弓取りと雨女   作:hirag

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38話

 早く、早く……一分一秒でも早く。

 逸る気持ちを押えながら、病院を目指して走る。

 病院の受付カウンターを素通りして、エレベーターに乗り込み息を整える。病室の扉にをかけた瞬間、話声が聞こえ耳を澄ます。

 

「理矢さん。身体の方はどうですか?」

「まだ、全身痛いかな? つぐちゃん。お店の方は大丈夫?」

「今日はお客さんが少ないので大丈夫ですよ」

「一番気になるのはそこですか。もっと他にもあると思うのですが……」

「まぁ、それも理矢さんらしいですけどねー」

 

 つぐみ、蘭にモカの声が聞こえた。

 気まずく思った私はその場を後にしようとしたが……“逃げるな”と彼の声が響いた。

 その瞬間、病室の扉が大きく開かれた。そこにはモカの姿があった。

 

「あ!」

「お、一矢。来てくれたんだね。今ちょうど噂話をしていたんだよ。ねぇ、みんな?」

 

 気まずい雰囲気が少し流れたが、姉が場を和ます為に手招きをしながらそう言った。病室内に入ると部屋の隅に移動する。

 しかし、その場にいた私を含めた四人は一言も話す事もなく、ただ、お互いに眺めているだけだった。そんな私に向かって姉は「もっとこっちに来たら」っと、更に声を掛ける。

 

「理矢さんがこう言っているし、そんなところに突っ立てないでこっちに来たら?」

 

 そんな中、意外な事にも蘭が口を開いた。彼女の言葉に従い、姉の傍に近づく。

 

「じゃあ、あたしたちはお邪魔みたいだし、退場しましょうかね」

「そうだね。二人だけで話もあるだろうし……」

 

 つぐみが会釈をしながら三人は病室を出て行った。姉の傍にある椅子に腰を下ろした。

 

「体の方は……」

「ふわふわした感じかな? まるでこのまま天国に行きそうな感じ」

「その冗談は笑えないよ。姉さん」

「はは…そんなことより、わたしがいない間に色々あったみたいだね。香矢」

「分かるの?」

 

 四肢を拘束された姉はクスッと笑った。頭を強く打ったと聞いていたが事故以前の様子を見て、私は安心した。

 

「えぇ、わかるよ。最後に見たあなたは揺らいでいた。まるで今にも崩れそうにね。だけど、今は真直ぐ立っている。誰か強い後ろ盾を得たのね」

「彼女のおかげで、私は彼と本当の意味で向き合うことが出来たかもしれない」

「そっか……それはよかった。やっぱり、彼女がキーだったのね。さて、これで肩の荷が下りたことだし、すべてが終わったら海外にでも行ってみようかな」

 

 薄々気が付いていたが、姉も家の決まり事に対して辟易していた様子。以前の私達なら「そうかよ」って言って関心を持たなかった。

 

「もし、私がその海外に行きたいって言ったら、姉さんは連れて行ってくれる?」

「わたしはいいけど、香矢はそれでいいの?自分の事は自身で決める事よ。わたしはわたしの意思であの家から逃げ出して、二人を手助けをしていたけど、君はまだやることがあるのでしょう?」

 

 私のやるべきこと…先ずは真相を明らかにしないと気が済まない。

 

「それなら付いていけない。やることが沢山あるから、先ずは演武会の裏を調べないと…」

「姉としてあまり危険な事はしてほしくないのだけど…」

「止めないの?」

「止めるないわ。それが君たちの選択ならばわたしはそれを尊重するわ。そういえば、()()は届いた?」

「あれ?」

「昨日か今日の午前中にあなた宛に荷物が届く予定だったけど? 来ていないの?」

「あ~実は……」

 

 ここ最近のことはこと細かく話をした。終始、姉は話を遮ることなく静かに話を聞いていた。

 

「なるほど。それならわたしが家宝の修復依頼をしていたのを知らないわね」

「家宝? それってまさか……」

 

 ガタッ!! 

