弓取りと雨女   作:hirag

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25話

 

「ねぇねぇ、今日だよね? 湖山高校の人が来るのって⁉」

「どんな人が来るんだろう? かわいい子だったらいいなぁ」

 

 掃き掃除をしている部員達が賑やかに話している。

 今日は湖山高校の生徒が二人練習に来ることになっていた。それが関係しているのか、伊丹さんは頻繁的に時計を見ていた。

 

「そろそろ時間だが……」

「道でも迷っているのでは?」

「そうかもしれません。すこし見てきます」

 

 彼が弓道場の扉を開けると、扉の前に見知らぬ男女二名の生徒が立っていた。

 

「……君たちが湖山高校の?」

 

 伊丹さんが声を掛けると女性は驚いた顔を見せるが、男性の方不敵な笑みを浮かべながら伊丹さんに歩みより握手を求めた。

 

「俺は斎川 長徳(さいかわ とくなが)。こっちは井波 祈(いなみ いのり)」

「……よろしく」

「伊丹一矢です。さぁ、中に入ってください」

 

 二人が道場に入ると、部員全員が物珍しいものを見るように二人を取り囲み色々訊ねいた。

 

「はぁ……」

 

 伊丹さんはため息をつくと私達4人のメンバーを呼び寄せた。 その時、一瞬だが「最悪だ……」と豊中さんの声が聞こえた。

 

「どうかしましたか?」

「お二人はあの方々と何かあったのですか?」

 

 若宮さんがそう聞くと伊丹さんと豊中さんは互いに目配せをすると伊丹さんはまたため息をついた。

 

「実を云うと彼らと俺たち二人は古い友人なのです。子供頃に父が開いていた道場で互いに競い合っていた仲」

 

「一矢。悪い事は言わないがこの話下りないか?」

「しかし……」

「名声が気になるのか? 大丈夫だ。演武会の一つや二つ! 下りたとしてもお前の名声は落ちやしない」

 

「残念ながら、それは無理な話や」

 

 斎川さんは私達の会話に割って入ってきながら、ポケットから一枚の封筒を差し出した。

 それを受け取った伊丹さんは封筒を開き読むと驚いた顔をしていた。

 

「大役は伊丹一矢が演じるように”」

 

 大役……物語の終盤で大弓を携えて500mの離れた距離から大弓を持って山神を鎮める役がある。

 私達が普段使っている弓の飛距離は最大でも400m。それ以上離れた的に命中させるには相当な力量が必要となる。

 

「すごいです! 伊丹さん!」

「え、えぇ……そうですね……」

 

 大役を任される事は彼にとっては慣れているはず……しかし、何故か彼は喜ぶわけでもなく浮かない顔をしていた。

 

 彼から手紙を受け取り、内容を確認するが先ほど読み上げた内容以外何も書かれておらず、不審な点はなかった。

 

「伊丹さん。どうかしたのですか?」

「どうして俺が選ばれたのか……わからないのですよ」

「この中で唯一、三段を持っているお前が一番の実力者だからだろう。印象もいいしな」

 

 斎川さんの見た目は元々黒色であろう髪を金髪に染め、耳にはピアスをしており、お世辞にも真面な人物とは思えない。

 

 もう一人の井波さんは黒縁メガネに丸みのあるショートヘアと目立った容姿ではなかった。

 物語の風景を考えると一番目立つ大役には、二人は合っていないように思えた。

 

 それより、私は伊丹さんの三段持ちと初めて聞いた。弓道部では、段を持つ人は少ない。理由は未経験者が多いため。

 

 趣味でやっている人も一部いるが、持っていたとしても高校生は初段や二段ぐらいが目安だと聞いており、伊丹さんもそれぐらいだと思っていた。

 

「初段しか持っていない徳永は……ヘタクソ。それなら……三段持ちの一矢君がやった方がいい……実績もあるし」

「ひでぇなぁ。井波。だが、俺は諦めねよ。一矢から大役を取ってやる……んで、そちらの人は?」

 

 斎川さんは私の方に目を移した。それに気が付いた伊丹さんが「あぁ……」と言葉を漏らした。

 

「彼女達は俺と同じく演武会に出るメンバーです」

「氷川紗夜です。よろしくお願いします」

 

「よろしょうな。あ、そっちは若宮イヴさんやな? いつもテレビ見てんで」

「ありがとうございます」

 

「早速やけど、更衣室は何処やろうか?」

「更衣室は右手に見える扉です」

 

