Starlines ZERO ~星歌の引き金~ 作:がじゃまる
世界は音に満ちていた。
日常の崩れる音。理想が潰える音。命の消える音。そのどれもは、世界に終焉を告げるものだ。誰もがそれを理解している。
だから尚も立ち上がろうとする者はきっと……最期まで、自らで在り続けようとする者だ。
眩い閃光が視界を覆った直後、広がったのは倒壊した街並みを見下ろす構図だった。
高い。真っ先に尋常ではない場所に目線があることに意識が向く。浮いているのかと錯覚するが、二の足には確かに地を踏む感覚があった。
手足を動かして自らの肉体を確認した。形状こそ慣れ親しんだそれあるが、その他が明らかに異なる。体色や各部位の装甲に始まり、胸に灯った蒼い輝きに終わる変化は人間の域を超えていた。
遅れて確信した……自分は、あの巨人に˝成った˝のだと。
『トリガー……?』
巨人としての身体を覆う光が晴れた頃、自身に向けられた声が耳朶に触れた。
声の主もまた巨人だった。色彩等々変化はあるが、身体的特徴は映像の中にあった巨人像のものと一致する。
『何だい……その姿は。どうしちまったんだいトリガー……!』
巨人は三体。内の一体―――女型と思しき金色の巨人が戦慄くようにその手を伸ばしてくる。
確か名はカルミラだったか。その背後の巨人はそれぞれヒュドラムとダーゴン。恐らく自らが成った巨人―――トリガーの記憶から来たものなのか、知り得ないはずの知識が頭の中には既にあった。
『その力……光じゃないか。どうしてアンタが光の力なんかを宿してるんだい……?』
学んだことはおろか、耳にしたことすらもない言語が理解できるのも恐らくその影響だろう。
状況はいまいち掴み切れないままだが、この巨人達に敵意がないのならそれでいい。とにかく今は―――、
『何とか言ったらどうだいトリガァーッ!!』
などと思ったのも束の間。突如激昂を上げたカルミラから向けられたのは光の鞭……それも明確な攻撃性を伴ったものだ。
『がッ……あ……?』
ならばこちらも反撃に転じなければなるまい。鞭を振るう腕を掴み上げ、そのままこちらに寄せては鳩尾に拳を沈める。
彼女の身体は想像以上に軽かった。あまり力を入れた訳ではないが、それでも宙に浮いた身体を後方の巨人達の元にまで運ぶ。
『ッ……! 血迷ったか!』
『カルミラの癇癪持ちに辟易とするのはわかりますが……流石に今のは頂けませんねぇ』
編劇を敵意と見なしたか、右腕より伸びる刀身を煌かせたヒュドラムが突貫を仕掛けてくる。
だがそれも
『ガハッ……!?』
戦闘が目的ではないがこの力は好都合だ。敵意があるのなら、このまま奴等を殲滅してから―――、
『何故だ!』
残りは一人。獲物を狙うように目線を向けた先でダーゴンが吠えた。
『何故我々を攻撃する! 我等は同じ志を持つ一族の同胞。互いに競い高め合う道理こそあれど、争い合う理由はない筈……違うか? 我が好敵手よ!』
ダーゴンの声に、再びトリガーとしての記憶を探ってみる。確かにそうだ。この巨人達は同じ一族。トリガーも前回の˝星歌˝時点では奴等と行動を共にしていた。
けれど……今は違う。
「…俺は俺の目的があって動いてる」
初めて声を発した。
やはり人間の身体とは発声の方法が異なるらしい。返答を紡ぐのに少し時間がかかってしまった。
「別に、邪魔立てしなけりゃこちらとて手は出さねぇよ」
繰り返すが、あまり猶予はない。これで退いてくれれば万々歳なのだが……そこまで聞き分けの良い連中ではないだろう。
『目的だと……我等が一族の悲願よりも優先すべきものがあると言うのか!』
「ああ、悪いけどな」
『裏切るってのかいトリガー!』
こちらの発音でも会話が通じたのは幸いだったが、案の定、交渉は決裂らしい。
語勢を荒げたカルミラからは並々ならぬ怒気を感じる。これは少々面倒なことになったか。
「……お前等がそう思うなら、そうなんだろうよ」
『馬鹿言うんじゃないよ…! 認めない……アタシは認めないよ!』
先程よりも籠る力と感情の増した光鞭が迫る。いくらこの肉体と言えど、直撃すればただでは済まないだろう。
『トォリガアァァァッッ!!!』
けれどその攻撃が届くことは、ない。
『ッッ―――!!』
『なッ……!』
せり上がる振動と共に大地の決壊を予見し、四体の巨人が同時に後退する。
直後に吹き上がったのは溶岩の奔流。それが何者かの攻撃であることは即座に全員が察知したことだった。
『どうやら奴等もユザレの居場所を感知したようですね……』
『勢力をこちらへ集中させてきた、という訳か……』
―――――
―――――
ヒュドラムとダーゴンの睨む先で更に溶岩が噴出され、隆起した大地から幾数もの巨獣が出現する。
