ペルソナ3異聞録 -.future-   作:白鷺 葵

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0-2.巌戸台へ

2009.4/23

南条コンツェルン本社/ペルソナ研究部門の研究室

 

 

「巌戸台? ……随分急な話だな」

 

 

 至と瓜二つの顔をした青年――双子の弟・空本 (わたる)は、物珍しそうに振り返る。唯一彼が自分と違う部分があるとするなら、右耳だけにピアスがついていることだろう。

 

 航は大きなあくびをして椅子に腰かけた。目の下には黒いクマが刻まれている。髪はぼさぼさに乱れていた。

 ネームプレートの写真に写る青年と比較すると、明らかに顔色は悪い。

 

 

「相変わらず缶詰だな。今日で何徹目だ?」

 

「3徹」

 

 

 渡は目元をこすりつつ、椅子から立ち上がる。彼がおぼつかない足取りで目指した場所は、数メートル先の冷蔵庫であった。倒れこむようにして冷蔵庫のくぼみを掴み、勢いよく開く。

 冷蔵庫にはびっしりと栄養食品がしまい込まれていた。飲み物や固形食品、ゼリーやサプリメントが占領しているではないか。冷蔵庫のどこを見回しても、世間一般で言う「食べ物」や「食材」は1つも入っていない。

 至は思わず顔をしかめた。研究室が半ば渡の私室と化しているとはいえ、他の研究員たちも冷蔵庫に物をしまうはずだ。立派なキッチンだってあるから、料理を作るための材料だって必要なはずだ。

 

 にもかかわらず。

 冷蔵庫のどこを見回しても栄養食品しか見えなかった。

 

 渡は冷蔵庫から固形食品、ゼリー飲料、青汁を取り出し食事を開始する。彼は味の異なる固形食品を口に突っ込み、時折ゼリー飲料と青汁で飲み込んでいた。時計の秒針を見つめる様子からして、とにかく腹に詰め込もうと躍起になっているらしい。

 

 

(『栄養食品を食べてれば大丈夫』ってわけじゃないだろうに)

 

 

 しかも、奴が口に突っ込んでいる固形食品の味はチーズとサンザシ。ゼリー飲料の味はヨーグルト風ミックスベリーである。

 チーズ、サンザシ、ヨーグルト風ミックスベリー、青汁を混ぜたらどんな味がするのだろう。考えるだけで胃がもたれてきた。

 

 

「あそこは桐条グループのお膝元だろう。あちらでは独自に研究を行っていると聞いたが……」

 

 

 至が余計なことを考えている間に、渡はすべてを平らげていたようだ。口元をぬぐい、首を傾げる。

 

 

「そうだな。けど、その研究結果はすべて向こうが独占してる。協力体制しいてるにも関わらず、南条側に提示されるのはほぼわずかじゃねーか。こっちが向こうに提供した“黄昏の羽”と“月のかけら”の研究報告だって、なんか胡散臭いんだよな。書類に改ざんした形跡が見られる」

 

「ふむ、確かに」

 

 

 至は封筒から証拠を取り出し、渡に差し出す。

 恐ろしいスピードで書類を確認した渡も、訝しげに眉をひそめる。

 

 

「おまけに、桐条んトコの先代が『2つのオーパーツを全て引き取って調査したい』って申し込んできたのは、南条コンツェルンから“あのシステム”に関する技術漏えいが発覚した時期と一致してるんだぜ?」

 

「現在ではもう、その技術を再現することは不可能にしてやったはずなんだが……」

 

「桐条と南条の財力と科学力はほぼ互角だ。本気を出せば、再現してしまってもおかしくない」

 

 

 ソファに沈み込むように座った至は、沈痛なため息をついた。

 

 

「……俺、また、まずいこと言っちゃったのかな」

 

「お前ばかりが気に病む必要はないだろう。オレたちは共犯者なんだからな」

 

 