 

 扉から大きな音がした。扉を開けると先ほど去っていたはずの三人が聞き耳を立てていた。

 

「あちゃーバレちゃったみたい」

「だから、帰ろうっていったじゃん」

「あはは……ごめんなさい。理矢さん。一矢さん」

 

 彼女達はまだ知らない。兄の最後と私の正体……最初の一歩踏み出すために先ずは彼女達に伝える事。

 

「みんな。実は話があるんだ。中に入ってくれないかな」

 

 三人は不思議そうな顔をしながら病室内に入って、各々椅子に座った。その姿を見た私はウィッグとネットを外して長い髪をなびかせる。

 

「やっぱりねー」

「なんとなくそんな気はしてた」

「香矢ちゃん……だよね?」

 

 私が想定していたよりも反応は薄かった。まるで、みんなは前から知っていたような感じだった。

 

「みんな今まで黙っていてごめん」

「それじゃあ。一矢さんは……」

「つぐみ。今から全部話すよ。私と彼について……」

 

 三人には一から十まで説明をした。兄が死んだことや私が多重人格であることも。みんなは私の話を静かに聞いていた。すべて話し終えると三人はやり場のない気持ちなのだろう。

 

「──ッ!! つぐみ。何を……」

 

 彼女達に向かって頭を下げる。しかし、返ってきたのは罵声でも暴力でもなく。抱擁だった。

 

「大変だったね。香矢ちゃん……」

「なんで⁉私達はずっとみんなを騙していたんだよ! 罵声も殴られることを覚悟していたのに……」

「香矢ちんの中のあたしたちってそんなに暴力的なイメージなの?」

「そんな事するわけないじゃん。まぁ、もう一人の香矢には言いたい事があるけどね。それにあの時に、もしかしたらって思っていたし……」

「みんな……」

 

 私は彼女達に何を言われても仕方ないっと彼とそんな話をしていた。

 しかし、彼女達は私に共感し許してくれてた。ふと、つぐみの方を見てみると難しそうな顔をしていた。

 

「つぐ? どうしたの?」

「ちょっと疑問に思った事があって……本当は一矢さんが亡くなっているんだよね? どうして、香矢ちゃんが亡くなった事になった事にしたのかな?」

「それに身分証明とか戸籍関係はどうなってんの?」

「その質問はわたしが答えた方がいいかな? 香矢はその事について知らないと思うし」

 

 ただ、寺で兄として生きろと言われただけだ。私と彼は戸籍については何も聞かされていない。

 姉曰く、私と兄の戸籍は住職の提案で住職自身が知人に頼み込んで、戸籍の交換は行われたらしい。

 

「背乗りって父さんは言っていたけど、法律的には結構グレーゾーンのやり取りらしいよ。まぁ、その知人は別の案件で捕まったらしいけどね」

「家柄を守るために二人を入れ替える。うちより長い歴史があるからそういう手口は何度もやってきたんどろうね」

「恐ろしい事を考えるね香矢ちんの家は。まるで漫画みたいな展開だねー」

 

 話を聞いていれば、私の戸籍は元に戻すことは不可能に近いかもしれない。だが、唯一取り戻せるのは名前だけだと姉はそう言った。

 本当にそれでいいのか……名前を変える。簡単に聞こえるが、私にはそれが正しいのか分からない。

 

「時間を頂戴…」

「焦らなくていい。こればっかりは香矢の決断次第だからね」

 

 しばらく5人で会話をしているとノック音がし、電話の人物と同じ声が聞こえてきた。

 

「伊丹さん……おっと、お話し中すみません。診断の結果を伝えに来たのですが……後にした方がいいですか」

「いえ、お構いなく。それで先生、私はいつ退院できるのですか?」

「落ち着いて下さい。いま、ゆっくりと話しますので…」

 

 診断の結果は脳に損傷はなく、重度の骨折程度に済んでいた。後日、経過を見てから今後の事を決める事になった。

 もし、内臓に問題がなかった場合はリハビリを開始する方向。リハビリの事を考えると大体、半年ぐらいは入院することになりそう。

 そして、気になるあの事故については姉は犯人の顔を見ており、白髪男性で特徴としては顔は大きな出来物があったと……

 

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