の像。だがここ東京の地下にて自分達が発見したそれとは異なるものだ。

 

「……先日、アラスカ州でも東京と同じように突如として大穴が空いた。これはその中に突入した調査部隊の記録映像だそうだ」

 

付け加えられた情報と共に映像の中の巨人像を凝視してみる。

 

これらに性別があるのかは定かではないが、こちら側が男性的であったとするなら、この映像の中にある巨人像は女性的であるというべきか。その体躯を覗き殆どの点で件の巨人像とは異なっている。

 

「それだけじゃない。メルボルンやユカタン半島でも殆ど同じタイミングで大穴が空き……同様に巨人像が発見されている」

 

「……ユカタン半島っつーとアレだよな、1億2500万年前だったかに恐竜を絶滅させた隕石が落ちてきたっての」

 

「関係は殆どないとみてよさそうだけどな。なにせこれらの年代も約3000万年前のものらしい」

 

続けて液晶に映し出される太平洋を中心とした世界地図。該当する地域を指し示す位置に表示されたのもまた別の巨人像だ。

 

形状こそ違うが同属のものであることに間違いはないだろう。だとするならば―――、

 

「しかもだ、ケント。この三体の巨人像からはどれからも……細胞の痕跡が見つかったそうだ」

 

「それって……」

 

「ああ。お前の検証結果は正しかったことになるな」

 

浮かび上がった仮説は口に出すよりも早くダイトによって肯定される。

 

遺跡内の巨人像から採取された成分の解析。それが自分に課せられた仕事だった。

 

成分や経年の観測によるより正確な年代の算出。そんな目的を掲げた調査だったが、結果として齎されたのは巨人の像を構成するのが˝細胞組織˝によるものと言う、にわかには信じ難いもの。

 

結果が結果であったため公表するのは躊躇っていたが……複数の機関で同様の結果が出たとなればもう疑う隙も無いだろう。

 

「この巨人達は生物……それも3000万年前の、だ」

 

提示された結果はまたも既存の常識を打ち崩すものだった。

だがそこで終わらせてはいけないのが科学者と言う生業だ。一つの結論が出たならば、新たに顔を見せた次の検証へと向かう。

 

「……そうなると、巨人の傍らに広がっていた文明跡が不可解だな」

 

「確かに巨人達の文明として考えるにはサイズに差がありすぎるが……普通に当時の知的生命体が築いたものとして考えるのはダメか?」

 

「妥当に考えるならそうなんだろうがな……遺物から推測するにあの文明の主は今の人類とそう差のない体躯のハズだ。それがあの50メートルはある巨人達と共存出来てたと思うか?」

 

「それはまあ……そうだな」

 

状況を現代に置き換え、巨人を人類側、当時の知的生命体をその他の生物として考えてみれば妥当だろう。繁栄を得た支配者が存在すればそれ以外は必然的に追いやられる。文明を築くなど以ての外だ。

 

「まあ、当時の文明レベルがどの程度まで発達してたかはわからねぇから何とも言えねぇが、仮にあの巨人達と共存できる水準にまで文明や技術力が到達していたとしたら引っ掛かる部分が別にある」

 

「……それほど発達した技術を持ちながら何故滅んだのか、か」

 

手早く紡ごうとした意図を組んだダイトに首肯する。

 

この文明が存在した3000万年前から、人類が誕生する30万年前までの間に文明の存在を匂わせる発見はない。それはゼロから文明を築いた先人達の歴史が物語っている。

 

即ち、3000万年前にその文明を無に帰す()()が起こったという訳だ。

 

「……要因として考えられるのは三つほどか」

 

不要な用紙の裏面にダイトがペンを走らせる。

書かれた文字列は、氷期の到来や隕石の衝突による環境変動、発展した文明による環境破壊、そして戦争による滅亡の三つ。

 

「……正直二つは決め手に欠けはするがな。発展した文明が気候変動程度で簡単に滅ぶとは考えにくいし、それに当時に急激な気候変動があった跡は見つかっていない」

 