 渡は至と向かい合う形でソファに座り、ふっと微笑む。脳裏に浮かんだのは、自分や渡たちが乗り越えてきた戦いである。

 あの戦いに自分たちがまきこまれる原因を作ったのは至だった。仲間たちは至のことを庇ってくれるけれど、事実は事実だから仕方がない。

 事件を起こすに至った当事者として、始末はつけなければならないだろう。今回もまた、長い戦いになりそうだ。

 

 

「あ、メールだ」

 

 

 愛用の着信メロディが部屋中に鳴り響く。

 

 直後、

 

 

「うわぁぁあ! サトミタダシだー!」

「気を付けろ、洗脳されるぞ!」

「社長ー! 社長ー!」

「大変だ、社長が泡吹いて倒れたー!」

 

 

 等々、叫び声が遠くから聞こえてきたのは幻聴であろう。

 

 至はポケットから携帯電話を取り出した。メールの送り主は結束(ゆいつか) 陽向(ひなた)

 今年の4月から月光館学園高等部に転校し、特別寮で生活をしている義理の妹だ。彼女を家族に迎えて、もう9年目である。

 至が何かを言う前に、渡は立ち上がって傍に腰かけた。双子そろって、大事な義妹から届いたメールに目を通す。

 

 その文面を眺めていた渡の表情がみるみる変わっていく。

 何か恐ろしいものを目の当たりにしたような眼差しを至に向けてきた。至も肯定の意を込めて頷いた。

 

 巌戸台分寮で暮らす面々の共通点と、陽向自身が関わることになった出来事。

 ペルソナの覚醒と、桐条バックアップの元に構成された組織――放課後特別活動部。

 陽向のメールに書かれていた内容は、至が集めてきた書類に記載された情報と重なっている。

 

 

「成程な。随分とキナ臭くなってきたじゃないか」

 

「だろ? だからだよ」

 

 

 正直この一件が無かったら、きっと自分は「巌戸台に出向こう」などとは思わなかった。

 桐条という大きな会社が必死になって隠そうとする“何か”に、気づくこともなかっただろう。

 

 至はおもむろにポケットからタロットカードを引っ張り出す。適当に山札を切って、上から順番に3枚カードを引いた。

 出そろった絵柄は運命、塔、死神。それは、可愛い可愛い妹分に迫る“試練”の暗示だった。

 普遍的無意識もとい人類実験に興じるバカ2人によって与えられてしまった未来・可能性予知は、ぼんやりとしたヴィジョンしか見えない。

 

 けれど、至はそれだけわかれば充分だった。

 

 可愛い可愛い妹分が、ペルソナがらみの事件に巻き込まれている。おそらく“試練”とは、それにかかわる出来事なのだろう。

 己が何をしなければならないのかなんて、決まったも同然。至は歯噛みする。

 

 

「桐条宗家の人間は、全てを知ってるのか?」

 

「知ってるんだろうな、“ある程度までは”。全て知ってたんなら、ご当主様や次期当主様が黙っちゃいねーだろ」

 

 

 

 特に前者が。

 

 航に聞こえぬようその言葉を飲み込みながら、至は窓の景色へ視線を向ける。高層ビルであるが故に、ここはとても眺めがいい。町全体を見渡すことが出来る。

 研究に根詰めた後でこの景色を見れば、気分が晴れるに違いない。しかし、今の自分の気分は、雲一つない青空とは全く対照的なものだった。

 

 

(武治さんや美鶴ちゃんが隠ぺい工作してるように思えないんだよな)

 

 

 圭によって引きずり出された社交界で出会った、凛々しい親子の事を思い浮かべる。

 最後に顔を合わせたのは、娘の美鶴が中学を卒業した頃だろうか。

 

 その数か月前の会合では『会場がテロリストに乗っ取られる』なんて事件があり、「君がいなければ美鶴が危なかった」と武治に感謝されたこともあった。正直大したことはしていない。自分はテロリストの隙をついて動いただけだ。

 ぶっちゃけその隙と言うのは、“偶然鳴り響いた携帯電話の着信メロディがサトミタダシのうただった”という、なんとも間抜けなものであった。誰の携帯電話か。無論、至の携帯電話である。

 

