「はぁはぁ……みなさん。お待たせしましたー!」
ある日の放課後、演武会のメンバーは伊丹さんの呼び掛けられ、全員弓道場の前に集まった。若宮さんが息を切らしながら、こちらに駆け付けてきた。しかし、呼びかけた伊丹さんだけがまだ来ていなかった。
「あれ? 伊丹さんはまだ、来ていないのですか?」
「呼び出しでも受けてるんじゃないかな」
冗談交じりに豊中さんが話した瞬間、弓道場の扉が大きく開かれた。そこにはネックフォーマにマフラーと防寒具で身を包んだ伊丹さんの姿があった。
「揃ったみたいですね。では、行こうか」
「待ってください。伊丹さん。行くって……どこに向かうのですか?」
「打ち合わせの為に、
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辿り着いたのは先週、今井さんと訪れた神社だった。境内には掃き掃除をしている男性が二人おり、片方の人物がこちらに気が付いて駆けつけてくるが、もう片方の人物は私達から見て、奥の建物の方に走っていった。
「一矢さん! どうしてこんなところに?」
「この前に連絡をした件で来ました。何か不都合があるのですか?」
「い、いえ……そういうわけではありませんが……」
「ならば、神主様か宮司様はいますか? 呼んでもらえると有難い」
少しすると、奥の方から先ほどの男性に加え、二人の男性が姿を現した。
一人は、一昨日に伊丹さんと話をしていたメガネをかけた人物がと背の低く頭皮が見えた人物が伊丹さんの前に歩み寄る。
「これは、これは伊丹さん。お忙しい中ありがとうございます」
「先週話をした件で来ました。神主様」
「しかし、良いのですか? 彼女の側に居なくて……」
彼女……神主と呼ばれた人物が気になる言葉を漏らしたが、彼は顔色を変えることなく澄ました顔をしていた。
「お気遣いありがとうございます。しかし、時間がないのは事実です」
二人の会話を聞いていた。メガネをかけた人物は「当然です」と小さく呟いた。彼もその言葉が聞こえたのかメガネの人物に一瞥すると再び神主に目を移した。
「ところで、なぜ、住職がいるのですか? 宮司様はいないのですか?」
「宮司様は入院している。それで、拙僧がここにいるのは都合が悪いのですか?」
「いいえ、どうしてあなたが気になっただけです」
「まぁまぁ、取り合えず寒いので中へ……お入りください。そこで話しましょう」
二人の間に空気が張り詰める。空気に耐えらなくなった神主は二人の間に入り、仲介すると室内に入るように促した。二人は言葉を発することもなく、神社の奥に向かう。私達も後を追うように歩を進めた。
「本番は今から三週間後です。皆さんは冬休みに入ってから直ぐですね」
「拙僧はそちらの伊丹さんからは、練習を行って一週間と聞いていますが、どうなんですか?」
「順調……とは言えません。物語のどのシーンを演じるのか。説明を受けていない以上。ただ無駄に的を射ているだけです」
「その通りですね。では、早速説明をしましょう」
私達が演じるのは、物語の重要なシーンであるヘビガミを諫める場面。
そのシーンでは、6人の来訪者が弓が尽きるまでヘビガミに射たと書かれていた。明確に何本の矢を使ったのは記載はない。ただ、ヘビガミの一部には針山が出来る程の矢が当たっていたとあるだけだった。
神主は物語通りに進めるつもりの様子、しかし、それには問題があった。
「それは現実的ではないです。的に針の山を作るのに時間が掛かるのと明確な本数が決められていない」
「それならば、時間と矢の本数をこちらで決めましょう」
「あの……すこし、質問ですが衣装はどうするのでしょうか?」
若宮さんがゆっくりと手を上げなら、二人に質問をした。
「衣装ならこちらで用意しましょう。もちろん、ふさわしい衣装をね」
私の正面に座っている住職がねっとりした口調で答える。
何故だかわからないが、この人物からにはあまり関わらない方がいいとそう直観がした。
