彼女のついて行くと着いたのはカラオケ店。
「氷川さんはこういうところにはよく来るのですか?」
「前はよく来ていました。伊丹さんは?」
「1か2回ぐらいしか来たことないです」
「意外です。小野さんや豊中さん達とこういうところに来ているものだと思っていました」
「彼らとはそんな仲ではないので……」
慣れないカラオケ店で、右往左往しつつ彼女が予約した個室にたどり着いた
「それで氷川さんは何か歌うのですか?」
「いえ、今日は歌いに来たのではないのです」
彼女はギターケースからギターを取り出しチューニングを済ませる
「ここで演奏をするのですか?」
「はい。ここは防音性もいいですし、何も問題はありません。なにか聞きたい曲はありますか?」
特になんでもいいような……
ふと、そう思った瞬間あのライブで演奏していた曲を思い出した。たしかあの曲名は……
「Determination Symphony……」
「分かりました」
♪♪♪♪ ~
彼女の細い指から掻き立てられる繊細な音に目を閉じて耳を澄ませる
全身の血液が泡立つような感覚に包まれる。この前のライブより激しく、楽しく聞こえる
あぁ、彼女の音は何時までも聞いていられる。いっそ、この時間がいつまでも続けばいいのに……
2分ぐらい経ったか。彼女の演奏が終わり、ゆっくりと目を開ける
「どうでしたか?」
「とても素敵な演奏でした。やはりこの曲は気分が高揚します」
「この曲は以前にも話しましたが、あの子と……妹との約束の曲なのです」
「約束ですか……そういえば、氷川さんはどうしてギターを始めたのですか?」
そう訊ねると彼女は真剣な表情をし、口を開いた
「単刀直入に言うと妹がやらなさそうだからですね。少し前まで私は妹に対して劣等感を抱いていました……妹は何でもすぐにできて私を追い越す。そんな妹がとても嫌でした」
彼女はギターとの馴れ初めや自身の妹の事を話してくれた。
妹がギターを触りだしたことで今まで通り追い抜かされるかどうか不安でしたかなかった。
でも、その危機感のお陰でギターに打ち込めることが出来て今のバンドに加わることが出来たと……
そう語る彼女の表情は今まで見たことがないほどとても柔らかいものだった。
「羨ましいです」
「羨ましい……ですか?」
「えぇ、俺は敬愛する人に裏切られました。弓道の道を進むことを決意した時に、その人は二人で支えて行こうと約束していたのですが、あいつは弓から逃げて俺を見捨てたのです」
「……」
「だから、俺は復讐を誓いました。俺を見捨てたあいつも馬鹿にしてきた奴らに目に物を見せてやるって……」
「あなたが弓を続ける本当の理由は復讐の為ですか?」
「えぇ、そうです。復讐の為にどんな苦行も乗り越えてきました。時には死ぬ思いをしてでも必死に生きてきました。情けないと思いますか?」
「そうは思いません。仮に私も同じ立場だったら同じことをしていたでしょう。どうかしましたか?」
予想していない答えを聞き動揺してしまった
「い、いえ。初めてです。俺の気持ちに共感してくれた人は……」
「そうでしたか。しかし復讐を果たした後はどうするのですか?」
復讐の後……考えたことはなかった。今まで弓しかやっていなかったから他の事なんて何かできるだろうか……
「…………このまま弓を続けるかもしれませんね」
「そうですか……しかし」
呟いた後、彼女はマイクを手に取って俺に差し出してきた。
「抜くときは抜く。偶には心の休息が必要だと思いませんか?」
心の休息か。確かに……この一時だけは私に戻っても大丈夫だろう
「そうですね。では、お言葉に甘えて……」
私は彼女からマイクを受け取った
その時、私が何を歌ったか忘れていました。
忘れたけど、気持ちが楽になった気がした