弓取りと雨女   作:hirag

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29話

 

 昨日、家に帰ると1つの連絡が入っていた。差出人は巴さんだった。話を要約すると明日、話しをする時間があるから、羽沢珈琲店で待ち合わせをする。とあった。

 

 羽沢珈琲店に入るとそこそこお客はいるにも関わらず、理矢さんがいない事が関係しているのか店内は静かに感じた。

 奥の席に目をやると巴さんがこちらに気が付いて手を振っていた。

 

「巴さん。今日はありがとうございます」

「いえいえ、特に用事もなかったので……それで、話って何ですか?」

 

「えぇ、この前、天体観測会の夜。彼の事を変わったと云っていましたね?」

「……やっぱりその事ですよね」

 

 巴さんはそう呟くとコーヒーを一口含み、茜色の空に目を向けた。

 

「紗夜さんから見て、あいつはどんな人物ですか?」

「彼は部活の中ではみんなに信頼されており、普段から責任感が強く真面目な人物に見えます」

 

「真面目ですか……アタシが知っているあいつと違う人物です。昔は温厚で気遣いが出来るような人物でしたが今は冷徹でつまらない人になってました」

 

 巴さんが語る彼は、私の知っている彼とは別人のような印象を受けた。そんな彼が何をきっかけで変わったのか。

 

「昔のあいつはアタシ達にとっては、よく遊んでくれる兄貴分みたいな感じでした。一番印象的だったのは、ひまりが野良犬に襲われそうになった時に、玩具の弓で立ち向かった事ですね」

 

 当時、巴さんを含めた5人が公園で遊んでいる間に、黒い野良犬が現れた。公園内の子供達バラバラになって逃げる中、上原さんが転んだ瞬間、野良犬が上原さんに襲い掛かろうとした。伊丹さんが間に入って上原さんが助かったがその時、彼は野良犬に噛まれた。

 

「幸いにも、その時につぐみが応急処置をした後に、すぐ病院に行ったから無事に済んだらしいです」

「そうだったのですね」

 

 野良犬には、色んな病原体を持っていることがある。

 その中で一番恐ろしいのは狂犬病。発症すれば致死率は100%に近い感染症。しかし、潜伏期間が短い間にワクチンを接種すれば命は助かると、最近のテレビ番組で見た記憶があった。

 

「そういえば、香矢と初めて会ったのはあいつのお見舞いに行った時だったな」

「香矢?」

 

「あれ? 紗夜さんは知らなかったのですか?」

「えぇ、初めて聞く名前です。どんな人物なんですか?」

 

「香矢はあいつの妹です」

「妹…」

「アタシ達と初めて会った時は病院ベットの陰に隠れて様子を伺うほどの臆病な子でいたずら好きな一面を持ち合わせていました」

 

 彼女のいたずらは、後ろからこっそり近づいて驚かしたり、手で目隠しして“誰だ? ”と聞いたり子供らしいいたずらだった。

 

 そんな彼女は理矢さんと同じく、弓の才能があった。彼女が得意だったのは投壺。2人の競技者が何本かずつの矢を持ち、一定の距離の所に置いた壺に交互に矢を投げ入れて、入れた矢の本数で勝敗を決める遊び。

 一度やったことはあるが、壺に入れるのは中々難しい。

 

「あいつより香矢の方が上手かったですよ。コツとかあるのか聞いたら、”集中力”かなって……理矢さんと同じことを言ってあいつは頭を抱えていましたよ。ははは……本当に楽しい日々でした」

 

 巴さんはコーヒーを飲み干すとカップをゆっくりとソーサーに置いた。

 

「香矢さんの身に何があったのですか?」

「香矢がというよりあの家って言うべきですか?3年前のあの家では、立て続けて不幸が起きて、香矢もその不幸に巻き込まれたのです」

「立て続けの不幸ですか?」

 

「アタシも詳しい事は知らないですが、なんでも家宝が壊れてから理矢さんは指を大きく切ったり、あいつが山で事故に遭って、そして香矢は……」

 

 巴さんは言葉に言い淀む、親しい人物の喪失。彼だけではなく彼女達にも辛い出来事。

 

「香矢は病気でいなくなりました。その日からです。あいつの様子がおかしくなったのは……何故か、あいつはアタシ達を避けるようになったんです。会ったとしても、目を合わせずに逃げてばっかりでした」

 

「香矢さんが亡くなったのはいつですか?」

「それなんですが、明確にいつなのかはアタシ達は知らないです。アタシが聞いたのは夏休みが終わってからです」

 

「もう一つ質問です。先ほど、一矢さんが山で事故に遭ったと云っていましたが、何があったのですか?」

「確か……」

 

 その瞬間、突然に巴さんの携帯の着信音がなる。彼女は「すみません」と云うと携帯を手に取った。

 

 理矢さんの親指の怪我。伊丹さんの事故に香矢さんの病気……これがすべて短期間の間で起こっている。偶然にしてもこんな短期間で不幸な事が起きるのだろうか……

 

「え、それって明日じゃあ……マジか……あぁ、今か行く……はぁー」

 

 携帯をしまうと彼女はため息をついた。

 

「何かあったのですか?」

「紗夜さん。すみません……どうやらアタシ……大切な用事を忘れていたみたいで……」

 