「では、衣装については住職にお任せするということで。それでいいですか? 伊丹さん」
「えぇ、お願いします」
「次に斉射。皆様でいうと”離れ”ですか? 皆様には”箙から番え”というやり方で的を射てもらいます。これに関しては私より、皆様の方が詳しいでしょう」
箙から番え……聞きなれない言葉を耳にする。それは、若宮さん達も同じように豊中さんと顔を見合わせていた。
そんな中、伊丹さんは「えぇ、存じています」という。
箙とは矢筒の事。しかし、番えは弓の弦に矢をあてがう事を示している。イメージできるのは昨日の夜、彼が行っていた。あの技しか思い浮かばない。
「射手は誰にするのかこちらが決めます。それから──」
この後も淡々と、演武会に向けて話し合いは続いた。
そして、話し合いが終わった頃には、外は夜になっていた。
「皆さん。今日はありがとうございました。お気をつけてお帰り下さい。それと伊丹さん。何かあれば連絡をしてください。微力ながらこちらから人を送りますので……」
「神主様。お気持ちは有難いですが、人手は結構です」
「そうですか……ならば、生活用品だけでも贈らせてください」
神主の言葉に違和感があった。伊丹さんと彼らは親しい間柄かもしれないが、ここまで支援をするのはおかしいように感じた。
「なぁ、どうしてあんたは一矢の心配をしているんだ?」
「伊丹さん彼らには何も伝えていないのですか?」
神主の問われるが彼は言葉を発さずにただ俯いていた。そんな彼を見た住職は口を開く。
「いつまで黙っているつもりなのですか? 何れ知られるかもしれないのですよ」
「姉貴が……伊丹理矢が交通事故に遭いました」
「なんだって!」
「交通事故って! 理矢さんの状態は……」
「意識不明の重体と聞いています。後ろから突っ込んできた為、回避する余地はなかったのでしょう」
「後ろから何て卑怯です!」
「確かにそちらの彼女が言うように卑怯な手口です」
「神主様。あなたが連絡をしてくれていたのですね。ありがとうございました」
「いえ、あの日は偶然通りかかっただけです」
「それでも、姉を助けていただきありがとうございました」
彼は神主に向けて頭を下げた。そんな彼に向かって、神主は何か話そうとしたがすこし言い淀んでいた。
「ふむ。伊丹家の男子なる者。この程度の事で動揺しては形無しです。いずれ、あの道場を復建するのであれば、彼女よりあなたが適しているでしょう 」
「野郎! 言わせておけば──」
住職に組み付こうとする豊中さんを伊丹さんは制止ながらゆっくりと口を開いた。
「道場の復建はいずれ……今は目の前の事に専念します。それだけで十分でしょう」
彼は冷静に言葉を口にするが、手元を見ると怒りのせいか手が少し震えていた。
「皆様。最近は物騒になりつつあります。お気を付けください」
神社を出ると豊中さんと若宮さんはそれぞれ帰路に着いた。
私と彼は帰り道が同じであり、二人きりになった。歩き始めてから数分……この前の事もあり、彼に話しかけられずにいた。
「今日は格段に冷え込みますね」
「え、えぇ……そうですね。あの……伊丹さん」
「なんですか?」
「さっき、住職が云っていたことですが……」
「あぁ、彼の言葉には無視しておいて下さい。すこし頭に来ましたが……人の前で切れ散らかすのは俺の柄じゃないで……少し言葉を濁しました」
「伊丹さん。実は……」
私は彼にあの日、夕方であの神社で見た事を全て話した。話を聞き終えると「そうでした」と言葉を漏らした。今を思えば、あの能面を付けた人物は理矢さんだったのではないか。
「能面を付けた人物が姉の可能性が高いでしょう。しかし、そうなると何故姉は神社にいたのか……」
「こればっかりは調べてみないと分らないのでしょう。伊丹さん。解っていると思いますが……体には気を付けてください」
「分かっています」
「もし、私に出来ることがあれば言ってください」
「……ありがとうございます。ですが、気持ちだけで十分です。あ、俺はここで曲がります」
「はい。お疲れ様でした」