「最後も薄いだろ。漸新世なんてむしろ哺乳類が劇的に進化した時代だ。そんな時期に戦争おっぱじめてたら、進化するもんも出来ねぇ」

 

「それに文明の発展が局所的なものだった可能性もあるが……こればっかりは調査が進まない以上何も言えないか」

 

議論が止まる。ある程度の憶測はついたものの、やはり情報量が少ないことには話が進まない。

ならばダイトがしたように、自分も一度既定の枠から外れてみるか。そんな発想と共に浮かんだ予想を一つ。

 

「……巨人に滅ぼされたって可能性はどうだ」

 

「……あの巨人達が侵略者だってことか?」

 

「そ。宇宙から来たな」

 

宇宙人の侵略などSF染みた妄想と捉えられるかもしれないが、別にあり得ない話ではない。

 

要はまた置き換えだ。この日本でも外国から来た生物が在来の生物を駆逐していることなどよくあること。その規模を宇宙と地球に置き換えてみればいい。

 

「現に巨人像から採取された細胞片は現生の地球生物からはかけ離れたろ? だったら巨人達は地球外の知的生命体で、当時の地球に降り立った外来種的な存在だって線も―――、」

 

滑らかに論説を進めるが、その寸で思い出したように口を噤む。

馬鹿らしい。奥底でブレーキのかかる音が聞こえる気がした。

 

「……や、何でもない。流石にねぇわな、忘れてくれ」

 

再度馬鹿らしいと反芻しながら語気を窄めてゆく。

数日前に見た他の研究者達の薄ら笑いが並ぶ光景が蘇った。どうせまた笑われるのがオチだ。

 

「ケント」

 

現にこれだ。目の前には呆れを含んだ溜め息がある。

次に向けられるのはどんな言葉だろうか。自棄気味にそんな予想を巡らせていると、すぐに答えは出された。

 

「それ、お前の悪い癖だぞ。失敗や批判を嫌って、すぐに自分の考えを引っ込めるの」

 

「は……?」

 

だが批判は批判でも思い描いたものとは違った質のもので。

尖った刀よりも、それを鞘に納めた本人の意思を非難するようにダイトは続けた。

 

「巨人像から細胞片を発見した時も……いや、学生の時からずっとそうだ。先生も認めてたくらいの発想力やアイデアがあるのに、ロクに考えもしない奴等の否定を鵜呑みにして突き通そうとしない。……お前は自分を負け組だなんだの言うけど、それはお前自身の姿勢が問題だと俺は思うぞ」

 

視線が重なる。淀みなく、真理だけを見通す目だ。

 

「……違うか?」

 

同意を求められる眼に対する返答は沈黙だった。

反論の言葉を探すがすぐに無意味を悟る。ああそうだ。彼の言葉はいつだって正しい。この心中に蟠るものなど歯牙にもかけず、容易く吹いて飛ばすほどに。

 

だから最終的に残るのは、圧倒的な正しさのみだ。

 

「……ああ、そうだよ。お前の言う通りだ」

 

握りしめていた最後のピースが手放され、地に落ちる音がした。

 

実際、ダイトの言うことは正しい。真坂ケント自身が見えていない真坂ケントが、彼には見えている。だがそれが故に()()()()()()

 

「この際反論はナシだ。認めるさ。認めた上で、お前は俺に何を求める」

 

「……繰り返しにはなるが、僕はお前の能力を認めてる。だから今回声を掛けたんだ。……そんなケントだからこそ、ここで足踏みして欲しくない」

 

「つまりなんだ」

 

「公表しよう。この前の僕みたく。ケントの出した調査研究結果と、それらに対する推察を。僕に任せてくれ」

 

贅沢な我儘なのはわかっている。けれど、これはこれまで己を保つために貫いてきた矜持でもあった。それはたった今掻き消えようとしている。

 

暗雲の覆う世界へ光が差すと同時に、何かが崩れ落ちてゆく音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

