若きヴェルコズの悩み   作:ヴォイドの瞳

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第1話

 ヴェルコズは苦悩していた。最近、生体破壊光線のキレが悪い。撃っても気持ちよくなれない。時には撃てないことすらある。

 それも当然だ。ミッドレーンがアサシンメタになって3年近く経つ。メイジミッドに人権があるのはプロシーンだけであり、ソロキューのメイジとは中世ヨーロッパでアハト刑を宣告された人間、いわゆる「生ける死体」と同義である。MS上昇やシールドを付与するスキルが無いベタ足なら尚更である。最近の調整で、フィズという最大の天敵が弱体化したものの、ミッドレーンに跋扈するアサシン達と対面するとレーニングにおいて厳しい立場に立たされてしまう。辛いのはアサシンだけではない。昨年実装されたヨネやその弟ヤスオ、最近追加されたアクシャン、今のメタのトリンダメア。カウンターを挙げればキリが無い。近付かれると弱いベタ足メイジであるにもかかわらず、唯一の自衛スキルであるE-「地殻砕裂」は詠唱から発動までにラグがあるため、ルブランはW-「ディストーション」を再発動させアウト出来る。ヨネも同様である。ヴェル=コズのEは地点指定のスキルだが、アニメーションをよく見ると何かを地面に投げつけている=投射物扱いなのでヤスオのW-「風殺の壁」で射線を切られれば発動しない。

 ヴェル=コズメインのサブレディットではEを調整してくれという嘆きが散見されるが、一向に調整される気配は無い。ビクターやカシオペア、オリアナ、アジールなど華々しいメイジ達と違ってヴェル=コズはスキルキャップが低く、見た目も眼球に触手が3本生えた化け物であるがゆえに、R-18のイラストに登場することはあってもパッチノートには登場しない。ミッドレーナーとしては、もう死んだも同然なのだ。

 だがヴェルコズはヴェル=コズしか使えなかった。いわゆるワントリックポニーなのであった。ヴェルコズは自身の生育歴から人間嫌いに育ち、その性格が災いして人外の外見のチャンピオンしか使うことが出来ない。特に女性のチャンピオンはそうであった。スマブラでサムスをピックした友人を「こいつエロだぜ~w」と馬鹿にしていた時分から、人間的に一歩も成長できていないのである。それがたとえアサシンメタ、ベタ足メイジの氷河期であっても、ヴェルコズはヴェル=コズをピックし続けていた。それがヴェルコズにとって唯一のアイデンティティであり、精神的支柱であった。ヴェル=コズになれないのなら、何にもなりたくない。

 

 ならばヴェル=コズサポートをプレイすれば良いではないか。しかしそうは問屋が卸さない。ヴェルコズは典型的なLoLプレイヤーであり、サポートは他のロールから逃げた下手くそな小心者か、もしくは女性がプレイするロールであるという誤った固定観念を抱えていた。ヴェルコズは孤独な青春時代を送ってきた。ただの一度も恋人ができたことは無かった。女性に愛されたことは無かった。ヴェルコズの母親は彼を置いて家を出て行った。その経験が女性に対する憎しみをヴェルコズの心に植え付けていた。あまり上手くないエンチャンターサポートが味方に来ると、何の根拠も無いのに女性だと決めつけるような最低な人間であった。ヴェルコズは女性のことを度々女性器の名前で呼びすらした。

 実際はサポートは4人の鼻持ちならない赤ん坊のようなチームメイトを、特にレーンで隣に立つ最も手のかかる赤子の世話をしながら、他の赤子達が死なないように視界をコントロールをしたり、死にそうな赤子を救うためにロームしたり、オブジェクトファイトのセットアップをしたり、泣き喚く赤子の機嫌をとるために暴言を吐かれるロールである。サポートメインはヴェルコズよりも優れた人間性を待つプレイヤーがほとんどであり、男性のサポートメインも少なくない。だがヴェルコズはそんな事実からは目を背けた。

 

 ところで、実はOPGGのミッドの欄にはもはやヴェル=コズのアイコンは存在しない。ヌヌミッドやケネンミッドよりもピック率が低いのだ。OPGG曰く、S11においてヴェル=コズは純粋なメイジサポートである。しかしヴェルコズはヴェル=コズミッドをプレイし続ける。他のチャンピオンをピックすることはこれまでの自分のすべてを否定することであり、OTPという不治の病を抱える患者の悲しい宿命であった。彼はヴェル=コズの現状からも目を背け続けてきた。彼はOPGGを見るたび、ミッドから弾き出されたヴェル=コズと自分とを重ね合わせた。彼の頬を一筋のQ-「電離炸裂弾」がつたった。

 

 これまでヴェルコズは人生の様々な出来事から目を背け続けてきた。家庭という枠組みが崩壊したこと、父親のDVでアルコール依存症と双極性障害を発症し、やがて自殺した母親に何もしてあげられなかったこと、中学まで「末は博士か大臣か」なんて大層な事を言われるほど成績が良かったのに落ちこぼれてニッコマに進学したこと、ベンゾジアゼピンと咳止め薬の依存症であること、知人は結婚し娘も生まれたのに自分は就職すらままならないこと、人生に求めたほとんどの物事はもはや手に入らないこと、自身の現状を見つめ直さずに何をやろうとも本当の逃げ道にはならないこと、そしてそれでもなお、自殺する勇気が持てない臆病者であること。

 ヴェルコズはヴェル=コズとは対極的な存在だった。ヴェル=コズは"ウォッチャー"の最も優れた個体であり、世界のすべてを直視し、咀嚼する存在だ。ヴェルコズは数少ない友人と話すときですら伏し目がちで、自分の人生の全てを直視することができなかった。ただ一つの共通点は、虚ろな目(ヴォイドの瞳)をしていることだけである。

 

 その日だけでヴェルコズは100LPを失った。ヴェルコズは敗北する度にダメージグラフを開き、自分が一番ダメージを出していることを確認した。そうしないと正気ではいられなかった。ヴェル=コズは確定ダメージと豊富なAoEを持つので大した意味は無いのだが、彼はそんな事実からは目を背けた。だがその日のヴェルコズはいつもとは違った。今日だけ、次の試合だけはOPチャンピオンをピックしよう。チャンピオンパワーが高いチャンピオンなら、たとえ一度も使ったことが無かったとしてもそれなりに活躍できるはずだ。ミッドレーンに割り当てられた彼は、OPGGをしばらく眺めた後、ヤスオをロックインした。

 

 ヴェルコズは0/7/2を達成した。味方のチャットが目に映らないように、すぐさまロビーから退出した。味方からのフレンド申請が目に映らないように、すぐさまクライアントを落とした。彼は半泣きになりながらお気に入りのエロゲを起動し、1分も経たずに生体破壊光線を放ち、ふたたび0/7/2を達成した。数秒後、賢者タイムの彼は閃いた。賢者タイムが彼の知能を飛躍的に向上させ、IQは80後半に達していた。さっきの生体破壊光線はキレが良かった。俺はマゾの素質があるのかもしれない。彼は違法な手段でマゾ向けのポルノを蒐集し始めた。

 良い生体破壊光線が出るようになった。

 


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