目を覚ますと真っ先に目に入ったのはPCに写ったゲーム画面と半分ほど減ったポテチとコーラのペットボトル。手にはコントローラーが握られていた。
最近までこの状況を目にすることはなかった。香矢の悪い癖。ゲーム内イベントとかあればこんな風になってしまう。
飽きれながらゲーム画面を閉じて、朝食を食べようと思ったが何故か満腹感があって食べる気がしなかった。恐らくこの目の前にあるポテチのせいだろう。ため息をつきながら椅子から立ち上がり片づけを始める。
片づけを済めせ、学校に行く準備に取り掛かる。寝癖直しに男子生徒用の制服に身を包む。少なくとも女だとバレないように徹底的に。髪を束ねていると不意に香矢の言葉が甦り、今後どうするべきなのか解らなくなってきた。目を瞑り、香矢を呼んでみるが反応がない。
自分の身体なのに、全部俺に丸投げとは姉妹揃って自由な奴らだ。だけど、これは仕方ない事だ。あの屑が亡くなってから香矢と俺には奴の役割を押し付けられた。
「当面の方針はどうしようか」
ソファーに身をゆだねながら、演武会の招待状に目を通す。これからのどう生きていくか模索しなければならない。
取り合えず、高校を卒業後は適当な大学に行くべきなのか。それとも弓道会に戻って全国を飛び回るか……
最終目標の姉は面倒な制約で二度と試合が出来ないようになっていたし、今更ながら演武会に出たところで何の意味もないように思い、やる気が起きなかった。逃げた事も、去年の祭りの事も…報復もどうでもよくなってきた。
「このまま辞退してしまおうかな……」
吐き捨てるように呟くが、聞こえてくるのはテレビから流れてくるアナウンサーの声だけだった。酷い気分だ。この家にいるだけで不快な感覚に包まれる。
立ち上がると同時に時間を確認すると”07:00”。少し早い気がするがなんとなく外に出ることにした。
一歩、また一歩。何も考えずに歩を進めていると自然と学校にただり着いた。耳を澄ませると朝練をする運動部の声。
普段なら朝練をする為に弓道場に入るのだが、今日はを素通りして教室に一直線に向かった。
鍵を施錠し、誰もいない教室に自分の席に座り顔を伏せた。静かな空間。香矢の心象風景に比べると賑やかだが冷たい。ふと、顔を上げて時間を確認すると”07:30”朝礼が始まるまで30分はある。再び顔を伏せようとすると来訪者が姿を現した。
「伊丹さん?」
重たい瞼を開けると氷川さんが目の前に立っていた。瞼をこすりながら朝の挨拶をした。彼女は隣の席に座り、カバンから教科書を取り出し机に収納していった。
「おはようございます。珍しく今日は朝練をしなかったのですか?」
「……今は弓を握りたくない気分です」
「昨日、何かあったのですか?」
「氷川さんは目指していた相手が何らかしかの理由で試合が出来なくなったらどうしますか?」
「……目的がなくなったのなら、また新しく目標を設定すればいいのです。私も最初は日菜に比べられないようにギターを始めましたが、今では日菜の傍に並び立てるように日々努力しています」
新しい目標……俺は復讐の為に弓を続けていた。だが、その相手が俺の為に弓を捨てていた。見返すためにやっていたことがすべて無駄になった。
俺の存在する理由もなくなってきた気がした。このまま彼女に身体を返してしまえば――
「俺には分からないのです」
「わからなければ、わかるまで探せばいいのです。貴方自身が誇りに思えること。生徒会の仕事がありますので失礼します」
氷川さんが教室を退出してくと教室内は再び静寂に包まれた。
あぁ、氷川さんは強いな。へこたれることもなくひたすら前を進んでいる。
「誇りに思えること……そんなものは……」
誰もいない教室に呟くがその問いに誰も答える人はいなかった。心の中の香矢ですら沈黙したままだった。
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氷川さんの問いに悩まされ授業にも集中出来なかった。ノートを広げても真っ白のまま。先生に声をかけられても上手く答えることが出来なかった。