―――――
加え空を蠢く怪鳥の群れを掻き分け、更なる巨体を有した鳥獣までもが大地へと降り立つ。
巨人の支配からは一変。瞬く間に巨獣達が闊歩する 世界は、正しく怪獣地獄と呼ぶに相応しいか。
『鴉で人間共を、この怪獣共で我々を、と言う魂胆のようだが……舐められたものだな!』
怪獣の群れは明確な敵としてこの場に在る。故に向けられるのは必然的な殺意だが、一括を入れたダーゴンの剛力はそれらもろとも突撃する巨体を薙ぎ払って見せる。
『彼奴等は我が引き受ける。お前達はエタニティコアを手に入れるのだ!』
次々と轟く殴打音と爆音はダーゴンが剛力闘士たる所以を物語っている。多勢に無勢ではあるが、それでも˝星歌˝の時間までは十分持つだろう。
あちらの陣営ではないがこれは都合がいい。ダーゴンの
『おっと、行かせませんよ』
踏み出そうとした足元に剣戟が刺さる。
咄嗟に飛びのき初撃は避けたものの、立て続けに第二刃、三刃と迫ってくる。
「邪魔すんなって……言ったよな!」
回避自体は不可能ではないがこれでは埒が明かない。ならばと多少のダメージは承知で突進。剣線と共に眼前の巨体を振り払った。
『裏切り者の邪魔をしない訳がないでしょう。貴方が一人なのに対し、私達は三人。ダーゴンと私で邪魔者の足止めをしている間にカルミラがエタニティコアを手に入れる……実にエクセレントな作戦だと思いませんか?』
「ガキでも思いつくような作戦でご満悦たぁテメェも変わってねぇな」
立ちはだかったのはヒュドラム。その言葉の通り、カルミラが目的を果たすまでの時間稼ぎ……ということらしい。
カルミラが向かった先は大体の推測が付く。恐らく目的とするものは同じだろう。
ただ一つ違うのは……その先の結末。
『貴方もその人を食ったような態度は変わりませんね……やっぱ気に入らねぇなァ!』
ヒュドラムが地を翔ける。速かった。返り討ちにできた初発とはまるで違う。これが奴の本気という事だ。
だが悲しきかな。その
『なァ……ッ!?』
ヒュドラムは他の巨人族と比べても異次元に俊敏だ。だがそれが故に単純なパワーが劣る。
それを補うべくヒュドラムは自分を捉えさせないほどの速度で動き、一方的に相手を刻みつける戦法を取るが……その対処法は至ってシンプルだ。
『貴方……何をして……!?』
敢えて深々と初発の斬撃を刻ませることですぐには差した刃を抜けなくする。そうすればパワーで劣るヒュドラムの拘束は容易い。
「肉を切らせて骨を断つってやつだ……覚えておけ」
まだ自由を保つ右腕を突き出し、放出した光弾で今度は奴の腹を抉る。
ゼロ距離からの遮断に奴が体勢を崩した刹那。ホールドした刃を手放し両腕を交差、解放と共に光の刃を生み出し、ヒュドラムの胴を掻っ捌いた。
『クソッ……ふざけんなよ……! こんなことで……!』
「……テメェもその大概な性格どうかにかしやがれ」
絶命までには至らないだろうが、それでも暫くはまともに動けないだろう。その時間があれば十分だ。
ヒュドラムが崩れるのを確認し、自らも向かうべき場所へ歩を進めた。その存在感故か、出現する怪獣の殆どがダーゴンへと群がっているのは幸いだった。これならばこれ以上の消耗は避けられる。
正直ダメージが大きい。理由は考えるまでもなく諸刃の剣もいいところだったあの戦法だが、早急にヒュドラムを倒す術があれしかなかったのもまた事実。過ぎたことをごちゃごちゃと言っていられない。
それよりも先のことだ。巨人達がこの場に集結していたのなら、恐らく彼女も―――、
「澁谷……!」
ほんの僅かに進んだ先、辛うじて原型を留めている公園広場の傍らに˝彼女˝の姿はあった。
容姿に変わりはない。だがそれ以外の全てが丸っきりの別物になっていることを感覚で理解した。
友人だったと思しき亡骸と血潮が転がる世界の中で、彼女は歌っていた。
曲であるのか、そもそもリズムを刻んでいるものであるのかすらも不透明な響き。されどそれは確かに˝歌˝として顕現している。
特に外傷の無い、チャイナ娘と呼んだ少女が倒れ伏し動かないのがその証拠だった。もう
「……待ってろ」
光を失った胡乱な瞳で歌い続ける彼女の傍ら、抉じ開けられた痕跡を残す円陣に目を落とした。
間違いなくカルミラが開いたものだろう。星歌を発動した巫女が自らと星の中心核を繋げる糸。これはその道へ侵入するための陣だ。
そしてそれが未だ開いたままということは……恐らく道の先で奴が待っている。
「……ヒーロー様のご登場まで律義に待ってくれるとはヴィランの鏡なこった」
飛び込んだ先にあったのは金色の光が満たす空間だった。
