時間は17:00。部活動を終えた生徒が下校する時間。生徒会の用事を済ませた私は寒空の中、ただ一人で校門の近くにあるベンチで彼を待っていた。
彼を待つ間に、演武会の題材になっている白蛇弓人物語についてスマホを使って調べてみるが、何故かどのサイトにも詳細は書かれておらず、ただ1つ物語のあらすじが書かれていたサイトを見つけた。
物語の起源は平安時代初期に記された怪異物語。村人が誤って白蛇を射抜いてしまったのが事の始まり、それ以降時折その村では怪異事件が起こるようになった。その怪異事件を記録した物。
「すみません。少し時間が掛かりました」
用事を済ませた彼がこちらに向かってくる。しかし、何故か疲れているように見えた。
事情を聞くと演武会について曽我根先生と浜野先生の話をしていたがお互いの意見が一致せずに思った以上に時間がかかったと。彼は頬をかきながら言った。
「大丈夫ですか? やはり、別の日に……」
「いえ、大丈夫です。さぁ行きましょう」
「行くって……何処に行くのですか?」
「今日は星を見に行きましょう」
「星……ですか?」
「そうです。もう直ぐバスが出るので急ぎましょう」
私達は学校を出て近くにあるバス停からバスを乗る。30分ぐらい経っただろうか日が落ちかけ薄暗くなった頃にバスは山を登ったある施設にたどり着いた。
「ここは天文館……」
「日菜さんから聞きました。合同で天体観測をするってね」
「それでここに選んだ事はわかりました。ですが、どうして私なのですか? 日菜や鶴巻さんの二人に譲ればよかったのでは?」
「私も最初はそうしようと思ってたけど、日菜さんは仕事。鶴巻さんは別件で来れないみたいなので、そう考えるて君と一緒に行った方がいいかと考えたのです。予習を込めてね。行きましょうか」
彼に続くように天文館に入場すると平日の夕暮れなのか、交通の便が悪いのか理由は分からないけど店内には人はあまり居なく、聞こえてくるのは店内各ブースに備え付けられたテレビモニターの音声だけ。
「時間が遅いので、少しだけしか見れなさそうですね」
「今日の目的はそのプラネタリウムです。さぁ、行きましょうか」
受付を済ませて会場に向かうとホールと同じく私達以外誰もいなくてがらんとしていた。
「貸し切りみたいですね」
「静かでいいじゃないですか。席は中央の席か」
椅子は柔らかい材質で横になれば眠ってしまいそうな感覚に襲われそうに思った。
「布団みたいな触感。眠ってしまいそうだ」
「眠ったら起こしませんよ」
「ううん……それは困ります。いびきをかいて君の邪魔をするかも?」
「もしうるさかったら鼻を抓みますよ」
そんなやり取りをしている内に開始時間になり、放送が流れ始めて会場が少し暗くなり星空の解説が始まった。
午後4時この街の空から始まり、太陽がゆっくりと沈むと同時に夜の街並みが目の前に広がる。徐々に町の街頭も建物の光も消えて更に会場全体が暗くなり、眼前に満天の星空が映し出された。
星空を見上げる。簡単な行為で星の名前も詳しく分からないけど、どうしてこんなにも引き込まれるのだろうか。あの天文部にもこの夜空について書いている日誌があるはず。でも、どこかにしまわれて埃をかぶっているかもしれない。
隣が静かで違和感を感じてふと、横を向いてみると彼は目を閉じて寝息を立てていた。
改めて彼の顔をよく見てみると他の男子生徒に比べると童顔で男性というよりも女性に近い顔をしていた。
最初は起こそうと思っていたけど、演武会に家業。彼には彼でやるべきことが沢山ある。よく授業中にノートの隅にメモを取りながら、頭を抱えて考え込んでいた。
私は彼をそのまま眠らせることにした。横に掛けているコートを彼に被せて私は作り物の夜空を見上げた。
「夜風が気持ちいいですね」
プラネタリウムが終わると私達は天文館を出る。夜風が吹き、来る時まで曇っていた空も晴れていた。
時刻表を見るとバスが来るのは20分後。バスを待つ間、彼は高台の手すりに持たれながら空を見上げていた。
私も彼の隣で同じように空を見上げた。目に映るのは頭上に広がる無数の星々。さっき見たはずのプラネタリウムよりも輝いて見えた。
「ここからだと星がよく見えますね」
「そうですね。町からだとあまり見えないですが少し離れるだけでこんなに見えなんて」
「どうでしたか? 少しは勉強になりましたか?」
「えぇ、参考になりました」
私がそう答えると彼は伸びをしながら「よかった」と口元を緩めながら答える。
「最近のあなたはずっとため息をついてて、いつものあなたらしくない。日菜さんの事気になっていたのですね」
いたずらぽく言う彼の言葉に私は反論をしようとしたが彼は続け様に口を開く。
「先に後顧の憂いを断つ。演武会で失敗は許されない。練習期間は短いですがみんなやってくれると私は信じています」
「分かりました。先ずあなたは英気を養って下さい。何かあったら連絡します」
「そうさせてもらいます。
彼はそう呟くと身を翻し、照明が点滅するバス停の方に歩を進めた。
その時、彼の藍色のコートが景色と同化して、暗闇に消えていく様に見えた。
何故か彼が手の届かない何処かに消えてしまうような気がした。気が付くと私は彼のコートの裾を掴んでいた。
「氷川さん?」
「あ、えっと……」
咄嗟にとった行動に説明が出来ずにいると彼は微笑みながら”帰りましょう”とだけ言った。
何故かその時見た彼の顔は、普段から知っている顔なのに、