 逃げるように湧いた思考回路を引き戻し、至は渡の方に向き直った。

 航も同じように、渡へと視線を向ける。

 

 そして――顔を見合わせ、頷いた。

 

 

「ちょっと、南条くんに掛け合ってみようかなと思ってんだ」

 

「わかった。オレからも頼んでおこう」

 

「渋ったら、大音量でサトミタダシのうた流してやろうぜ」

 

「やめろ。圭が発狂したら面倒なことになる。特にヤマオカさんがキレるだろ」

 

 

 渡の口から出てきた懐かしい名前に、至は目を丸くする。

 

 ヤマオカ氏は、南条コンツェルンの次期社長である南条 圭の執事だった人である。

 彼は9年前のセベク・スキャンダル事件で命を落としたのだが、後に圭のペルソナとして生まれ変わり、圭を見守り支えるために降臨したのだ。

 

 

「あの人、まだ南条くんのペルソナやってんだ」

 

「しかも現役だぞ。おまけに最近、メギドラオン覚えたみたいだし」

 

「やだヤマオカさん素敵。……ってか、ヤマオカさんってメギドラオン覚えたっけ?」

 

「通常では覚えないはずなのだが……愛があれば、最強技のひとつやふたつ覚えられるのだろうな」

 

 

 

「おい渡。この間の件だが――……って、いたのか至」

 

 

 くだらない話に盛り上がっていたら、いいタイミングで本人が降臨した。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 神社の境内には、子どもが2人いた。

 

 女の子の顔は、泣き腫らしたせいで真っ赤になっている。

 そんな彼女に声をかけているのは男の子であった。

 

 

『泣くなよ。大丈夫だから』

 

 

 ポケットからハンカチを取り出し、男の子は女の子を涙をぬぐった。彼は何度も少女に語り掛ける。

 根気強く励ましてくれる男の子に心を開いてきたのか、少女は落ち着いてきたようだ。

 2人の子どもは寄り添いあう。会話は何もなかったけれど、互いが互いにとって「一緒にいるだけで安心できる」存在なのだろう。

 

 そこへ、誰かが駆け寄ってきた。男の子や女の子よりも年上の少年だ。

 

 

『見つけた! ああよかった、探したんだぞ!!』

 

 

 彼は女の子を見つけるなり、思いっきり抱き付いて泣き出した。

 子ども2人が小学生ならば、少年は高校生くらいの年齢だろう。

 

 後から別の男の子がやってきて、少年と女の子の姿を見てへたり込んだ。よかった、よかったと声を上げて泣きじゃくる。

 女の子も少年も、特に後者の方が、年甲斐もなく顔をぐしゃぐしゃにしていた。それを見た男の子は、居場所をなくしたかのように視線を彷徨わせている。

 男の子の存在に気づいた3人は、腰が折れるんじゃないかという勢いで頭を下げた。ありったけの感謝の言葉をかけ続ける。男の子はますます居心地悪そうにしていた。

 

 ひとしきり礼を述べた後、4人はいろんな話をした。気づけば、空は茜色に染まっている。

 

 

『また会えたらいいね』

 

『ああ』

 

 

 女の子の言葉に、男の子は頷いた。少年ともう1人の男の子も同じように頷く。

 少年に名前を呼ばれた女の子は彼と共に歩き出した。3人で手を繋ぎ、家路を急ぐらしい。

 

 女の子は振り返り、男の子へ手を振った。男の子も、控えめながら手を振り返してくれる。彼の頬が赤く見えたのは、夕日のせいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

2009.5/10

巌戸台駅

 

 

『次はー、巌戸台ー。巌戸台ー』

 

 

 車内アナウンスが到着を告げる。

 

 意識が覚醒し、至は目を瞬かせた。隣を見れば、千影がうつらうつらとまどろんでいる。

 何か、夢を見ていた気がする。どんな夢だったのか、その詳細を思い出すことはできなかった。

 

 

(やだな。俺、まだ年じゃねーってのに)

 

 

 25歳が世間一般でいう「年」に当たるものか、至はよくわからない。同年代の連中はどう思っているのだろう?