行く当てもなく、ただ東京の街を歩いてみる。

相も変わらずこの街は冷ややかだった。通行量や飛び交う声量に反し、個が他に向ける関心は殆ど存在せず、人々はそれを当たり前として受容している。

 

それは決して悪ではない。むしろ多数が群れとして混在する昨今においては最適とも言える。初めてこの空気に触れた際はそれを好ましく思っていたものだ。

 

だが今この時に限っては、その冷たさの中に身を置く心地が悪かった。

 

「千砂都サンもスクールアイドルに興味があるんじゃないんデスか?」

 

久々の休暇を何かするでもなく潰してしまった。そんな虚無感すらも携えて根城へと舞い戻った身体は、見知った声を感知する。

 

何やら話し込んでいる。階段を登る足を止め、その会話が終わるまでの間聞き耳を立て伺った。

 

「―――千砂都サンが加入してくれたら、かのんサン、凄く喜ぶと思って」

 

「…ありがとう」

 

勧誘と思しき説得は失敗に終わったのか、階段を下ってきた白髪の少女と軽く会釈を交わす。

再度踏板を登った先の踊り場で目が合ったのは、やはり件のお隣さんであった。

 

「……学校のお友達か何か?」

 

「ハイ……。可可達のスクールアイドル活動の、お手伝いをしてくださってマス」

 

「のわりには随分と浮かねぇ顔だが」

 

「そこに触れるのは無粋というものではないのデスか?」

 

「……それもそうか」

 

相も変わらぬ棘を含んだ態度ではあるが、先日からのそれに比べると威勢は削がれていた。

自分が勧めたフェスに出場するという話は喫茶店に寄った際耳にしてはいる。時系列的に恐らくはそれだろう。

 

「…無粋ついでに一ついいか? お前、わざわざ母国からスクールアイドルやりにこっちまで来たって話だったが、なんでスクールアイドルだったんだ?」

 

「何故あなたにそれを話す必要があるのデスか?」

 

「ただ単純に気になっただけだ。別に答えたくなきゃ答えんでいい」

 

「まあ、フェスのことを教えてくださったこともあるので、話してあげないこともありまセンが……」

 

めんどくせぇ奴だ、などと小言を挟みつつ、内心でその答えを希求する。

 

「別に、大した話ではありまセン。周りに言われてずっと勉強ばかりで、きっとこれでいいんだな、正しいんだなって考えてた可可に、やりたいことをやりたいと思わせてくれたのが、ある日見たスクールアイドルの動画だったというだけの話デス」

 

「それで自分もなりたくて日本にってか。感動的なこった」

 

「……馬鹿にしているのデスか?」

 

「まっさか。むしろその行動力と度胸は称賛したいくらいだよ」

 

到底自分には出来そうな真似ではないから。喉まで出かかったそれを飲み込み、視界に映った更なる人物にバトンを渡す形で次の句を継いだ。

 

「現に、おたくの相棒さんも感激のご様子だしな」

 

「かのんサン……?」

 

玄関扉を開け、顔を出したのはやはり澁谷かのん。作る表情の色は、これまで自分が見知ってきた中で最も暗い。

 

「……ごめんね、可可ちゃん。私のせいで」

 

「……そんなことないデス。かのんサンは、頑張ってくれてマス」

 

「頑張るだけじゃダメなんだよ……歌えなきゃ……」

 

可可に咎められた手前で邪推をするのは気が引けるが、その理由は容易に想像ができてしまう。

 

「私……やっぱりダメだよ。このままじゃ一位なんて取れない……可可ちゃんの夢がここで終わっちゃう」

 

かのんを飲み込む靄の正体は火を見るよりも明らかだった。

失敗できない、しちゃいけない。そんな脅迫にも近い念が、彼女が自らに科す枷を増長させている。

 

「……悪いな、余計な真似しちまって」

 

「真坂さんは悪くないです。むしろ、私達を想ってフェスのことを進めてくれたのに……」

 

