静かな朝。いつもなら目覚まし時計がけたたましく鳴っているが今日は違った。
時計の針は2時を指して固まっていた。
重たい体を起こしリビングに向かった。そこにある時計は10時を指していた。
「遅刻どころじゃない……今日はもう休む。あ、食器を洗わないと……」
祭りの日から二週間経った。あの後詳しい事は聞けず逃げられてしまった。
”弱さを見せたらダメ”
結局、この言葉に込められた意図も解らないまま……あいつが何を企てているのか謎が深まるばかり
祭りの日から翌日、氷川さんは練習には来なかった。
休み時間も難しい顔をしてて、とても話しかけられる雰囲気ではなかった。恐らくライブに向けて色々考えていたのだろう。
彼女は彼女。俺は俺。他人の事を考えている暇はない。増して俺は音楽に詳しくない。彼女にちょっかいを出すのは余計なお世話だろう。
「あ、昨日 頂いたおかずが入ってたタッパー。洗って返さないと……」
これを機に市ヶ谷のお婆さんにお礼に何か送ろう。
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一時間ぐらい歩き回ったぐらいだろうか。歩き疲れて駅前のカフェに入ることにした。
店内は落ち着いた雰囲気。時間帯のおかげか人も少ないくとても静かだった。
「コーヒーを1つお願いします」
注文を済ませボーっと空を眺めると──
「お隣よろしいですか?」
「どうぞ……」
他にも席があるのになんでわざわざ隣の席を……
「体調は良さそうですね。伊丹さん」
聞き覚えのある声に恐る恐る視線を横に向けると氷川さんがメニューに目を通していた
「氷川さん⁉どうしてここに? 授業中では?」
「今日の授業は半日終わりました。練習に向かう所でしたが、まだ時間がありましたのでカフェに寄ったところ、偶然にもあなたを見つけました」
「そ、そうでした……」
「丁度良かったです。これをどうぞ」
氷川さんは一枚の紙を差し出す。その紙には進路相談と書かれていた。
「もうそんな時期ですか……ありがとうございます」
「……」
「……」
何分経っただろうか。氷川さんの飲み物が届いた後。俺たちの間に沈黙が流れる。
聞こえてくるのは店内に音楽と互いに飲み物を啜る音のみ
「そ、そういえば最近バンドの方も忙しそうですね」
「……はい」
彼女は歯切れ悪く返事をする。反応からして聞いてはいけない質問ではないかと思った。
「少し話を聞いていただけますか?」
俺は彼女の問いに頷く。
「先々週、私達はSMSに参加しました。あの日はベストコンディションで挑みました。ですが、ギャラリーは次々と立ち去っていきました。それを見た私達はショックを受けました。その翌日からボーカルの湊さんの様子が変わりました」
「変わった?」
「いつも以上よりも厳しい練習の日々が続きました。仕舞いにはドラムの宇田川さんは耐えられず練習中に飛び出していきました。その後、白金さんも続くように飛び出していきました」
「え⁉白金さんもですか?」
普段は穏便な白金さんがそんな行動を起こすとは……
「昨日、湊さんと口論になりました。彼女は”私達の音を取り戻すために昔に戻らないといけない”と思っているみたいです。しかし、私はそうは思えないのです……それでは、今までの事を無下にするような気がして……」
氷川さんの言いたいことは解る。1つ気になることがある。
「昔のRoseliaってどんな感じだったんですか?」
「少し前のRoseliaはお互いに私情を挟まない馴れ合いの少ないバンドでした。ですが、私はRoseliaにいたから成長することが出来たと思っています」
「なるほど……これからどうするのですか?」
「私は練習を続けようと思っています。このまま誰も練習していないと本当にRoseliaを無くなってしまう気がしますので……」
「氷川さんらしいですね」
「私らしいですか?」
「根は心優しく、思いやりがある」
「そう見えますか?」
「えぇ、貴女は湊さんが帰ってくるまでずっと待つつもりですよね? 湊さんは幸せ者です。誰かが待ってくれるなんてね」
「まるで経験があるみたいな言い方ですね」
「えぇ……まぁ……俺の話はさておいて、俺が気になるのは湊さんですね」
「それはどうしてですか?」
「これは経験談ですがこの手の人間は自滅しかけます。誰かが後押ししないと……」
「……」
彼女は手元にあるカップに視線を落としていた。その手には力が込っているように見えた
「この問題は氷川さん達の問題ですので……俺はこれ以上何も出来ないのですが……」
「いえ、十分です。相談に乗っていただきありがとうございます」
彼女はギターケースを片手に席を立った。
「あぁ、伊丹さん。またここに来ますか?」
「気が向けば。ここのコーヒー美味しいですから」
氷川さんは言葉を聞き終えるとカフェから出て行った
「結局、口を出してしまった。それにしても進路……どうしたものか」
進路相談の紙を見ながら、コーヒーを一口含むが冷めて美味しく感じられなかった。
「なにか忘れているような……」