「そういうことなら、早く行った方がいいです」

「すみません。この埋め合わせは何時かしますので……」

 

 巴さんはそう云うとテーブルの上に代金を置いて店を出て行った。

 

「さて、私も……」

 

 会計を済ませて、私も羽沢珈琲店を後にした。

 

 ______________________

 

 時刻は午後5時前。辺りは暗くなりつつあった。

 

「いやー!!」

 

 駅前に歩いていると女性の悲鳴が聞こえてきた。

 声が聞こえて方向を見てみるとに一人の女性に二人の男性が取り囲んでいた。男性達の制服は見覚えがあった。それは斎川さん達が来ている湖山高校の制服だった。

 

「あの制服は……」

 

 そして、女性の方は花咲川の制服を着ていた。

 少しすると三人は路地裏に姿を消していった。追いかけてみるとそこには女子生徒にわいせつ行為を犯されそうになっていた。

 

「あなた、達何をしているのですか!?」

 

 咄嗟に声を出した瞬間三人の視線がこちらに向けられた。恐怖感にかられ、足が動かない。頭の中では人を呼ぶべきだと分かっているのだが……

 

「お、いい女が来たぜ」

「あぁ、ついでにこいつにも相手してもらおうぜ」

 

 男二人がこちらに近づいてくる。その瞬間──

 

「よっと!!」

 

 女子生徒は一人の男の後ろから急所を攻撃した。男は声にならない声をあげながらその場に崩れた。

 

「てめえ、何してんだ」

 

 私に近づいていた男は、もう一人の男と彼女の異常性に気がつき詰め寄るが、男も低いうめき声をあげるとその場に崩れた。

 

 崩れ落ちた男性から女子生徒に目を向けると、手には電流が流れている突起物を手にしていた。

 

「あちゃ~ちょっと強すぎたみたい……」

「あなたは一体……」

 

 声を掛けると彼女は「あっ」と声を漏らすと私の手を取り路地裏から出ようとしていた。

 

「そんな事より、早くここから逃げよう」

「え、えぇ……」

 

 路地裏から駅の反対口まで二人で走る。私が肩で息をするのに対して、女子生徒は平然としていた。

 

「ここまでくれば大丈夫ね」

「あの……ありがとうございます……貴女は?」

「あたしは西山。こちらこそありがとう。あなたのお陰で二人の気を逸らすことが出来たし……ちょっと待ってて」

 

 彼女はそういうと自動販売機の前まで走っていくと、スポーツ飲料を手にして戻ってきた。

 

「はい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 スポーツ飲料を受けとる際、彼女の顔を見る。

 顔は整っており、目の色は青みがかっている。よく見てみると色白に見える部分は化粧をしているとわかった。

 

 明らかに校則を違反しているのだが、私はこの女子生徒を校内で見かけたことがない。

 

「西山さん。学年は?」

「1年です。1年B組」

 

 1年B組……確か、市ヶ谷さんと同じクラス……

 

「君は生徒会の人だよね? どこかで見たような気がする」

「えぇ、よくご存じで……本来ならば、化粧について色々聞きたいことがありますが、今日は目を瞑ります。次はありませんので」

 

 私がそう云うと西山さんは苦笑いをしながら「それは勘弁……」と口にした。

 

「あの二人が探しに来る前に早く帰りましょう」

「あ、その前に花屋に寄りたいのだけどいいかな?」

 

 追われているというのに、呑気な事を言いだして少し呆れたが少し心配になり、付いて行くことにした。

 

「すぐそこの花屋さんで済ませましょう。何を買うのですか?」

「う~んと……実は何も決めてないんだよね。お見舞いにはどんな花がいいのかな?」

「え? そんなこと聞かれても……」

 

 思いにもよらない質問で驚いたが……少し考えてみたがこういった機会があまりない為、答えが出せずにいた。

 

「やはり、お店の人に聞いてみた方がいいと思います」

「あ、それもそうだよね。すみません!!」

 

 彼女は店員を呼ぶとどのような花を贈ればいいか聞いていた。

 お見舞いといえば、昏睡中の理矢さんを思い出した。彼女にお見舞いを贈った方がいいのか……

 

「ありがとうございました」

 

 店員の声が聞こえて、顔を上げると彼女は満足そうな顔していた。

 

「目的のものは買えましたか?」

「はい! オレンジのガーベラとピンク色のカーネーションのフラワーアレンジメントを買いました」

 

「ほら」と彼女はビニール袋を中が見えるように傾ける。中には二色の花が顔を覗かせていた。

 

「よかったですね」

「えぇ、彼女もきっと喜んでくれるはずです……あ、もうこんな時間ですね」

 

 彼女の言葉を聞き、周りを見渡すと街灯や店の明かりのみが道を照らしており、駅前の時計を見ると午後6時を示していた。

 

「今日はもう遅いので帰ろうか」

「えぇ、そうしましょう。明日も今日みたいに化粧をしていたら生徒指導室に来てもらいますよ」

「わかっています」

 

「では、また明日」

 

 満足そうな彼女と別れ、駅からゆっくりと離れて帰路に着こうとした瞬間──

 

「また、会いましょうね。氷川さん」

 

 彼女の声が聞こえ、振り返るがそこには彼女の姿はなかった。

 私は彼女には名前を言っていないのになぜ名前を知っているのか。

 

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