連ねる語気こそ穏やかだが、表層下に隠れるものはそんなものではない。

 

やはり同じ色だった。微かに揺れる眼に自らを投影してしまう。

周囲の期待、これまで積み重ねてきた道……そして自分自身の˝好き˝を裏切った己に対する、己への失望。

 

「……私のせいです」

 

短く零されたのは、全てを決定づけてしまう言葉。

 

「私が歌えないから、全部ダメにしちゃう。今回だってそう……ちぃちゃんや真坂さんみたく協力してくれた人達も、可可ちゃんの夢も」

 

吐き出す声は、徐々に、抱えた感情を飲み込んで肥大化してゆく。

彼女の本心をも覆い隠すように、その小さな身体に収まり切らないほどに、膨れ上がって。

 

「やっぱり私ダメだよ、可可ちゃん。足手纏いにしかならないってわかってるのに、可可ちゃんの夢を手伝うなんて出来ない……ごめん」

 

最後にそう区切り、かのんは自らの足で階段を下る。それは先に臨んでいたステージから降りることと同義だった。

 

そしてこれは逃げだ。可可の夢を盾とした、他でもない澁谷かのん自身からの逃げ。

 

けれど彼女を咎める術も道理も、ここにいる者は持ち合わせていない。故に、その先は暗闇だ。願っても、足搔いても、求めた光を得ることを許されない、自分と同じ世界。

 

「だったら猶更、可可はかのんサンとスクールアイドルがやりたいデス」

 

だからこの場においても引き留めてくれる友がいたのは、彼女にとって幸せなことだろう。

 

「なんで……? 歌えない私がいたら、可可ちゃんの夢が……」

 

「……フェスの舞台は、なにも可可の夢のためだけのステージじゃありまセンよ。かのんサン自身の為でもあるって、可可は思ってマス」

 

視線をかのんの双眸へと固定したまま、彼女の傍らにまで降り立った可可は静かに語る。

 

「無理に歌おうとする必要はありまセン。かのんサンはステージに立っていてくれるだけでも構いまセンから……その間は可可が歌って支えマス」

 

「なんで……なんでそんなに……」

 

「可可は初めてかのんサンの歌を聞いた時、初めてスクールアイドルに出会った時と同じくらいワクワクしまシタ。そんなかのんサンだからこそ、諦めて欲しくないデス」

 

真坂ケントと澁谷かのん。繰り返すが自分達は恐らく同族だ。儘ならぬ現実に嫌悪し、世界に鬱屈とし、自分自身に辟易する。歩みを止めた敗者だ。

 

その両者に決定的な違いがあるとするならば、それは―――、

 

「……かのんサンが可可の夢を応援してくれたみたいに、可可にもかのんサンさんのこと、応援させてくだサイ!」

 

彼女には、上から引っ張り上げるのではなく、同じ場所で重荷を共に背負ってくれる友がいた。きっと、その一点だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……いい友達持ったな、お前」

 

自室へと戻り、窓枠から見下ろす街並みを進むかのんに零す。

瞳の端にうっすらと浮かぶ赤は涙の跡だ。けれどそれがこれまで彼女に纏わりついていたものでないのは知っている。

 

歌えるのだろうか。可可の言葉を受けステージに立つことを決意した彼女の姿を想起しながら独り思い……即座に考えを止める。最早そんな杞憂に意味はないと頭は理解していた。

 

「同じステージに、か……」

 

別に自らの友人が悪い訳ではないと心中で繰り返しつつ、尚も思う。

 

「……俺もあんな風に言ってくれる奴がいたら、お前みたくなれたのかね」

 

静かに夜が深まってゆく。

ふと見上げた空に浮かぶ月はいつになく遠く、眩しく見えた。

 

 

 




約半年開いたせいで少々予定とは異なるものになってしまいましたが、4話完結の構想に影響はなさそうです

虹の2期が始まるまでには終わらせたい所存……

それでは次回で
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