 私が斎川さんに伝えると彼は「ありがとう」と、言いながらリュックを背負いながら更衣室に向かった。井波さんも追いかけるように更衣室に向かう。

 

「あ、あと、カケを忘れてもたんやけど借りたいんやけどある?」

「更衣室の中にあるから適当に持ってきてくれ」

 

 その姿を見届けた豊中さん舌打ちをしながら、不機嫌そうにほうきを雑にしまった。

 

「それでさっきの話に戻るが、本当に受けるつもりか?」

「住職の命令だ。受けるしかないだろう……」

「あの……どうしておぼうさんのお願いを断れないのですか?」

 

 若宮さんの質問に伊丹さんは苦笑いをしながら口を開いた。

 

「俺の祖父が面倒な約束事をしてしまったお陰で、住職の依頼は断れない事になっているのです。それが神事に関わることなら尚更」

 

 跡取りという理由だけで神事には強制参加。もし、実力がない場合でも強制的に参加させられる。理不尽な約束事だと私はそう思った。

 

「それより、一矢。次の段は取らないのか?」

「今は取る予定はない」

「どうしてですか? 伊丹さんは武士を目指さないのですか?」

 

 若宮さんがそう聞くと伊丹さんはカケを嵌めながら、椅子に腰を下ろした。

 

「武士ね……祖父がよく言っていました”弓の腕を鍛える程、己も鍛えられる。武士の本懐とは、己に勝つのみ”と……」

 

 それまで微笑んでいた伊丹さんの顔が僅かに曇った。

 

「……自分に勝つ。それならやはり段を目指した方がいいのでは?」

 

「確かに、段を取れば実力があることを証明できる。しかし、若宮さん。その道はキリがないのですよ。上には上がいる。だから程よい所で止まった方がいいのですよ」

 

 伊丹さんの言葉を聞き、理矢さんの言葉を思い出した。

 ”長い事やっているとゴールがどこなのか見失う”

 

「でもよ。家を継ぐなら称号がいるんじゃないか?」

「父は教士の称号を持っているが母は五段。姉は四段……称号がなくても弓は出来る。名前さえ広まれば次の依頼が来る。芸能人と似た者ですよ。大きな印象を与えれば企画者はその人物を使いたくなる」

 

 名前が売れる事により次のチャンスを得る。芸能界も武道の世界に変わりがない。

 

「しかし、それも今だけの話……いずれは衰退していく。その前に後世に技を授ける必要もある……さて、休憩はこれくらいにして練習を再開しましょう」

 

 私達が立ち上がると同時に斎川さんは更衣室から出てくると、弓を持つと神棚に向かって頭を下げる。

 

 その後、射場の真ん中に立ち、射法八節を順に行った。

 放たれた矢は的に向かってまっすぐ飛んでいったのだが、的の手前で落ちた。

 

 引き続き、二射目も的まで飛ぶが同じように手前で落ちた。

 ふと、伊丹さんの顔を見てみると呆れた顔をしていた。案の定、三射目は明後日の方向に飛んでいき、的には掠りもしなかった。

 

「弓が合っていない……それ以上に弓弾きの段階で手が震えている」

「弓が合っていないですか?」

 

「あぁ、氷川さんは借りた弓が合っていたから問題なかったはず……彼は腕が長くて身長もある。こういう時は伸びの弓と云って少し大きい弓を使った方がいいのですよ。確か、二寸伸びがあったはず……」

 

 二寸伸び。一寸は3㎝。普通の弓より6㎝ほど大きな弓を伊丹さんは倉庫から1つ持ってきた。

 確かに私が使っている弓と比べると少し大きい弓だった。その弓を素引きを行うと自前の弓袋に入れた。

 

「次は私が……」

 

 今度は井波さんが弓を引き絞り、矢を放つ。放たれた矢は的の中央から少し右に命中した。続いて二射目は先程とは反対に中心から左に命中した。

 

 彼女の動きには、構えから残心まで無駄がなく。水の様に穏やかな動きだった。

 

「氷川さん。しばらくの間は彼女とペアを組んでいただけますか?」

「はい。わかりました」

「……よろしく」

「若宮さんはしばらく裕太と組んでくれますか?」

「ハイ! わかりました」

 

 若宮さんは返事をすると豊中さんの所に向かった。

 伊丹さんもため息をつくと、斎川さんの元に向かう。

 

「……彼が気になるの?」

「いえ……そんなことは……」

「彼には気を付けた方がいいよ。彼の家は色々訳ありだから……」

 

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