「ここで合っているのかしら……」
学校を休んでいる彼にプリントを届ける為に彼の家を目指していた。地図アプリに嵯峨根先生から教えてもらった住所を入力し、指示通りの道を進むと周りから見れば観光地に間違えられそうなほど立派な建物が姿を見せた。
人が住んでいるなら表札の1つはあるものだろうと考え、門の前をうろつくが何もなかった。意を決して、門の横にあるインターホンを押すと……
『はい……誰ですか?』
インターホンから聞こえた声は彼のものではなく、女性の声だった。しかし、私はその声には聞き覚えがあった。
「伊丹さん。荷物を届けに来ました」
『……玄関は開いているからそのまま入って来て頂戴。玄関から入って右奥の部屋にいるから』
少し沈黙があったが声に従い、門に潜り玄関に手をかけるとゆっくりと開く。靴置き場には男性物の靴以外に女性物の靴があった。靴を脱ぎ、右隅に寄せていると足音が近づいて来ていた。
「やっぱり、紗夜ちゃんだっただね」
「白鷺さん。どうしてここに?」
近づいてきた人物は白鷺さんだった。インターホンから聞こえてきた声も彼女のもの。
「一矢に頼まれて食料品を届けに来たのよ。紗夜ちゃんは?」
私は彼女にここに来た理由を話した。すると彼女は小さくため息を吐きながら「困った子」と呟いた。
「あの子はここから右奥の部屋にいるわ。私はこれからお仕事があるから先に失礼するわね」
白鷺さんは迷いやすいから気を付けるように。と言い残し、彼女は私の横を通り過ぎて行った。白鷺さん言葉通り右奥に進むと、薄暗い廊下にか細い光が襖から漏れていた。
「伊丹さん。いますか?」
「どうぞ」
襖を開けると真っ先に目に入ったのは、薄暗い部屋の中で床机に向かいながら黙々とプリントを眺めており、藍色の和装に身を包む彼だった。
「失礼します。伊丹さん。届け物です」
「荷物なら適当なところに置いといてくれ」
彼はプリントから眼を離さずに淡々と話す。言葉に従い、近くにあった棚の上にA4サイズの封筒を置いた。少し室内を見渡すと少し異様な部屋模様をしている事に気が付いた。部屋の半分……彼が居る場所は畳を敷いているが、もう半分、私が居る場所はカーペットやベットが置いていた。異様に感じたのは、洋室と和室の境目にあたる場所の四隅には金具が顔を見せていた。
「ふむ……日程は……問題なさそうだな」
彼はそう呟くと、ペンを手に持つとすらすらと手を動かすとプリントを紙束の上に重ねていく。
「うぅ~はぁ……おや、氷川さん? どうしてここに?」
彼は書類から眼を離して伸びをする。その際に彼と目が合った。どうやら私が来たことに気が付いていなかった様子。私は彼に休憩を薦めると彼は山積みになった書類に一目置くと「そうしましょうか」と言ってその部屋を後にした。
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「午前中にいい茶葉を貰いまして……」
彼は急須にお茶の葉と湯を淹れ、私の前に湯呑を差し出しながら何もなかったかのように話す。先ほどの暗い部屋と変わって日の光が射す食卓では、彼は少し痩せている様に見える。
「ずっとあの部屋にいるのですか?」
「いつもではないですよ。偶には外に出ています。今日も午前中は道場の下見に行って来ました」
「道場ですか?」
「親戚が近々、隣町に引っ越してくるのですよ。それで弓道場を探しているので……」
自分で探せばいい……とそう思った。ただでさえ、学業や弓道で忙しい彼に……その人物は知ってか知らずかわからないが用事で押し付けるのはおかしいと思った。
「それからあそこに籠っていたのですか?」
「えぇ、会費の計算に……書類の確認。あ、演舞会の出店を申請書の確認もしないと……」
彼は安請け合いをし過ぎている。先ほど口にしている仕事は彼が行うようなものではない。
「そういえば、どうして氷川さんはここに来たのですか?」
「担任の先生に頼まれてプリントを持ってきました」
「それはわざわざすみません。あぁ、これはお礼とは何ですがこれをどうぞ……」
彼から紙袋を受け取り、中身を確認すると白い包みが中に入っていた。「受け取れない」と口にするも、量が多いので食べきれない。と言って返された。彼の顔色を見ると本当に食べきれなく困った様子で、ありがたく受け取ることにした。