 とりとめないことを考えている間に千影も目覚めた。まだ眠そうな目をこすりつつ、棚から荷物を下ろす。

 ごった返す乗客の波をかき分けて改札口をくぐり、そのまま外へ出る。降り注ぐ太陽の日差しが目に染みて、思わず手で遮った。

 

 天気は晴天。

 

 雲一つない蒼穹に、至は目を細める。

 今日は最高の引っ越し日和だ。

 

 

「先日のモノレールオーバーランの影響でダイヤが乱れたって聞いた時は、どうなるかと思ったんだがな」

 

「そうですね。どうにか元通りになって、予定通りに到着出来てよかったです」

 

「ここに来るのも10年ぶりかー……」

 

 

 巌戸台に足を踏み入れたのは、可愛い妹分・陽向の両親が亡くなった時の葬儀以来だ。

 あのときの親戚連中の態度は、思い出すだけで腸が煮えくり返りそうになる。

 

 

『ウチでは引き取れないわ』

 

『どうする? 施設にでも入れるか?』

 

『どうしてあの子だけ生き残ったのかしら。あんな厄介者、一緒に連れていってくれたらよかったのに』

 

 

 誰が陽向を引き取るかでもめにもめた挙句、本人に対して暴言を吐いた親戚連中。

 

 それに耐えられなくなった陽向が起こした家出事件。でも、奴らはそんなのお構いなしで議論ばかりしていたのだ。

 彼女を探しに行ったのは、至と千影だけだった。他の奴らは一切探しに行こうとも、陽向を心配するそぶりすらなかった。

 遺産に目がくらんだ大人たちなど信頼できない――あの一件があったから、至は陽向を引き取ろうと思ったのだ。

 

 あの子の後見人になるのは本当に大変だった。圭がいなかったら、自分たちはこうして家族になることもなかっただろう。

 親戚たちと繰り広げた戦いの日々を思い出しかけ、ふと至は思い返す。

 

 

「……そういや、長鳴神社で会ったあの男の子、元気かな」

 

「ああ、ひなを励ましてくれた男の子のことですね? 元気だといいですよね」

 

 

 千影は懐かしむように目を細める。

 

 陽向が家出した事件には、ちょっとした続きがある。陽向を探し回っていた至たちは、やっとの思いで長鳴神社にたどり着いた。

 あの子が遊び場にしていそうな場所として浮かんだのが、あの神社。子どもの行動範囲を考えて消去法を駆使した結果である。

 

 果たしてそこに陽向はいた。心配して捜してたと至たちが告げれば、陽向が泣きながら抱き着いてきた。そのまま自分たちも泣いていたっけ。

 

 そして、その光景を何とも言えなさそうに見つめる視線に気づけば、安堵すればいいのか困惑すればいいのかわからなさそうにしている少年と目があった。

 陽向曰く「お兄ちゃんが一緒にいてくれた」らしい。「あのお兄ちゃんの言った通り、私の事を心配してくれる人がいた」と。

 

 どうやら彼は、「自分を心配してくれる人なんていない」と絶望していた陽向を励ましてくれていたようだった。

 そのことに礼を述べれば、彼は照れたように視線を逸らす。言葉遣いはぶっきらぼうだったけれど、とても優しい心を持っているように見えた。

 しばらく話し込んでいるうちに夕方になったので別れた。彼とはそれっきりになってしまったが、元気でいてほしいな、と至は思う。

 

 できれば、もう一度会って話がしたい。

 

 

「いつか、会えるかな。……会えたらいいなぁ」

 

 

 小さく呟きながら、至は踏み出す。千影もまた、うんうん頷きながら歩みを進めた。

 新居にして新しい拠点に向かうために。そして、この街に渦巻く“何か”を明らかにするために。

 

 

 

 

 

 ごった返す人々が交差しあう。

 

 ニット帽とコートを着込んだ少年が彼らの横をすれ違ったが、2人は気づかなかった。

 同時に、その少年もまた、至や千影とすれ違ったことに気づいていなかった。

 

 彼らの運命が重なるのは、もう少しだけ先の話である。

 

 

 

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