神殿のような装飾に祭られた祭壇の奥に構える光球こそが星の命―――エタニティコア。
『随分と早かったねぇ、トリガー』
その光の前で待ち構える影が一つ。やはりカルミラだった。
『アタシと会うために頑張ってくれたってのかい? 情熱的じゃないか』
「……そこをどけ」
『即答とは随分だねぇ。一応最後のチャンスにと待っていてあげたけれど……無駄な時間だったみたいだねぇッ!』
叩きつけられた光鞭の上げた音が最後の戦いのコングを鳴らした。
先に仕掛けたのはカルミラだった。数段と膂力を増した獲物が地面を抉りながら突き進む。
『どうして裏切ったんだいトリガー……どうしてアタシの元から離れようとする!』
一先ず回避を優先に動くが、不規則に動くそれは瞬く間にこちらの腕を絡めとって見せる。
カルミラはヒュドラムやダーゴンのような突出した能力がない代わりに、目立った弱点も存在しない。故に命運を分けるのは純粋な力量だ。
「……今の時代、束縛系の女なんざ流行らねぇぞ」
絡みつく蔦を光刃で切断し後退。牽制を飛ばしつつ反撃の期を伺うが、カルミラの猛攻はそれを許さないもの。
神速で振るわれる光の鞭は幾重にも軌跡を描き、その一つ一つが明確な殺意を孕んで進撃する。
『じゃあなんだい、アタシに飽きたってのかい?』
巨人の肉体で発揮されるパフォーマンスは人間のそれよりも遥かに高い。だがそれは同じ巨人と対峙した際には無意味に等しく、ましてこちらよりも力の扱いに長けた者が相手となれば猶更である。
『だからあの女を選んだってのかいッ!!』
回避パターンを見切った一撃が遂にこちらの芯を捉える。ゆうに数万トンはあるはずの巨体が後方へ弾け飛び、転倒と共に強烈な振動が地下空間を揺らした。
『そんなことアタシは許さないよトリガー……アンタが誰のモノなのか、はっきりさせてあげないとねぇ!』
馬乗りとなる形でこちらに覆い被さったカルミラの腕が頭部を掴む。
そして殴打。繰り返し殴打。掴み上げた頭を何度も、執拗に、顔面から地面に叩きつける。
『アンタが悪いんだよトリガー。アンタが裏切らなければ……アタシの元を離れようとしなければこうはならなかったんだよ』
胸に灯った光の色が青から赤へと変わり、点滅を始める。
限界が近い証拠だ。ヒュドラムとの交錯で負ったダメージが想定よりも深かった故か、肉体の消耗が想定よりも激しい。
『今ならまだ水に流してあげるさ……だから馬鹿な真似はやめて、アタシのところへ戻ってくるんだよ……ねぇ、トリガー』
救いの手が差し伸べられる。きっとこれが最後のチャンスだろう。直接の言葉にこそならないが、カルミラの語気はそれを示している。
「……別に、
けどそれが真の意味で救いを意味しないのを自分は知っている。
だからその手を払った。最後まで己としての願いを通す。そう誓ったから。
「けどな、アイツの意志は、アイツのモンじゃなきゃいけねぇんだよッ!」
貫いた信念。その叫びに呼応したのか。
伸ばした手に収まったのは、円環を宿した深紅の大剣。
『アァァッ……!?』
無理矢理に身体を捻り、横一文字に薙いだ剣がカルミラを刻む。
突如として飛来した武器の一撃には流石の彼女も対応しかねるか、直撃に近い形でそれを受けた身体は大きく真後ろへと仰け反る。
『…そうかい……そういうことかい…………トリガーに何かしたねユザレェッ!』
だがそれでも決め手には至らないのも流石の一言だった。
咄嗟に棒状の発行体に獲物を持ち変えると、それを軸にした回転運動で体勢を立て直し、既に追撃を掛ける姿勢へと入っていた想い人を向かいうつ。
『トリガーを……アタシのトリガーを返せぇぇッッ!!!』
「
衝突は一瞬だった。互いが互いの最大出力で殴り合いは妖艶戦士が吹き飛ぶ結果で終わる。
カルミラは女型だ。単純なパワーではヒュドラム同様こちらが上を行っていることもある。
だがそれ以上に―――気迫で勝った。
「これも俺の意志だ。ロクな自我もなかった俺がこの時初めて抱いた……いや、何千万年も前から思い続けた、俺自身の願いだ」
大剣を地面に突き立て、前へと突き出した両腕を交差。直後に水平を描きつつ広げることでエネルギーを増幅させる。
「だから…………ごめんな」
L字に組まれた腕から伸びた光の線が迸る。
留まることを知らない奔流はさながら主の意志を表すようで、次の瞬間には、カルミラの胴へと到達していた。
『アッ……トリガァァァァァッッ……!!!』
着弾と共に爆炎が上がり、カルミラが熱気の中に崩れ落ちる。
胸に生まれた痛みは確かなものだ。けれどもう振り返ることは出来ない。込み上げる感情を抑え込むように前へと進んだ。
(間に合えッ……!)