あぁ、もうどうでもいいな……っと思った。自暴自棄になりそうなぐらい何もかもどうでもよくなった。
そう思っているとあっという間に午前中の授業が終わって昼休みになっていた。
(悩んでいるみたいね)
いつもと通り屋上で一人昼食を摂っていると珍しく昼間から香矢の声が脳内に響いてきた。俺は咄嗟にポケットからスマホを取り出し耳元に当てる。
「起きて早々他人事みたいに言うな」
(失礼ね。これでも一応、私なり今後の事に考えてるよ。先ずは演武会に出る)
「それはどうして?」
(依頼があったのだから引き受けないとね。あと天体観測会もどうにかしないとね)
香矢は困っている人が居ればすぐに手を差し伸べる程のお人好し。俺にはそれが理解できない。彼女はずっと利用され続けてきた。それなのにどうして懲りないだろうか。現にこの身体の主導権を俺が握る事になった。
「あぁ、言われてみればそんなことあったな。しかし、時間帯は夜だぞ」
(そうね。限界だったら私が表に出るよ)
「それは危険だ。もし誰かに怪しまれたら──」
言葉を区切った瞬間、後ろから物音が聞こえた。
「誰か来たみたいだ。一回切るな」
(……)
香矢の声が聞こえなくなり、ポケットにスマホをしまった。
「話は終わったかしら? 一矢」
屋上にやってきたのは千聖だった。手には弁当袋とドーナツ店の袋があった。
「その様子だと理矢さんと何かあったのかしら?」
「昨日、姉貴からある程度話は聞いた。千聖、君は知っていたのか。姉貴が今まで俺たちの為に色々していたこと」
「えぇ。知っていたわ。でも、私が言った所で貴方は信用しなかったでしょう?」
「確かに……そうかもしれない」
「それで香矢と何か話が出来たのかしら? さっきまで会話をしていたのでしょう?」
「あぁ、何とも言えない他力本願な答えしか返ってこなかったが……」
(な、失礼ね。ちゃんと助言したじゃん!! ちょっと変わって!)
香矢の言葉を聞いた瞬間。瞬きをすると殺風景な海辺に立っていた。どうやら強制的に身体を取られたようだ。身体を返す様に要求するが彼女は怒ってしまったのか。なにも言葉を返さなかった。諦めてその場に座り込み二人の会話に耳を傾けることにした。
「久しぶりね。香矢」
「そうだね。千聖ちゃん」
「貴女が表に出てくるなんて珍しいじゃない。急に入れ替わって、もう一人の貴方は怒っているんじゃないかしら?」
「いまでも体を返せって言っているけど、この体は元々私のもの聞く必要はないからね」
「それもそうね。ドーナッツを買ってきたのだけど食べる?」
「うん。食べるよ!」
(おい! バカやめろ!! 俺がせっかく体系維持してきたのに全部無駄になるじゃねーか!)
渾身の叫び声も香矢には届かず、カロリーの高そうなドーナッツを頬張った。
幸せそうな声を上げる香矢。それを聞いた俺の中で何かが折れたような気がした。
「これからどうするつもり?」
「取り合えず、目先の事を片づけてから考える。隣町の演武会……それが終わったら今度は新年の神儀に……やることはいっぱいある。悩んでいる暇はないね。先ずは明日の演武会の説明会でやるかどうか決める。もう一人の私はやる気が起きないみたいだけどね」
香矢はつらつらと今後の計画について話していく。彼女には未来のビジョンが見えているようだ。改めて聞いてみると彼女の言う通り悩んでいる暇はない。
先ずは目の前タスクを終わってから考えればいい。すべてが終わってからゆっくり新しく目標がみつければいい。彼女が望むなら俺はその通りに動けばいい。
「そういえば、演武会にはうちの生徒も何名か誘いを受けていたわよね」
「そうだっけ?そうなの?もう一人の私」
(俺も数日前に知ったが急遽、増員依頼があったらしい。今日の部活内で発表があるはず。俺が聞いた追加メンバーは豊中裕太。若宮イヴ。あとは氷川紗夜)
「うぅ、紗夜さんか……私はあの人苦手かも、なんか色々と見透かされそうで――」
「主に接触するのはもう一人のあなたでしょう?大丈夫よ」
「それなら安心かな」
人の気を知らないで呑気に笑う二人。聞いているだけで嫌になってきた。