弓取りと雨女   作:hirag

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30話

 

「市ヶ谷さん。今お時間よろしいですか?」

 

 西山という人物と出会った翌日、次の特別教室に向かっていると、市ヶ谷さんの姿を目にした。

 

「氷川さん。えっと……私なにかやりましたか?」

 

「いえ、個人的に聞きたいことがあるだけです。あなたのクラスに西山という人物はいますか?」

 

 彼女の特徴を伝えると市ヶ谷さんは考える素振りを見せたがすぐさまに首は横に振る。やはり、西山という人物はこのクラス……いや、本当にこの学校にいないのではないかと思ってきた。

 

「そんな人見たことないです。何かあったのですか?」

 

「いえ、なんでもありません。移動教室がありますので失礼します」

 

 市ヶ谷さんの反応からして、西山という生徒はこの学校にいないという事実は明らか。卒業生の可能性を考えたが、それにしては容姿が幼すぎる。私の事を知っている理由はライブに来ている可能性も高い。しかし、黒髪に瞳が青の人物は見た覚えがない。そんな人物がいればすぐに気が付くはず…

 

 ______________________

 

 放課後、弓道場内で一人で落ち葉を集めている人物がいた。その人物は私に気が付いて右手を挙げた。

 

「おう、あんたは確か……氷川さんやったか?」

 

「斎川さん。今日は早いですね」

 

「こっちはテスト期間で早いだけや。それに勉強ばかりで飽きていたんだ」

 

 斎川さんも伊丹さんと昔馴染み。何か知っているかもしれない。

 

「なぁ、あんたはアイツとはどういう関係なんだ?」

 

「え?」

 

「だから、一矢とはどんな関係なんだって…ずいぶんと仲がよさそうやけど」

 

「ただの友達です」

 

 そう答えると斉川さんは鼻を鳴らすと掃き掃除を続けた。私も箒を手に落ち葉を集める。しばらくすると斉川さんは手を止める。

 

「あぁ、そういやぁ。気になることがあったんや。アイツはここに入ってから、あんな堅苦しい感じだったか?」

 

「えぇ、彼は弓道の事になるといつもあの感じですが……」

 

「そうか……昔は一緒に馬鹿をやっていた奴が今はずいぶんと馬鹿真面目になっちまって……彼女がおらんようになった影響がでかいんかね」

 

「その彼女とは香矢さんの事ですか?」

 

「知っとったんか。あの子はすごかった……いや、三姉兄妹が全員が凄腕だった。年老いた達人の爺さんすら目を丸くするほどやった」

 

 彼が云うには、理矢さんは弓の天才、弟の一矢さんは優秀と呼ばれており、妹の理矢さんは同じ年の子供の中で上位の実力を持つと聞いた。

 

「理矢さんの事は……住職から聞いた。今のアイツはとても辛い状態なんやろう。俺らであいつを支えてやろうや」

 

 つい最近まで、大役を奪い取ると云っていた斎川さんが諦めたような様子を見せる。家柄や実力の事を考えると彼には申し訳ないけど、とても大役を任せられるとは思えない。

 

「アイツの成長した姿を……実力の差をわかった。俺の実力ではあいつは遠すぎる。とても大役を務めるは思えない」

 

「大役を演じなくても、あなたの頑張りはきっと人の目にも留まるはずです」

 

「そうかもな。よし! そうと決まれば今日もアイツから技術を盗むとしますか。それに今日から本格的にやっていくって聞いているしな」

 

彼は両腕を空に向かって伸ばすと斎川さんは、塵取りを取りに向かおうとしていた。私は彼に声を掛けて呼び止めた。

 

「あなたにとって、伊丹さんはどういう存在なんですか?」

 

「せやな~あいつは俺の事を何とも思っているか知らんが、俺はライバルだと思っている。それと同時に憧れでもある。あ、これは誰にも言わんといてな」

 

 顔の前で人差し指を立てる斎川さんは少し赤くしながら落ち葉を集める。彼はゴミ袋を持って弓道場を飛び出していくと弓道場は静かになった。

 

「ここに入ってから……」

 

 斎川さんの”昔のアイツ”という言葉を聞き、弓道部の見学会を思い出した。

 

暖かな日差しが射す中、新品の体操服に身を包んだ男女。私を含めてほとんど入部者全員は弓を持たせてもらえず、姿勢や弓の持ち方や立ち振る舞いなど説明を受けて動くだけだった。その中で一人だけ、立ち振る舞いを完璧に近い形に動きをする人物がいた。当時の弓道部顧問の先生が彼の名前を問うとその人物は”伊丹”と名乗った。その瞬間、先輩達や顧問の先生は動揺をしていた。顧問の先生は彼に弓と矢を持たせようとしたが、彼はそれを断った。

 

「新入部員の全員が射させて貰っていないのに、俺だけが矢を手にするわけには行きません。特別扱いは結構です。ここでは俺もただの素人なので…」

 

 堅実な人物だと、その時はそういう風に見えた。普段、私と彼は違うクラスで関わりが少なかったが、特別教室の時に見た普段の彼はおどおどしており、とても自分の意見を言えるような人物には思えなかった。しかし、弓道の時は人が変わった様に姿を見せる。お調子者の先輩から試合を申し込まれると彼は、容赦なく叩きのめす。逆に礼節を重んじる先輩が相手の場合には接戦を演じていた。弦が上手く張れない時や、仕組みが解らない時は彼が率先して説明をするようになっていた。その功績もあり、彼は部長の座まで手にした。

 

 ある日、そんな彼から大切な話があると豊中さんから聞き、屋上に向かった。二年に上がってから彼と同じクラスになったが、相変わらず接点は少なかった。そんな彼から直接の呼び出し、弓道に関する話かと思い、屋上に向かったのだが、想定外の事に私は彼から告白を受けた。

 

 異性からの告白。彼は私のギターを弾く姿に惹かれた。と……初めての事でどう答えればいいのか分からなかった。でも、当時は音楽に集中したいと思い彼の告白を断った。いま考えれば、その日からから以前より、彼と接点を持つ機会が多くなった気がした。

 

「氷川さん。今日は早いですね」

 

 声が聞こえて、振り向くと伊丹さんの姿があった。顔をよく見てみると目元に大きなくまが出来ていた。

 

「お疲れ様です。最近、寝ていないのですか?」

 

「え、あぁ……最近は家の方でもいろいろ動きがあって……寝る時間が無くなって……あ、明日からはしばらく休みを取ります」

 

 理矢さんが不在になったことが影響しているか。彼は定期的に家の用事で授業を抜け出すことが多くなっていた。20分ぐらいすれば、教室に戻って来るが……いつもため息をついてばかり。

 

「今日から本格的な練習を始めます。あ、タオルは持ってきましたか?」

 

「はい。しかし、タオルで何かをするのですか?」

 

「箙から番え。矢筒といった方が馴染み深いでしょう。背中に矢筒を背負い、そこから一本ずつ抜いて射抜く。その際に膝をついてやりますので、痛くないように最初はタオルを敷いてやりましょう」

 

 説明を終えると彼は大欠伸をした。練習が始まるまでまだ時間があるため、仮眠をするように勧めると彼は「そうします」と答えて椅子に腰深く座ると寝息を立て始めた。

 

 

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