弓取りと雨女   作:hirag

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24話

 駅前にある図書館。ここには古い物から最新の書物にかけて潤沢揃っている。

 そこには、ぎっしりと並んだ本が敷き詰められ、天井まで伸びている書架が壁面を埋め尽くしていた。

 

 図書館には参考書を広げて勉強に励む学生。渋い顔をして小説を読む社会人がいた。その中で一人だけ鼻息交じりで料理本を読んでいる人物……理矢さんが一人離れた席に座っていた。

 彼女は私に気が付くと傍に駆け寄ってきた。

 

「やぁ、紗夜ちゃん。奇遇だね」

「理矢さん。ここは図書館です。声を落として下さい」

 

 理矢さんは口元を押えながら周りを見渡してから耳打ちをしてきた。

 

「ごめん。ごめん……色々話したいことがあるけど、ここだとあれだし……後で羽沢珈琲店に来てね」

 

 彼女は料理本を持って図書館を出て行った。

 その後、探している本も見つからず、私もすぐに羽沢珈琲店に向かうことにした。

 

 

 

 

「いらっしゃい! 待ってたよ。さぁさぁ、空いてる席にどうぞ」

 

 彼女に促されるままに窓の席に座って、珈琲を注文する。店内には羽沢さんも若宮さんの姿も見えない。それどころか他の客の姿が見えなかった。

 

「理矢さん。今日お店は……」

 

「定休日だよ。はい。注文のコーヒーとこれはおまけで自信作のモンブランです」

「ありがとうございます」

 

「ところで、紗夜ちゃんはどうして図書館にいたの? やっぱり勉強?」

「それもありますが、今日はとある書物を探していました」

 

「白蛇弓人物語でしょ? 演武会の題材になっている。この前、イヴちゃんが本読んでいたよ」

「若宮さんが?」

 

「うん。でも、難しい事ばかり書いていて結局、私が読み聞かせたけどね。まぁ、それでも根をあげてたけどね。あの本はすこし問題があるけど……それでも読む?」

 

 私が”読みます”と答えると彼女は2階に駆け上がって行った。数分後、理矢さんは古めかしい本を片手に姿を見せる。

 

「はい。これが白蛇弓人物語の写本」

「写本ですか?」

 

「これはわたしが書き写した物。これの原本は神社に奉納されてて見ることは難しい。現代人用に要約されているものはあるけど名前は変わっていて見つけにくい」

 

 アレンジされた本の名前は”白線矢”という名前に変わっており、理矢さん曰く、オリジナルとは少しかけ離れた内容になっていると……

 

「なるほど……」

 

 表紙を捲る理矢さんが言っていた問題が目の前に広がっていた。一面は古文でびっしりと書かれていた。

 思わず顔を上げると、彼女は面白いものを見つけたような顔をしていた。

 

「若宮さんが読むのを諦めたのが理由が分かりました」

「どうする? わたしが読んであげようか?」

 

 本来だったら分からないものをそのままにする事はしたくはない性分だが、流石に今回は諦めることにした。

 

「いえ、古文で書かれているとは思っていませんでした。しかし、どうして貴女がこんな代物を?」

「わたしだって伊丹家の人間。いくつかの伝承を読んで書き写してるんだよ」

 

 さらっと……とんでもない事を言っているが、彼女のような天才には何を考えているのか分からない。

 

「しかし、困りました。伊丹さんは本を読んでくるように言われましたが……」

「それなら、わたしが持っている。白線矢をあげようか? 友達に押し付けられて2冊あるし……」

 

 私は1冊を頂くことにした。彼女は再び2階に駆け上がって、すぐに1冊の本を片手に降りてきた。ブックカバーで包まれて綺麗に保管されていた。

 

 私は理矢さんに本の代金を払おうとしたが、彼女は受け取りを拒否した。

 

 

「お金はいらないよ。代わりとは言ってはあれだけど……最近、彼はどんな感じ?」

 

 

 自分で聞けばいいのに……という考えが頭を過ったが、二人の関係を事を考えれば、仕方ないと思った私は、彼の事を話すことにした。

 

「彼は今はスランプに陥っています。目指すべき目標もなく。演武会の会議には出席していますが、練習ではまるで抜け殻みたいに弓道を続けています」

 

 理矢さんは少し口籠ると、笑顔を取り繕いながら水が入ってたコップを口元に運ぶ。

 

「長い事やっているとゴールがどこなのか見失っちゃうのよ。わたしと同じようにね」

 

「もしかして、理矢さんが弓を辞めたのはそれが理由ですか?」

 

 そう問いかけると理矢さんは首を横に振った。

 

「辞めた理由は色々あるけど、主にはあの子のため。昔の彼はわたしに比べて純粋な人間だったけど、わたしを含めた周りの環境があの子を歪めてしまった」

 

 歪めてしまった。それはどういうことなのが気になったが、理矢さんは目を伏せた。その仕草から詮索してほしくないようだった。

 

「わたしは弓道を通じて、まともに生きてほしいと思っている。他にもいろいろ理由はあるけど、とにかく彼には弓に専念できるようにわたしは弓から手を引いたのよ」

 

 結果的に言えば、理矢さんが彼を思っての行動は裏目に出てしまった。

 

「それに、わたしは重鎮たちに契約書を書いちゃったし」

「契約書?」

 

 私が聞き返すと理矢さんは口を押えて『しまった』と呟いた。

 

「すこし、話を変えるね。紗夜ちゃんは”海は何色”だと思う?」

 

 咳ばらいをしながら、理矢さんは話を変えた。この話も彼女にとっては詮索してほしくない話のように感じた。

 

「青色でしょうか?」

 

「みんなはそう答えるね。わたしは海の色は”黒色”に見えるの。高校生の時、修学旅行でとある場所にある水鏡を覗いたの。みんなは自分の顔が写ってたり、水の綺麗さに驚いていたけど、わたしにはその水は黒く濁って何も見えなかったの」

 

「それはどうしてですか?」

 

「さぁね。でも、わたしは気が付いたの。これは人の心を写しているのじゃないかってね。わたしのような邪念にまみれている人物は弓道に向いてないって思ったの……」

 

 後悔はしていないのか。聞こうと思ったがその言葉が何故か口から出なかった。

 

「紗夜ちゃん。人にはそれぞれ明かせない秘密がある。わたしだって弟に明かせない秘密はいくつもある。秘密というものは、人を惑わす。誘惑に負けて深いところまで行くと、いつかその人を殺すかもしれないよ」

 

 理矢さんは悲しい目をしていた。まるで、過去に誰かの秘密を暴いてしまったっと言わんばかりに……

 

「あ、そろそろ買い物に行かないと。じゃあ、あとはご自由に……」

 

 理矢さんが立ち上がり、席を外したその瞬間、彼女の左手親指の第一関節辺りに縦一直線に傷痕が見えた。

 

「あ、そうそう。もしも、わたしに何かあったら彼の事をよろしくね」

「縁起でもない事を言わないでください」

 

「そうだね。でも、保険は必要でしょう?」

 

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