弓取りと雨女   作:hirag

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27話

 

 今日の伊丹さんは練習に精が出ているように見える。彼が放つ矢は一射一射は正確に的を射ており、一連の流れは無駄がなく完璧に近い立ち振る舞いにだった。少なくともスランプから立ち直り、以前の彼に戻りつつあった。

 

「一矢くん今日は調子良さそうね」

 

 更衣室から井波さんがカケを付けながら姿を現した。

 

「井波さん。この前についてですが……」

「しっ……彼の家に事はあまり外で話さない方がいい。いま調べているから何かわかったら知らせる。個人的には住職が怪しいと思うけど……」

 

 井波さんは周りに聞こえないように声を潜めた。彼女の言う通りこのイベント主催者の住職が怪しいと言えるだろう。

 

「さて、私達もそろそろ始めようか。氷川さんからどうぞ」

 

 井波さんに促されて、カケを嵌めて弓を引く。1つ1つの動作を落ち着いて行い、矢を放つ。

 矢はまっすぐ飛び、的の中心から少し左上を射た。一射目は弦を離す一瞬左腕が少し下がってしまった。

 

 私が引き終えると、井波さんが続く。横目で彼女の姿を捉えると、作法通りにゆっくりと正確に弓を掲げると、両脇を引き分ける。

 その瞬間、彼女の息遣いが聞こえた。無駄のない動き……伊丹さんと同じ引き方だった。

 

 彼女が放った矢は私が射た位置と正反対の位置に中った。

 

 次は、ブレないように右手の角度を一定に保ち、肘で引く感覚で弓を引く。そのまま矢を放つと今度は的の中心を中る。

 

 二射を射た後は後ろに下がり正座をして、井波さんに順番を譲る。

 彼女は先ほどと同じように弓を構えて引き絞り、狙いを定める……

 

「ぶ、部長大変です!!」

 

 部員の小野さんの声が聞こえ、井波さんの狙いは逸れて矢はあらぬ方向に飛んでいった。

 

「……何事ですか。こっちはあまり時間がないのだが」

 

 小さくため息をつきながら、伊丹さんは不機嫌そうに言い返す。小野さんは彼に近づいて耳打ちをすると彼の目は大きく見開くと大慌てで、部室を飛び出していった。

 

「小野さん。何かあったのですか?」

「あ、氷川さん。いえ、先ほど一年生から弓道場の外にうろついている人物がいるっと聞きまして……」

「それが、アイツが飛び出す理由になるのか?」

 

 豊中さんが不思議そうな顔をしながら尋ねると小野さんは口元に手を当てながら軽く唸る。

 

「その人物が……どうやらお坊さんだったみたいで……なにやら、部長に用事があるみたいですよ」

 

 小野さんが話し終えると同時に、弓道場の外から「だから!」と伊丹さんの大声が聞こえてきた。

 豊中さんは全員弓道場から出ないように指示をすると、私に向けて親指で外を指した。“見てこい”という意味を捉え、外に出てみるとここから少し離れた場所で伊丹さんと和装に身を包んだ人物が何やら話し込んでいた。

 

「俺は反対です。第一、この行事は向こうの高校と地域の行事。関係のない俺が大役を引き受ける気はないです。代役は他にもいるでしょう」

 

「残念ながら、君意外の代役はいないのだよ?」

「そういうなら、その理由を話したらどうですか? 俺の家柄が関係あるなら親戚をあたってください」

「君は解ってないね。この──」

 

 突然、風が吹くと二人の会話が聞こえなくなった。ただ……伊丹さんは苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、話し相手を睨みつけていた。手を見てみると握りこぶしに力が込もっており、プルプルと震えていた。

 

「分かりました。不服ですが引き受けます」

「賢明な判断です。過去の失敗を学んでいるようで安心しましたよ。さて、拙僧はこれにて失礼いたします」

 

 男性が去ると伊丹さんはため息をつきながらこちらに向かってくる。男性が去った瞬間彼は近くにあったベンチを蹴飛ばした。

 立ち去ろうとした際に彼と目が合った。これ以上隠れていても意味がないと思って私は隠れるのを辞めて彼の傍に寄った。

 

「氷川さん。何時からそこにいたのですか?」

「さ、先ほどここにきました。大きな声が聞こえましたが、何かありましたか?」

「いいえ。取るに足らない下らないケンカですよ」

 

 何事もなかったように取り繕う彼の声色はいつもと変りないが、苦悶の表情を浮かべていた。

 

「伊丹さん。何かあったのですか? 貴方らしくないですが……」

「俺、らしいか……俺らしいって何なんだ?」

 

 彼が呟いた言葉に私は何も言い返すことが出来なかった。ただ、その姿に見覚えがあった。

 

「失礼。それより、もう直ぐ雪が降る。みんなに片づけを帰るように指示してもらってもいいですか?」

「わかりました。伊丹さんは?」

「少し顔を洗ってきます。片づけが終わったら氷川さんも帰ってもらって結構です。さようなら……」

 

 あの姿は一時期、焦りを感じていた私と似ている。今の状態では何を話しても意味がない……換えて状況を悪くする可能性が高い。

 私は水飲み場がある運動場に向かっていく彼の姿をただ茫然と眺める事しか出来なかった。

 

 ______________________

 

 伊丹さんの指示で、部員全員と井波さん達を帰らせた後、伊丹さんのいった通りに雪が降り始めた。あたりが暗くなり気温も下がって、吐く息も白くなっていた。

 

 時計を確認すると、18:30を回ろうとしていた。ふと、伊丹さんの道具に目を落とすした瞬間、弓道場の扉が開くと伊丹さんは姿を現した。

 

「流石にみんなはもう帰ったか……五射やらないといけないがめんどくさい。一気にやるか」

 

 伊丹さんは矢筒を背負い、矢筒の口を横向きにする。その内一本を番えて右ひざをついて弓引く、割膝の体制を取る。

 弓を少し斜めに構えながら矢を放つ。放たれた矢は的の中央を中った。その後二本目、三本目と連続で矢を放つと同じ位置に中った。

 

 静かな弓道場が要因なのか……彼の集中力は先ほどとは比べものにならないほど高まっているように見えたのだが、彼からは冷たくて深く……この場が深海に包まれたような静寂と重苦しい空気を纏ってるように感じた。

 

「まだだ……まだ足りない。彼には追いつかないと……」

 

 的を見つめながら彼は、ボソッと呟く。これ以上留まっていても、彼の邪魔になると考えた私は去った。その際に、「また間違えた選択をしてしまった」と彼の言葉が聞こえてきた。

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