「理矢さんの容体は?」
「未だに目が覚めていません。当たりどころが悪かったのか。目が覚めたとしても正気なのかどうか医者そう言われました」
「そうでしたか……」
「お見舞いならどうぞ行って下さい。遠慮なんてしなくていいですよ」
「分かりました。早速、明日伺ってみようと思います」
何を持っていったらいいのか考えていると、彼は香りが少ない花がいいと言った。花と聞いた時、少し前に駅前で出会った西山の事を思い出した。彼女もお見舞いの為に花を買っていた。確か彼女が買っていたのは──
「フラワーアレンジメント……とかどうでしょうか?」
「いいと思いますよ。姉も喜んでくれるはずです。それに……あれ? なんだっけ……」
彼は顎に手を当てながら、言いかけていた言葉を思い出そうとしていたが、出てくるのは唸り声だけ。
「あぁ、もうこんな時間。仕事に戻らないと……」
「伊丹さん!」
席を立とうとする彼を呼び止めた。特に何か言いたい訳ではなかったが、無意識的に彼に声が出た。
「なんですか?」
「……いえ、なんでもありません。お手洗いはどちらですか?」
彼は不思議そうに私の顔を眺めながら、もう一度席に着くと「この部屋を出て左奥にある」と言いながら湯呑にお茶を注いでいた。
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「ここでもない……」
彼がいる食卓に向かっていたが、家が広いせいで迷っていた。目に入った扉を開けるとそこは彼の部屋だった……のだが、何故か部屋が荒らされていた。綺麗に積み上げられていた書類が床に散乱し、戸棚は開けっ放しになっていた。
「これは!」
衣装ケースの中には何故か、花咲川のセーラー服が入っていた。確か理矢さんは羽丘女子学園に通っていたと聞いた覚えがある。それならこれは彼の妹、香矢さんのものだろうか……しかし、香矢さんは入学する前に命を落としている。
それならば、どうしてこの制服は新品ではなく誰が着た形跡があるのだろうか……
「氷川さん? いったい何が……」
声が聞こえて、振り向くとそこには彼の姿があった。彼は驚いた顔をしながら部屋を見渡していた。
「伊丹さん。私は……」
「分かっています。貴女がやった訳ではないでしょう」
彼はそういうと床に落ちた書類を集めながら机の上に整えていくとゆっくりと1枚ずつ書類を確認していた。
「利用許可書がない……」
ある書類がない事に気が付いた瞬間、彼は鋭い声色が変わった。
「物が盗られたなら、早く警察に……」
「氷川さん。君はもうこれ以上、俺に……この家には関わらない方がいい」
彼から思ってもいない言葉が聞こえてきた。しかし、その驚きは直ぐに消えた。彼も薄々とは気が付いているであろう。私が彼と彼の妹の事、そして伊丹家について探っている事に。
「取り合えず今日はもう帰って下さい」
「はい。わかりました。今日はお邪魔しました……」
その日、最後に見た彼は一枚の紙をくしゃくしゃに握りしめていた。彼の姿を尻目に私は部屋を後にした。
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「ただいま……」
「おかえりー。おねーちゃん」
リビングに入ると日菜がお菓子を頬張りながらテレビを見ていた。
「日菜。あなた仕事は?」
「うん? マネージャーが日を間違えたって……それで何もないから帰っちゃった。おねーちゃん。その袋は何が入っているの?」
日菜は私が持っている紙袋を指さした。テーブルの上に白い包みを取り出し、開けてみると中には様々な味のポテトチップスが入っていた。
「わぁー!! これ! 東北限定の! こっちは北海道限定のポテチ! おねーちゃん。これどうしたの?」
「伊丹さんが量が多いからって……貰ったのよ」
「おねーちゃん。今から食べよう!」
「はぁ……晩御飯まで時間がないから少しだけよ。それと伊丹さんに今度会った時にお礼を言っておくのよ」
ふと、彼にもこんなことがあったのだろうか思い当たった。たった一人大切な妹……そんな彼女を失ってから彼は1人。
「おねーちゃん? どうしたの?」
「ううん。何でもないわ」
明日、理矢さんのお見舞いに行ってからこれからの事を考える事にした。