猛暑が照り付ける森林公園。その一角にテントが配置されていた。
今日は秋祭り。各々が演目を行うことになっており、今年伊丹家が行うのは流鏑馬。
「いやぁ~9月になったのにまだまだ暑いすな~」
テント内で身支度をしていると髪が薄くなった神主が汗をぬぐいながら入ってきた
「神主様、お疲れ様です」
「お疲れ様。早速ですが今日の流れを……」
「まずは座ってからどうぞ」
パイプ椅子を取り出すと神主はゆっくりと腰を下ろした
「ありがとう。さて、今日の予定じゃが……先ずは本番前に湖を一周をしてもらいます。その後に定位置に着き、ワシが旗を降ろします。その合図で始めてください」
「わかりました」
「頑張ってください。きっとあの方も御仏で見守っていただけるだろう」
「……」
神主の言葉を聞き流しながら、緋袴の裾を整えると外からトラックを誘導する声が聞こえてきた
「馬の方も来たようですな。では、後はよろしくお願いします」
神主と入れ替わる形で小さな袋を持った千聖が入ってきた
「お邪魔するわよ」
「今日はロケじゃなかったのか?」
「早く終わったから見に来たのよ。これ、陣中見舞いよ」
袋の中にはアイスとスポーツドリンクが入っていた。
「ありがたくいただくよ」
キンキンに冷えたドリンクに手を伸ばす
「指が荒れているわよ。また、無茶な練習をしたわね。せっかくきれいな手が台無し」
「ほっといってくれないか。手入れなんて時間の無駄だ」
弓をやっていると手なんてすぐに荒れる。手入れする時間を練習にまわせば効率的
『ちょっと! 困りますよ!』
『いいじゃん! 千聖ちゃんが入ったのにどうしてダメなの?』
何かあったのかテントの外で女性と警備員が言い争う声が聞こえてきた
争いごとを収めるためにテントの外に出てみると、警備員と見覚えのある女性がいた
「何事ですか?」
「この方が勝手にロープを潜ってきたのです。どうしましょう?」
近くで見ると益々と氷川さんにそっくりな女性だ。イメチェンでもしたのだろうか?
「後はこっちで対応するのでここは任せてください」
「わかりました」
「そこの人……ちょっとこっちへ」
彼女の腕を引っ張りテントの中に入る。中に入った途端千聖は軽くため息をついた
「あ、千聖ちゃん!!」
「日菜ちゃん……」
「知り合い?」
「同じアイドルメンバーの子よ」
「アタシは氷川日菜。さっきはありがとう! えっと……」
氷川……聞き覚えのある名前だが……まさかね
「伊丹一矢です」
「伊丹……あ!! もしかして! おねーちゃんを助けてくれた人!? 本当にありがとう!!」
明るい声色と違い真剣な顔をし、礼儀正しく頭を下げる。
その顔を見て確信をした。この人は氷川さんの言っていた双子の妹の方だ
「えっと……まぁ、どういたしまして?」
こんな時はなんていえばいいのだろうか。いまいちよく分からない……
「日菜ちゃん。どうしてここに? 今日はCMの撮影じゃなかったかしら」
「思ったより早く終わったから来ちゃった」
先ほどの礼儀正しさと裏腹に陽気な姿を見せる。
「来ちゃったって一人で来たのですか?」
「ううん。おねーちゃんと一緒にだよ」
テントに入る前に周りを見渡したが誰もいなかったような……
「そのお姉さんは日菜さんがここにいるのを知っているのですか?」
「あ、忘れてた!」
「忘れていたって……それでどうしてここに来たのですか?」
「人が多いところに行ったら、偶然千聖ちゃんを見かけたから付いてきちゃった。そういえばどうして君は着物を着ているの?」
子供みたいな言い訳を彼女は無邪気に言う。
「着物っていうか……これは衣冠といって、時代劇の平安貴族が着ている所を見たことありませんか?」
「見たことあるある! それで! 今から何かするの?」
彼女はグイグイとにじり寄ってきた。本当にこの人は何も知らずにやってきたんだな
「今から流鏑馬が始まります」
「へぇ~おねーちゃんに教えてこよーっと」
「ちょっと! 日菜ちゃん!! 待って……じゃあ、一矢。がんばってね」
日菜さんは元気よく飛び出していき、後を追いかけるように千聖もテントを出て行った
「嵐のような人だった。さて、俺もそろそろ行くか」
烏帽子を被り、テントを出て直ぐ近くにある。大型トラックの後ろ扉をたたくと扉がゆっくり開き、カゲが姿を現す
「よしよし、いい子だ」
トラックからカゲをゆっくりと下ろし撫でて落ち着かせ、鞍にまたがり進もうとした瞬間
「あの……一矢さん」
振り返ってみると、声の正体はピンク色の髪の女性……上原ひまりだった。彼女は妹の古い友達だった
例の件もあり、彼女達に合わせる顔がないと思っている。だからこの2年ずっと彼女の事を避けていた
「上原さん。何か用ですか? 今から本番なのですが……」
「──っ!!」
何故か彼女は言葉を詰まらせた
「あ、あの……午後の演目でアタシ達ライブするので、見に来てくれますか?」
午後は特にやることがないし、神社に矢を奉納するまで時間があるはず……
「時間があれば行きます。では……」
「まって!!」
歩みを止めて横目で彼女の顔を見る。その顔は神妙な面持ちをし、真っすぐと見据えていた
「ほかに何か?」
「が、頑張ってください!!」
彼女はそういうと足早に去っていった。
その姿を尻目に、再び歩みを進めた
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馬上から周りを見渡してみると、公園から溢れんばかりの人だかりができている
「珍しいもの見たさか……うん? あれは……」
三枚目の的近くに氷川さんが二人と千聖が見えた。無事に合流できたみたいだ
返し馬*1を行い、カゲの準備と的との距離を確認する。
開始地点に付き、弓に矢をつがえて準備を整える。カゲも鼻息を荒げていまかいまかとその時を待ち続ける
『只今より、流鏑馬を開始いたします。カメラのシャッター音やフラッシュのご遠慮下さい』
公園内に放送が鳴り響き、神主が旗を高く掲げる
合図を確認し、勢いよく駆け出す。一つ目の的が近づいてくる
素早く弓を引き絞り的を見据えて、矢を放つ
矢を放つと木の板が割れる音が公園内に響き渡る。それと同時に観客の歓声が沸く
そんなことを気にせず次の矢をつがえて的を見据えて矢を放つ。これを二回度行った、結果は三射命中。そのまま神主がいるゴール地点にたどり着いた。
喜ぶのあまり口元が緩み、右手を上げる。ふと、氷川さん達方に振り向くと手を叩き微笑んでいた
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アタシには頼りになる。お兄さんがいた。
お兄さんって……いっても本当は血のつながりもない他人だった。
幼い時、野良犬に襲われそうなった時に彼はおもちゃの弓を手にして姿を現した。
『君、大丈夫?』
あの時見せた太陽なような微笑みと温もり。アタシはあの時一目ぼれをしていた
その日から、彼と彼の妹の香矢と遊ぶようになった。いつまでもそんな日々が続けばと思っていた……
でも、2年前のあの日。香矢がいなくなってから彼の太陽のような笑顔と温もりが消えて、まるで別人のみたいに見えた
今日、久しぶりに話しかけてみたけど、彼の言動は今までと違って……暗く冷たい深い海の底みたいに。まるでで別人みたいに変わっていた。
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*1,返し馬とは、馬がコースを走るウォーミングアップの事を示す。(競馬用語)