翌週の月曜日の昼休み屋上で一人。パンをかじりながら時折、頭痛に悩まされながらノートをまとめていた。
耐えられず常備している粉薬を水と共に流し込む。徐々に頭痛が和らぎふわふわとした感覚と少しの眠気が襲うが段々と気分が良くなってきた。
「ここにいましたか。伊丹さん」
眩しくて目を細めつつ顔を上げると氷川さんがお弁当を持っていた
「お隣よろしいですか?」
「どうぞ……」
彼女が隣に座るのを尻目に再びノートに目を落とし、ペンを走らせる。
「最近、休み時間に姿を見ていませんでしたがいつもここにいたのですか?」
「えぇ、ここは教室より静かで鳥の囀りもあって落ち着くのですよ」
会話を終えると袋が擦れる音と風音だけが屋上に響いていた
「あの……この前はありがとうございました」
「え、あぁ……俺は何もやっていません」
「いえ、貴方の言葉があったおかげでRoseliaは元に……いえ、それ以上に絆を深めることが出来たかもしれません」
「そうですか。次のライブは何時ですか?」
「いえ、詳しい日はまだ決まっていませんが今月中には一回やりたいと思っています」
ノートを閉じると彼女は小さくな袋が目の前に差し出した。開けてみるとクッキーが5枚ほど入っていた。
「これは?」
「見た通りクッキーです。お礼になるか分かりませんが、どうぞ……」
「ありがとうございます。では……」
一口含むとバターの風味が口の中に広がりほんのりと甘みが広がる。
「ど、どうですか?」
「美味しい……」
「本当ですか⁉」
「えぇ、雑味がなくて甘さが控えめで食べやすいです」
あっという間にクッキーの入っていた袋は空になった
「もう食べてしまったのですか?」
「美味しくて……つい」
「それは良かったです。そういえば、最近調子はどうですか?」
「家業のこと?そうですね。一か月後に隣町の行事で演武に出てみないかと話がありました」
「受けるつもりですか?」
「詳細が分からない以上話を聞いてから判断しようかと……」
彼女の顔を見てみると真剣な顔をしていた。
「伊丹さん。最近根を詰めすぎでは?酷く疲れている様に見えてます」
「き、気のせいですよ」
「目元にクマができています。夜遅くまで何をしているのか知りませんが生活の乱れは風紀の乱れです。なにかあれば相談に乗りますよ」
相談……あれ?何か相談することがあったはずだが……何だったんだろう。思い出せない
「悩みはありませんね。生活が忙しい以外は……」
「一人暮らしで忙しいのはわかりますが節度を持って生活してください」
「えっ……あ、はい」
急に顔つきが変わったから何故かわらなかったが、扉から姿を現した男を見て察しがついた。
「邪魔したか?」
「いえ、ちょうど話が終わった所です。豊中さん。では、私は先に戻ります」
氷川さんと入れ替わるように扉から姿を現した裕太。手には茶封筒が握られていた。
「風紀委員が風紀を乱している所を見たかったが残念だ」
「悪趣味な……」
「おいおい……そう睨むなよ。冗談だって……ほら、落とし物だぜ」
「いらない。捨てといてくれ」
「弓道会の招待状だがいいのか? まぁ、一昨日のだけど」
弓道会……弓道愛好家や関係者が招待されて、お偉いさんや一般人の目の前で披露する。運がよければお偉いさんお抱えの道場に勧誘されたりする。数年前の伊丹家でも何名か弟子を取って神事や祭りに出していた。しかし、3年前の悲劇以降弟子を取らなくなり、剰え道場も手放した。
それからは便りは届くが行っていない。だから今でもこの風習が続いているかどうかは知らない。
因みにこの裕太も父が引き取った弟子の一人。
「まだフリーなのか?」
「あぁ、スカウトされたりするが断っている。やっぱり親父さんの所が自由でやってて面白かったからな。お前の屋敷広いから道場でも開かないか?」
「めんどくさいから断る。それに……」
「教える才能がない、って言わせないぜ。この前に公開された映画に出ていた白鷺の弓の引き方。お前が得な狩りとかの弓術だった」
「それでも、俺は道場を開く気はない。父と正反対の弓術を教える気はない」
裕太の言う"狩りとかの弓術"は誰かに教えてもらった訳でもない。生きる為に身についた弓術。父が教える祭事向けの弓術とは違う……武術に近い弓術。
「そうか。あ、弓道会でお前と氷川を探してる爺さんがいたぞ。知り合いか?」
「爺さん? いや、知らないが……」
俺を探しているだけならわかるがどうして彼女まで? 探しているんだ。すこし気になる
「その爺さん。どんな奴だ? どこの道場の出身だった」
「関係者じゃないぞ。一般人だ。見た目は確か……白髪で顔面皴皺で……あと額に大きな出来物があったぞ」
大きな出来物……そんな奴思いつく限り知り合いにいない。一度親族に……いや、親族と関係は最悪。聞けるわけない
「探さなくていいのか?」
「俺を探しているならそのうち会うことがあるだろう。探さなくていい」
何が目的か知らないが変なことに巻き込まないでほしいものだ。
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時間が進み放課後。他の生徒が帰宅する中、一人だけ弓道場で小一時間ほど練習をしていた。
「ふぅ~そろそろ弦を変えるべきか……」
「ジー……」
視線を感じ、入り口の方を見てみると日菜さんが目を輝かせながらこちらを見ていた
「どうして日菜さんがここにいるのですか?」
「どうしてってカズくんを待っているんだよ。ほら、この前一緒に星を見ようって話をしたじゃん!」
「そんな話もありましたね」
「それでこころちゃんと天文部の活動を広める会をすることになったから、カズ君も来てよ!」
「何時、何処でやるのですか?」
「それをいまから決めるの。ほら、早く行こうよ」
「わ、わかりましたから、上衣を引っ張らないでください。せめて、着替えさせてください」
着替えを終えて弓道場を出ると日菜さんともう一人。金髪の少女が立っていた。
「あなたが伊丹一矢ね。私は弦巻こころ よろしくね! あなたも星が好きなの?」
「好きというか……巻き込まれたというべきか……」
「そうなの? 空いっぱいの星を見たら楽しい気持ちになれるよ!」
「は、はぁ……」
この人も日菜さんと同じタイプか……日菜さんだけだったら隙を見て帰ろうと思ったがこれは諦めた方が賢明か
「ねぇ、天文部の会の作戦会議しに行こうよ~」
「そうね! 早く行くわよ!」
何処に行くのか解らない状態で二人に腕を引っ張られて学校を後にした。