先の一撃で殆どの力を使い果たした身体は思うように動かない。
それでも進んだ。自分自身を貫くために、仲間への裏切りに意味を持たせるために。
(届……けェッ……!)
エタニティコアは星の命そのもの。そのエネルギーを世界の再生に回せば、これ以上の悲劇を生まずに済む……彼女が巫女の呪いから解き放たれる。
そんな妄想は――――儚くも打ち砕かれることとなった。
「…………は?」
伸ばした指先がコアへと触れた刹那、強烈な浮遊感と脱力感が全身を襲った。
間に合わなかったのか。はたまた邪神の勢力に先を越されたのか……雑多な想像が頭を過るが、その答えは直ぐに弾き出される。
エタニティコアが、地球の意志そのものが、
「なんでッ……だよ……!」
体内に侵入した病原体を抗体が駆逐するように、太陽に近づきすぎたイーカロスがその羽を奪われたように、コアの意志により弾かれた肉体が地表へと弾かれ、堕ちる。
阻む者は全て断たれた。故に、星歌は敢行される。
「これが……テメェの求めた結末だってのか……?」
胸の輝きすらも消え、ただ大地へとその身を投げ出した頃、地表を満たすのは命から湧き出た光だった。
「友情も、愛情も裏切った……持ってたもの、全部失って、本物の敗者に成り下がってまで、ここまで来たんだぞ……」
既に息絶えた者、まだ生を保つ者、その全てから抜き出た魂の灯りが最期に世界を照らす。
魂を導くのは歌だ。歌で誰かの笑顔を望んだはずの者が奏でる終焉曲は、誰もの笑顔を奪い、魂を地へと還す。
「なのにハナから俺にその資格がなかっただぁ……? ふざけんじゃねぇ……! ふざけんじゃねぇぞッ……!」
怨嗟の声を撒き散らすも、最早それが何の意味すらも為さないことを悟る。
士気すらも掻き消え空虚と化すその寸前、尚も身体を突き動かすのは、幾星霜を超えた願いだった。
「……か、のん……!」
光が抜け落ち、徐々に無機質な石くれへと変わってゆく肉体を引き摺りながら彼女の元を目指した。
身体が重い。足が動かない。けれどせめて、せめて一目一言、彼女に。
「悪い……
幾つもの顔が記憶の中を駆け巡る。笑った顔、怒った顔、全てが眩しくて愛おしい、何もなかった心を満たした小さな輝き。移ろい流れるそれらが
けれど初めて彼女の運命を知ったあの時に結んだ誓いは、どれだけの時が過ぎ去ろうと揺るがずそこにあった。
「……次もまた、俺が俺としてお前に逢えるかは……わかんねぇけどよ」
声が聞こえた。翳む視界に、焦がれ続けた彼女の姿が浮かぶ。
虚ろな瞳が自分を映すことはなかった。ただただ星の意志を乗せ、器と成り果てた少女は歌を奏で続ける。
「もしまた……その、次ってのがあるなら……」
きっと今の彼女にこの声が届くことはない。
だからせめて次に目覚めた時には、自分の姿がその隣に在ることを願って、また誓うんだ。
「今度は勝ちたいな……俺達……!」
少女は歌う。
抱いたはずの望みを見失い。
少女は歌う。
頬を伝う涙の意味すら忘れ。
崩壊する世界の中で、ただ一人。
物言わぬ巨人の石像だけが、静かにその様を見守り続けていた。
4話書き切るのに半年使いました(遅すぎ)。それでも読んでくださった方々、本当にありがとうございます。
一作品としてはここで区切りますがぶん投げもいいところなので物語として終わらせる気は(今のところ)ないです。
スパスタ2期後にまたお会いしましょう。